八日目・岡崎美波の事情 2
ずっと黙っていた。
自分をまもるために。幼馴染を悲しませないために。
だけど一度決壊したものはもう修復できない。ただ流れるだけだ。
それを前原さんと明日香ちゃんが受け止めてくれようとくれまいと構わない。
ここでいくら暴れてもあいつには届かないのもよく理解しているから。
思い出せば思い出すほどに胸にふつふつとドス黒い感情が湧いてくる。
胸が熱い。
ずっと押さえつけていた美空への恨み辛みは知らずのうちに成長していたようだ。
「お前の兄貴が、お前の両親を殺した?」
「はい」
無意識に歯ぎしりをしていたらしく顎に変な違和感を感じる。
しかし、腹にたまるこの不快な気持ちは無視できないものだ。
「両親は、焼死、しました。家も、焼けました。事故として、終わりました」
「……」
たどたどしく語るそれは、まるで与太話のようだ。
でもこれは事実である。
「出火は、二人の、寝室から。たばこの、不始末、が、原因だと。いわれました」
「ああ、不始末に見せかけてたばこの火をどっかに燃え移らせ殺したと――でも実は吸っていなかったとか?」
前原さんの言葉に首を振る。
「見せかけたのは、正解ですが。でも、父は、吸って、いました。だけど、寝室では、吸わない」
「じゃあ寝室から火はおかしいな…奴は何をしたんだ?」
「ここで、クイズ、です」
当たっても賞金はなにもないけど。
真面目に参加してくれるらしく、前原さんは難しそうな顔でその場に座った。
明日香ちゃんもズルズルと動き前原さんの横に移動する。ブルータスも。
「睡眠薬で眠らせて…いや、たしか調べりゃわかるんだっけ。縛りつけていたとか?」
違う。
僕は首を横に振った。
「はい」
「明日香ちゃん」
律儀に手を上げた明日香ちゃんに発言を求める。
「直接火をつけましたね」
「大当たり」
対してうれしくなさそうに明日香ちゃんは手を上げた。
こんなもの当たっても気分良くないもんね。
ああ、それに明日香ちゃんは両親を殺した側か。様々な殺し方を模索していたとするならこの方法を考えていても不思議じゃない。
「…マジか…」
「そう、ふたりの身体に、直接、あいつは! 火をつけて! ッ……」
興奮しすぎて傷が痛んだ。
鋭い痛みが冷静さを連れ戻してくる。
深呼吸を二三度繰り返して落ち着いたのを見計らい前原さんは口を開く。
「二人の体から火が出たってことを不審に思うやつはいなかったのか?」
「きっちり、テーブルデスクにも、火を、つけて、ましたからね。タバコと灰皿まで、置いて」
「それはそれは…丁寧に」
まったくご丁寧としかいいようがない。
身内だったからこそできた、ごり押しな犯罪。
推理ドラマも苦笑いするレベルだろう。
それでもきっちり人は死んでいるわけだけども。
「あの、一つ聞いていいですか?」
明日香ちゃんが再び手を上げた。
「どうしてお兄さんはそれを知っているんですか?」
まあ、そこは当然気になるところだろう。
こんなに詳しいと逆に犯人に思われそうだ。
「ふたり、殺される、ところ、見ていた、から」