二日目・俺と川と吐き気 ■
川を見つけた。
明日香を水辺に座らせ、靴と靴下を脱がせ、足首を水に浸ける。
見る限り少し腫れているが、折れてはなさそうだ。
ぼんやりとしてるのでショートカットの髪を後ろから引っ張ってみた。
くいいと頭が後ろに倒れる。おお、成すがままだ。
面白いが後になって怒られると面倒なのでここまでにしておく。
一体どうしたのだろう。嵐の前の云々みたいな感じでとても気味が悪い。
明日香がいきなりフレンドリーになったというか。
…なんというか。なついた?
助けようとしたことがなんらかのスイッチを入れたらしい。
先ほどからどこかに意識を飛ばす彼女を見やりながら水浴びをする。
上半身だけ。下半身はほら、流石に抵抗があるし。
日が高い中、少女の目の前で色々と色々するほどそこまで人間やめてない。
いくらこれがバトルロワイヤルと言おうとも。
恥とかそういうのを捨てた時が人間として終わりだろうから。
というかこの腕時計、大丈夫だろうか。
防水性があるとはいわれたがどこまで防水するのか。
二日目で壊れるとか悲惨だろ。死ぬのとどっちが悲惨かは個々にお察ししてもらうとして。
「明日香」
濡らしたタオルを手渡す。投げたら悲惨なことになるのは目に見えてる。
「身体拭いてこいよ。俺の前で水浴びとかは嫌だろ」
「…ありがとうございます」
タオルを見つめ、一瞬何事か考えて、
「何があったんですか?その顔で優しい行為とかあまり似合いませんね」
「人の行為は素直に受けとれよオイ。あとなんだ、顔が気に入らないのか」
「ヤンキーが子猫を拾うぐらいには違和感があります」
「微笑ましいな」
若干復活したらしい。そこはかとなく漂う無礼感が戻っている。
ゆっくりと立ち上がり、明日香は足首に体重をかける。
特に表情が歪まないので問題はないらしい。
「お言葉に甘えて、拭いてきます。けして見ないで下さいね」
「鶴かお前は」
「おじいさん、機織り機買ってください。今なら20パーセントオフです」
「悪徳商法かよ」
言いたいことを言って満足したのかさっさと草の影に消えてしまった。
いつもの調子を取り戻したらしい。
だんまりなのは俺も気まずいので、まあこのぐらいならいいだろう。
「……」
下流に違和感を感じてそちらを見る。
何かが浮いていた。
とはいってもおおかた想像はついていたが。
周りを見回してからソレに近づいていく。
やはり死体だった。
男。頭を後頭部からかち割られている。
すでに血が流れていないのを見ると死んだのは昨日か。
…どかそうかな。
これから先、下流の川の水を使うときにこれを思い出すのは嫌だからな。
ばしゃばしゃと歩いて近づき、襟首を掴んだ。
ブニブニとしたふやけた冷たい感触が指から脳へ走る。
歯を食いしばって岸まで引っ張り、最後は地面に投げつけた。
川の水に手をつけ洗う。汚れているとか汚れていないかは関係ない。
あの感触を忘れたかった。
せりあがる吐き気を感じ、口をおさえた。
何も出てこない。だが胃液はのぼってきているらしい。
喉に酸っぱい味が広がり、ひりひりとした痛みを呼ぶ。
「メンタルよえーな…」
子供を殺すことは躊躇わなかったくせにな。
過去のフラッシュバックが蘇るだけでこれだ。
やっぱり俺、死んだ方がいい。
「大丈夫ですか」
感情のない声が後ろからかかった。
「…大丈夫そうに見えるか?」
「いいえまったく」
「ああそうかい」
「何かしましょうか」
「いや――いい」
「分かりました」
吐き気が収まり再び立ち上がるまで、明日香はそこから動かなかった。