八日目・不信血繋2
今回も明日香パート
あともう一つぐらい衝撃的な情報を開示されたら私は完璧に心が折れてしまう。
そのぐらいショックなことだった。
頭が今起きていることに完全に追いついていなくて現実を放棄しかけている。どうしようもない。
「…また、ご冗談を」
なんとか思考の中でまだ冷静な部分を引っ張り出して私は首を振る。口の中がカラカラでちゃんと発音できたかも不明ではあったが。
そう、こんなもの言ったもの勝ちなのだ。
血液検査も遺伝子判断もできないここでわざと私を揺さぶるために口にした、とっておきの嘘。
義父であった立場を乱用しているだけに過ぎない。
そうであってほしい――いや、そうであると自分に言い聞かせるように私は言う。
「私は、お前の血を引いていない」
「認めなかったらといってお前に混ざる血は変わるのか? 違うだろう?」
今膝を地面に付きかけた。危なかった。
どうにもこの男は真偽は置いといて説得力がすさまじい。だからこそ、ひょうひょうと生きてこれたのだろうが。
もっともらしいことを言いやがって。口から出任せなのは昔から重々承知だ、今更騙されてなるものか。
「嬉しがれよ、実の親だぞ」
「嬉しいわけない!」
怒鳴った瞬間に、棒が強かに左胸を突いた。
心臓が止まったかと思った。一瞬息ができなくなる。
黒川は私が抵抗不能になったその間を逃さず、真上から私の頭をぶん殴った。
さながらスイカ割りみたいだ。私の中身は飛び出さずにすんだようだけど。
目の前で星が舞う。
もうこの動作も何度目になるのか。ふらふらと身体を左右に動かしながらどうにか体制を保つ。
黒川の気味の悪い笑顔が無性に腹が立ってたまらない。
「寂しいよホントに。もー、こういうのは涙涙の感動の再開だろ?」
真逆の意味で涙涙なわけであるが。ここまでの前振りが酷すぎたから感動なんてのも一切できない。
それに、再会してうれしい人間なんてもう誰も生きていないはずだ。
ふつふつと湧いてきた怒りに任せ叫ぶ。
「私が実の娘だったとして――血の繋がった子供を遊び道具にして尚且つ身体を重ねてきたってことじゃないか!?」
返ってきたのは、舌打ちだった。
平気な顔をしてまた軽口をたたいてくるだろうと予想していた私は面食らった。
「関口と同じこと言うんだね」
「せき…?」
誰だそれ。今はじめて聞いた。
「覚えてないの? とにかくつまんない男でさぁ」
お前が異常なだけだと口は挟まなかった。
どうせ殺すにしても無駄に話はこじらせたくない。
「マイカが惚れた男っていうからどんなもんか見たら。ふっつーに生きるために仕事してる、ヤンキー崩れ。つまんねー奴だと思ったよ」
あれ。すごく、知っている気がした。
母親に惚れたとか言って転がり込んできたのは、案外普通の男で。髪を染めすぎて痛んだ毛先を気にしていた、暴力も振るわず、私たちに『普通』の暮らしをしよう約束してくれた、私にとって唯一の「お父さん」。
名前は知らなかった。どうせすぐいなくなるだろうといつも通りに名前を聞かなかったのだ。いつの間にかにお父さんと固定して呼んでいて――ついに分からずじまいだった。
「見分けるために髪飾り――カチューシャっていうの? 渡してたっけねぇ。そんなことをしなくてもよかったのに」
カチューシャ。間違いない、あの人だ。
私の記憶など一切知りもしないで黒川は私のわき腹を指さす。
刺青のことだと気付くのにさして時間はかからなかった。
「刺青があるって教えたらマジ切れしたんだよね。悲しくない? だって仕方ないじゃんね、お前ら顔似ているのをいいことに入れ替わって遊んでたんだから」
誰のせいだと思っている。
叩かれて泣きわめいていた唯一の姉妹を守ろうと思って何が悪いというのだ。
「…まるで刺青を彫ったことが正しいみたいなこと言うのやめてください。どうせ私たちがどっちかだなんてどうでも良かったくせに」
「どうでもよくないよ。見分けられないなんて親失格じゃないか」
どの口で親だと。
黒川は誤解だとばかりに大仰に腕を振って見せた。うざい。
「女の子に刺青入れたがっている仲間もいたからね、ちょうどいいかなって」
「……なにが」
ちょうどいいだ。
私はこの傷を身が焼き果てるまで抱えていかないといけなくなったというのに。
他人事だと処理しやがって。
「好評だったじゃん。それにほら、ちゃんと彫る前にきれいな肌の写真撮ってあげたし。二人並んで、さ」
「…それは私が五歳の話です。彫ったのは、十のころでしょう」
この男に限っては一度だけじゃなく、何度か出入りしているから。暇になるとふらりと来て、ふらりと帰る。迷惑というより恐怖だった。
最後に母親の激しい反発があってぱったり来なくなったけど。
「あーそーだっけ? 忘れちゃった」
私は今はっきり鮮明に思い出した。焚かれたフラッシュが脳裏によみがえる。最悪な気分だ。
それにもう一つ。私が初めての殺人をした日に起こったこと。京香を呼び出すための材料として同級生の持っていた写真は、その時参加していた奴らから回ってきたのだろう。
それにしてもそんな一高校生があんなものをもっているとは――しかも、なぜ私たちだと気が付いた? まさか、親があの時のメンバーの一人だったのか。
恐らくは仲間が今何しているなんて人の使い捨てに激しいこいつのことだ。知っている確率は少ない。色々と考えたいことはあるが、過去より現在だ。
だから、私は会話を元に戻す。
「その…関口って人はどうしたんですか?」
「殺した」
あっさりと、黒川は言った。
こころが折れる音がした。