二日目・私とおんぶと親近感 ○
長期休みは嫌いだった。
理不尽な暴力。耳を覆いたくなる罵声。
それがいつもまとわりついていたからだ。
だから京香と図書館に入り浸るのが日課だった。
いつかあの家を出ようと約束したのに。
京香は、私を置いて死んでしまった。
身代わりにされて。見捨てられて。
――――――
「……で、なんで私はおじさんにおぶわれているんですか?」
我に返ったらこれだ。
「あ?足ひねった痛い歩けないってピーピー言ってたバカはどこだ?」
「さて、どこでしょうか」
「お前だー!」
うお、びっくりした。
いきなり怒鳴らないでほしい。
「……確かに、『足が痛いです』とはいいましたが」
おんぶしろとは言っていない。断じて言っていない。
手を貸してくれるだけでも良かったのだ。
「ったく…」
どうして悪態をつきながらも私がずり落ちないようにするんだ。
今流行りのツンデレか。
…おじさんのツンデレ、ねぇ…。考えなきゃ良かった。
「今失礼なことを考えなかったか?」
「嫌ですね、明日香っちはそんなひどい人間じゃないですよ」
「明日香っちってお前…」
「マスコットキャラクターを目指しているんです。ゆるふわな感じの」
なんのマスコットかは知らないが。
口から出るに任せて言葉を並び立てる。
うん、頭を空っぽにして喋るってなかなか気持ちがいいな。
「うっせぇ血なまぐさいゆるふわキャラクターとか存在しちゃだめだろ」
「頭がゆるふわなんです」
「はっはっはっは」
乾いた笑いだった。
私も釣られて笑った。
多分どちらも乾いててすごい不気味だったと思う。
「……」
お腹に感じる体温がとても不思議な感じだった。
ここまで――京香以外の――密着したことがあっただろうか。
なんで私は、殺し合いにきておんぶされているんだろう。
なんなんだこの状況。
あれ。
ふと思った。
私の腕は今おじさんの首に絡めている。つまり。そう、つまり。
いつでも私はこの人を殺せてしまう。
――。
今日の朝も、できたはずだ。 なのに殺せなかった。
今も殺せない。
何故?
「……おじさんは」
「あ?」
「誰か、大切な人が死んだことありますか?」
「……」
怒られるかなと思った。
でもおじさんは何も言わない。
謝ろうとした時だった。
「ある」
ぼそりと答えた。
ひどく――影を潜めた言い方だった。
「そうですか」
当たり障りのない返答をする。
「お前は」
「妹を」
「自分の手で、か?」
ああ、そうか。
一家皆殺しといったらそう考えるもんな。
「違います。――他人の手で」
「そうか」
「はい」
ああ、私はこの人に親近感がわいてるんだ。
だから――殺せないんだ。
この人も胸の奥に深い傷があるんだ。
「…おじさん」
「なんだ」
「その人が死んで、悲しかったですか?」
「悔しかった」
「そうですか。私もです」
おじさんの背中がさっきよりも熱くなった、気がした。