八日目・他力本願
おなかがじくじく痛い。
髪の毛も数本抜けているのかぷちぷちと音がする。
そんなことよりも今は心臓が早鐘を打つ音と自分の喘ぐ息がうるさくて仕方がなかった。
大人しくしてくれと願うけれどまったく効果はない。
「だってよ、キョウカ」
おじさんのほうを向いていた顔を私に向けて、オトウサンは笑う。
さぁ、と首元から一気に温度が抜けた気がした。もはや冷汗が出ているのか身体がほてっているのかも判断が付かない。
無意識に片手が京香を探す。
いつも何かあると握ってくれた彼女の手がどこかにないかと思って。
当然そんなことはなく、空を虚しく掻いただけだった。
どうしよう、やっぱり私ひとりでオトウサンに向かうのは無謀だったよ。
どこかでお兄さんとブルータスが見守っていてくれると思っていても震えは収まらず、ますます悪くなっていく状況に頭痛がヒートアップしていく。
それよりおじさんは何を言っている。
なんで自分を殴れとかそんなこと口走っているんだ。サドか。
そしてこの男は私に何をさせようとしている。
――いや、そんな問いなんてしなくても最初から分かっている。
こいつはおじさんを殺すつもりなのだ。さっきはこのゲームにおける生を奪い、今度は存在自体までも取り去ろうと――そうしているのだ。
私の目の前で。
どこまでも私たちを痛めつけるのが好きだった男だ。今回だって――いや。今回だからこそもっと過激にしようとしているのかもしれない。
「その人はっ、殺さないで…」
喉の奥からしぼり出たのは惨めな言葉だった。
なんてざまだ。
命の庇いあいなんて、第三者から見れば滑稽にしか思えないだろうに。
それでも言わずにはいれなかった。この男にだけは、誰も巻き込ませたくない。
「いやいや、殺さないよ? おれはそんなことしない」
眉を軽く上げた後に小首を傾げる。
かわいさアピールのつもりか。
普段その顔立ちとしぐさで何十の女を釣ってきたかは知らないが、私にとっては憎さしか感じ取れない。
「知ってんだろー? おれは、おれの手を汚さない」
「は…」
その言葉通りに受け取ると、先ほどの『殺さない』というセリフは『自分は殺さない』という意味合いに感じられるのだが。日本語って複雑。
ほかの人間にやらせると、そういうことか。
じゃあ、誰にさせるのか。
視界に端に映る顔色の悪い男性衆が気まずげに私から目を逸らした。
嫌な予感しかしない。
「ってか、もともとこれって一人になるまで殺し合うってやつじゃん? そうなるといずれはお仲間さんもいらなくなるよね?」
「……なにを…」
「今のうちにやっちゃいなよ」
「やるって、誰を、私に――どうしろと」
「しっかりしなよ、キョウカ。あそこの男を殺せって、そう言っているんだよ」
おじさんをすごく恨んだ。
どうしてくれる、私がピンチじゃないか。