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八日目・奪還希望

 朦朧としていた意識が突如聞こえた悲鳴に反応してそれなりに回復する。

 少しだけ顔を動かして見えた空は白々と明けてきていて、八日目を迎えたのだと知った。


 あれっ、そういえば俺生きている。さすがにあの流れは死んだと思っていたんだけど。

身じろぎをしようとして気づいた。なんか縛られていないか。そこまで警戒させちゃったか。失敗した。

 動いたついでに後頭部の鈍い痛みが顔を出してきたので顔をしかめる。頭蓋骨陥没なんてシャレにならないぞ。

 そんなことになっていたら意識なんて戻っていないか、死んでいるかのどちらかだな。

 ところで今の悲鳴は何だったのか。

 なかなか回らない脳みそで考え始める。


「お久しぶりです、オトウサン」


 まだはっきりしない視界で声のほうを見る。

 立っていたのは黒髪のショートカットで、全体的に赤黒く染められている薄手のコートを羽織った少女。

 健康そうとは言えない青白い顔で、ただ一人――俺を散々ボコボコにしている男をにらんでいた。


 …あす、か? 明日香か?

 瞬きを何度か繰り返してみるが、その姿はやっぱりあの無表情で無愛想な殺人鬼少女だった。

 馬鹿だろ。ウソだろ。なんで戻って来てんのあいつ。

 俺は何のためにお前らを先に行かせたと思っているんだ。

 岡崎だとかブルータスはどうした。あいつらはこいつを一人で行かせるような無謀な真似するとは思えない。


 まさか――知らないうちに死んだのか?

 口の中がカラカラになる。

 ただで死ぬようなやつらだとは思わないが。特にブルータス。

 いや、まて、死んだだなんて判断材料が少なすぎる。ここは心を平穏に保て。


「やあ。早速で悪いんだけど、どっち?」


「……どっちとは」


「アスカかキョウカか。おれ的にはキョウカな気がするんだけど」


 もしかしてこいつ京香が死んだことを知らないのではなかろうか。

 じゃなかったらこんなことわざわざ聞くとは思えない。

 いや、どうだろう。掴みどころがないため確定できない。


「あなたがこれを覚えているかどうか分かりませんが」


 明日香は服の裾を片手で掴んだ。

 下着が見えるか見えないぐらいまでたくし上げる。

 周りから息をのむ声がする。

 どういった意味かまでは知る由もないが。まあ若い女がいきなり服を脱ぎかけるなんざ目の当りにしたらそれだけでびっくりするし。


 普段ちょいちょい押さえていたわき腹があらわとなっていた。

 そこに二輪の百合が咲いている。刺青だ。

 今更驚きはしない。川でなんやかんやあったときにほんの少しの間だったが見ていたから。


「やっぱりキョウカか。元気してた?」


「…はい」


 視線を軽く地面に落として、明日香は小さく返事をする。

 あの男の中では明日香はキョウカなのか。ややこしい。


「嬉しいなー。アスカもいればもっとだったのに」


「はい」


「ああ。いいよ、服戻して」


「ありがとうございます」


 父だとか娘だとか、そんな間柄の会話ではなかった。

 「なんだありゃ」と俺のそばにいる男が呟く。全くその通りだと思う。

 あんなの親子じゃない。人間らしさすら感じないやりとり。

 ロボットのような。それは違うか。

 明日香は、この男の前では――『お人形さん』なんだ。


「そんでさ、キョウカ」


「はい、なんでしょうか」


 これまで以上に感情のない、魂の抜けた声で明日香は答えた。

 よくよく見れば彼女は強く手を握りしめていた。気のせいでなければ震えてもいる。

 怖いのは、この男か、状況か。


「何しにここに戻ってきたのか、説明してくれるよね?」


「それは」


 明日香は俺にちらりと目をやった。

 視線がぶつかる。

 彼女の表情が一瞬緩んだ気がした。


「その人を取り戻すために」


 本当に、馬鹿か。お前は。

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