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八日目・作戦開始

 空がうすら明るくなってきた。ーー作戦開始だ。

 話し合いをした結果、私とお兄さんは分かれることになった。

 こちらは陽動。私があの男の前へ。つまり、最初にお兄さんが提案したのと全く逆である。


「どんなときだって僕が付いているからね」


 お兄さんは映画のラストシーンみたいなことを言って私と別れた。

 それから、ブルータスとも。

 私がブルータスのことが心配な旨を伝えると連れて行ってくれることになったのだ。

 抱っこされて悲しげな眼を向けてこられるとすごく心が痛む。だが、お互いのためだ。分かってくれ。


「じゃ、行きましょうか」


 中年男性の背中にナイフの切っ先を当てて促す。

 ゼェゼェあえぐ声がうるさいのだが、注意するとさらに荒くなりそうなので放置ということで。


 しばらく無言で歩く。

 なんか気まずかった。最初の時のおじさんと私の間に流れていた空気みたいだ。

 あの時はまさかここまで一緒に行動するなんてこと思ってなかったんだけどな。


「そういえば名前はなんていうんですか?」


「ひぇっ!?」


 名前ごとき聞いたぐらいでそんなにおびえなくてもいいのに。

 いや、怯えるなというほうが無理なのか。

 会話がスムーズにいかなそうだなと若干悲観しながらもう一度繰り返す。


「名前は何ですか」


「な、名前!?」


 そんなにびっくりしなくても。

 私のほうが驚いてしまう。うっかり刺しかねない。


「名前。そりゃあ、人間ですからあるんでしょう?」


 あの男に取り上げられたわけでもあるまい。

 なかったらどうしようかとも思ったがそんなことはなかった。


「三坂耀平…」


「へぇ。私は来宮明日香です」


 自己紹介はあっさりと終った。

 意味もなく自分の今までの経歴を話してみようかとも思ったが、これ以上に怯えたらめんどうだ。

 声を掛けただけでこれなのだから『殺人鬼なんですよ私』なんて言ったらいろいろな液体漏らしかねない。そんな人の後ろについていきたくない。


「……三坂さん」


「はっ、はい!」


 そんなに怖い顔しているだろうか私は。

 試しに頬を触ってみるが眉間に浅くしわが寄っている以外はそんなに変わらない。


「あの男はあなたにどう映りましたか」


「……怖い方だと思います」


 だろうな。

 一部では『素晴らしい人』『とても頼れる人』という意見もあるが、それは表の顔だ。

 裏の顔はどうしようもないほどに歪んでいる人間。


「最悪でしたね、あんな人に会ってしまって。会う前に死んだほうがよほど楽だったでしょうに」


 心からの言葉を述べたつもりだったがドン引きされてしまったようだ。

 「狂ってる…」と小声で言っているのが聞こえたがいちいちそんなことを取り上げるほど私にも余裕がない。

 あいつに会う、という恐怖がじわじわと胸の底から這いだしてきているのだ。


 ざっくざっくと雨に濡れた草の中、ズボンに徐々に水分をしみこませながら歩いていると三坂さんは止まった。

 うかがうように私を振り向く。


「もうそこです……」


「はぁ。案内お疲れ様でした」


 もう少し進んで、私たちとおじさんが分かれたところに来た。

 戻ってきたのだ。

 あの男の影が見えた気がして、身体全体に震えが走る。


「戻ってきた!」


 誰かが叫ぶ。

 それに返すようにして三坂さんも叫び返そうとした。


「もうひ…ギャアアアアッ!!」


 お兄さんが隠れているところを言いかけたので当初の予定通りとっとと刺殺する。

 左の肩甲骨下から、斜めに。あまりうまくいかなくて、痛みに悶絶してから死んだ。

 彼には悪いが作戦を聞かれている以上最初からこのつもりだったので諦めてもらうしかない。諦めてもらうも何もたった今死んだけど。

 血を浴びて、さらにナイフも先っぽが折れてしまった。最初から私に付き合ってくれていたナイフはここでお役御免か。サバイバルナイフがあるとはいえ少し物悲しい。


 三坂さんが倒れて広がった視界の端でおじさんがうつぶせになって倒れていた。

 生きているよね。死んでなんかいないはずだ。死んでいたら縛られていないと思うし。

 身体が震え始めるが、それでも私はそいつの顔を見た。


「――お久しぶりです、オトウサン」


 さあ、戦え、私。

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