第4話
広いこの世の中で偶然があるのだとしたら、それは本当になんて確立が低いんだろうと思う。
なんて運がいいんだろうと思う。
学生時代にお世話になった恩師、憧れていた彼、そして付き合っていた彼…
その誰とも今まで会う事などなかった。
どこかで会うかも…そんな風に思った事もあったけれども、年月が経つに連れて、
そういう偶然はまずない事を優理子は身をもって知った。
そのぐらい、優理子は街中で知り合いに会う事はなかった。
けれども、運命はすごく残酷だと思う。
会いたくない相手に限って会ってしまう。
知りたくない事に限って知ってしまう。
年を重ねていくと、人はまさか…と思うような事に直面してしまうこともある…。
和人と親しくなってから3ヶ月近くが経っていた。
その日は冬だというのにとても暖かく天気のいい日曜日だった。
優理子はあまりにも天気が良かったので、普段は乗らない電車に乗って、
オープンしたばかりのショッピングセンターへと買い物に向かった。
いつもは家の近くか会社の近くでしか買い物をしないのに、その日に限って
違う路線の駅まで出向く事にした。
何故?と聞かれると困る。
天気の良さが、そして優理子の気持ちがそういう風に向いていただけだ。
秋の枯れ葉が舞い落ちてしまった街路樹を歩きながら、優理子はずーっと向こうに
見覚えのある横顔を見つけた。
「和人…?」
優理子はしばらくその横顔を見つめ、そしてそれが間違いなく和人だとわかると、
急いで駆け寄っていった。
和人の家もこの近所じゃないはずだった。
優理子はその事に運命を感じながら、約束していない日に会えた事に喜びを感じながら、
嬉しい気持ちを抑えるようにして、和人のもとへと走り寄っていった。
「和人」
そして、声をかけた瞬間、それを後悔した。
「ど、どうしたの? こんな所で…」
和人は明らかに焦っているような困惑した顔をしていた。
「偶然ね。ちょっと天気が良かったから、こっちの方に買い物に来てみたの」
「そっか」
和人はそう言いながら、店の前のウィンドウの中をちらりと見た。
「和人は? 誰かと一緒?」
優理子は何の疑いも持たずに聞いた。
「あぁ、うん、ちょっとね…」
相変わらず、和人は歯切れが悪い。
優理子はちょっと拗ね気味に「何よぉ、せっかく会えたのにその態度は…」と
言いかけたその時だった。
「お待たせ」
長い髪の毛先にゆるくパーマをかけた髪型の女性が出てきた。
そして、その女性は「あら? お知り合い?」と和人に尋ねた。
「あぁ、うん、会社の子」
咄嗟の出来事に、和人はそう答えていた。
そして、優理子はその言葉を聞いて、思考回路が一瞬止まったような気がした。
けれども、またすぐに動き出した頭と心で、優理子はすごく嫌な予感を感じた。
「そう、はじめまして。中尾の妻です」
その女性はまるで常に用意されている言葉かのように、そう言い、
そして軽く一礼した。
優理子は和人の顔を見た。まるで、初めて会う人を見るかのようにじっくりと…
けれども、和人は優理子と視線を合わさず、うつむき加減で街路樹の先の方を
見ていた。
優理子は今の状況を理解できずに呆然と立ち尽くしていた。
やがて、和人の妻は「それじゃ…」と言い、和人は無言で優理子の隣を
通り過ぎて行ってしまった。
優理子はしばらく立ちすくんでいたが、ふと我に返り、周りの人の流れに乗るように
歩き出した。
後ろを振り向くことはしなかった。
後ろを振り向くと、全てが現実になってしまうような気がしたから…
ぼーっとしながら、けれども真っ直ぐに前だけを向いて、ただひたすら歩き続けた。