第1話
「あぁ、寒い…」
優理子は両手に息を吹きかけて、軽く擦り合わせた。
駅前に並ぶベンチに座ってからもう30分が経とうとしていた。
その前までは駅前のビルの中の喫茶店に居たのだけれども、2時間近く居ると、
さすがに長居しずらくなってきて店を出た。
もしかすると、雑踏の音に紛れて着信音に気づかずにいたかもしれないという
淡い期待を胸に、着信のない携帯を何度も何度も確認する。
和人からは何の連絡もない。
でも、優理子はそれも無理はないかもしれないと思う。
今日はクリスマスイブ。 しかも日曜日の夜なのだから…
きっと今頃は家族で食事にでも行っているにちがいない…
優理子はそう思いながら、家族サービスをする和人の姿を想像した。
和人には妻子が居た。優理子とはいわゆる不倫と呼ばれる関係だった。
何度も終わりにしようと思った。
そして、何度も「さようなら」を告げたりもした。
けれども、何度も和人から連絡があり、その都度「会いたい」などと
言われてしまうと、結局はまた逆戻りしてしまい、会ってしまうのだった。
初めて会った時は、和人が既婚者だとは知らなかった。
妻も子供も居る相手だとは思いもしなかった。
嘘をつかれていたといえばそれまでだけれども、和人のプライベートの事を
何も聞かなかった優理子にも責任はある。
優理子と和人はインターネットの掲示板で知り合った。
その頃、仕事の事で悩んでいた優理子は、インターネット上で色々な相談を
投稿できる掲示板を時々覗いていた。そして、そこで優理子の相談に乗ってくれたのが和人だった。
「仕事にやりがいを感じない。職場の人間関係がうまくいかない。
毎日、同僚から仲間はずれにされていて仕事へ行くのがとてもつらい…
いっその事、やめてしまおうかとも思っている」
優理子はそう掲示板に書いた。
そして、その書き込みに和人だけが返事をくれた。
「やめてしまう事は簡単だけど、どんなに小さな仕事でも自分がしてきた仕事を
認める事も大切だと思う。人間関係はどこへ行っても多少のもつれはあると思うし…
どうしても我慢できなければ辞める道もあるけれども、それよりも仕事以外に
他に楽しみを見つけて私生活を充実させると、仕事は仕事と割り切れるように
なるし、仕事へ行くのがつらいと思う気持ちもなくなると思うよ」
そして、返事の最後には「仕事での嫌な事や愚痴があれば、俺が聞いてあげるよ。
誰かに話せば少しはラクになると思うし、困ったらいつでもメールしてきて」と、
メールアドレスも書かれていた。
そして、優理子は、数日間悩んだ末、戸惑いながら和人にメールを書いた。
自分が職場では必要とされていない人間だという事、自分がしている仕事は
誰にでもできるような雑用のような仕事である事、そして、仲間はずれになった
原因として心当たりのある事についても…
和人は優理子のそのメールに対しても、とても丁寧に返事をくれた。
時には相談や悩み以外のプライベートな内容も含めて…
優理子は和人とメールの交換をするうちに次第に和人に心を許すようになり、
そしてまた職場での嫌な事も忘れられるようになっていた。