「君を愛することはない」と言われたので、承知して鶏と果樹を育てていたら、旦那様が毎朝いちご畑で待っています
「君を愛することはない」と言われたので、承知して鶏と果樹を育てていたら、旦那様が毎朝いちご畑で待っています
結婚式を終えた夜、ヴィオラは侍女に外してもらった真珠の髪飾りを、青い天鵞絨の箱へ一本ずつ戻していた。暖炉では樫の薪が赤く崩れ、祝宴で焚かれた百合の香りが寝室に残っている。夫となったアルフォンスは上着も脱がず、窓辺に立ったままヴィオラへ背を向けていた。
「先に伝えておく。私は君を愛することはない」
ヴィオラは最後の髪飾りを収め、箱の蓋を閉めた。アルフォンスには長く思い続けていた女性がいたものの、その女性はすでに隣国へ嫁いでいると聞いている。領地同士の都合で結ばれた婚姻とはいえ、初夜にわざわざ口にする必要のある言葉ではなかった。
「承知しました」
アルフォンスが振り向いた。泣き声も問い詰める言葉も返ってこなかったため、用意していた説明の置き場を失ったらしい。ヴィオラは真珠の箱を侍女へ渡すと、重たい婚礼衣装の袖口を整えた。
「寝室は別にいたしましょう。ただし、領主夫妻として必要な行事には出席します。後継者については、半年後にご両親を交えて相談させてください」
「ずいぶん冷静なのだな」
「泣けば愛してくださるのでしたら、朝まで泣きますけれど」
アルフォンスは口を閉じ、そのまま寝室を出ていった。残されたヴィオラは、祝宴でほとんど手をつけられなかった焼き菓子を一つ割った。蜂蜜と胡桃の香りは残っていたが、白い砂糖衣は夜気を吸って湿っていた。
翌朝、ヴィオラは屋敷の裏手を見て回った。石垣のそばには屋根の傾いた鶏小屋があり、その向こうには腰の高さまで雑草に埋もれた菜園が広がっている。さらに南の斜面には、蔓草に覆われた桃や栗、林檎の古木が、互いに枝を絡ませて残っていた。
「ここを使ってもよろしいかしら」
老庭師のヨハンは、土のついた帽子を脱いだ。先代の奥方が亡くなってから、菜園も果樹園もほとんど使われていないという。ヴィオラは落ちていた細い枝を拾い、黒く湿った土へ畝の線を引いた。
「鶏を六羽飼いましょう。日当たりのよい場所にはバジルとトマトを植えます。古い果樹は枯れた枝を落とし、空いた場所に桃と栗と林檎の苗木、それからブルーベリーを加えたいわ」
「新しい果樹が実をつけるまでには、何年もかかりますよ」
「ちょうどいいわ。私も、この家で自分の暮らしを作るまでには何年もかかるでしょうから」
厨房に近い一角には、いちごの苗を植えることにした。朝のうちに摘めば、温まって傷む前に厨房へ運べる。ヴィオラは土を指で崩しながら、ここで食べたいものを一つずつ増やしていこうと決めた。
その日の夕食には、領内で採れた茸と玉葱のスープが並んだ。ヴィオラは厨房で味を確かめ、香りの薄かった鍋へ刻んだ乾燥香草を少し加えていた。アルフォンスは一口飲んだあと、銀の匙を皿の縁へ置いた。
「私の好物を調べたのか」
「いいえ。料理長が、茸を早く使わなければ傷むと申しましたので」
「私の気を引こうとしても無駄だ」
「承知しております。冷める前にお召し上がりください」
ヴィオラは自分のパンを千切り、スープへ浸した。アルフォンスは何か言いたそうに彼女を見たが、結局、二杯目のスープをよそわせた。食堂には匙が陶器へ触れる小さな音と、暖炉で薪の割れる音だけが続いた。
春が深まると、修理した鶏小屋へ赤茶色の雌鶏が六羽やってきた。ヴィオラは朝の支度を終える前に長靴を履き、飼料を入れた桶を持って庭へ出た。鶏たちは彼女のスカートの裾を追い、湿った土には三つ指の足跡がいくつも残った。
ある朝、一羽が古い柵の隙間を押し広げて逃げ出した。出勤前のアルフォンスが玄関を出たところへ鶏が走ってきて、磨き上げた長靴の上を踏んだ。ヴィオラは鶏を追ってきたが、笑わずにいるため唇を固く結んでいた。
「何をしている。早く捕まえろ」
「挟み撃ちにいたしましょう。旦那様は右へお願いいたします」
「なぜ私が」
「では、馬車を十分ほどお待たせください。御者には鶏の都合と伝えておきます」
アルフォンスは眉間へ皺を寄せながらも、鶏の右側へ回った。二人が同時に手を伸ばすと、鶏はけたたましく鳴いて羽ばたき、アルフォンスの胸へ飛び込んだ。濃紺の上着に羽毛をつけ、両腕で鶏を抱えた彼を見て、ヴィオラはとうとう声を立てて笑った。
「笑うな。君の鶏だろう」
「申し訳ありません。けれど、とてもお似合いでしたので」
「どこが似合うというのだ」
「逃げられないように、しっかり抱いていらっしゃるところが」
その日の夕方、鶏小屋の柵は新しい板へ替わっていた。アルフォンスが町の職人へ命じたらしく、扉には頑丈な留め金までつけられている。ヴィオラが礼を言うと、彼は鶏に馬車を止められては困るからだと答え、上着についた最後の羽毛を指で払い落とした。
初夏には、いちごが赤く色づいた。朝露が葉の先で光り、熟れた実に触れると指先へ甘い香りが移った。ヴィオラが籠を腕に掛けて摘んでいると、散歩着姿のアルフォンスが畑の前で足を止めた。
「ずいぶん早いのだな」
「日が高くなる前に摘んだほうが、実が締まっていますから」
「それは甘いのか」
ヴィオラは手の中で一番赤いいちごを眺め、そのまま自分の口へ入れた。果汁が舌の上ではじけ、表面の小さな粒が歯に触れた。アルフォンスは差し出されると思っていたらしく、何もなくなった彼女の指先を見つめた。
「私の分は?」
「お召し上がりになるとは思いませんでした」
「食べないとは言っていない」
「では、ご自分で赤いものをお選びください。へたの近くまで色づいた実がおいしいですよ」
アルフォンスは朝露で靴を濡らしながら畑へ入った。最初に摘んだ実は裏側が白く、次の実は小鳥につつかれていた。三つ目でようやく真っ赤ないちごを見つけると、彼は土のついた指でそれを口へ運んだ。
「甘いな」
「昨日までは酸っぱかったのです。一晩で変わるものですね」
「明日も摘むのか」
「赤くなった実があれば」
翌朝、ヴィオラが畑へ出ると、アルフォンスの姿はなかった。土の上には昨夜の雨が小さな水溜まりを作り、濡れたいちごの葉が朝日に光っている。ヴィオラは一人で実を摘み、厨房で焼いてもらった薄いパンへ潰したいちごと蜂蜜を塗った。
夏になると、菜園はバジルの香りで満ちた。ヴィオラは熟れたトマトと一緒に煮込み、陶器の瓶へソースを詰めた。厨房の窓から漂う大蒜と焼いたチーズの匂いにつられ、帰宅したアルフォンスが顔を出した。
「今夜は何だ」
「鶏肉の香草焼きと、トマトの煮込みです」
「食堂へ運ばせてくれ」
「旦那様は晩餐会でお戻りにならないと伺いましたので、一人分しかございません」
「予定が変わった」
「では、パンとチーズを追加いたします」
アルフォンスは厨房の作業台に並んだ料理を見た。ヴィオラは自分の皿から鶏肉を分けるとは言わず、瓶の蓋を清潔な布で拭いている。彼はしばらく立っていたが、やがて上着を脱いで椅子の背へ掛けた。
「鶏をもう一枚焼くには、どれくらいかかる」
「三十分ほどです」
「待つ。何か手伝えることはあるか」
「では、そのバジルの葉だけ摘んでください。茎を入れると口に残ります」
アルフォンスが摘んだ葉には、茎が何本もついていた。ヴィオラは黙って一本ずつ取り除き、料理長は鍋の向こうで咳払いをした。それからアルフォンスは、帰宅が遅くなる日には必ず厨房へ知らせるようになった。
ある夕方には、予定より早く帰宅したアルフォンスが、籠いっぱいのトマトを厨房まで運んだ。ひとつが上着の前で潰れ、淡い灰色の布へ赤い染みが広がった。侍従が駆け寄ったが、アルフォンスは籠を置くまで手を貸させなかった。
「この程度で捨てる上着ではない」
「昨年までは、泥が一滴はねただけで着替えていらしたそうですよ」
「誰から聞いた」
「お屋敷の皆が知っています」
「余計なことを話す使用人ばかりだな」
「鶏を抱いた旦那様のお姿も、全員が覚えております」
アルフォンスは口元を手で覆えと言ったが、ヴィオラは笑いながらトマトを水へ沈めた。冷たい水の中で、赤い実が互いにぶつかって鈍い音を立てる。彼は濡れた一つを取り上げると、ヴィオラに教わったとおり、へたを傷つけないよう木皿へ並べた。
秋には、手入れを再開した古い果樹がわずかな実をつけた。桃は三個、栗は籠に半分、林檎は五個だけだったが、ヴィオラはどれも捨てずに使った。傷のある桃は砂糖煮にし、栗は鶏肉と炊き込み、固い林檎は薄く切って焼き菓子へ並べた。
新しく植えた苗木は、まだヴィオラの背丈ほどしかなかった。アルフォンスは斜面を通るたび、葉の数や幹の太さを確かめるようになった。ある朝、林檎の若木を支える添え木が傾いているのを見つけると、自ら木槌を持ち出して打ち直した。
「庭師に頼めばよろしいのに」
「ヨハンは北側の栗の木を見ている。これくらいなら私にもできる」
「曲がっていますよ」
「君は見ているだけでなく、押さえてくれ」
「命令ですか」
「頼んでいる」
ヴィオラが添え木を両手で支えると、アルフォンスは木槌を振り下ろした。一打ごとに湿った土の匂いが立ち、若木の葉から露が二人の袖へ落ちた。打ち終えた添え木はわずかに斜めだったが、ヴィオラは直さず、そのまま麻紐を結んだ。
夕食後、アルフォンスは林檎の焼き菓子を半分残した。甘いものを好まないはずの彼が、皿を下げようとした侍女の手を止める。翌朝食べるから取っておくようにと言い、冷めた紅茶を一口飲んだ。
「来年は、もっと実るのか」
「古い木の手入れがうまくいけば。今年よりは増えるでしょう。新しい苗木は、まだ先です」
「桃の苗を南側へ二本増やしてはどうだ」
「桃がお好きでしたか」
「君が作った砂糖煮なら、また食べてもいい」
「私のために作ったものですけれど」
「では、二人分作れるほど実らせればいい」
ヴィオラは返事をせず、紅茶へ温めた牛乳を注いだ。白い渦が広がり、やがて薄い琥珀色に変わっていく。アルフォンスは何かを待っていたが、彼女が砂糖壺へ手を伸ばすと、諦めたように自分のカップを持ち上げた。
冬の初め、斜面へ水を運んでいた古い水路が崩れた。春までに修理しなければ、若い果樹が夏の日照りに耐えられない。ヴィオラが庭師と費用を計算していると、アルフォンスが巻いた領地図を抱えて書斎へ現れた。
「上流に使われていない貯水池がある。そこから新しい水路を引けば、夏にも水が切れない」
「古い水路を直す場合の倍はかかります」
「果樹園だけでなく、途中にある村の畑にも水を回せる。領地の事業として行おう」
「私の果樹園のためではないのですね」
「最初は、君の果樹園を守りたいと思った」
薪のはぜる音が、書斎の隅で続いた。アルフォンスは地図の端を指で押さえたまま、ヴィオラを見た。一年前の婚礼の夜と違い、逃げるための扉を背にしてはいなかった。
「だが、君が育てたものは、もう君一人の楽しみではない。庭師も厨房も村の者も、来年の収穫を待っている。私も待っている」
「果物をですか」
「君が、次に何を始めるのかを」
ヴィオラは地図へ視線を落とした。貯水池から果樹園まで引かれた線は、畑の多い二つの村を通っている。水路の幅や傾斜だけでなく、必要な石材の数と雇用できる村人の人数まで、小さな字で書き込まれていた。
「一晩で調べたのですか」
「三晩だ。君が桃の砂糖煮を作っていたころから考えていた」
「夜更かしをなさると、朝起きられませんよ」
「朝の話をしてもいいのか」
アルフォンスの指が地図から離れた。彼は椅子へ座らず、ヴィオラの前で頭を下げた。暖炉の光を受けた髪には、細かな木屑が一つ残っていた。
「君を愛することはないと言った言葉を、取り消したい」
「言葉は取り消せても、私が一人で食事をした一年は消えません」
「分かっている。許してくれとは言わない」
「では、何をお望みですか」
「これから先の食卓に、私の席を作ってほしい。そのために必要なことを教えてくれ」
「私は、旦那様のお食事係ではありません」
「ああ。君が用意した幸福を、座って受け取るだけではいけないことも分かった」
アルフォンスは再び地図を広げ、水路予定地の脇へ指を置いた。そこには、彼自身が受け持つ工事と、冬の間に村人と相談する日程が書かれている。ヴィオラは銀色の定規を当て、果樹園へ引き込む支流を一本書き加えた。
「水路工事は、旦那様にお任せします」
「それでは足りない」
「いちご畑の東側が空いています。春になったら、そこを耕してください」
「何を植える」
「白いいちごを試します。赤くならないので、食べ頃を見分けるのが難しいそうです」
「ならば、毎朝確かめよう」
「寝坊なさらなければ」
冬の間、アルフォンスは水路工事のため何度も村へ通った。雪の残る朝に出発し、靴へ泥をつけて帰ると、工事の進み具合をヴィオラへ報告した。ヴィオラはその横で春に植える野菜の種を選び、二人は同じ机を使いながら、それぞれの帳面へ数字を書き込んだ。
春になると、新しい水路に澄んだ水が流れた。村の畑では子供たちが水へ手を入れ、果樹園では若木の根元まで細い流れが届いた。いちご畑の東側には、アルフォンスが耕した畝が三本並び、白いいちごの苗が小さな花をつけていた。
最初の実がなった朝、アルフォンスは日の出前に目を覚ました。古い上着に着替え、まだ冷たい長靴を履いて庭へ出る。朝霧の向こうでは、ヴィオラが籠を腕に掛け、白いいちごの葉を一枚ずつ持ち上げていた。
「おはようございます、旦那様。今日はお早いのですね」
「昨日、先に三つ摘んだだろう。今日は負けない」
「勝ち負けではありませんよ」
「では、一番甘い実を見つけた者が、朝食の卵を二つもらうことにしよう」
「その卵を産んだ鶏を捕まえたのは、どなたでしたかしら」
「一年も前の話を、いつまで覚えているつもりだ」
鶏小屋から、朝を知らせる鳴き声が響いた。アルフォンスは葉の下へ指を差し入れ、薄桃色を帯びた実を見つけたが、すぐには摘まなかった。隣へしゃがんだヴィオラへ、確かめるように顔を向けた。
「これは、もう食べ頃だろうか」
「触ってみてください。少し柔らかければ大丈夫です」
「一緒に摘んでくれないか」
二人の指が、細い茎の上で重なった。摘み取ったいちごは二人で分けるには小さすぎたため、アルフォンスは迷った末にヴィオラの口元へ差し出した。ヴィオラは一口かじり、残りを彼の手へ戻した。
「甘いですか」
「一人で食べた去年のいちごより、少しだけ」
アルフォンスは残りを食べ、表面の粒を確かめるようにゆっくり噛んだ。土と朝露の匂いのなか、白いいちごはまだ畑のあちこちに隠れている。ヴィオラは空の籠を持ち直し、今度は自分から彼の隣へ並んだ。
翌朝、ヴィオラがいつもの時刻に畑へ向かうと、アルフォンスはすでに白いいちごの前へしゃがんでいた。三日目も、その次の日も、彼は籠を二つ用意して待っていた。雨の朝には二人分の外套を抱え、冷え込んだ朝には湯気の立つ香草茶を小さな水筒へ入れていた。
「旦那様、毎朝ここにいらっしゃいますね」
「君が来るからな」
「いちごを摘むためでしょう」
「最初はそういうことにしておいてくれ」
ヴィオラは籠を一つ受け取り、濡れた葉の間をのぞき込んだ。アルフォンスは先に見つけていた大きな実へ手を伸ばさず、彼女が気づくまで黙って待っている。ヴィオラはその実を摘むと、今度は最初から半分を彼へ差し出した。
斜面では、桃と林檎の若木が新しい葉を広げていた。実を結ぶまでには、まだ何年もかかる。二人は急がず、鶏の鳴き声を聞きながら、朝露に濡れた畑で今日食べるいちごを探した。




