坂地怪奇倶楽部~久倭湖の謎
西日の強い放課後。ここ私立革正学園も校舎の壁に斜めの線を描くように太陽光線が眩しく照らし、光と影を強調していた。多くの生徒が階段を下り、靴に履き替えて校舎を背に学校を出る。共に本校の生徒でクラスも一緒の児島と松岡の2人が廊下を歩いていると、生徒の一人が廊下の窓からじっとある方向を見つめていた。
「アレ?あそこにいるのクミちゃんじゃない?」
「うん?あっ!そうだ。クミちゃんだ。何やってんだろ?」
児島や松岡とは学年が一つ下の仙道が瞬きもせず、大きな目を見開いて窓の外を見ていた。児島と松岡が近づいて仙道が見ている方向に目をやると、中庭の中央にそそり立つケヤキの木が生えている。
「ねぇ、クミちゃん何を見てるの?あそこにあるケヤキの木?そこに何かいるの?」
「いる」
「そ、そう。いるんだ」
「あの木に何かいるのか?お、俺には分からないけど」
3人が1ヶ所に集まって窓の外を眺めていると後方から声がした。
「集まってるねぇ~どれ、僕も仲間に入れてほしいな」
「部長!ちょうどいい時に。これから部室に行こうかなって思ってたんだ」
「そうか。それは丁度よかった。ところでそこで何を見ているのかな?」
「あれよ、あれ。ケヤキの木に何かいるって。クミちゃんが」と樹木を指しながら児島が言った。
「ふ~ん、たとえ何かいても見えるのはクミちゃんだけだからね。さて、今からどうだい。部室に行こうじゃないか、話したいことがあるんだ」
「カメラ小僧は?」
松岡がそう言いながら周辺をキョロキョロと見回した。カメラ小僧とは新井のことである。
「新井くんにはすでに連絡してあるから。さて、部室に向かおうか」
坂地怪奇倶楽部のリーダー、坂地がそう言うと、4人はぞろぞろと足並み揃えて部室へと向かった。怪奇倶楽部のメンバーは5人。3年生で部長の坂地学を筆頭に心霊スポット巡りが生きがいだと言って憚らない2年生の児島綾香。廃屋と聞くと目を輝かせる2年生、松岡秀明。写真家の父を持つ2年生の自称カメラマン、新井浩介。幼い頃から飛び抜けた超自然的能力を持つ1年生の霊感少女、仙道久見子。坂地がかつてサッカー部員が使用していた部屋を借りて発足した「坂地怪奇倶楽部」。クラブ活動といえば彼らが住む地域、及び、学校の周辺で起こる怪奇現象を調査、解析を行ない、これら不思議な出来事に対して解決への方法を探すのがクラブ活動の目的である。部室に入ったメンバー達は部屋の中央に置かれたテーブルのまわりに座ると一息ついた。しばらく雑談をしていると新井が息を切らしながら部室に入ってきた。
「遅れましたぁ~、ただいま到着です」
「ホントに遅いーっ、どこで道草を食っていたのかしら」
「待てよ、新井が俺達よりも早く部室に入ったことなんてあったっけ?」
「うーん、言われてみればそうよね。いつも通りね、新井くん!」
「いろいろ言ってくれるなぁ、これでも急いで来たんだぜ」
「やあ、これでメンバーがそろったね、ではさっそく始めようか」
坂地は立ち上がると部屋の片隅にある移動式黒板を引っ張り出して、何やら地図を描き始めた。
「部長が描いているのはこの学校を取り巻く周辺の地図よね」
「ああ、そうだ。えーと、ここからバスに乗ってこの辺あたりかな?」
「うん?それは湖かな?分かった!久倭湖だ」
「そうだ。今日はこの湖の周辺で起きている心霊現象の話をしよう。久倭湖は細長い形をした人工の湖で東西3.5km。南北600m。湖のまわりをうっそうとした森林が囲んでいる。その森林と湖の間には10年くらい前に作られたサイクリングロードがあり、景色が美しいことで知られているよね」
「うん。でも俺は行ったことないなぁ」と松岡が言うと児島が「えっ」という表情で彼に言う。
「うそー、久倭湖といえばまわりに空家とか廃屋が数箇所あることで有名じゃない。ユーチューブでも取り上げられているし。廃屋巡り第1人者がそれを言うか」
「まあ、それはそうなんだが…」
「さて、その湖の周辺で起こる心霊現象についてだが、中でも噂されているのが湖の南西に立ち並ぶゴーストタウンと呼ばれる地帯…つまり、かつてはラブホテルだったり民家であったりした廃屋が密集している場所で、たびたび目撃される女の霊。すでに廃屋となった民家の2階の窓からサイクリングロードを利用している人たちをじーっと覗いているっていう話。もう一つは湖の北西に進んでいくと現れるという少女の霊。こちらは朝の霧の濃い日に目撃されているという」
「朝か…それはキツいな」と松岡が眉をひそめて言う。
「そう言うだろうと思ってね。今回は南西にある廃屋を調査したいと思うんだ」
「それで、いつ?」
「今度の土曜日でも。皆さん用事がなければ。どうだろうか」
「私はそれでいいよ。心霊スポットに行くの久しぶりだし」
「そうだな。俺も特に用事ないし、大好きな廃屋巡りだし」
「松岡は専門だもんな。じゃ、オレも行こうかな、愛用のカメラ持って」
「ありがとう皆さん。それで…クミちゃんはどうする?」
「行く」
「よし、決まりだ。集合場所は後で連絡します。では、早いけど、今日はこれで解散ということで」
怪奇倶楽部はこれで解散し、それぞれが家路に向かった。それから3日後の土曜日の午後2時。坂地怪奇倶楽部の5人は学園から100mほど離れた場所にあるバス停に来ていた。ここを通るバスに乗れば久倭湖付近まで行ってくれる。彼らは久倭1丁目にある佐川医院前で降りた。
「ここから西に少し歩くと久倭湖に通じる坂道の手前までいけるんだ。さあ、行こう」
坂地が号令をかけて皆、一斉に歩き出す。先頭を歩くのは坂地。次に児島、松岡、カメラをいじりながらの新井、少し離れて仙道がトコトコと歩いていく。横断歩道を渡り電柱をかわしながら一列になって進んでいくと、幅の広い坂道が右側に伸びていた。
「この坂を上がっていくのね、けっこう急だし、だいぶ距離がありそう」と児島が目を細めて言う。
「そうなんだ。僕は以前、ここに来たことがあるんだけど登っている最中にもどんどん景色が変わっていってね。みるみるうちに周りが緑一色になるんだよ。まさに緑に囲まれた湖だ」
確かに景色はよかった。そして樹木が太陽の光をさえぎり暗くなるかと思えば、枝と枝の間から光線のように光が差し込んでくる。5人は坂を登りきったところで一息ついた。坂地がまわりを見回しながら言った。
「ここが久倭湖だ。木がいっぱいで見えないけど正面の先に湖が横に長く広がっている。我々が向かうのはこのサイクリングロードを左に曲がったところにある。けっこう距離があるけどね」
「よし、行きましょうや、オレのカメラが先ほどからウキウキしてる」
「ウキウキしてるのはアンタでしょ。さあ、行きましょうか」
「アレ?土曜日なのに人があまりいないなぁ」
「この久倭湖はね、東側、つまり右に曲がって行けば綺麗な見晴台があって、いずれ大きな休息所に辿り着くんだ。そこからもう一本、サイクリングロードが伸びていてその辺りに人がたくさんいるんだよ」
「そうなの?でも、こちら側にももっと人がいてもいいと思うけど」
「僕が聞いた情報では地元の人でも長くここに住んでいる人ほど久倭湖の西側には行かないとのこと。店もないし休息所もないからね」
「理由はそれだけじゃないっスよね。やっぱお化けが出るからじゃないですか?」
「そうかもね」と坂地は新井の顔を見ながら苦笑した。
しばらく歩き続けると道路脇のフェンスの向こうに古びた家屋が姿を現した。見たところ誰も住んでいない空家である。やがてラブホテルの廃墟が見えてきた。ここまで来て妙に静寂な空気に包まれるとともに、両脇にある樹木が道路側にもたれかかるように枝が伸びてあたりが暗くなってきた。まわりを見渡せば怪奇倶楽部のメンバー以外、誰もいない。
「この辺も怪しいけど、怪奇現象が起こると言われる家があるのはもっと先なんだ。このまま進もう」
そう言って坂地は皆を促してさらに西に進む。次に見えてきたのは廃旅館だ。周囲はゴミだらけ。窓ガラスが割れ、壁にひびが入っている。人がいなくなってから数十年が経っているような雰囲気。そしてその横に2階建の廃屋となった民家が姿を現した。旅館ほど崩れてはいないが周りは雑草が生え、家を隠すような勢いで伸びている。
「ここだよ」
そう言って坂地は立ち止まった。
「こ、ここかぁ…この家の2階にある窓から誰かが覗いてるって…?」と新井はすぐにカメラを家に向けた。その民家の2階には窓があり、窓ガラスやカーテンは取り除かれ中の様子が薄暗いながらもぼんやりと見える。わりと高価そうなシャンゼリゼのような蛍光灯、花が彫られたかなり大きな洋服ダンスの上部、雨などが中に入ってきてるため床は相当に痛んでいることだろう。坂地は周辺を見回しながら言った。
「このあたりは昔はそれなりに活気があっただろうと思うが今ではまったく人のいる気配がない。このまま放置されてどのくらい経つのかわからんが、何とも寂しい光景だ。どうだいクミちゃん、何か見えるかい?クミちゃん?」
いつの間にか仙道がいなくなっている。皆がキョロキョロしながら仙道を捜していると新井が叫んだ。
「おい、来てくれ、ここから入れるぞ!」
児島と松岡がその声を聞いて新井のいるところまで駆け足でやってくる。彼らから少し離れたところにいた坂地もその声の方向に振り向いた。
「えっ!なんだって?」
「なによ、大きな声出して」
「どうした新井君、何か見つけたのか?」
フェンスがねじれて人が入れる程度に破損していた。
「ひどい有り様だ。誰かが壊したのだろうか?ん?クミちゃんだ。クミちゃんがあそこにいる」
坂地がフェンスの隙間から仙道が民家の中に入ろうとしている姿を目撃した。
「クミちゃんのこういう時というのは何かを見たときに限られる。我々も中に入って調査するしかないな。みんなはどう思う?クミちゃんのことも心配だし」
「部長の言うとおりっスよ、カメラもこのとおり震えているし」
「震えているのはアンタの手でしょ、さあ、私達も行きましょう」
仙道の後を追ってメンバー達は壊れたフェンスを潜って民家の玄関先まで来ていた。1階のキッチンあたりで仙道がある方向をじっと見つめている。それに気付いた新井が仙道に近寄ってカメラをスタンバイさせる。
「クミちゃん、教えてくれる?どこを見てるんだい?」
仙道がキッチンの壁側に設置された換気扇のある方向に指を差した。その方向に向けて新井がすかさずシャッターを切る。次にクローゼットのあるところまで仙道は歩くと、ある一点を見つめて指を差す。新井はシャッターを切る。その繰り返し作業である。この方法だと無駄にフィルムを使わなくて済む。以前、ある学校の校庭を撮影していたとき、だいぶフィルムを無駄にしたので新井は撮影スタイルを変えた。床には皿などの破片やタイルなどが剥がれてこぼれ落ちており、歩くたびに軋むような音がする。キッチンのガラス窓も割れていたるところに飛び散っているが何のしわざだろうか?とにかく散らかっている。坂地はリビングから廊下を渡って洗面所及び風呂場あたりを調べている。一方、児島と松岡が2階へと続く階段を発見した。
「怖いけど…問題の窓があるところまで行ってみたいよね」とスマホをかざしながら児島が言うと「俺が先に行くよ」と言いながら松岡が階段を上がり始めた。踏みしめるたびに軋む音が鈍く鳴り響いた。2人は階段を上がりきると女の霊が覗いているという窓のある部屋に到着する。
「この窓だよな。ここから女の霊が覗いているという…」
そう呟きながら松岡が窓の前に立ち尽くした。廃屋から見た景色…柵を挟んでサイクリングロード側がよく見える。
「女の霊か…実際はさぁ、俺達みたいな物好きがここに侵入しているところを通りかかった人達が霊と勘違いしていたとか考えられないのかな?」
「うん。私もね、それを考えちゃったのよね。だって簡単にここまで来れるんだもの。あの柵の隙間から」
「例えばさ、こうやって侵入者が窓の外を覗く。すると向かい側にあるサイクリングロードの方から自転車に乗ってくる人と目と目が合う。相手が侵入者を霊だと勘違いする。これで十分に都市伝説に成り得るわけだよ。真相なんてそんなものではないかな」
「そこにいる!」
いつの間にか仙道が2階に上っていた。そして松岡の背中を指で差していた。そこへ仙道の後ろから現れた新井が反射的にシャッターを切った。
「えっ?いるって…どこに…」
松岡が驚きながら振り向いて目をキョロキョロさせた。階段の軋む音とともに坂地が2階までやってきた。狭い部屋に5人が集結した。
「ついにここまで辿り着いたな。みんなどうだい?何か変わったこととか」
「そうスねぇ、クミちゃんのおかげでかなりエグい写真が撮れたのではないかと。見てみないとわからないけど、それなりに満足っス」
「最初は怖かったけど…実際に中に入ってみるとただの空家かなぁとか思ったりして。もちろん空家と廃屋は違うけど思ったほど部屋の中は荒らされてなくてよかった。でも床は…真っ黒だけどね」
「そうだね。窓が開けっ放しだから雨とか入ってきてるからね。それに2階は確かに荒らされた痕跡がない。1階のキッチンに比べたらね」
「俺は…なんか薄気味悪くなってきたかな。早く帰りたい気分だ」
「廃屋好きな人がそれを言うの?」
「いや、なんか…でも、マジで気分が悪いんだ」
「松岡君がそういうから今日はこれで引き上げようか。クミちゃんもそれでいいかな?」
「帰る」
「じゃあ…そういうことで帰りましょう」
次の日の放課後。坂地怪奇倶楽部の部室に集まったメンバー達は、テーブルに置かれた新井が撮った写真を見て首をかしげていた。何も映っていなかったのである。
「うーん、特に変わった写真はないような…映りこんでいるような写真は一枚もないようね」
「そうだなぁ。これ、俺が窓から外を見ていたときの写真だけど…俺以外は何も映ってないよな。ある意味、ホッとしてるけど」
「でもなぁ~ある方向に指を差しているときのクミちゃんの眼差し…確かに何かを追っているときの目だったよ」
「えっ?追っている?」
「なんスか部長、突然、ハッとしたような表情になって」
「…いやね、前にこの学校の先輩達とで奥多摩にある廃墟を探索しに行ったとき、一緒に同行していたクミちゃんがね、当時はまだ中学生だったんだけど、何かを指しながら…それこそ蝶々を追いかけるように走り去ってしまって我々も見失ってしまい困ったことがあった。その後、クミちゃんが見つかったんだけど彼女の隣に怪しげな人が立ってて…我々が近づいたらスーッと消えた。そんなことがあったんだ」
「それって、霊がつねに移動してるってことかしら?ある特定の場所に潜んでいるとかじゃなくて」
「そういうことかもしれない。それから昨日、あの廃屋で気になる写真が洗面所の戸棚の中に見つかったのでスマホで撮影しておいた」
そう言って坂地がスマホを皆に見せた。そこには30代半ばくらいの女性と隣には3歳くらいの女の子が写っていた。
「こ、この写真て…あの家に住んでいた人たちかしら。そうとしか…」
児島がそう言うと坂地は頷いた。
「うん。たぶんそうだと思う。多くの目撃情報のある廃屋の2階の窓から覗く女性というのは、この写真に写っている女の人なのではないかと。しかしね、僕がそれ以上に気になっているのは隣に写っているこの小さな女の子なんだ。久倭湖の心霊現象は他にもあるって話をしただろ?久倭湖の北側…朝早くにその方面の道に行くと女の子の霊に遭遇するとかの話。僕はこの2つの心霊現象には繋がりがあると思うんだよ」
「なるほど…ではもう一度あの湖に。今度は久倭湖の北?となるともっと奥だよね。自転車で行ったほうがいいかも」
「えっ?でも朝早いんでしょ。自転車で行くとなると早朝…何時くらいに起きればいいのかしら。けっこう距離があるし。ライトを付けながら行くことになると思う」
「昨日は学校のある場所からバスで行ったもんなぁ~。それにオレは無理っスよ。自宅からだと久倭湖までかなりの距離があるし」
「クミちゃんは?今日は来ないのかしら」
「帰ってないならまだ学校にいるだろうから呼んでこようか」
「みんなで行きましょうよ、たぶん、まだ教室にいると思う」
怪奇倶楽部のメンバー達は1年生クラスの教室のあるエリアに行き、仙道が在籍しているクラスに到着した。そこにいる様子がないので児島が近くにいる生徒に尋ねた。
「仙道さん、もう帰っちゃった?」
「ああ~その子は今日は欠席でしたよ」
「ええっ!そうなの」
クラスにいないので家に帰ったかと思いきや、それどころか今日は学校に来ていないという。坂地が曇った顔つきになった。松岡も新井も唖然とした表情だ。坂地がつぶやく。
「たぶん、みんな感づいているだろうけど…クミちゃんはおそらく…」
児島が連絡しても出ない。応答がない。メンバー達はそこを離れて部室まで戻った。坂地が皆をテーブルの前に集めて言った。
「仙道君が今、どこにいるのか?今までにも似たようなケースがあった。おそらくクミちゃんの居場所は久倭湖だ」
「急がないとね」と児島が心配そうな顔で言う。
「念のため懐中電灯を持っていこう。それから地図…」
「急ぐといってもここからだとバスで行くしかないよなぁ、それから…えーと、こんな時でも持っていかないとな」と新井が部室のロッカーにしまってある部活用のカメラを取り出しながら言った。
バス停まで行くとちょうどバスが来るところだった。メンバーの4人はバスに乗り久倭湖へと向かった。すでに夕焼け空が広がろうとしている中、坂を登り突き当たりの地点まで到着した。
「よし、このままあの家まで直行だ。仙道君はきっとそこにいる」
坂地はそう言って皆をリードした。目的地に辿り着く頃には空はオレンジ色に染まる夕暮れ時となった。メンバー達はさっそく柵の割れ目から侵入すると手分けして仙道を捜し歩いた。児島と松岡が階段を上がって2階まで行くと問題の窓のある部屋に到着。しかしそこには仙道はいなかった。
「どこにいるのかしら?クミちゃん…」
「もっとよく見回してみよう。俺たちがまだ行ってないところもあるかもしれない」
「そうね。でも2階じゃないみたい。下に降りましょう」
児島と松岡は1階に降りて勝手口から裏庭を見て回った。その後、各所を歩いて回ったが仙道の姿はない。再び勝手口を入りキッチンに行くと新井がしゃがみ込んでいた。何かを見つけたようだ。
「どうしたの新井くん?」
「なぁ、これ、クミちゃんが身につけてたアクセサリーじゃないかな?何でこんなところにあるんだろう?昨日、落としたものかな」
「昨日…違う。そのキーホルダー、クミちゃんのセンスっぽいけど学校にいるときは見てないものだよ」と児島が言うと、後ろから坂地の声が聞こえた。
「だぶん、つい最近に落としたものだ。やはりクミちゃんはここに来ていたということだ」
「えっ、じゃあ何処に言ったんだろう?方々を捜し回ったけどここにはいないようだ。松岡どうだった?」
「そうだな、クミちゃんがいる気配が感じられない。児島と2階を見てきたけどいなかった」
「みんなごくろうさん。とりあえずここを出よう。他をあたってみよう」
「他をあたるって…部長、もしかして」
「そうだ。前に南西で起こる心霊現象は北側のほうで起きていることと関連性があると言ったろ?だったら我々がこれから向かうのはそこしかない」
「そ、そうね。部長の言うとおりだわ、行きましょう」
メンバー達が柵を抜けてサイクリングロードに戻る頃には空がうっすらと暗くなってきていた。
「急ごう、時間がない」
4人はサイクリングロードを西方面に駆け足で進んだ。やがて左側に大きくカーブを描くように道が曲がっている。湖の西側における先端部分まで到達したようだ。このサイクリングロードは湖を囲むような形をしているのでさらに突き進めばおのずと北側に行くことができる。しかしながら結構な距離である。普通なら自転車でまわるところを自分たちの足で行くとなるとさすがに息が切れる。
空がだいぶ暗くなってきた。先頭を歩く坂地の右手にはすでに懐中電灯が握られていた。湖周辺に蛍光灯が設置されていないわけではない。しかし、その明かりだけではどうにもならないほど真っ暗である。両脇の雑木林が山のように盛り上がっていることも視界を遮られる要因の一つだ。しばらく進んで行くと道の傍らに古びた三輪車が乗り捨てられ、ちょうどその近くに雑木林の中へと通じる石段の坂が敷かれていた。
「なんだろう?こんなところに石段があるとは…」
「登ってみましょう。すごく気になる」
「よし、登るぞ。みんな大丈夫か?」
「平気っス。行くしかないっス」
「足元に気をつけてくれ、朽ちた木の枝が絡まってくる」
雑木林の頂上まで登るとはるか正面の方向に祠があった。人がひとり入れるくらいの大きさの本体があり、周りをしめ縄が囲んでいる。
「何を祀っているのかしら」
児島が興味津々で祠を眺めながら裏に回ると人が眠るように倒れていた。
「クミちゃん!」
「ええっ!」
皆もその声のする方向に向かった。児島が仙道を起き上がらせると彼女の目がうっすらと開いた。
「よかった、クミちゃん大丈夫?」
「大丈夫」
「一体、何があったんだ。こんなところで」と松岡が不思議そうな顔で呟くと坂地が言った。
「きっとここが女の子の霊の活動拠点になっているのかもしれない」
仙道が立ち上がり、メンバー達がその場所を離れようとすると新井がある方向を指して叫んだ。
「みんな…あそこを見てくれ」
肉眼でもよく見えるほど青白く光る靄のような霊体らしきものが夜の空間を漂っている。新井が咄嗟にカメラを向けるとその光がこちらに近づいてきた。
「うわっ、こっちへ来る!」
「逃げちゃダメ」
仙道がその場を離れようとする皆を制して光の行方を目で追っている。その青白い光はいったんはメンバー達のまわりを浮遊していたが、やがて何処かへと飛び去っていった。仙道にたいして皆は聞きたいことが山ほどあったが、何しろ空は真っ暗である。坂地はとりあえずここを離れることを考えた。
「今日はこれで帰ろう。とにかく無事でよかった」
坂地がメンバー達にそう言うと、彼らは暗闇の中、懐中電灯で照らした光を頼りに歩きながら湖を離れ、バス停まで向かった。今回の調査はこれで終了。そしてそれぞれが家路に向かった。
それから1週間が過ぎて坂地怪奇倶楽部の部室に全メンバーが集まり、久倭湖の心霊現象に関する調査報告が行なわれた。新井が現像した写真をテーブルに置くと皆は驚きの顔を隠せなかった。祠の近くで目撃した青白い光…しかしてカメラによって映し出されたのは3歳くらいの女の子であった。
「この女の子って…前に部長が見つけた写真に写っていた女の子?」
児島が呟くと坂地は言った。
「そうだ。容姿からいって久倭湖の廃屋で発見された写真に写っていた少女だと断定していいだろう」
すると松岡と新井が首をかしげながら言う。
「何故、この女の子の霊があの祠の近くに現れるのだろう?母親と思われる女性の霊はあそこでは確認できなかったのに」
「そうだよなぁ~オレが撮った写真に写っているのはこの女の子だけっス。母親の姿はないんだよね」
坂地が胸ポケットから手帳を取り出すとメンバー達に向けて語り始めた。
「久倭湖の南西にある廃屋…つまりあの家にはかつて若夫婦とその間に生まれた女の子の3人家族が住んでいたのだ。夫は家の隣にある旅館を経営していた。だがバブルが弾けたのち、客足が遠のき、運営が行き詰まり多額な借金を背負うことになった。しかしてそんな時に夫は他で知り合った女性と共に妻子を置き去りにして夜逃げしてしまったのだ。それでも一人娘は父親を慕っていて、一人で家を出て父を捜し歩いて母親に制されるところを近くでラブホテルに勤めていた従業員に目撃されている。もしかするとあの祠には父親との思い出があるのかもしれない。その後、母親は娘を絞殺、自らも包丁を自分の首を刺して無理心中を図った。母親の遺体は2階の窓のある…そう、何人もの人達が女が覗いていると証言しているあの部屋で発見されたのだ。そして娘は1階の玄関先で倒れていたという」
「ちょっと待ってくれ、娘は母親の傍で亡くなられたのではないのか?」
「それがよく分からないんだ。殺害場所が違っていたのか…それとも母親に首を絞められたあと、少しだけでも意識が戻り玄関先まできて事切れたのか…」
「…酷い話だ。にしても父親は罪が重いな」
「その夫だった人は他の女と一緒にどこかで生きてるんでしょ?何かやるせないわね」
「多くの人が目撃している心霊現象…それは未だに父を捜し続ける娘の霊…そしてそんな娘を気遣う母親の霊…クミちゃんはあの日、娘に父親探しを止めさせたくて久倭湖に一人で向かったのだ。そうだよな、クミちゃん」
坂地の問いに仙道はこくりと頷いた。




