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イーリス・ブレンヒルトの自由で至福な最高の生き方  作者: 智慧砂猫
第二章 イーリス・ブレンヒルトと炭鉱の町の黒山羊

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第7話

 リンの表情がぱあっと明るくなった。魔女の協力は他の誰よりも心強い。しかも報酬は要らないときた。こうなると断る理由もなく、イーリスを信頼に値する人間だと判断する。もちろん、もともと魔女は絶対に裏切らないことで有名なので、さほど疑っていたわけではなかったが。


「ありがとう!……あ、でも、炭鉱はどうにもならないんだよね?」


「それが生活基盤な以上は無理だ。森は悪いが諦めてくれとしか言えない。無理だってんなら、お前に手を貸すってのは難しくなるが」


 命を守るためと言えば聞こえはいいが、結局は選択を迫っているに過ぎない。イーリスもわかってはいるが、そう言うしかなかった。リンの大切なものを捨てろと。心苦しく思いながらも。


「……だよね。ここは残したかったんだけど」


 がっかりして肩を落とす。仕方ないとはわかっていても辛かった。


「たとえば黒山羊商会を追い払ったとしても代わりが来るだけだ。それに、炭鉱の仕事がなくなれば大勢の人間に影響が出ちまう。職にあぶれたら、生きていくことだって難しいんだよ。その結果、お前の目に見えない場所で多くの人間が死ぬかもしれない。お前が殺すんだ。それをメアリーが喜ぶかどうかで考えろ」


 理屈がある。守りたい場所がある。ただ、そのために大勢の人間の命を奪うのは正しいのか。リンは今一度考え直す。浮かんだのは最愛の人が悲しむ顔。自分を置き去りにした仲間よりもずっと大切な人間の心だった。


「うん……わかった、諦めるよ。ボクがたくさんの人たちに迷惑を掛けて、メアリーが悲しんだりしていたら嫌だもん」


「おう。どんな選択だろうがアタシは尊重するぜ。契約は成立だな?」


 にやりと笑う。話がまとまったところで、ユディットが小さく手を挙げた。


「ではせっかくですから、今日はお泊りしませんか。外も薄っすら明るくなっていますが、まだ少しも寝ていませんし、イーリスも疲れてるでしょう?」


 窓の外に見える森の景色はいくらか陽の光を浴び始めていて、そろそろ朝がやってくるのを知らせていた。なによりユディットが心配したのは、イーリスが何度か魔法を使ったことだ。長時間の使用は体調不良を起こすことを半年の間に知った。今も、強がってはいるが顔色は少し良くなかった。


「あ~、うん……。そうだな、それがいい」

「ボクも賛成! もう朝だから、ごはん食べてから寝ようよ!」


 そう言って、リンが大きなあくびをする。自由に寝て自由に起きる生活のせいか、深夜になってサンドピットで悪さをしていたのもあって朝は眠い。しかし、話し込んでいたので腹も減っていた。


「今朝採れた野菜があるからサラダにしよう。スープもいるよね、他には……あっ、卵もあるよ。焼いて食べよう!」


「なんか色々あるな……。まさか盗んだりしてないだろうな?」


 共犯にでも仕立て上げられるのではと疑いの眼差しを向ける。


「やだなあ。道具を壊したりはしたけど、盗みだけは誓ってやってないよ。ボクは動物たちの言葉が分かるから、森のみんなと仲が良いんだ!」


 エルフは森で生きる種族だ。それゆえか、たまに動物や植物と言語を介する能力を持った者が生まれる。リンは、その特殊能力を持っていた。動物たちと会話して、鳥には卵を。鹿などの動物には野草を。熊は魚を持ってきてくれる。そうして、たったひとりでも独りではなく、のんびり自由気侭に森で暮らしてきたのだ。


「流石に肉はねえよなあ……」

「まあ、ボクは魚しか食べないから。エルフのほとんどは肉を食べるよ?」


 動物と話せるがゆえに食べない。食べられない。喋った動物を食す行為は自らの精神を壊すも同然で、リンにはとてもできることではなかった。


「では私が手伝いましょう。魚料理は得意なんです、騎士団に所属したときに訓練の一環で料理も覚えたので自信ありますよ」


「わ~い! イーリスはサラダ作るの手伝ってくれる?」


 立ち上がった二人とは違って、イーリスはソファに腰かけたまま。


「アタシは食べる専門だ」


 疲れ切った顔でニヤリと笑う。これはいけない、とリンは手伝いに呼ぶのをやめてユディットと二人でキッチンに立った。


 だが、その後にイーリスは立ち上がってぐぐっと体を伸ばしたかと思うと「ちょっとひと仕事済ませておくよ」と家の外に出た。マクシミリアンたちがやってきていないかを確かめるために、本を片手に周囲に紫煙を散らす。


「────いねぇな。今のうちにカモフラージュしておくか」


 ばたんと本を閉じて宙に投げると、ぼんっ、と煙になって消えた。


 イーリスは家の壁に指で魔力の文字を刻んでいく。ぼんやりと輝く文字は、家を周囲から認識させないためのものだ。たとえ家に近づいたとしても『そこには何もなかった』と通り過ぎてしまう。そして定められた範囲から無意識に避けるようになるので、絶対に見つかることがない。


「これでしばらく無事だろうが、問題は出歩いたときだな」


 いかに魔法と言えどもすべてが完璧なわけではない。大きなメリットには大きなデメリットがつきもので、もし誰かに家に入るところを見られたら、その瞬間にカモフラージュの魔法は効力を失う。黒山羊商会の人間でなくとも、目撃すれば噂になって遠からず耳に入ってしまうのは必然だ。


「(ん~、どうしたもんか。今は考えが纏まりそうもないな……)」


 魔法の使い過ぎで、酷い頭痛が波のように押し寄せた。肉体への負担も大きく、体温もあがっている。少し無茶をしたか、と仕方なく家の中に戻った。


 だが、問題は直後に起きた。足がふらついて立っていられない。眩暈がして倒れてしまう。思うように体が動かず、事態に気付いたユディットが駆け寄った。


「大丈夫か、イーリス!?」

「わ、悪い……。さっき言われたところなのに余計なことを……」

「言わなくていい、無理をしたね」


 優しく抱きかかえ、ユディットはイーリスが息を荒くして気を失いかけているのを見て、また随分と派手に魔法を使ったのだと心配になった。


「リン、ベッドはあるかな?」

「二階の部屋にあるよ。使っていない寝室があるから、そこに」

「ありがとう、あとは大丈夫だから食事の用意を頼むよ」


 キッチンはリンに任せて二階の寝室へ運ぶ。使われていないと言えどもリンが毎日掃除しているのもあって、いつでも眠れるようになっている。


 イーリスをベッドに寝かせ、高熱に苦しむ姿を見て、仕方ないなと腰に手を当てた。こうなったのは初めてのことで、疲れているだろうと言ったのは無理をしすぎだという忠告のつもりだった。


 それでも魔法を使うのはなんとなく分かっていたのに、止めようとさえしなかった自分にも責任はあると自分に呆れて、小さく唇を噛んで俯く。


「イーリス。少しでも症状を抑えられるようにサンドピットに戻って薬を貰ってきます。もちろん、尾行も警戒しますから安心してください」


「……迷惑掛けちまうな。こうなったのは久しぶりだ」


 久しぶりがどれくらいの期間を指すのかは分からなかったが、イーリスの真面目な性格が祟ったのは確かだ。こうなったら数日よりも多く体調を崩したままの可能性もある。どうあっても放置はできない、魔女のたったひとつの弱点だ。


「今はゆっくり休んで、マクシミリアンのことは大丈夫ですから」

「敬語……二人きりのときは……タメ口だろ?」


 そう言ってイーリスは、すう、と寝息を立て始める。ずっと眠れていないまま朝を迎えたのだから当然だ。魔女と言えども、騎士であったユディットと比べれば体を鍛えてもおらず、苦痛に耐える訓練もしていない。倒れるのは仕方がない。


「ごめん。すぐ帰ってくるから待っていてくれ、イーリス」

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