2/14 20:00
『友海ちゃん、今部屋にいる?』
2月14日、土曜日。時刻は二十時。
私は、隣の家に住む高校三年生の颯くんからチャットツールにメッセージを受け取った。
「いるよー」
『通話してもいい?』
「どうぞ」
メッセージを返して、ストリーミングサービスの動画を止める。
返事をしてすぐに通話がかかってきた。
「はーい、もしもし」
『友海ちゃん』
電話越しに聴く声は、なんだか一段と低く響く気がする。知らない人みたい。
颯くんは、十八歳の高校三年生。つまり、受験生だ。
颯くんの家族は、小学校一年生の時に、おばさんの実家に近い我が家の隣に、新築の家を建てて引っ越してきた。私は集団登校の班長として、後ろをちらちら見ながら登校した。
少し不安そうな彼できょろきょろしていた彼が、ちょっとずつ慣れてきて、後ろを見て目が合うとパッと表情を明るくするのがとても可愛かった。
そんな時期から見守っているので、もはや弟どころか、息子みたいな存在だ。
「どした? なんか分かんない問題あった?」
私は彼が高校一年生から二年生の間、家庭教師をしていたことがある。颯くんは中高一貫校に通っていて、高校受験はなかったのだが、定期テストの点数が悪くて部活のレギュラーから外されそうになったのだ。
毎日朝から晩まで練習尽くしで、授業中もぐっすりなので、当然と言えば当然。
そんな彼を赤点からなんとか救うのが私の役割だった。
しかし大学受験はさすがに難しくて、おばさんに相談して辞めさせてもらった。文系と理系では受験科目も違うから、ちゃんと専門知識がある先生に教わったほうがいいからだ。
今は学習塾に通っているらしい。
『勉強のことじゃなくて……』
なんだか歯切れが悪い。
『今日、バレンタインデーじゃん』
「バレンタインデー?」
大学四年間、ほぼ女子のみの英文学科の私には、バレンタインデーとは、つまりお菓子交換パーティーの日である。
卒業年の今年はもはやチョコですらなく、学生最後に馬鹿馬鹿しいことをしたいという理由で友達とカラオケに集まり、山ほどの駄菓子を買ってみんなで食べた。
そして、デパ地下で超高級チョコをいくつか買って、お母さんと一緒に評論会をした。一部出資者のお母さんの好みで、お酒入りの大人っぽいものをいくつか。
『忘れてた?』
「忘れてはいないけど」
『なんでチョコくれないの?』
「えっ?」
まさかのチョコの強請り(ゆすり)。まぁ一応去年まではあげてたからなぁ。
「ごめん、まさか期待してくれてるとは思わなくて!」
『……』
「ほら、前は男子校だから貰えないって言ってたけど、今年から共学になったから、いらないかなーって」
『えっ』
小学校の六年間、毎年欠かさず手作りチョコをあげていた。あの頃はお菓子を手作りするのが大きなイベントで、楽しかったし、お隣の颯くんは当たり前のように渡す対象だった。
彼が中学生になってからは、隣に住んでいるだけの私にもらっても嬉しくないかなと思いつつ、一年目は習慣で渡した。
声変わりして背が伸びてくると、少し話かけづらくて、二年目に渡さずにいたら、彼が家にやってきた。
――絶対もらえると思ってたのに! 男子校の可哀想な俺に恵んでよ!
と、あまり必死に言うからおかしくて、それからまた毎年渡すようになった。
個人としての連絡先を交換したのもその時だ。
しかし、男子校だった中高一貫校も、時代の流れで去年から共学になった。
部活の試合を応援に行ったら、彼が後輩とおもわれる女の子に黄色い声援を受けていて、なんだかびっくりしてしまった。
確かに背が高くて爽やかな外見で、強豪の部活のキャプテンとなれば、高校生ならきゃあきゃあ言いたくなる気持ちも分かる。
私も颯くんが先輩だったら、憧れていたかもしれないなぁ、なんて思ったものだ。
『男子校だからとか言わなきゃよかったぁ』
本気で後悔してそうな声に、微笑ましくなってしまう。
遠くに見かけるたびになんだか知らない人になってしまったような気がするけれど、意外なほど変わっていない。
「じゃあ、来年は……」
来年の約束をしてもいいのだろうか。
来年彼は、大学生で、私は社会人。二人とも家を出て行くことは決まっている。
(まぁ、いいか)
もし家が遠かったら、郵送したっていいのだし。
『来年はデートしよ』
「え?」
『約束!』
颯くんは、私の返事を聞かずに通話を切った。
来年。
来年の2月14日は、日曜日。
スマートフォンのカレンダーの予定をタップして、私の指先は入力に迷っていつまでも予定を入れられなかった。




