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景山に灯る鬼火

作者: 弓長金参
掲載日:2025/12/28


 清王朝の第七代皇帝である嘉慶帝(かけいてい)の御代、嘉慶十八年(一八一三)の七月。北京の北にある寒村出身の張立傑(ちょうりっけつ)は、紫禁城の一角にいた。

 実家の貧困により八歳で去勢をし、少年宦官の小太監(しょうたいかん)として十年間、三千人はいる宦官のひとりとして紫禁城で暮らしている。

 ある日の夜、立傑は後宮の中心にある交泰殿(こうたいでん)脇の宦官部屋で、三十路の宦官の劉金(りゅうきん)と就寝前の粗雑な床机で、隣同士で雑魚寝をしながら雑談をするなか、紫禁城の後方にそびえる景山(けいざん)の噂を聞いた。

 いつもは十人以上いる下級宦官用の大部屋だが、このとき奇遇にも劉金と二人きりである。

 ある者は夜勤にでかけ、ある者は同部屋の者と連れだって紫禁城の一角で開いている賭場にでかけ、それ以外の者も厠で大便をひねり出しているのかだれもいない。

 劉金は寝そべって立傑に顔を向けて肘枕をしながら、蟑螂(ごきぶり)を見ただけで叫び声を上げる気の弱い立傑をからかうように言う。

「なぁ立傑、あの景山に生えている老松(ろうしょう)に出る崇禎帝(すうていてい)の鬼火の話を知っておるか」

 立傑が〝知らない〟という意味で首を振ると、その鬼火の話を語りだした。

 明王朝のラストエンペラー、崇禎帝が縊死(いし)をしたと伝わる、根元の幹の太さが大人二人で抱えるほどの老松が今もある。

 夜間、そこに崇禎帝の鬼火が出るという。

 立傑は気が小さい反面、怪談話が好きで、身を乗り出してその話を聞いた。


 ――この時代を遡ること二百年ほど前の明王朝の時代。紫禁城には当然、明王朝の皇帝が君臨をしていた。

 だが、王朝は終わりを告げる。

 崇禎十七年(一六四四)、困窮をした民の反乱軍に北京を占領された。

 時の皇帝である崇禎帝は反乱軍に捕らえられる屈辱より、誇り高き皇帝として潔く自害をしようと景山に登り、縊死をする。

 その縊死をした場所が、今も中腹に雄々しく枝葉を天に伸ばす老松だという。

 恨みを飲んで死んだ崇禎帝の鬼火が、明王朝の復興のために清王朝の皇帝を倒したい、今でも紫禁城に戻りたいと彷徨(さまよ)っているらしい――


 立傑も寝そべって劉金の方を向いて肘枕をしながらそこまで聞くと、やや失望のため息をついた。よくある怪談に期待を外され、興を失ったのだ。

 劉金はそれを見とがめたのか、静かに立傑を見つめて言う。

「だがな、その鬼火が見えるのはおれら宦官だけらしい」

「どうして宦官だけに?」

「そのとき、宦官だけがお供をして自害をしたからさ」

 崇禎帝が自害をしたとき、数多の王侯貴顕や官人は、ある者は無情にも紫禁城を逃げ去り、ある者は躊躇なく反乱軍に膝を屈した。

 崇禎帝は、皆が消えた空虚な紫禁城を孤独に徘徊しているとき、供を願い出た宦官が一人いた。

 健気にもその宦官は崇禎帝の後を追い、同じく自害をする。ゆえに宦官にのみその鬼火が見えるらしい、そういう理屈である。

 劉金は、最近ほおがややたるんで丸くなってきた朴訥な顔を近づけてきた。

 宦官は中年になると、体全体が丸みを帯びて女性的な体型になる。三十路で中年にさしかかる劉金も、宦官特有の兆候が現れだしていた。

 劉金はだれも聞いていないにも関わらず、密談をするようにつぶやく。

「だがな、その鬼火が見えた宦官は、崇禎帝に魅入られて狂い死にをするらしい」

「まさか。よくある怪談だな、劉兄(りゅうあに)い」

「本当さ。お前がここに来る前、知り合いに(ちん)という宦官がいた。いつも人一倍元気だったが、その鬼火を見たと言った夜から急に塞ぎ込むようになった。ひと月後、そいつは空井戸に身を投げて死んだ」

 立傑は宦官の自害にやや衝撃を受けた。皇室の家奴である宦官は、過度の折檻による暴行死や、劣悪な生活環境での衰弱死は珍しくない。

 だが、基本的に自害はない。

 宦官が自害をすれば、主である皇帝の許可もなく勝手に職務を放棄した、つまり〝皇帝への反逆〟と見なされた。

 その遺体は罪人として晒され、係累にも処罰が下る。宦官が自害をするのは余程のことである。

 劉金は立傑が怖がっているのに興が乗ったのか、故意に重々しい声音で続けた。

「そいつが噂どおりに四人目の犠牲者だとしたら、あと一人は呪い殺されるはずだ」

「なんで?」

「崇禎帝は景山で縊死をする前、紫禁城にいた二人の皇后が自殺し、崇禎帝自ら二人の娘を手にかけた。だから自分を含めて、皇后二人に娘二人の五人分呪い殺せば見事に成仏ができるという噂だ。だれか人身御供になってくれれば、崇禎帝の呪いも治まるはずなのだが……」

 劉金はそう言うと、意味ありげに立傑を見た。

 立傑は自分がその人身御供になるのはまっぴらだと詰問調で返す。

「最後までお供をしたのは宦官なのに、崇禎帝は人身御供までも命じてくるのか」

「おれら宦官は、結局、皇帝にとって家畜でしかないのさ」

 劉金はそう言うと自嘲ぎみにため息をついた。一拍置いて、同僚の宦官が自殺をした当時のことを想起しているのか、目線を自然と上にした。頭がつきそうに低く、あちこちに染みが広がる不潔な天上に向けて言う。

「そういえば、そいつは空井戸に身を投げる数日前から、変なことをつぶやいていた。『韃靼(だったん)を滅ぼせ』だったかの」


 ――韃靼を滅ぼせ。


 立傑はこのことばに戦慄を覚えた。

 韃靼とは狭義には中華西方のモンゴル系騎馬民族を指すが、広義には中華北部や西部全域に散在をする諸騎馬民族のことをいう。現在、中華全土を統治し、この紫禁城の主である愛新覚羅(あいしんかくら)氏も、漢民族からすれば「満州族」という立派な韃靼になる。

「韃靼」には侮蔑の意味も含まれるため、当然、紫禁城で口にすることははばかられた。

 だが、立傑はそれ以上に悪寒が走る。五年前の寒気のするできごとを思い出したからだ。

 縊死をした崇禎帝の遺体は、次代の清王朝により北京郊外に丁重に葬られた。その場所が明思陵(みんしりょう)である。

 清王朝の歴代皇帝は北京郊外の西北にある明王朝の皇帝陵も適切に管理し、定期的な法要も営んだ。五年前、十三歳の立傑もその手伝いで明思陵に出向くことがあった。

 法要で訪れた明思陵の廟には、明王朝の歴代皇帝の肖像画が飾られていた。そのなかに墓の主である崇禎帝の肖像画もある。

 丸みのある漆黒の翼善冠(よくぜんかん)をかぶり、緋色(ひいろ)の鮮やかな龍袍(りゅうほう)を着ていた。龍袍には皇帝の象徴である見事なくねる龍も描かれている。

 やや面長の知的で端正な壮年の顔をしていたが、その刺すような瞳は、氷塊のように澄んでいながらも怜悧さを内在していた。

 太平の世であればなかなかの名君として天寿を全うできたであろうと、子供ながらに哀れに思ったことを今でも憶えている。

 そのとき、立傑の脳裏の奥底に微かに声が響いてきた。


 ――……韃靼を滅ぼせ……韃靼を滅ぼせ……。


 周囲を見渡しても傍にはだれもいなかった。ずっと気の迷いと言い聞かせ、無理に心の奥底にしまい込んでいたのである。今までだれにも話してはおらず、劉金がからかって言ったとは思えない。

 鬼火の噂を話し終えた劉金を見ると、その朴訥な丸顔が、なぜか沈思をする立傑を訝しげに眺めていた。

 立傑は普段から自身の気弱さに劣等感があったため、胆力を少しでもつけようと劉金に提案をした。

「劉兄い、今から景山を見よう。その鬼火が見えるかもしれない」

「くだらん、単なる噂だ。もう寝る刻限だしな」

 面倒くさがる劉金を無理に誘い、二人で今いる宦官部屋から出て、紫禁城の北端にある神武門(じんぶもん)の後方にそびえる景山を見た。

 涼しげな夜間、夏草が香る盛夏の風がほおをなでて心地よい。

 今宵は幸い満月で、墨汁で塗りつぶしたような漆黒の、高さが三十丈ほどある景山の輪郭が月明かりでくっきりと浮かび上がっている。

 立傑が伝え聞く老松のある中腹あたりに目をやると、小さく(ともしび)が瞬いた気がした。刹那、耳朶に五年ぶりに微かだが「韃靼を滅ぼせ」と聞こえた気もする。

 立傑は咄嗟に周囲を見回したが、呑気な丸顔の劉金以外だれもいない。やや震える声で聞いた。

「劉兄い、先ほどなにか声がしなかったか」

 眉を(ひそ)めて怪訝そうな顔をする劉金は、〝いいや〟の意味でやや顔を歪ませて首を振る。

 立傑は続けて景山の中腹を指して言う。

「では、あの灯は見えるか」

 劉金は同じく首を振って(わら)った。

「なにも聞こえんし、なにも見えん。先ほどの景山の噂で幻聴が聞こえたのだ。相変わらず気が小さいの」

 立傑が改めて景山を見ると、確かに山全体が一面漆黒の闇で灯などない。やはり気の迷いかと己に言い聞かせるしかなかった。

 劉金に促され、二人は宦官部屋の自分たちの床机に戻り、染みだらけで饐えた悪臭もするせんべい布団に包まったとき、部屋の外から、二更(午後九時ごろ)にある夜回り宦官の遠くまで通る声が、今いる交泰殿の石畳にこだまをした。

天乾(てんかわ)き~物燥(ものかわ)く~~っ、火燭(かしょく)に~用心~~ん」



 若い立傑は、普段は主に肉体労働の雑務に追われていたが、あの日から数日後の夜、先月に后妃選定試験の秀女(しゅうじょ)に選ばれた、かがやく瞳が美しい華奢な十四歳の(じょ)氏を、嘉慶帝の寝室に運ぶ役を仰せつかった。

 その半刻前、夏虫が己の存在を誇示するように鳴き声を発し、灼熱の盛夏がいささか和らぐ涼やかな黄昏時、皇帝寝室係の女官が、長方形の盆に二十人ほど今宵に召す候補の后妃の札を並べ、寝室のある養心殿(ようしんでん)でくつろぐ嘉慶帝の下に伺候をした。

 後で聞いたが、嘉慶帝も先月秀女に選ばれた徐氏の美貌を覚えていたためか、なぜか普段と違い、いささかも躊躇をせずに徐氏を選んだという。

 女官は徐氏のいる部屋まで下がると、規程どおり徐氏を全裸にした。

 これから皇帝と二人きりの時を過ごすのだ。刃物はもちろん、玉体を傷つける恐れのある簪やつけ爪などがないかを、纏足(てんそく)でいびつに曲がった足の小指のつま先まで入念に検査をした後、全裸の徐氏を白絹で包んだ。

 すでにそこに呼ばれていた立傑は、白絹に包まれた徐氏を赤子を抱くようにやさしく両腕に抱きかかえ、静かな歩みで嘉慶帝が待つ養心殿の寝室まで運ぶ。

 その間、宦官とはいえ若い立傑は性欲を覚えてしまった。

 立傑のように幼くして去勢をした者は、男根根元の傷口が塞がった後もあるていどは肉茎が成長し、宦官とはいえ勃起もする。

 去勢をしても残る男根の根元がうずく微かな勃起が見とがめられないかと、両手が塞がった状態で心配をしながら歩んだ。

 両腕の前腕に薄い白絹を通して伝わる徐氏のぬくもりと、少女らしい甘酸っぱい体臭を嗅ぐと、性欲が高じるのを押さえられない。

 徐氏の全身から来る微かな震えも伝わり、徐氏を運びながら余計な思いが巡った。

(初めて男を、それも当代の皇帝を迎える生娘であろうか。秀女のとき、生娘かどうかも調べるのだろうか)

(今宵、陛下のご寵愛を受け、今後の華やかな後宮暮らしへの期待の震えだろうか。それとも、これから生娘を捨てるための通過儀礼である、下腹部の痛みへの不安の震えだろうか)

 一見、冷静な所作でありつつも、そのような雑念を抱えながら養心殿に着いた。

 寝室の扉の前には、初老でほおがたるみ見事に半球形に腹が出た、面識のない宦官が立っていた。

 立傑はちらりと、宦官がよくかぶる三角錐をした涼帽(りょうぼう)の頭頂にある頂珠(ちょうじゅ)を見る。その色の違いで階位を表しているからだ。純白色であることから五品の高位の宦官とわかった。無官の立傑から見れば雲上人ともいえる。

 その宦官が慣れた所作で扉を静かに開けると、徐氏を抱いた立傑に〝入れ〟という意味で、無言で軽く顎をしゃくった。

 立傑は皇室の家奴で、しかも最下級の小太監でしかない。寝室に入ると龍顔(りょうがん)を直視する無礼を犯さないように下を向いたまま、〝皇帝の私物〟である徐氏を鮮やかな黄色の絹シーツで覆った床机にそっと置いた。

 決して臀部を見せる無礼を犯さないように、後ずさりで先ほどの動線に沿い足音を忍ばせて下がり、部屋を出ると、一部の粗相もないように細心の注意をもって静かに扉を閉めた。

 まだ扉の前に立つ先ほどの初老の宦官と二人で、寝室部屋の扉を挟んで無言で立ち続けた。

 半刻後、寝室から小雀がさえずるように静かに小さく鈴が鳴った。嘉慶帝からの〝召した后妃を下げよ〟の合図である。

 立傑は半刻前と同様の所作で下を向いたまま、静かに床机に横たわる全裸の徐氏を、傍に広げてある白絹に来たときと同様にやさしく包んだ。

 照るようにかがやく白絹に、微かだが目立つ鮮血がついていた。立傑は予想どおり生娘であったとわかり、少し面映ゆさを覚えた。

 絹に包まれた徐氏は、来たときと同様に緊張のあまりか、まだうずく下腹部の痛みのためか、硬直をして身動きひとつ、(しわぶき)ひとつしない。当然、肉欲による快楽など味わうことはなかったであろうと察した。

 こうして后妃を嘉慶帝の寝室に運ぶ任務は無事に終わった。

 だが、立傑は交泰殿の宦官部屋に下がる間、生娘を捨てた徐氏のことを想い、気持ちが高ぶっている。

 両腕の前腕には徐氏のぬくもりとともに、震えが伝わった感触がまだ残っている。自然と自身の前腕をさすりそのぬくもりを手の平で体感した後、徐氏の微かな香がまだ残っていないかと袖を鼻に近づけた。

 袖の残り香を嗅ぐと、急になにかしらの罪悪感があった。己の行為を心中であざ笑い、徐氏への想いを断とうと大きく頭を振ると、数日前の夜、劉金と二人で景山を眺めた場所で、再び景山を眺めた。

 またしても小さな灯が見えた気がする。

 だが、先だっては恐ろしかったが、紫禁城まで崇禎帝の鬼火が来ることはないと思い、かつての声が空耳であると己に言い聞かせながら宦官部屋に戻った。


 ひと月後の八月、嘉慶帝から召された徐氏は、「常在(じょうざい)」の后妃官位から一級上の「貴人(きじん)」に昇格をした。

 養心殿の後方にある西路六宮(せいろろくきゅう)と総称する宮殿群の一角に、自身の部屋と三人の女官も与えられる。

 同日、立傑は徐氏のお世話係に就いた。

 立傑は、徐氏のその美しい瞳の奥に、終日、濃い影が宿っていることが気になっていたが、後日、劉金から徐氏の噂を聞いて納得をした。

 ひと月前、徐氏は嘉慶帝に気に入られて召されたのではなかった。嘉慶帝が戯れに側近の宦官と徐氏が生娘かを賭ける遊びのために、一度だけ気まぐれで召したらしい。

 徐氏の瞳に宿るその影に見覚えがあった。故郷にいた姉の瞳も同じ影を宿していたからだ。

 立傑の実家は、雑草を混ぜたその日一回だけの粗食にも事欠く極貧の農家であった。両親は食い扶持を減らすため、立傑を宦官にしようと決めたが、去勢施術の費用などない。

 だが、そのないはずの費用があり、無事に去勢ができた。大人になった今にして思えば、当時、まだ家にいた嫁入り前の姉が身を売って銭をこさえたのだろう。

 今生の別れになる門出のとき、幼い立傑が姉の顔を覗くと、今の徐氏と同じ、不本意に無垢な身を捨ててしまったであろう影を宿した瞳があった。

 姉がその後どうなったのか、今の実家の暮らしがどうなのか、立傑はまったくわからなかったが、徐氏と姉が重なって見え、誠心誠意徐氏にお仕えしようと決意をした。


 徐氏も懸命に世話をする立傑に親愛を抱き始めたのか、親しく語り合うまでになった。

 涼やかな立秋の早朝、赤光が部屋の壁に反射をして照るなか、徐氏は自分の愚かさを自嘲気味に立傑に語り出した。

「物心がつくころから、皆から『可愛い』だの『綺麗』だのと言われ続けて育ったの。そのとき毎日、夢に描いていたのが、将来、自分が皇后さまになった晴れやかな姿だった。陛下と並んで鳳凰の刺繍がある深紅の龍袍に、あでやかな披領(ひりょう)を羽織った凜とした姿をね」

「左様でございますか。では、今はその第一歩を踏み出したわけですね」

「嫌みを言うのはおよしなさい」

 そうピシャリと言ったが、剣呑さはなかった。

 徐氏は少しため息をついた後、静かに西路六宮一角の今いる部屋から中庭を眺めた。植えている梅の樹で目線が止まると、その枝で羽繕いをする喜鵲(かささぎ)を愛おしげに見つめている。

 喜鵲は「カカッカッ」と短く鋭い鳴き声を発すると、太和殿(たいわでん)のある南へ飛び去った。

 立傑は自然と喜鵲の飛んだ軌跡を目で追った後、目線を徐氏に戻すと、喜鵲の自由をうらやんでいる影が宿る徐氏の瞳が目に映る。

 徐氏は嘉慶帝に愛でられるように、それまで星の数ほどいた言い寄る美男や富貴の男の誘いに惑わされず、操を守って後宮入りをしたと自嘲ぎみに言って微笑んだ。


 ――その結果が、生娘を賭けた博打のネタである。


 徐氏はまだ喜鵲が去った梅の枝を眺め続けていたが、一拍置くと自身の未熟さや愚かさを痛感しているのか、静かに右目から一筋の涙をこぼしている。

 その涙を手に持つ薄絹の手巾(しゅきん)で拭くと、手巾にかわいらしく梅のような小さな染みができた。

 徐氏は下を向いたまま、手巾を握りしめてつぶやいた。

「もう後宮での栄達などはいらない。せめてもう一度、娘娘(ニャンニャン)(お母さん)に会いたい。でももうむりね」

「もうむり……とは?」

 立傑はいぶかしがった。極偶にだが、後宮の后妃にも里帰りをする機会があるからだ。

 徐氏はうつむいたまま立傑に説明をしてくれた。

 徐氏が紫禁城に入って直ぐ、徐氏の母親はその時、北京で流行っていた天然痘で亡くなった。

 徐氏の実家には今でも父親や跡取りの兄夫婦らがいるが、徐氏はもういないものとして扱われているらしい。

 曲がりなりにも皇帝に輿入れをしたのだ。紫禁城での暮らしに不満があるのでは、と皇帝に勘ぐられるのを恐れて里帰りをよろこばず、実家からの里帰りの申し出もない。

 仮に徐氏から里帰りを願い出て実家に帰ったとしても、嫌な顔をされるだけだ。そこにはもう自分の居場所はなかった。

 立傑は徐氏を哀れに思い、不器用に「まだこれからではございませんか」と慰め、

「私もできれば母さんに会いたいものです。そして、故郷近くの寺に出家をして、静かに過ごしたいと願っております」

「あらっ、あなたの夢も娘娘に会うことなのね」

 徐氏は二人の願いが同じことを奇遇に思ったのか少し笑った後、「私はもう実家に帰ることはありません。でも、いつかあなたの願いが叶うといいですね」と寂しく微笑んだ。

 このとき、徐氏の瞳に普段宿っている影が去ったように見えた。影が去った徐氏の瞳は、翡翠のようにかがやいていた。



 同じ日、皇子の愛新覚羅旻寧(あいしんかくらびんねい)は、西路六宮からほど近い交泰殿にいた。豪胆な性格で、このとき三十路前の青年である。

 清王朝は明確に皇太子を決めず、皇子らを文武両道に厳しく育て、成人すると国務の一端を任せた。

 現皇帝はその器量を観察し、紫禁城の中央に鎮座をする太和殿に掲げている「正大光明」の扁額の裏に、ふさわしいと思う皇太子名を書いた紙を置く。現皇帝の崩御と同時にそれを開封し、次期皇帝を決定する制度を取っていた。

 長男である、皇后の和子であるという理由から、暗愚な皇太子の即位を防止する清王朝の発明である。

 一応、だれが次期皇帝になるかわからないが、自然と目星はついてくる。旻寧は次期皇帝最有力の皇子との呼び声が高い。

 自他共にそれを認めるかのように、元々筋肉質の旻寧の整った体に、自然と態度にもその発言にも王者の風格が表れ、威風堂々としていた。下馬評どおり第八代皇帝の道光帝(どうこうてい)として即位し、欧米列強が王朝を浸食し始める難しい時代の舵取りを任されることになるがそれは後の話で、現在は皇子の身分である。

 暦の上では立秋とはいえ、一向に衰えない灼熱の陽光と喧しい蝉時雨が、紫禁城の黄金色の瑠璃甍に降り注ぐ昼。

 旻寧は側近の初老の宦官から、景山に出る崇禎帝の鬼火の噂を聞きつけて興味を持った。

 次期皇帝候補という要人中の要人にも関わらず、人一倍好奇心が旺盛な昔からの性分は抑えられそうにない。宦官しかその鬼火が見えないことから、このとき、夜間の供にふさわしい若い宦官がいないかと後宮の各建屋を見て回った。

 ちょうど先ほど徐氏と語り合ってややしんみりとした面持ちの立傑が、徐氏の部屋の中庭を通り西路六宮の門から出てきた姿に、旻寧は目を留めた。

 立傑も旻寧の姿を目の隅に留めると路の脇に下がり、すかさず下を向いて立て膝座りでうずくまる家奴の姿勢を取る。

 熱波を包んだかがやく陽と耳を覆いたくなる蝉時雨は、紫禁城にいる万人に平等に降り注いだ。

 うつむく立傑の額から、汗が絶えず滴を落として路に染みを作った。

 近づいて来る旻寧が立傑を空気のように気にも留めずに過ぎ去ると思ったが、その力強い足音が自身に迫ると、下を見続ける立傑の前で歩みを止め、下を向いたままの立傑の後頭部に向け、有無を言わさず命じてきた。

「お前、景山の鬼火を確かめるため、今宵、景山への供をせよ」

 立傑は自身に言われたとは思わなかった。だれに言われたのかと、下を向いたまま頭を少し左右に振るが、路の両側に目を向けてもだれもいない。

 立傑が直答してよいものかと躊躇をして押し黙っていると、旻寧の供と思われる老いた叱責の声が落ちた。

「殿下がお尋ねである。返事をせい」

 立傑は慌てて頭を下げたまま、条件反射で「御意!」と命を受けた。

 立傑は見とがめられないように少し目線を上に向け、ちらりと旻寧らを伺うと、先ほど叱責を発した側近らしき老宦官が旻寧に尋ねている。

「では、近衛の者は二十人ほどでよろしいでしょうか」

「いらぬ。他の者がおっては鬼火が現れんからな」

「恐れながら、仮に御身にもしものことがあればと愚考いたします」

「だからこそ、若人(わこうど)の宦官を供にするのだ」

 そう言いつつ、旻寧は立傑を指さした。

 立傑は老宦官の頂珠に目を留めた。紺碧色をしているため、四品と宦官としては最高位であることに驚いた。

 とはいえ、立傑と同じく所詮は家奴でしかなく、旻寧に逆らうことはできないためであろうか、立傑に強い口調で命じた。

「お主、くれぐれも殿下の御身に粗相がないようにな。よいか、わかったの」

 立傑は「御意!」と元気よく返事をせざるを得ない。うずくまったままの立傑を余所に旻寧と老宦官は去ったが、じわりじわりと心中で不安が募る。

(遠くの鬼火ですら宦官を狂い死にさせると聞く。直接、老松で鬼火を見ればどうなるのか)

 想像をしただけでも恐ろしく、うずくまりながら遅れて震えが湧いてきた。こうして秋が始まる立秋八月の夜半、旻寧と二人だけで景山に登ることになった。


 最下級宦官の立傑は、次期皇帝と呼び声の高い旻寧とともに、旻寧の足下をたいまつで照らしながら、紫禁城北端にある神武門を通り、無言のまま漆黒の景山に登った。

 半刻後、暗闇の静寂(しじま)のなか、二人は崇禎帝が縊死をしたと伝わる幹の太さが大人二人抱えもある巨大な老松の近くに着いた。

 夜烏が羽ばたく音やなにかの獣が草藪を駆ける音が、時折、二人に響いてくる。

 立傑は都度、思わず肩を堅くしてしまうが、旻寧が堂々とした姿を崩さなかったのには感服した。

 すっかり暗闇になれたころ、立傑が目を懲らすと老松根元の闇のなか、総髪で白装束の男が闇の大海に独りで佇んでいる。

 立傑は崇禎帝の鬼火と思い気絶しそうになるが、よく見ると紛れもない生きた人間である。右目が病でただれて潰れ、左の口角に大きくえぐられた傷痕もある醜悪な顔をしているが、生身の人間であることにむしろホッとした。

 旻寧もその醜悪な男に気づくと、咄嗟に佩いている剣を抜き、刃先を男に向ける。

 皇族も文武両道に育てられる。毎年、秋には北京の北東に位置する熱河(ねっか)の地で、皇帝を始め、皇族や満州八旗兵が総出で何十日もの間、巻き狩りもした。

 馬術や弓術などの定期的な武術査定もあり、皇族とてできが悪ければ処罰を受けた。

 旻寧は武術にも自信があり、男と対峙をしても一切怯んでいないようだ。

 男も無言のままニヤリと笑った。裂けた口角がより醜さを増す。

 男は旻寧がだれか知るよしもないに違いない。男も佩いていた剣を抜いて刃先を旻寧に向けると、躊躇なく刃を旻寧の頭上に振り下ろした。

 それを旻寧も剣で素早く横に受け流す。

 金属が擦れ合う派手な音が、冥府のような闇につつまれた景山の森に響いた。

 顔の崩れた醜悪な男と次期皇帝の可能性のある皇子という奇妙な取り合わせの二人が、老松の根元で渡り合うこと数合、その間、素手の立傑は立ち尽くしてしまった。

 やはり旻寧が殿様芸なためか、男が捨て身なためか、立傑の目にも男の剣術の方が分がありそうに見える。

 徐々に旻寧が押され気味になり、危うく男に刺されそうになってきた。

 恐怖で棒立ちをしている立傑に、昼の老宦官のことばがよぎった。


 ――くれぐれも殿下の御身に粗相がないようにな。


 旻寧が死す場合はもちろん、傷を負っても、立傑は即刻処刑されるだろう。そう判断し、破れかぶれの勇気を振り絞り、剣を振る男にしがみついた。

 男は旻寧だけに集中をしていたためか、立傑に隙をつかれてしがみつかれてしまい、立傑を振りほどこうと胴を激しく揺らす。

 立傑も振りほどかれないように、男の胴に腕を回して男の前腹で左右の指を絡ませて耐えた。

 男は振り落とせない立傑を殺そうと思ったのか、背中に刃を突き立てようとした。

 そのとき、茂みをかき分けて十人ほどの足音がして、いくつもの声が飛んだ。

「無礼者! うぬは何者だ」

「殿下の前に立ち、お守りせよ」

「やつを逃すな。回り込め」

 あの老宦官が老婆心から気を回し、密かに二人の後をつけて護衛をしていた近衛兵が急いで駆けつけたようだ。

 近衛兵らは素早く旻寧と男の間に立ち、旻寧を守る。

 男は状況が不利と悟り急いで去ろうと思ったのか、立傑を刺し殺すより、直ちに振りほどこうとして立傑の頭を刀の柄で強く叩いた。

 立傑がそのあまりの痛さでめまいがし、怯んで力んだ腕の力が緩んだ隙に、男は立傑の腕を振りほどいて暗闇の茂みに逃げ込んだ。

 近衛兵の五人が旻寧の護衛に残り、残りが男を追いかけた。

 立傑が旻寧を見るとさすがに肩で息をしているが、こっそりつけて来た近衛兵を叱責することはなく、立傑の方を向いて言った。

「お主のおかげで助かった、礼を言う」

 旻寧は立傑の勇気を褒めるとともに、深紅の腰帯に挟んでいる鼈甲の柄に金箔を貼った鞘の短刀を取ると、「褒美としてこれを取らせる」と立傑に下賜した。

 立傑はぬかずいて、感激に震える両手でその短刀を拝領する。家奴でしかない宦官に、素直に礼を言う旻寧の器の大きさに感銘もした。

 それに高価な短刀よりも勇敢な行動を初めて他人から、それも皇族から褒められて、己の勇気に自信が湧いた。


 結局、あの男は行方をくらませて、取り逃がしてしまった。

 数日後、立傑は旻寧を助けた功により、下級の宦官幹部である侍監(じかん)に昇進をする命が下る。

 徐氏も立傑の昇進をよろこび、その日の夕刻にささやかな宴まで開いてくれた。

 立傑は徐氏が特別に準備をしてくれた料理や酒をいただくと、思わず涙が一筋こぼれてしまった。故郷の母が立傑のために、手料理をこさえてくれたようにも思えて感激した。

 それを徐氏は、手にした手巾を当ててやさしく拭いてくれる。見ると、先だってと同じように手巾に小さな染みができた。

 徐氏も、「寿」の字が彫られた金色の頂珠がある八品官の涼帽をかぶる立傑の姿に、微笑んで言う。

「こんどはあなたに返します。将来の宮殿監督領侍(きゅうでんかんとくりょうじ)さま。『今はその第一歩を踏み出した』ですね」

「滅相もございません」

 宮殿監督領侍は宦官を総監する最高位である。立傑は恐れ多いと下を向き、一呼吸置いて少しため息をつくと静かに返した。

「昇進よりも、帰郷のお許しがいただければなによりです」

 それを聞いた徐氏も、静かに立傑を見つめてつぶやく。

「やはり、『故郷の寺に出家をする』が望みのようですね」

 立傑が徐氏の瞳を見ると、もう影は宿っていなかった。

 徐氏はうなずく立傑に向け、「近い将来、その夢がかなう気がします。私の勘は意外と当たるのですよ」と続け、いつものように寂しげに微笑んだ。

 食事を終えて宦官部屋に帰る立傑は、徐氏の寂しげな微笑みを想起しながらこの日も夜の景山を眺めると、再び灯が見えた気がする。

「家奴である哀れな宦官を崇禎帝が見守ってくれている」。以前は鬼火の呪いを恐れていたにも関わらず、そう思えてくるのを己でも不思議がり、心中で苦笑した。

 後日、旻寧が襲われたことから、嘉慶帝は近衛兵に命じて景山付近を封鎖することにした。

 それに歩調を合わせるかのように、景山の鬼火も現れなくなった。景山に現れる鬼火は崇禎帝の鬼火ではなく、先だってのような浮浪者のたき火であると皆が判断し、鬼火の噂も消えていった。



 九月の仲秋に入ると、立傑は劉金の様子が最近、変わったことに気づいた。

 夜中によく部屋を空け、明け方近くにこっそりと戻ってくる。初めは博打にはまっていると思った。

 宦官は、紫禁城という王朝でもっとも厳重な黄金の監獄で生涯を過ごす。娯楽の極少ない生活を送り、ある者は女官と擬似夫婦になり、ある者は(ちん)や小鳥などの寵物(ちょうぶつ)を飼い、己の虚ろな心を慰めるが、一番多いのはやはり博打である。博打は宦官にとって単なる娯楽以上に、心の平穏を保つための大切な行動でもあった。

 三更(午後十一時ごろ)間近、暗闇のいつもの宦官部屋で、隣の劉金の床机から衣擦れの音がしたので立傑が小声で言う。

「劉兄い、毎日のようにあまり遅くまで遊ぶのは体によくないぞ」

 劉金からの返事はなかった。

 窓から仄かに月明かりが差して、劉金の顔を照らした。博打で大負けしたというより、目がうつろで自身の意思がないようでもある。

 立傑は不安になり、また尋ねた。

「兄い……大丈夫か」

 極微かな月明かりのためか気のせいか、劉金の朴訥な丸顔の上に、瞬きするほどの間、別の顔が浮かび上がったような気もする。

 すぐにその顔は消えたが、以前どこかで見た顔でもありもどかしさも覚えたが、劉金はそのまま高いびきをかいて寝入ってしまった。

 一方の立傑は完全に目が覚めてしまった。劉金に一瞬浮かんだ顔に異様な胸騒ぎを覚え、一旦、落ち着こうと、仲秋の爽やかな空気を吸いに表に出た。

 漆黒の景山を眺めると鬼火は見えない。仲秋の明月が静かに照り、蟋蟀(こおろぎ)が数匹、琴のような規則正しい静かな音色で夜宴を開いているだけである。

「天乾き~物燥く~~っ、火燭に~用心~~ん」

 漆黒の交泰殿の広場まで、三更を告げる夜回り宦官の声が風で届いてきた。

 翌朝、目覚めてすぐに隣の劉金を見ると、暁光の薄明かりに照るいつもの朴訥な丸顔である。やはり昨夜に浮かび上がった顔は見間違いかと、納得せざるを得なかった。

 だが、以前は快活であった劉金が塞ぎがちになる。立傑はその変わりようをいぶかしがり、かつ心配もした。

 数日後、立傑は徐氏のお世話係から侍監として後宮の夜警係に就いた。余程のことがなければ、漆黒に包まれた後宮の主立った門で、宦官兵として一晩中立ちん坊をして(よあけ)を待つ。

 男人禁制の後宮で、力仕事はもちろん、皇帝を始め皇族や后妃らの護衛に当たるのも宦官の役目である。立傑は武術の心得はそれほどでもないが、一通りの剣術や弓術の訓練を受けて夜警に就いた。

 明け方、劉金らの日中業務の宦官らと入れ違いに、夜警用の武具一式を倉庫にしまった後、交泰殿にある天上が低くて染みだらけの宦官部屋の床机に横たわる、そんな日々が続いた。


 半月後の九月十五日。

 この日も立傑は西路六宮の夜警に就いていた。二更まではいつもの紫禁城の闇夜が静かに過ぎていたが、昼間は慌ただしい一日だった。

 現在、北京に比べ涼やかな熱河の地で避暑と巻き狩りを満喫していた嘉慶帝が、本来なら本日、紫禁城に入城する予定であった。

 だが半日前、事件が起こる。北京郊外の西を南北に流れる永定河(えいていが)にかかる木造橋の前に皇輿(こうよ)がさしかかると、突然の落雷でその橋が焼け落ちてしまったのだ。

 嘉慶帝は不吉の前兆として、その場で供回りの一同に野営を命じた。

 急遽、紫禁城に常駐しているラマ僧も呼び寄せ、ラマ教による祈祷を終えてから、紫禁城入りをする旨、立傑ら末端の宦官にもお達しがくる。

 恐らく嘉慶帝の入城は明日になると、出迎えの宴のために準備をした美味、珍味の数々は作り直すことになった。食事を準備する御膳房の者では人手が足りず、本来、日中は非番である立傑も手伝いをする羽目になったのである。

 昼間に就寝できなかった立傑はなんども出るあくびをかみ殺しながら、心中で願い続けた。

(もう今日はなにも起こらないでくれ。夜警が終われば、今日の分もぐっすりと眠ろう)

 慌ただしかった昼間を想起しつつ、三更にある小休止まで後少しだと体感で時を計りながら、西路六宮の門の傍らで弓矢を手挟み(げき)を持って歩哨をしていたとき、澄んだ鐘の音が響いてきた。紫禁城にあちこちに点在する警鐘一口が鳴ったらしい。

 紫禁城は南北二華里(約一キロ)、東西一華里半(約七五○メートル)と広大な城郭である。火事などの緊急事態を伝えるために鳴らす警鐘は、かなり遠くまで響き、近くで警鐘が鳴れば耳を覆うほどの騒音になる。

 だが、立傑が今立っている西路六宮では、風鈴の音を少し大きくしたほどの澄んだ金属音が聞こえるていどである。つまり、かなり遠くの警鐘が鳴っているのだ。音の方角から太和殿などが連なる南とわかる。

 そこに普段は駆け足厳禁の後宮で、余程の急用なのか足音を響かせた配下の宦官兵が、立傑に荒い息で報告をした。

「侍監さま、東華門(とうかもん)西華門(せいかもん)から賊徒が侵入した模様!」

「賊徒だと! いかほどだ」

「まだ詳しいことはわかっておりません」

 東西華門は紫禁城南端の左右にある門で、ここから一華里半東南と西南に位置する。

 二人の会話が終わるのを待っていたかのように、次々に南の方から警鐘が連呼をし出した。しかも警鐘の音が先ほどよりも大きくなった。つまり、その賊徒がここに近づいている証左である。

 別の配下の宦官兵も駆けてきて、詳報を伝えてくれた。四半刻前、二百人もの天理教徒(てんりきょうと)と思われる一団が、紫禁城の東華門と西華門から侵入したという。

 天理教徒は北京周辺や河南の地などを根城にする宗教団体である。独自の掟で堅い結束を図り、ここ数年、各地で反乱を起こしていた。

 立傑もまさか王朝のお膝元である紫禁城を、直接侵入してきたことに愕然としてつぶやいた。

「たった二百でこの紫禁城に侵入できるのか……」

 立傑はそれまでの眠気がかんぜんに吹っ飛んだ。想定外の緊急事態で手を(こまぬ)いていると、先任侍監の宦官兵が十人の配下を率いて立傑に告げる。

「聞いてのとおり賊徒が恐れ多くも紫禁城に侵入をした」

「東華門や西華門の警護はどうなっていたのでしょう」

「詳しくはわからんが、宦官数人が手引きをしているとの報告も入っておる」

 立傑はそれを聞くと不安を覚えた。たかが二百の小勢であれば、紫禁城に詰めている近衛兵ですぐに鎮圧できるが、内応者がいれば話は別だ。

 巨大迷路のように入り組んだ紫禁城の後宮を、我が庭のごとく熟知している宦官の手引きで潜り込めば、その捕縛は難しい。しかも今は漆黒の三更間近である。

 その侍監は先任らしく、うろたえている立傑の様子に気を回して今後の行動の指示をした。

「今、旻寧殿下が近衛兵を率いて賊徒を倒しておる」

「私もそこに向かいましょうか」

「お主は取りあえず配下の者を差配し、この辺りの防備を固めろ」

 その侍監は立傑の了解の返事を聞くと、直ちに配下の十人を率いて別の宮殿区画に向かった。

 立傑は連呼をする警鐘を聞きながら、急いで配下の宦官兵を門周辺に配置に着かせた。

(賊徒がここまで来たら、身を挺してでも倒さねばならんな)

 不幸中の幸いで嘉慶帝は今夜、紫禁城を空けていた。だが、皇后を始め、旻寧も含む主立った皇族や宿直の大臣らの高官と、要人がひしめいている。意外と二百人の小勢で、王朝の根幹がひっくり返る可能性もあった。

 天理教徒と乱闘が発生したのか、また近くの警鐘が鳴る。その音を頼りにすれば、立傑らは自ずと天理教徒の足跡がわかった。

 天理教徒は近衛兵が防ぐ間もなく宦官の手引きに従い、防備が手薄な順路で紫禁城を縦断したのであろう。とうとうこの後宮まで侵入をしてきた。

 立傑は弓弦(ゆみづる)に矢をつがえ、すぐにでも現れるであろう天理教徒を待つ間、皇族や后妃らを守ることよりも、この西路六宮にいる徐氏を守ろうという気持ちが高まる。徐氏に姉の面影を投影していたからかもしれないと思った。


 立傑らが門を固めていると、すでに天理教徒と旻寧が指揮をする近衛兵との乱闘が始まっているのか、すぐ南の養心殿の辺りから盛んに怒号が聞こえる。

 熱い茶を一杯飲み干すほど経つと、数十人の乱れた足音が聞こえてきた。

 一呼吸置き、とうとう捨て身の天理教徒が、教団の証である白装束姿で(とき)の声を発しながら突撃をしてくる。

「教徒の同志よ、突撃~ッ!」

 立傑も配下の宦官兵に弓を構えさせて迎え撃ち、号令を発した。

「全員、放てッ!」

 放った十本以上の矢で最前列の天理教徒が数人倒れたが、後ろの者は怯まずに突撃をしてくる。

 立傑はその一団のひとりが目に入った。その男は右目が病でただれ、口が大きく裂けている。明らかに特徴的なその顔に先だっての景山の男と気づいた。男は紫禁城を伺う天理教徒の密偵だったのだろう。

 立傑がその男を仕留めようと二の矢を放つと、見事に男の右肩に刺さった。

 男は矢が刺さった右肩を左手で押さえながら、その場にうずくまる。

 男にとどめを刺そうと三の矢を放とうとしたとき、その男を助けようと、駆け寄るひとりの宦官の姿が目に入った。

 立傑はその宦官を見て、唖然としてかすれた声が出た。

「あ……あれは劉兄いか?」

 確かに目がうつろで呆けた顔をしているが、あの朴訥な丸顔は確かに劉金である。劉金は男に駆けつけると、肩を貸して立ち上がらせた。

 立傑はあまりにも呆然として三の矢が放てず、混乱をする頭でつぶやいた。

「まさか……内応をした宦官が劉兄いだったのか」

 天理教徒に味方をする宦官が数人いると聞いていたが、劉金とは思わなかった。今宵も夜警に就き、劉金が今の混乱のなか、どこでなにをしているかを知らないからだ。

 旻寧もすでに西路六宮門の乱戦に加わっており、手が止まる立傑を見とがめると叱咤をした。

「そこの侍監、なにをしておる。賊徒どもを射よ!」

 旻寧は、もたつく立傑にかまわず持っていた猟銃を構え、劉金が肩を貸すその男の額に向けて放つと、一発で見事に撃ち殺した。

 劉金は無言のまま意思がないような虚ろな目線を立傑に向けると、今まで肩を貸していたその死んだ男を、躊躇なくドサリとその場に捨てた。刹那、脱兎のごとく門から勝手知ったる西路六宮に潜り込んだ。

 旻寧は周りにいる近衛兵や宦官兵に指示を下す。

「逃げた賊徒は残りわずかだ。展開して討ち取れ」

 次に立傑に目を留めると命じてきた。

「侍監、先ほどの宦官の後を追え。見つけ次第、直ちに射殺せ」

「御意!」

 立傑は弓を手挟むと、一人で門をくぐり、劉金を探しに西路六宮に入った。


 一連の大騒ぎで、後宮の皆は皇后から端女(はしため)の女官まで床机から起きている。皇后ら付き人のいる后妃は、刃物や得物を女官に持たせて自身の周りに立たせ、即席の護衛兵にした。

 徐氏も纏足者特有のややふらつく足取りで自身の部屋の中庭に出て、外のようすを三人の女官と不安げに見つめていたが、皆目、状況がつかめないようすである。後宮は各宮殿が二丈ほどの城壁で細かく区割りしており、外の様子がまったく伺えない。

 ただ、警鐘が極近くで喧しく鳴り響いていることや、外の路で鬨の声が聞こえるため、より一層不安に駆られているようだ。

 そんななか、慌ただしい駆ける音がしたと思った矢先、中庭に劉金が現れた。恐怖で立ち尽くす徐氏や三人の女官を目にすると、ニヤリとして躊躇なく刃を向けてくる。

 速歩で徐氏に迫り、徐氏のその滑らかな喉元に刃がかかりそうになったとき、女官のひとりが大きく悲鳴を上げた。

 悲鳴を聞いた立傑も直ちに徐氏の中庭に飛び込み、刃を突きつける劉金の腕を押さえて詰め寄った。

「劉兄い! どういうことなんだ」

 劉金は応えなかった。返事の代わりに呆けた顔でブルブルと戦慄(わなな)いている。

 立傑は劉金の背後を見た。

 背中越しに刺さっている矢羽根を認めると悪寒が走る。痛みを感じていないその様に、異常な恐怖を感じた。

 立傑は痛覚が麻痺している劉金に違和感を覚え、劉金の顔を凝視した。

 劉金の目はうつろでよだれを垂らし、見慣れたその朴訥な顔の上に、以前の夜に見た端正で知的な、それでいて怜悧な眼差しをした透けた顔が、京劇面のように重なって浮かんでは消えている。

(気の迷いか……)と立傑が思ったとき、再び同じ顔が透けて浮かび上がる。刹那、その顔がだれかを思い出した。


 ――明王朝最後の皇帝の崇禎帝。


 立傑の全身に鳥肌が立った。五年前に明思陵で見た肖像画と同じ冷徹な目が見つめてくる。

 同時に脳裏の奥底からはっきりと声がした。


 ――……韃靼を滅ぼせ……韃靼を滅ぼせ……韃靼を……。


 立傑は劉金を捕縛しなければならない立場だが、恐怖で体が動かない。そこに別の足音も聞こえ、一拍置いて近衛兵の一団が中庭に現れた。

 劉金は近衛兵を見ると、立傑を振りほどこうともがいて叫んだ。

「韃靼を滅ぼせ!」

 呆けたうつろな目に、急に憎悪の(ほむら)が宿るのがうかがえる。立傑の押さえている手を振りほどき、近衛兵に刃を向けながら駆けていく。

 近衛兵は皆が矢をつがえ、劉金に向けて一斉に放った。

 劉金はそれらの矢を避けるどころか、中庭で両手を広げて仁王立ちし、放たれた十数本の矢を全身に受け、そして死んだ。



 翌朝、劉金ら内応をした宦官も含む紫禁城に侵入をした天理教徒二百人は、戦死をするか自害をしてすべて倒された。

 捨て身の天理教徒に、精鋭である近衛兵ですら数十人も死傷者を出してしまったが、幸いにも昨夜、紫禁城にいた要人らは皆安全が確認された。

 前代未聞、かつ大胆不敵な天理教徒の行動に、紫禁城も大分と混乱をしたが、数日後にはいつもの状態に落ち着いていく。

 だが、立傑の苦悩は深かった。

 崇禎帝に憑かれた劉金自身の壮烈な死も悼んだし、「韃靼を滅ぼせ」のことばが今でもはっきりと耳朶に残っている。

 そんな立傑に自然にある疑問が湧いて口に出た。

「劉兄いは最後の、五人目の人身御供だったのか……」

 立傑の疑問を余所に、皆は劉金が狂乱をしたのだと言ってくるが、立傑の脳裏には、劉金の顔に重なった崇禎帝の死相がはっきりとよみがえる。

 恐ろしいことに後でそのことをだれに聞いても、その場にいた宦官兵に聞いても、そんなものは見ていないと口をそろえた。

 それ以降、立傑は劉金のように崇禎帝に憑かれることを恐れ、夜はもちろん、昼間もできるだけ景山を見るのを避け続けた。

 そんな立傑の不安は、十日後、僥倖(ぎょうこう)にも解決することができた。

 嘉慶帝は、落雷によりあの木造橋が焼け落ちなければ、自身が天理教徒により殺害されたかもしれないと考えたようだ。

 北京の東約三百六十華里(約百八十キロ)先にある、歴代清王朝皇帝の陵墓に墓参をするよう配下の宦官やラマ僧を遣わした。あの地に眠る先達の皇帝に、この度の加護を感謝したいのだろう。

 次いで、北京の北西にある明王朝皇帝の陵墓の墓参も宦官とラマ僧に命じた。

 紫禁城にいる宦官とラマ僧が手分けをして各陵墓に墓参をすることになり、奇しくも立傑に崇禎帝が眠る明思陵が割り当てられる。

 さわやかな秋晴れの下で涼風が吹くなか、明思陵に向かわざるを得ない立傑の気持ちは恐怖ですくんでいたが、命令を拒む選択肢はなかった。

 立傑は同行する宦官五人とラマ僧一人とともに、紫禁城から一日かけて五年ぶりに明思陵の廟に入った。

 入り口正面に基壇があり、その上に崇禎帝の肖像画がかけてある。五年前とまったく同じ風景が広がっていた。

 立傑は肖像画に向け、胸の前で左手で右手をくるんでお辞儀をする拱手(きょうしゅ)の姿勢を取った後、これからラマ僧による読経の準備のため、基壇にある香炉に火をつけた線香の束を立て、供物の蠟肉(ラーロウ)を捧げた。

 線香の白い煙が立ち上ると、線香に含まれる白檀の甘く深みのある木の香を深呼吸して胸に吸い込むと、幾分と気持ちが落ち着いてきた。

 立ち上る白い煙に合わせて視線を上向けると、肖像画の崇禎帝と目が合った。

「韃靼を滅ぼせ」の声が聞こえるか、恐れ半分、期待半分に耳を澄ませたが、なにも聞こえない。

 五年前と同じく、今も丁度、同行者が皆、廟の外で読経前の準備などをしており、廟内にだれもいない静寂な時が流れている。

(崇禎帝は見事に成仏したのだろう。そう信じたい)

 劉金を含めた五人の宦官の人身御供のお陰で、今後、崇禎帝の鬼火に魅入られる宦官はでなさそうだ。そう思うと、大分と気分が晴れてきた。

 立傑は再び崇禎帝に向けて拱手の礼をすると、読経の準備が終わった旨を皆に伝えるため、静かな歩みで廟を去った。


 翌年の初春、嘉慶帝は天理教徒の反乱の根本原因が民の困窮と悟り、まずは自身の質素倹約のために后妃の整理をし、徐氏を含む下級后妃の冷宮(れいきゅう)入りを命じた。彼女らは今の部屋を出て、後宮の片隅にひっそりと住むことになった。

 二度と皇帝に召されることもないため、その建屋を冷宮と総称した無期軟禁の牢獄入りに処されたのである。

 徐氏は今年で十五歳になるが、この冷宮で一生、皇帝に召されず、実家にも帰れない身になった。

 嘉慶帝はせめてもの哀れみからか、冷宮入りをする后妃らに、特例として一つだけ願いを聞いた。

 ある者はここぞとばかりに高価な品をねだり、ある者は実家の栄達を願う。

 だが、徐氏だけは違った。取り立てて願いごとがなく、なにか願いごとがないかと思いを巡らした。

(娘娘にはもう会えない……実家にも帰れない。それに実家とも縁が切れている。実家の栄達など今更関係がない)

 自分にはなにも願いごとがないと思案を一巡した後、一拍置いて、ひとつ強い願いが沸き起こり、自身の番が来たときに嘉慶帝にこう告げた。

「張立傑侍監の職を解き、故郷の寺への出家をお許しいただければ幸甚(こうじん)にございます」

 嘉慶帝は自身のことを願わぬ徐氏に、奇怪な后妃だと思ったのかやや訝しながらも、一介の侍監でしかない立傑など少しも惜しまず、その願いを許可した。


 数日後の夜明け前、立傑は徐氏に別れの挨拶をした後、故郷の寺に入るため、紫禁城北端の神武門から十一年ぶりに外の世界に踏み出した。

 まだ暗闇に包まれる目の前にそびえる景山を恐れながらも、これが見納めだと眺め、立ち入り厳禁のはずの例の老松の辺りに目をやった。

 もしかしてまた鬼火が見えるかもしれないと恐れたが、景山は漆黒に塗りつぶされている。やはり崇禎帝は成仏したようで安心をした。

 立傑は崇禎帝に憐憫の情を抱いてつぶやく。

「哀れな御仁だ。天子の家に生を受けながら、死してなお(ごう)にしばられ続けた御身の命運。無事に成仏をしてくだされ最後の皇帝」

 崇禎帝や、劉金ら人身御供にされた五人の宦官に対してしばらく瞑目をしながら、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」とつぶやいて合掌をした後、二度と足を踏み入れることのない紫禁城を背に、静かな歩みで故郷のある北へと去っていった。

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