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僕っ子王子様系キャプテン

今更ですが、主人公は女たらしくそ野郎です。

——夏の終わり。陽射しはまだ強いが、風にはほんの少しだけ秋の匂いが

混ざっていた。


放課後の体育館では、バレーボール部の練習が続いていた。

鋭いスパイク音。弾んだボールが床を打つ音。掛け声と、歓声と、汗の匂い。


その中心にいたのが——如月きさらぎ らん


「ナイスレシーブ! いいよ、そのフォーム!」


ショートカットの髪が汗で張りついて、それを振り払うように指示を飛ばす姿は

まさに“王子様”。

身長は高く、引き締まった長い手足は動きに無駄がない。男子顔負けの躍動感と、

仲間を包み込むような穏やかな声。

女子からはもちろん、男子からの人気も高い——そんな存在。


(……見れば見るほど、絵になるな)


体育館の入り口で、その様子をこっそりと覗いていた俺——みなと ひかるは、内心で苦笑した。

この数ヶ月、学園のヒロインたちに「順番にアプローチをかけていく」という、

ちょっとした“遊び”を実行中だった俺にとって、如月蘭はなかなかに“厄介”な

相手だった。


(今までの相手は、かわいいとか、清楚とか、ちょっと隙があるタイプだった

けど……)


蘭はちょっと違う。


格好良くて、強くて、まっすぐで、周囲からの信頼も厚い。

男子が憧れる“ヒーロー”であり、女子が夢見る“王子様”。


(その王子様に、俺みたいなやつがどうやって隙を作れるか——)


ただ、それが逆に、燃える。


俺がやっているこの“ゲーム”のルールはただひとつ——

ヒロインたちを「本気にさせる」こと。


だからこそ、落としがいがある。


如月蘭。

同級生にして、バレーボール部のキャプテン。

圧倒的なカリスマ性と実力を持ち合わせながら、王子様のような口調で男女を

魅了する存在。


(この子の“仮面”を剥がせたら、相当なインパクトになる)


そう思いながら視線を送っていると、突然、蘭と目が合った。


「……なに、見とれてた?」


体育館の扉を開けて出てきた蘭が、タオルを首にかけながら小さく笑う。


「ちょっと見惚れてたかも。スパイク、キレキレだった」


「へぇ、ありがとう。じゃあ今度は、ちゃんと応援してよね? 王子様の勇姿を」


「了解」


「ふふ。軽いなあ、君って」


蘭はひらりと笑って、汗を拭いながらペットボトルの水を飲んだ。


その姿が、妙に色っぽく見えるのは、たぶん“ギャップ”のせいだろう。

男前な動きと、ふとした瞬間に垣間見える“女の子らしさ”。


——それが、如月蘭という人物の“魅力”だった。


「ところでさ、光ってバレー興味あるの?」


「いや、運動自体は嫌いじゃないけど、蘭には勝てそうにないな。

君、表彰されてたって噂だし」


「えっ、なにそれ。そんな前のこと、よく知ってるね」


「ちょっと調べた。……気になったから」


「ふふ、何が“気になった”の? 僕のスパイク? それとも顔?」


「どっちも?」


「うわ、チャラい〜」


からかうように笑いながら、蘭はベンチに座った。


その無防備な様子が、また俺の好奇心を刺激する。


(……こういうとこだよな)


普段は王子様みたいに振る舞ってるけど、本当は——

もしかすると、もっと等身大で、不器用で、怖がりなところもあるんじゃないか。


それに、蘭にはもうひとつ——気になる“噂”があった。


——中学時代、一度バレーをやめかけたことがある。


当時、部内でトラブルがあったらしい。詳細は語られていないけど、

チーム内で蘭が孤立していた時期があったとか。


(きっと、そのあたりに何かがある)


蘭は今でこそ“王子様”としての役割を完璧にこなしているけど、その裏には誰にも

見せていない顔がある。


それを引き出すことができたとき——

俺は、またひとつ“ゲーム”のステージをクリアできる。


蘭と並んで水道の前を歩きながら、俺は自然な流れで話題をふった。


「中学のとき、バレーやめかけたことあるって、ホント?」


蘭の手が、止まる。


ペットボトルのキャップを閉める仕草が、わずかにぎこちなかった。


「……そうだね。やめようと思ったこと、あるよ」


「理由、聞いてもいい?」


「……うーん。別に隠してたわけじゃないんだけど」


蘭は、少しだけ遠くを見た。


「当時ね、僕、勝ちたくて……誰よりも。でも、チームがまとまってなくて、

イライラしてた。気づいたら、仲間にきつく当たってた」


「それで、孤立したのか」


「うん。自業自得ってやつだよね」


少しだけ笑ってみせる蘭。でも、その目は笑っていなかった。


「……今でも後悔してるよ。あの頃の僕は、全然“王子様”なんかじゃなかった。

ただの、怖い先輩だったと思う」


「けど、それを乗り越えて今があるんだろ?」


「そうだけど……ね」


蘭はぽつりと呟いた。


「だからこそ、今も怖いんだ。誰かを追い詰めるような自分に戻るのが」


その声が、どこか震えていた。


——そうか。この人は、“強い自分”でいようとしてるんじゃない。


“弱さ”を知ってるから、“強くあらねば”と願ってるんだ。


(……これは、落としがいがある)


俺は、再びそう思った。


仮面をかぶってるだけの人間じゃない。

その仮面の裏には、ちゃんと悩んで、考えて、自分と向き合ってきた足跡がある。


(そういう相手だからこそ、俺は——本気で落としたくなる)


太陽はもう傾きかけていた。


風の匂いが、少しだけ秋に近づいていた。


次のターゲットは——如月蘭。


“王子様”の仮面を、俺だけが外してみせる。


***


それからというもの、俺は如月蘭との接点を、意図的に増やしていった。


バレー部の練習を終えるタイミングを見計らって体育館裏で声をかけたり、

共通の授業でさりげなく隣の席に座ったり、文化祭の片付けを理由にした雑用の

手伝いを申し出たり——


目的はただ一つ。


“仮面”の奥にある素顔を引き出すためだ。


「光ってさ、いつもタイミングよすぎじゃない? もしかして、僕のストーカー?」

蘭が少し眉を上げて笑った。


「え? バレたか」

俺は冗談めかして肩をすくめる。


「ふふっ。ま、僕を追っかけるなら、今のうちだよ? 秋になったら、部活も本格的に忙しくなるし」


「そのときは、マネージャー志望ってことで潜り込もうかな」


「え、それなら毎日スパイク打ち込むけど、いい?」


「怖っ。今のちょっと本気だったろ」


「ふふん、どうかな?」


こういう何気ないやり取りの中で、俺は確かに感じていた。


——彼女の“笑顔”が、少しずつ変わってきている。


最初のころの、完璧すぎる王子様スマイルとは違う。

今の笑顔には、少しだけ照れと揺れが混じっている。

つまり、俺の存在が“ただのクラスメート”以上になりつつある証拠だ。


そんなある日。昼休みに校舎裏で一人、黙々とサーブ練をしている蘭を見つけた。


「また自主練か。ホント真面目だな」


「うわっ、びっくりした! いきなり現れないでよ、心臓に悪い」

俺の声に反応して、蘭はサーブの構えを崩して振り返る。


「それ、緊張してるってこと?」


「してない。……してないけど、ちょっと集中してたの」


「じゃあ俺が邪魔したってことか。悪かったな」


「……別に、来てくれるのは嬉しいけど」


ぼそりと呟くようなその言葉に、俺の心がピクリと反応した。


「なに、今のもう一回言って?」


「言わなーい!」


「逃げたな?」


「光がしつこいだけ」

言いながらも、どこか楽しげだ。


こういうやりとりが、妙に心地いい。


そして、俺はこの日、少しだけ踏み込む決心をした。


「なあ、蘭。お前さ」


「ん?」


「……ほんとは、怖いんじゃないか?」


「……なにが?」


「自分の“強さ”が、誰かを傷つけるんじゃないかってこと」


蘭はピタリと動きを止めた。

さっきまでの軽口を叩く雰囲気が、すっと消える。


「……どうして、そう思ったの?」


「顔に書いてある」


「うそ。そんなの、隠してるつもりなんだけどな」


蘭は小さく笑いながら、校舎の壁に背を預けた。


「でも……当たり、かも」


「やっぱりな」


「……昔、部活でトラブル起こしたことがあるって話、したっけ?」


「聞いた。中学のときだろ。後輩が辞めちゃったって」


「うん」


蘭は遠くを見ながら、ポツリと話し始めた。


「その子、すごく素直で一生懸命だった。……でも、正直、下手だったの。

プレッシャーに弱くて、試合でもミスが多くて」


「……」


「僕、どうしても勝ちたくて……その子を責めた。つもりはなかったけど、

無意識に厳しく当たってた。そしたら、その子——練習に来なくなった」


沈黙が落ちる。


蘭は拳を握りしめていた。


「それ以来、誰かに“優しいね”って言われるのが怖くなった。

“強い”って言われるのは慣れてるけど、優しいって言われると、

何かを裏切ってしまいそうな気がして」


「……それでも今、後輩を気にしてんだろ?」


「うん。今の一年生にも、ちょっと距離置かれてる子がいて……また同じことに

なるんじゃないかって」


蘭の声が震えていた。


俺は、そっと隣に立ち、彼女の目を見た。


「俺が保証する。お前はもう、誰かを傷つけるような奴じゃない」


「光……」


「むしろ、誰よりも気にしてる。そういう優しさを持ってる。だから、

誰かに怖がられても、それは“優しさ”をまだうまく伝えられてないだけなんだよ」


蘭の目に、光が宿る。


「……そんな風に言ってくれる人、初めてかも」


「俺は、蘭のそういうところをちゃんと見てるからな」


「……じゃあ、さ」


「うん?」


「今度の練習、手伝ってくれる? 一年生と向き合うための“練習相手”、

してくれない?」


「もちろん。スパイクは勘弁してほしいけど」


「ふふ、そこは手加減してあげるよ」


王子様スマイル。

でも今のそれは、どこか柔らかく、仮面ではない“素顔”の笑みだった。


(——届いた)


俺の言葉が、彼女の心に触れたのを、確かに感じた。


蘭の“強さ”の中にある“脆さ”を知って、彼女は少しだけ、素の自分を見せ始めた。


ゲームの駆け引きは、順調に進んでいる。


でも——心の奥が、なぜか静かに疼いていた。


(……このまま落としていいのか?)


そんな迷いを振り切るように、俺は笑った。


「よし、じゃあ次の練習は俺にとっての“試合”ってことで」


「うん。君の本気、見せてもらうからね」


夕焼けの空の下で笑い合う俺たちは、もう“他人”じゃなかった。


心の距離は、確実に——縮まっている。



それから数日後の放課後。


バレー部の練習が終わった体育館に、俺と蘭は残っていた。

他の部員はすでに引き上げ、体育館にはボールの転がる音も、

スパイクの打ち込む音もない。

ただ、夕暮れのオレンジが静かに床に射している。


「ふー……やっぱ、バレーって楽しいな」

蘭は水筒のフタを開けて、勢いよく水を飲む。


「俺は、立ってるのがやっとだけどな……」

膝に手をつきながら、苦笑する俺を見て、蘭が声を上げて笑う。


「でも、意外とやれるね、光。センスあるかも」


「褒めてんのか煽ってんのかわかんねえな……」


「ふふ、どっちも」


そうやって軽口を叩けるようになったのは、たぶんお互いの距離が、

前よりずっと近づいてる証拠だ。


「あのさ」


蘭が、ふと真面目な顔になる。


「なに?」


「……光ってさ。誰かのために、全力になれる人なんだね」


「ん、急にどうした?」


「こないだの練習。あの後、部の一年、ちょっとずつ戻ってきたんだ」


「マジで?」


「うん。たぶん……私の言い方とか、態度とか、ちょっとずつ変えられたからかも」


蘭は、ちょっと照れたように笑った。


「昔の僕なら、絶対できなかった。でも、光が言ってくれたから。

“お前は変われてる”って」


「そっか。役に立てたなら、よかった」


「ううん、違うの。役に立った、ってレベルじゃなくて——」


蘭は、すっと俺の目を見た。

その目は、どこまでも真剣だった。


「——救われた、んだよ。あの言葉で」


「蘭……」


「もう一度、誰かとちゃんと向き合いたいって思えた。怖くても、

逃げたくないって思えた」


「……」


「そう思えたのって、たぶん、初めて」


一歩、近づく。


「光。あの時、君に見つけてもらえてよかった。見透かされて、

恥ずかしかったけど、それ以上に、嬉しかった」


「……俺も、蘭が笑えるようになってくれて、嬉しいよ」


「……ほんと、君ってずるい」


蘭は小さく息をついたあと、ポケットから一本のリストバンドを取り出した。

薄い水色のラインが入った、それは中学時代に使っていたものだという。


「これ、ずっと捨てられなかったんだ」


「……思い出の?」


「うん。苦いやつ。あの時辞めてった子と、お揃いだったやつ」


蘭はそれを、俺の手に握らせた。


「これ、預かってくれない?」


「え?」


「怖くて、まだちゃんと向き合えてない。でも、君にだったら……

持っててほしいって思った」


「……それ、すげぇ重いな」


「でしょ。でも、受け取ってくれるでしょ?」


蘭は、はにかむように笑う。


「……もちろん」


手の中のリストバンドが、少しだけ温かかった。


「光。僕、君のことが——」


一瞬、言葉が止まった。


「君のことが、好きになっちゃったみたい」


静かに、でも確かに届いたその言葉に、胸の奥が熱くなる。


「ずるいよね? 自分で仮面外しといて、こんなこと言うなんて」


「ずるいって言われるの、もう慣れた」


「……そうかも」


蘭は笑って、俺の肩をぽんと叩いた。


「……でも、知ってるよ。君は“付き合う”つもりはないんでしょ?」


「……」


「だから、これは“告白”じゃない。ただ、心のままを伝えただけ」


蘭は軽く背伸びして、俺の顔を見つめる。


「ねえ、光。君は僕を“落とした”って思っていいよ。でも——」


「……でも?」


「次に進む前に、ちょっとだけ振り返ってよ。君の言葉で、ちゃんと救われた人間がいるってこと、覚えててほしいの」


「……わかった」


俺は頷いた。


そして、蘭のその瞳に嘘がないことを知った。


(——仮面の裏側。ぜんぶ、見えた)


それは、確かに“勝利”だった。


でもなぜか、心の奥でざらりとしたものが残る。


“落とす”だけのつもりだったはずなのに——

俺の方が、少しだけ心を持っていかれていたのかもしれない。


蘭が、ゆっくりと体育館の出口に歩き出す。


「さ、帰ろっか。次は明日の練習だし、ヘタこけないもんね!」


「おう」


体育館の扉が開く。

そこには、オレンジと青のグラデーションが広がっていた。


二人の影が、並んで伸びていた。


——如月蘭。

ボクっ娘王子様系。

強くて、まっすぐで、でもどこか怖がりで、優しい。


そのすべてを見た今、俺は、彼女の心に“触れた”と、そう思えた。


それから数日後。


蘭は、バレー部の練習に加えて、後輩との関係にも本気で向き合い始めていた。


俺が見ていないところでも、彼女はきっと悩んで、言葉を選びながら、

それでも前を向いていたんだと思う。


ある日、昇降口で偶然顔を合わせたとき——


「光。ちょっと、聞いてよ。例の一年の子、今日の練習で初めて笑ったんだよ」


「マジか。すげえじゃん、それ」


「うん。正直、涙出そうだった。あの子、笑うとほんっと可愛いの」


「それ、蘭がちゃんと向き合ったからだろ」


「……そうかな」


「そうだよ。ちゃんと変わったんだ、お前も、その子も」


蘭はふっと笑った。


「“王子様”ってさ、別に全部完璧じゃなくていいんだって、やっと分かったよ」


「うん?」


「弱くても、悩んでも、それでも前に進もうとする。それが“本当のかっこよさ”

なんだよね」


「——かっけぇじゃん」


「ふふ、でしょ? ……でも、君の“ずるさ”には敵わないけどね」


「またそれ言う?」


「言うよ。僕が素直になれたのは、君のせいだから」


笑顔の裏に、もう仮面はなかった。


それが嬉しくて、でも少しだけ切なかった。


(俺は、こんなにも素敵な女の子を“落とした”んだ)


でも、それ以上踏み込まないのが、このゲームのルール。


付き合わない。責任は取らない。ただ、心を揺らすだけ。


でも、それで本当に良かったんだろうか?


——そんな問いが、ふと頭をよぎった。



放課後。


校舎の裏手で、ひとり座って空を見上げていた蘭の横に、そっと腰を下ろす。


「光。ありがとうね、いろいろ」


「礼を言うのはこっちだよ。お前、最高だった」


「ふふ。最後まで、そういう口説き文句はうまいよね」


沈む夕日が、彼女の横顔を照らしている。


その眼差しは、もうどこにも迷いがなかった。


「これからも、私は“私”でいられると思う。誰かに嫌われても、怖くても、

それでもちゃんと向き合いたいって思えるようになった」


「……なら、もう何も心配いらないな」


「うん。でもさ、光がまた次の子を“落とす”って聞いたら、

やっぱりちょっとだけムカつくと思う」


「嫉妬?」


「ちょっとだけね。だって、君はずるくて、優しくて、ちゃんと人の弱いとこ

見つけるの、うまいんだもん」


「……ありがとう」


蘭は立ち上がって、制服のスカートを軽く払う。


「じゃあね、光。……私、もう迷わない」


「おう。頑張れよ、キャプテン」


「うん。あ、そうだ」


振り返った蘭が、にやっと笑った。


「次のヒロインにも、ちゃんと優しくしてあげなよ。

……あんまり本気にさせすぎないようにね?」


「それは……できる限り頑張る」


「ふふ、ずる」


風が吹いた。


その後ろ姿が、夕焼けに染まりながら遠ざかっていく。


俺は、しばらくその場に立ち尽くしていた。


(……俺、いつかこの“ゲーム”を終わらせる日が来るのかな)


蘭のことを思い出しながら、胸の奥がほんの少しだけ、痛んだ。


でも、それでも進まなきゃいけない。


これは俺の戦い。

誰かを救うためのものじゃない。

俺が俺自身を証明するための、挑戦だ。


スマホを取り出して、次の“ターゲット”のプロフィールを開く。


——天音凛。

明るくて、ちょっと小悪魔系で、人懐っこくて……そのくせ、目が寂しそうだった。


(さて。次は、どんな可愛さに出会えるかな)


胸の奥に、ほんの少し残る余韻を抱きながら、俺は歩き出した。


恋はまだ、終わらない。

このゲームは、まだ続いている。


——そして、次の“可愛さ”を落とすまでは。


【side如月蘭】


——最初は、ただの“観察”だと思ってた。


放課後の体育館。いつもより少し遅れて練習を終えた時、扉の陰に立っている光を

見つけたときも。


「なに、見とれてた?」


なんて軽く茶化したけど、心の奥では、少しだけ動揺していた。


(どうして……私を見てるの?)


男子にも女子にもよく声をかけられる。褒められるのにも慣れてるつもりだった。

でも、光の視線はそれとは違った。


まるで——“見透かすような”目。


彼が少しずつ近づいてきたのも、最初は遊びのように思ってた。

ああ、また誰かにちょっかいを出してるんだなって。


でも、そうじゃなかった。


「本当は、怖いんじゃないか?」


その言葉を聞いたとき、心の奥の鍵が、ひとつ外れる音がした。


誰にも言えなかった。誰にも知られたくなかった。


“強さ”の仮面の裏で、ずっと怯えてた自分を——

彼は、まっすぐに見抜いてきた。


(怖いよ、光。君のまっすぐさが)


でも、嬉しかった。

“王子様”じゃない、素の私を受け入れてくれる人が、いたことが。


練習を手伝ってもらった日のこと、忘れられない。


「俺は、蘭のそういうところをちゃんと見てるからな」


光のその言葉が、何度も胸の奥で反響する。


——ああ、私はもう、逃げなくていいんだって。

誰かとちゃんと向き合っても、怖がらなくてもいいんだって。


でも——

やっぱり、少しだけ悔しい。


光のことを好きになってしまったのに。

その先には、進めないって分かってるのに。


「次のヒロインにも、ちゃんと優しくしてあげなよ。

……あんまり本気にさせすぎないようにね?」


そう言いながら笑えた自分に、少しだけ胸を張っていた。


(だって、私はちゃんと“仮面”を外せたから)


もう怖くない。


もう迷わない。


たとえ“選ばれなくても”、私は私のままで前に進める。


——それを教えてくれたのが、君だったんだよ、光。


ありがとう。

でも、ほんの少しだけ、意地悪を言うね。


「君が最後に“落ちる”相手が、私だったらよかったのに」


ふふ、なんてね。


風が秋を連れてくる。


私のバレーも、恋も、これからが本番だ。


——私は、もう一度、信じてみようと思う。

誰かと、ちゃんと向き合える自分を。


そしていつか、仮面なんて最初から要らないくらいの“本当の自分”で、

誰かを好きになれたらいいな。


そのときは、ちゃんと“告白”してみせるよ。


今度こそ、本気で。

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