天真爛漫デレデレ系幼馴染
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高校入学から一ヶ月——。
クラスにも学校生活にも、ある程度慣れてきた昼休み。俺、湊 光は、教室の窓際でコンビニパンをかじりながら、静かに思考を巡らせていた。
(よし、誰から口説こう)
そう、俺には今——口説くべきターゲットが五人いる。全員が、学校内で一目置かれる存在の“美少女”たちだ。いわゆるヒロイン。
我が幼馴染、お堅い風紀委員長、聖女のような生徒会長、王子様系バレー部キャプテン、そしてからかってくる生意気な後輩。
この五人を、俺は順番に恋に堕とす。そして最終的には——。
(まぁ、詳しくは後にして。まずは、初手だな)
今の俺にとって、最も自然に接近できる存在。それは、
「——ひっかーるぅうっ!」
勢いよく教室の扉が開くと同時に、天使のような声が俺の名前を呼んだ。
「よっ、優菜」
走ってきた彼女は、俺の目の前に止まり、まっすぐこちらを見上げてくる。
宮原 優菜。
俺の幼馴染であり、隣のクラスにいる。ふわふわの茶髪に、やや小柄な体格、目を細めて笑う顔は、誰が見ても“かわいい”と断言するだろう。
「ねえねえ、今日も一緒に食べよう?」
「いいよ。てか、来ると思ってた」
「えへへ〜。ひかるが最近、ちょっとイケメンぶってるから心配でさ?」
ニヤリと笑う優菜。
俺は少しだけ肩をすくめて、苦笑した。
「ぶってるんじゃなくて、実際イケメンになったつもりなんだけど?」
「うーん……たしかに中学の頃よりは“普通”にはなったかも?」
「“普通”ってのが地味に傷つくな……」
「でもね。でもね?」
優菜は俺の顔をじっと見つめると、急に真面目なトーンになった。
「ちゃんと、かっこよくなったと思うよ?」
「……っ」
一瞬、言葉が詰まる。
ふざけると思っていたから、急な“本音”が、胸に不意打ちで突き刺さった。
目をそらしそうになるのをこらえて、俺は口角を少しだけ上げた。
「サンキュ。素直に嬉しいわ」
「うん。でも——」
優菜は指をピンと立てて、にやりとした。
「“かわいい”のは、まだまだ私の勝ち、だけどね?」
「へいへい、そっちは一生勝てる気しませんわ」
二人で笑い合う。
こんなふうに、くだらないやり取りを交わせる日々は、きっと、俺にとってかけがえのない時間だった——けれど。
今日は、ほんの少しだけ違う。
俺は、優菜に一歩踏み込むと決めていた。
「なあ、優菜」
「んー? なあに?」
「最近、ちょっと俺のこと、避けてない?」
「……え?」
一瞬、彼女の目が揺れる。
図星だったらしい。
優菜は目を泳がせながら、パンの袋をいじる指を止めた。
「べ、別に……そんなことないよ?」
「でも、前より教室にも来なくなったし、LINEも既読スルー多くね?」
「そ、それは、その……」
言い淀む優菜の姿は、いつもよりずっと“優菜らしくない”。
俺は、静かに言った。
「俺、変わったと思う?」
「……うん。すごく」
「そうか。じゃあ、変わった俺を、どう思う?」
「…………」
言葉が、止まる。
沈黙が数秒続いて——やがて、優菜は視線をそらした。
「ひかる、かっこよくなったよ。……でも、それがちょっと、怖いんだ」
「怖い?」
「だって、前のひかるは、私だけが知ってる“特別”だったのに。今のひかるは、きっと誰にでも“好きになられる”存在になっちゃってて」
その言葉に、俺の心臓がドクンと音を立てた。
——優菜。
お前、もしかして……。
「でもねっ」
彼女は、急に立ち上がって、両手を腰に当てて宣言した。
「私、負けないから! ひかるが誰を好きになったとしても、私の“かわいさ”は世界一だから!」
「いや、好きになるとは言ってないけどな……」
「えっ……」
冗談混じりで言ったつもりだったが、優菜の目がうるんで、口元がちょっとだけ寂しそうに揺れた。
しまった、と思った。
「いや、違う違う。そういう意味じゃなくてだな、あー、えっと……」
言い訳を探して口ごもる俺に、優菜は一歩近づいてきて——
俺のシャツの裾を、そっとつまんだ。
「ひかる。私、ずっと待ってたよ」
「……何を?」
「ひかるが、自分で“かっこよくなってやる”って決めてくれるの、ずっと前から願ってた。……だって、私だけがひかるの魅力知ってるの、ずるいじゃん」
優菜はにっこり笑った。
その笑顔は、いつかの夏の日に見た、まぶしい太陽よりもずっと、温かかった。
「だからさ。今日、言いたいことがあるの」
「えっ……?」
俺が戸惑う間に、優菜は言った。
「ひかる。私のこと、口説いてみてよ」
「………………は?」
「だって、ひかるの作戦って“美少女を口説く”なんでしょ? だったら私から! 幼馴染から! 攻略しなさい!」
——まさかの、逆指名。
俺の“作戦”は、ここで想定外の方向に進み出す。
だけど、悪くない。むしろ、最高のスタートだと思った。
「……じゃあ、いくよ。優菜。今日のお前、世界で一番かわいい」
「ひかっ……! ちょ、ちょっと待ってっ……それ、いきなりズルい!」
顔を真っ赤にした優菜が、俺の腕をペシペシ叩く。
その笑顔は、どこまでも純粋で、どこまでも——俺の記憶のままだった。
*
中学のときの俺は、正真正銘の陰キャだった。
寝癖のまま登校し、制服もヨレてて、友達もほとんどいなかった。廊下でぶつかったクラスメイトに謝ることすらできず、昼休みはひたすらスマホをいじっていた。
そんな俺に、ただ一人、声をかけてきたのが優菜だった。
『ねえ、ひかるー! 一緒に帰ろ!』
クラスのムードメーカーで、男子にも女子にも人気だった彼女が、なぜ俺なんかに声をかけてくれたのか、当時はわからなかった。
けれど今なら、少しだけ理解できる。
優菜は“人を見ている”。
表面じゃなくて、中身を。
だから俺は、彼女の笑顔を誰よりも本物だと思っていた。
そして、変わろうと思った理由の一つに——彼女の存在があった。
「……なあ、優菜」
「ん?」
「今から、ちょっとだけ時間ある?」
「あるよ! ていうか、あるに決まってるじゃん?」
即答だった。笑えるくらい即答だった。
俺は言った。
「中庭、行こうぜ。ちょっと話したい」
「うん!」
彼女は満面の笑みで頷いて、ぴょこっと跳ねるように立ち上がった。
ふわりと揺れるスカートと、軽やかに弾む髪。
何気ない一瞬が、俺の胸を静かに叩いた。
*
中庭のベンチには、誰もいなかった。
桜の花びらがわずかに残る木の下、日差しは柔らかく、風は優しい。
「……なつかしいね、ここ」
優菜がぽつりとつぶやいた。
「中学のとき、よく帰り道に寄ってた公園に似てる」
「あー……ブランコがあったとこ?」
「そうそう。ひかる、めっちゃブランコ下手だったよね。漕いでも全然揺れなくて」
「いや、そもそも俺、ブランコ向いてないからな。地面踏む力が貧弱なんだよ」
他愛もない会話。でも、不思議と心地いい。
「……なあ」
俺は少し真面目な声で言った。
「なんで、急に俺を避けるようになったんだ?」
優菜は目を丸くして、少し口を開いたまま固まった。
そして、膝の上で握った手を見つめながら、ゆっくり答えた。
「ひかるが、かっこよくなったから」
「……それ、さっきも言ってたけど、なんで?」
「だって、他の女子も、ひかるのこと見るようになったから。あたし……なんか、焦っちゃって」
そう言って彼女は小さく笑った。
「自分でもびっくりするくらい、やきもち焼いちゃってさ。ちょっと自分がイヤだったの」
「……そっか」
俺は、優菜の言葉をかみしめた。
「でもさ」
続けて、言った。
「俺が変わろうと思ったのって、優菜がいたからなんだよ」
「え……?」
「俺のこと、誰よりもちゃんと見てくれてたの、優菜だけだった。だから、“このままじゃダメだな”って思ったんだ」
優菜が、ぽかんと俺の顔を見つめている。
「俺も、優菜に追いつきたかった。優菜と、もう一度ちゃんと話せるようになりたかった。……だから、努力した」
「……ひかる」
少し涙ぐんだような声で、彼女が俺の名前を呼んだ。
次の瞬間——
どちらからともなく、俺たちは同時に、身体を寄せていた。
顔と顔が、あと十数センチ。
風の音も、鳥の声も、すべてが遠のいていく。
俺は、小さくつぶやいた。
「今も、かわいいけど……中学の頃の優菜も、好きだったよ」
「……っ、ばか。いきなり、そんなの……」
優菜の頬が、さっと赤く染まる。
彼女の瞳が潤んでいて、ほんの少し震えている。
俺たちの顔が、さらに近づいた——そのとき。
『キーンコーンカーンコーン……』
チャイムが鳴った。
「……っ!」
「……タイミング、最悪だな」
優菜はふるふると首を振って、ぎこちなく立ち上がる。
けれどその背中は、どこか楽しげだった。
俺もゆっくり立ち上がり、歩き出そうとしたその時。
優菜が、ふと振り返った。
「……また、口説いてね」
「……!」
彼女は、にっこり笑って、走り去っていった。
優菜の背中を目で追いながら、俺はゆっくりと教室へ戻った。
だけど、胸の奥ではずっと“さっきの続きをしたい”って気持ちが燻っていた。
あの距離、あの空気、あのタイミング。
もしチャイムが鳴らなければ、俺たちは——。
(……いや、あのまま行ってたら、マジでキスしてたかもしんねぇな)
自分で想像して、思わず頭をかく。
あれは作戦の一環だ。俺の目的は“美少女を口説くこと”で、恋愛をすることじゃない——はずだったのに。
なのに、今は妙に胸がそわそわする。
あの笑顔を思い出すたび、心があったかくなって、妙に息が浅くなる。
(……くそ、出だしから予定狂いすぎ)
それでも、これが悪いことじゃないってのは分かってる。
優菜との関係は、たぶん、もう元には戻らない。
“ただの幼馴染”には、もう戻れない。
*
その夜。
眠れない夜を、スマホ片手に転がっていた俺は、ふとLINEのアルバムを開いた。
中学の時、優菜と二人で行った夏祭りの写真が残っていた。
《ねーこれ食べよーよ!》
たこ焼きの屋台でテンション上がってる優菜。
浴衣姿が似合ってて、髪をアップにしてて、頬にちょっとソースがついてた。
当時の俺は何も言えずに、ハンカチも出せずに、ただ照れてたっけ。
今なら、拭いてやれるのかな。
今なら、もっとちゃんと向き合えるのかもな。
画面を見ながら、思わず笑みがこぼれた。
(——やっぱり、優菜って、かわいいよな)
その事実を否定する理由なんて、もうどこにもなかった。
*
次の日。放課後。
廊下を歩いていた俺の腕が、ぐいっと引っ張られた。
「わっ……!? って、優菜!?」
「やっと見つけた〜〜っ!」
彼女は俺の腕を引いて、昇降口とは逆方向、裏庭の方へとずんずん歩き始めた。
「お、おい、どこ行くんだよ!?」
「いいから! ちょっとだけ、ね?」
強引に引っ張られた先は、旧校舎裏の小さな庭園スペース。
人通りもほとんどなくて、隠れスポットとしては最高だった。
「ここ、落ち着くんだよ。昔から好きでさ〜」
優菜はぽすんとベンチに座り、俺にも隣に座るよう促した。
「で、なんだよ?」
「んー……昨日さ。ちょっと言い足りなかったかなーって思って」
「……言い足りなかった?」
「うん。えっと、ひかるのこと、ほんとに……かっこいいなって思っててさ」
そう言って、優菜は頬を少し赤く染めた。
「昔のひかるも好きだったけど、今のひかるも、ちょっと……ドキドキするから……」
「あ、ああ、ありがとう……?」
優菜の目が、まっすぐ俺を射抜く。
「……だから、ライバルが増えても、私は引かないよ」
「……ライバルって?」
「ひかるってば、最近いろんな女子に話しかけられてるじゃん。しかも全部美人系ばっか!」
……あ、バレてた。
「私だって、負けないもん」
そう言って、優菜は俺の肩にもたれかかった。
一瞬、息が止まった。
香るシャンプーの匂い、あったかい体温、近すぎる距離。
「ひかるの彼女になるの、誰よりも私が似合うと思うよ?」
その言葉が、冗談じゃなくて本気なんだと気づいた瞬間、俺は喉がカラカラに乾いた。
「優菜……」
「なに?」
「——なんか、今日のお前、ずるいな」
「えへへ、じゃあその“ずるさ”で、また明日も口説いてくれていいよ?」
俺が何か返す前に、彼女は立ち上がり、振り返りもせずに去っていった。
その背中が、少しだけ震えて見えたのは、風のせいか、それとも。
その夜、ベッドに寝転んでいても、優菜の声と表情が頭から離れなかった。
(……まいったな。初手から、完全に感情入っちゃってる)
俺は、最初は“ゲーム感覚”で始めるつもりだった。
可愛い子たちを落としてみたい、っていう、ある意味、男のロマンの延長だった。
けど、優菜は違った。
俺の過去も、全部知ってるくせに、どこまでもまっすぐに笑ってくれる。
(こんなの、ズルいだろ……)
それでも俺は決めた。
この恋愛探求の道、絶対に最後までやりきってやる。
その上で、自分にとって本当に大事な人が誰か——見極める。
(次は、風紀委員長の綾瀬さん、か……)
彼女の鋭い眼差しが、ふっと脳裏に浮かんだ。
タイプとしては真逆の存在。だけど、きっとそこにも、まだ見ぬ“可愛さ”が隠れている。
(楽しみだな。どんな反応が見られるか)
心の奥でざわつく想いを抱えながら、俺はスマホを握りしめて、静かに目を閉じた。
*
次の日。
朝の昇降口に、優菜はいた。
「おはよ、ひかるっ!」
優菜が両手を広げて駆け寄ってくる。
その無邪気さに思わず笑みがこぼれた。
「……朝からテンション高いな」
「だって今日、絶対ひかると一緒に登校したかったんだもん!」
「いや、それもう間に合ってないからな。俺、家から一人で来てるし」
「えー、じゃあ明日は一緒に行こ? ね、約束!」
「……はいはい」
それだけで、嬉しそうに笑う優菜。
そんな姿を見るたび、俺の“計画”がぐらつく。
——これ、本当に“口説く順番”なんて決めてていいのか?
「ねえひかる、放課後さ、ちょっとだけ寄り道しない?」
「寄り道?」
「うん。ちょっと行きたいとこがあるの」
「まぁ、いいけど……どこ?」
「秘密〜。でも、ちゃんとしたデートスポットじゃないから安心してね?」
「いや、安心って……俺、そんなにビビってるか?」
「うん。すーぐ赤くなるし。すーぐ焦るし」
「……それを言うなって」
優菜はくすくす笑いながら、俺の腕を軽く小突いた。
* * *
放課後。
優菜に連れられて歩いたのは、駅から少し外れた川沿いの小道。
「ここ、中学の時、遠足で通ったの覚えてる?」
「あー、うん……。たしか、あの時も優菜、ずっと喋ってたよな」
「えへへ、ひかるが全然話さないから、埋め合わせしてたんだよ?」
「……あの時の俺、相当コミュ力なかったからな」
「でもさ、それでもあたし、ひかるのこと楽しかったよ」
優菜は立ち止まり、川を見つめながら続けた。
「ずっと、隣にいてほしいなって、思ってた」
「……今も?」
「うん。だから——変わっちゃったひかるに、置いてかれるの、ちょっと怖かったんだ」
優菜の声が、小さく揺れた。
「昔みたいに、ただの“幼馴染”って思われるの、イヤだった」
俺は、彼女の隣に立って、静かに息を吐いた。
「置いていくわけ、ないだろ」
「……ほんと?」
「俺が今ここにいるのは、優菜がいたからだ。……そこだけは、絶対に変わらない」
優菜が、そっと俺の袖をつまんだ。
「……じゃあさ、ちゃんと、私のこと見ててね」
「見てるよ」
「他の子見てもいいけど、でも、一番最初に思い出すのは……私であってほしい」
「……それって、けっこうズルい願いだな」
「ズルくてもいい。だって、私、ひかるの“一番最初”なんだから」
その言葉に、俺の胸がまた熱くなる。
「……優菜。今日のお前、昨日よりも——」
「——かわいい?」
先に言われて、俺は一瞬言葉を飲んだ。
だけどすぐに、口角を上げる。
「いや、“ズルい”って言おうと思った」
「うそ。ほんとは“かわいい”って言いたかったくせに」
「まぁ、否定はしない」
優菜はふわっと笑って、足元の小石を蹴った。
それがコツンと音を立てて、水面に跳ねた。
「ねえ、ひかる」
「ん?」
「明日も、明後日も……いっぱい口説いてね」
「……了解。お前が納得するまで、毎日やるよ」
「……やっぱり、ひかるって、ちょっとズルいかも」
「そっちが言うな」
俺たちは並んで笑いながら、ゆっくりと歩き出した。
この距離、この時間。
“ただの幼馴染”だった頃より、ほんの少しだけ近づいたような気がした——。
*
(次は、風紀委員長の綾瀬さん、か……)
彼女の鋭い眼差しが、ふっと脳裏に浮かんだ。
タイプとしては真逆の存在。だけど、きっとそこにも、まだ見ぬ“可愛さ”が隠れている。
(楽しみだな。どんな反応が見られるか)
心の奥でざわつく想いを抱えながら、俺はスマホを握りしめて、静かに目を閉じた。
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