表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/12

民の声、動く──討論準備と“古き力”の目覚め

「明日の昼、公開討論を開催する」


ローダン伯爵のその言葉は、まるで重石のように会議室の空気を静かに沈めた。


まだ空は白む前、ランプの炎だけが揺れる石造りの空間。

そこに集うのは伯爵直属の重臣たち、そして石守真誠を含む数人の異分子。


だが、その“異分子”が、今この都市で最も民の注目を集める存在だという現実は、誰にも否定できない。


「ありがとうございます。きっと市民は、それを待っていました」


石守は即座に応じた。

そして周囲を見渡す。誰も反論の声を上げなかった。

皆、口には出さぬまでも、この膠着した状況に打開策を欲していた。


ならば言葉だ。言葉で道を拓く──その覚悟を、この異界の市長はすでに決めていた。



討論の舞台となるのは、都市アルセナの中心広場。


石畳のその場所は、かつて祈りの場であり、市政の布告の場であり、処刑の場でもあった。


光と影が交錯する歴史を持つそこに、今、新たな意味が刻まれようとしていた。


「……テレリンク、展開」


石守は静かにスキルを起動する。


脳裏に広がる感覚の奔流。

まるで風が吹き抜けるように、広場に集まり始めた市民たちの“心の揺れ”が、数値と色彩で彼の視界に広がる。


《市民感情サマリ》

・不信:42%

・警戒:29%

・希望:12%

・無関心:17%


──予想通りだ。


石守は内心で頷いた。


(まだ“敵”だと思われてる。そりゃ当然だ)


何者かも分からぬ異界人が突然現れて、戦争を止めるなどと口にする。

警戒もされるし、拒絶もされる。だが──


「だったら、その数字を変えるだけだ」


彼は笑った。



「一部の小隊長が、討論開催に不満を漏らしていると」


ユラリアの報告は、やや険のあるものだった。


会議室ではなく、城内の警備詰所。

軍務官としての顔を持つ彼女の声は、いつもより冷たかった。


「討論で何が変わる? 剣で勝ち取る以外に何がある?──そんな声が上がっています」


「まあ、予想の範囲内だな」


石守はため息交じりに笑った。


「でもそれ、現代日本にもいたよ。“話し合いなんて意味ない”“力こそ全て”って言ってた議員が」


「……似てるんですね、世界って」


「結局、どこでも“思考停止”したがるやつが出てくるってことさ」


彼は肩をすくめる。


「でも、それを越えるために“言葉”ってもんがある。俺は、そこを諦めたくないんだ」


ユラリアはしばし沈黙し──ふっと微笑んだ。


「あなたって、やっぱり変わってるわね」


「“ちょっとだけ討論が得意な元・市長”だよ」


冗談めかしたその言葉に、彼女は笑い返す。

だが、次の一言で空気は再び引き締まった。


「……枢機卿派の一部が、“神罰”を演出しようとしている。あなたを“異端審問”の場に引きずり出す気です」


「やれやれ……」


石守の目が細められる。


「なら、“神罰”より怖い“民意の裁き”を見せてやるさ」



その夜、城下の高台にひとり佇む少年がいた。


ラセル・グレイ。

包囲軍の伍長にして、妹思いの若き戦士。

だが今は、一人の“兄”として、ただ静かに広場を見下ろしていた。


「……討論か」


あの男──石守真誠に導かれて、自らのスキルに目覚めた。

自分にも“できること”があるのだと気づかされた。


なら今度は──“民全体”が、同じように気づく番かもしれない。


ふと、通行人の声が耳に届く。


「明日、公開討論があるんだって?」


「あの“異界人”、妙に言葉が刺さるよな……」


「怖いけど、聞いてみたい。嘘をついてない気がするんだ」


──言葉で、世界を変える。


ラセルの心に、再び火が灯った。



「……また、この名前か」


翌朝前の地下書庫。

石守の前に差し出された羊皮紙に、再びその名が浮かんでいた。


《監査人:セレス・ネクサス》


魔力を帯びた羊皮紙が、まるで生き物のように脈打つ。


「……神は名乗らなかった。でも、この名が出てくるたびに、どうしようもなく“違和感”がある」


石守は呟いた。


「“世界の継ぎ目”に置くな……?」


そこには、“魔族と人間の理”が混ざり合うことで破綻する──という警告も書かれていた。


「誰が、誰に、何を止めようとしたんだ?」


この“セレス・ネクサス”なる存在は、ただの立会人ではない。

世界の構造そのものに関わる、深層の鍵を握る者かもしれない。


「……まあ、まずは“目の前の世界”からだな」


石守は羊皮紙を戻し、ローダンと目を合わせた。


「今日の討論、すべての始まりにしましょう」


伯爵は無言で頷いた。



そして、朝が来る。


都市広場。

その石畳には、すでに市民たちの足音が重なっていた。


兵士たち、商人、農夫、老婆、子ども──老若男女が入り混じり、噂話を交わす。


「本当に、討論なんてやるのか?」


「戦うんじゃなくて、話すのかよ」


「でも、あの“市長さん”……言葉に力があるよな」


ラセルが広場の隅に現れる。

彼の背筋は、昨日までより伸びていた。


そこに、石守が現れた。


「……来ましたね、石守さん」


「昨日、妹が言ってました。『明日、行きたい』って。だから、僕も信じてみようと思って」


「ありがとう。嘘は言わない。それだけは誓うよ」


石守は深呼吸し、再びスキル《テレリンク》を起動した。


《現在の市民感情》

・討論への期待:67%

・不信感:22%

・“異界人”への注目度:88%


数字が動いていた。


民は、変わり始めている。


(だったら、俺が変化の導火線になる)


石守真誠は一歩、前へと踏み出した。


この日──

言葉で火蓋を切る討論劇が、幕を開けようとしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ