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異世界まとめノート──ひとりで考える夜

静かな夜だった。


包囲戦が始まってからずっと続いていた緊張が、三日間の停戦によって、ようやくわずかに緩んだ。夜風は冷たく、だが澄んでいて、窓の外には星がゆっくりと流れていた。


その夜──都市アルセナの城館の一室。

石守真誠は、ろうそく一本の灯りだけを頼りに、簡素な木製の机に向かっていた。


「さて……一回、まとめておくか」


異世界に来てからの出来事。

現実感のない出来事の連続だったが、そろそろ頭を整理しておかないと、自分が何者で、何をするべきかすら見失ってしまいそうだった。


視線の先には、羊皮紙と羽ペン。

慣れない筆記具に悪戦苦闘しつつも、彼は淡々と記録を開始する。


──思えば、日本にいたときも、こうやってメモを取っていたな。


「地道に情報を集めて、論点を整理して、構造を見抜く。基本は一緒か……世界が違っても」


独り言のようにつぶやきながら、書き記す。


【現状メモ】

・異世界リヴェルティア王国へ転移(転移理由:運命の神による使命)

・転移直後に都市アルセナに落ち、戦争中の現場に着地

・都市を包囲する軍=民会連合軍(MLF)

・包囲軍の中核:ユラリア参謀、将軍ボレル、枢機卿オルセリオ

・都市側の責任者:ローダン伯爵(東部城館に拠る)

・純血派と呼ばれる信仰過激派が市内で暴徒化

・都市と魔族の過去の不可侵条約が原因で教会に弾圧される

・封印文書に謎の署名:“セレス・ネクサス”


「……まあ、ざっくり整理すると、こんなもんか」


彼は羽ペンの先をトントンと机に打ちつける。

慣れてきたとはいえ、ボールペンが恋しい。


視線を上げると、窓の外に浮かぶのは、この世界の月。

形は日本のものとそう変わらない。不思議な安心感すら覚える。


「世界が違っても、空気や月の光ってのは似てるもんだな……」


彼の脳裏には、転移直後の混乱がよみがえる。

燃えさかる街、飛び交う火矢。

その混沌の中でスキル《決済者サーチ》を発動し、敵味方双方の“責任者”を即座に見抜いた。


──そのとき、確信した。

この世界でも、自分には“できること”があると。


「スキル……いや、チート過ぎだろ、これ」


彼は思わず苦笑した。


現代日本で政治家として使いこなしていた“論理力”や“交渉術”が、ここでは“魔法”として再現されている。

《論破》《討論誘導》《読心術》《テレリンク》《政策構築》《沈黙耐性》──現代で地味に培った力が、ここでは主力武器だ。


「まあ、ある意味、これが一番の異世界バフってやつか」


彼は続けて、リヴェルティア王国という国家の構造についてのメモに着手した。


【リヴェルティア王国の支配構造】

・貴族:土地と兵力を保有。各都市を治める領主階級。

・教会:信仰による支配。異端排除の権限を持ち、政治にも干渉。

・魔導士会:知識階級。魔法技術の独占と研究の正当化装置。

・商会:経済と物流。資源と流通を支配し、戦争すらビジネス化。


「要するに、全部が“利権クラスタ”だな……」


腐敗の構造は、異世界だろうが地球だろうが、そう変わらない。

力を持つ者は自分の利権を守るために嘘をつき、真実をねじ曲げる。

だから、真実を言葉で突きつけられる存在は、往々にして疎まれる。


「そういう意味じゃ、ここも日本も、同じか」


特に、魔族という存在については、あまりにも情報が少なすぎる。

彼は再び羊皮紙をめくり、魔族についてのメモを書き始めた。


【魔族について(仮説メモ)】

・存在は確認されていないが、教会にとっては“絶対悪”

・かつて都市アルセナが彼らと不可侵条約を結ぼうとした

・その結果、教会の怒りを買い、都市は制裁対象に

・記録には“魔族代表”と“セレス・ネクサス”の署名あり

・セレス・ネクサス:正体不明。都市民も詳細を知らず


「この“セレス・ネクサス”……なんなんだ?」


石守は羽ペンを置いて、天井を見上げる。

神に転移直後に会ったとき、名乗られた名前はなかった。ただ「運命の神」とだけ。


つまり、“セレス・ネクサス”と神は別の存在である可能性が高い。

だが、音の響きがどこか気になるのだ。

「セレス」は祝福、「ネクサス」は繋がり。造語にしては意味深すぎる。


「監査者? 観測者? それとも……誰かのコードネーム?」


現時点では仮説以上のものは持てない。

だが、確実に何かが背後で動いているという感覚はある。


次に、味方となり得る人物についての記録を取る。


【協力者メモ】

・ユラリア:合理的で冷静。戦略眼に長ける軍務官。

・ラセル:若き伍長。感情と信念のバランスが取れた将来の逸材。

・ローダン:都市領主。誠実だが、組織と責任に縛られている。


「ラセルには期待してる」


暴徒に襲われたとき、スキルを“意識するだけ”で身体能力を飛躍させた。

自己肯定感と戦術理解が噛み合えば、いずれ戦場でも政治でも一流になれる。


「……育てるか、真面目に」


最後に、今後の動きについて、簡単な戦略メモを作成した。


【次の一手】

・公開討論会の開催(都市民×教会×貴族)

・テレリンクを常設し、民意の動向を毎日可視化

・封印文書の取り扱い方を戦略的に(全体公開か限定公開か)

・魔族との接触ルートが存在するか調査

・日本帰還の可能性と双方向転移の条件の洗い出し


「……やること多いな、マジで」


でも、やるしかない。

日本で一度潰された自分が、ここで立ち直りかけている。

だったら、やるだけやってみようと思えた。


羽ペンのインクが切れかけたころ、東の空がうっすらと明るくなり始めていた。

窓を開けると、澄んだ空気が流れ込み、微かな朝焼けが遠くを照らし始めている。


「民意は、使い方次第で“力”になる。\nこの世界でも、それができるなら──やる価値はある」


小さく笑って、羽ペンを置いた。


今日も、戦うべき相手がいる。

言葉を武器に、この世界を変えるために。

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