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包囲解除交渉と“魔族疑惑”の真相

白銀の旗を掲げて、石守真誠たちは包囲を抜け、ついに都市の門をくぐった。


戦火に晒された城塞都市アルセナ──だが、想像していたような激しい抵抗も、激昂した民の叫びもなかった。ただ、そこにあったのは荒廃した路地と、静まり返った通り。家々の窓は板で打ち付けられ、広場には焦げ跡が残り、空にはまだ微かに煙の匂いが漂っていた。


「……この都市、アルセナ。戦場にしては、妙に静かですね」


ユラリアがポツリと呟く。彼女の言葉は、風にさらわれるように空に消えた。


「静か、ってより……死んでるみたいだ」


ラセルが顔をしかめながら、周囲を見渡す。その目には、剣より鋭い警戒が宿っている。


「疲れ果ててるんだよ、みんな。戦うことにも、怯えることにもな」


ユラリアの語尾がかすかに震えていた。石守は言葉を返さず、ただ街の“空気”を感じ取ろうとしていた。肉眼には見えない、だが確かにそこにある──失望と虚無。街は燃え尽きていた。物理的な損壊よりも、人々の心が、だ。


スキル《決済者サーチ》が示したのは、都市の東部にある城館。そこに都市側の意思決定者、ローダン伯爵がいるという。石守たちは、荒れた街並みを抜け、崩れた橋や放棄された市街区を越え、目指す居館へと進んでいった。


伯爵の居館は意外にも質素だった。堅牢な石造りの外壁には装飾らしい装飾はほとんどなく、入口には衛兵が立っているが、彼らの目にも覇気はなかった。


通された応接室も、地位の高い貴族にしては簡素すぎる。豪奢さはなく、代わりに書棚にはびっしりと記録と法令が並んでいる。


そして──彼は、いた。


「貴殿が、包囲軍から来た“異界人”か」


玉座など存在しない。ただの木製の椅子に腰掛けたローダン伯爵は、石守の目をまっすぐに射抜いた。白髪交じりの口髭、歳相応の風格と、そして不思議な澄んだ眼差しを持つ男だった。


「私は石守真誠。停戦と、民の安寧のために来ました」


「貴殿にとって“民”とは、誰のことだ? 包囲軍か、我が都市か」


石守はすぐに答えた。


「両方です」


短い言葉だったが、それで十分だった。ローダンはわずかに口角を上げ、椅子の背にもたれかかる。


「……過去、この都市は、魔族と不可侵条約を結ぼうとした歴史がある。それが教会の怒りを買った。封印された協定の存在は今も、我らの首を絞めている」


「見せていただけますか、その記録」


「条件がある。都市内の暴徒たちが“貴殿”の来訪に反発している。まずは混乱を鎮めよ。でなければ、記録を開示するわけにはいかぬ」


石守たちはラセルの案内で、再び市街地へと向かった。


昼を過ぎた頃でも、街には活気らしいものはなかった。広場では給食支援が行われていたが、列に並ぶ市民たちの目は皆、虚ろだった。


「兄さまっ……!」


一人の少女が走り出てきた。ラセルが駆け寄る。


「リーナ……! 無事でよかった!」


久々の家族との再会に、周囲がわずかに和らいだ──その刹那だった。


「異界の使いが来たぞ! 神の裁きだ、奴を排除せよ!」


怒声が響いた。通りの奥から、十数人の男たちが現れた。粗末な鎧、布に描かれた教会の印。そして、目に宿る“熱”。それは信仰とは別の、もっと歪んだ信念だった。


「“純血派”だ……っ!」


ユラリアが唸る。教会の過激派、その中でも特に排他的で異界の力を忌避する者たち。


「ユラリア様、退いてください!」


ラセルが前に出て、剣を抜いた。


「この方は、俺が守る!」


だが、数に圧される。二人がかりで斬りかかってくる暴徒の勢いに、ラセルは一歩、また一歩と後退していく。


「ラセル! 君のスキル、意識して使え! 《身体強化》《回避術》《指揮耐性》を重ねろ!」


石守の声が通った瞬間、ラセルの周囲に淡い光が浮かぶ。


「っ、やってみる……!」


一拍置いて、ラセルの動きが変わった。


重いはずの剣を軽々と振るい、敵の刃を紙一重でかわし、反撃する。まるで、別人のような反応速度と制圧力。暴徒たちは次々と倒れ、やがて最後の一人が武器を捨てて逃げ出した。


「命令されるんじゃない……俺は、自分の意思で戦う!」


ラセルは息を荒げながらも、誇らしげに立ち尽くしていた。


「……スキルって、意識するだけで、こんなに変わるのか」


「君には素質がある。無意識のうちに力を殺していた。それを解放しただけだよ」


「……あんた、何者なんだ、本当に」


「ちょっとだけ討論と交渉が得意な、元・市長さ」


再びローダンの居館。石守たちは、地下書庫に通された。


無数の古文書が並ぶ中で、一冊の封印された冊子が開かれる。そこには、魔族との不可侵条約に関する詳細な記録があった。魔族の首領と思しき名。そして──もう一つ。


“セレス・ネクサス”という名前。


「セレス・ネクサス……この名前は、初めて聞くな」


石守は唇をかすかに噛んだ。


「魔族側でも、都市側でもない、第三の存在……? 何者なんだ、この“監査人”は」


記録を見つめる石守に、ローダンが訊く。


「貴殿は、その名に見覚えがあるのか?」


「……いえ、ありません。ただ、何か……引っかかる」


それは、記憶の奥底に触れるような感覚だった。


「魔族と通じた記録など、焚書すべきだ! 神の敵と交わる者は、異端!」


再び現れた教会の神官・ヴィレムが、記録を取り上げようとする。


石守は静かに前へ出た。


「あなたが神を語っても、民の命を軽んじるなら、それは“教義”ではなく“支配”だ」


《討論誘導》《読心術》──二つのスキルが発動し、石守の声が空気に“重み”を加える。


ヴィレムが詠唱しかけた禁呪は、ユラリアの一喝によって止まった。


「あなたのやっていることは、神の名を借りた暴力です!」


その場の空気が一気に冷えた。だが、言葉は届いた。


石守は《テレリンク》を起動。


表示された民意は──


・戦争継続支持:12%

・交渉継続希望:85%

・都市首脳信頼度:33%


ローダンは、長い沈黙の後に口を開いた。


「……三日間の停戦。封印文書の公開。そして、民を前にした公開討論。


……それが、我らに残された“道”か」


城館を出た石守は、夜空を見上げた。空には、星々がかすかにまたたいている。


──この世界でも、言葉は届く。民意は動く。希望は、まだ残っている。


「さて……次は、どう仕掛けるか」


石守真誠の異世界での改革は、次なる段階へと進もうとしていた。

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