死と運命の狭間で──神との邂逅
東京・有楽町。
街頭討論の熱狂が過ぎ去った後の夜の街は、どこか虚脱感のような静けさに包まれていた。
その中を、一人の男が歩いている。
石守真誠――現職市長にして、異端の政治改革者。今日の討論で3人の国会議員を論破し、SNS上ではすでに“国民的英雄”と化していた。
「……ついに、少しは風向きが変わったかもしれないな」
ポケットのスマホが震え続けている。
画面には応援メッセージが絶え間なく届き、ハッシュタグが次々と更新されていた。
#市長が全部論破した件
#再生道バズる
#ざまぁ三連発
それは確かな手応えだった。市民の怒りと期待が、自分の言葉を通じて“うねり”になりつつある。
政治は変えられる。そう思えたのは、久しぶりだった。
だが――その“風向き”は、あまりにも突然に砕け散る。
──ギャアアアアアアッ!!
強烈なクラクション。
次の瞬間、猛スピードで交差点へ突っ込んでくる大型トラック。青信号の横断歩道上で、石守は逃げ場を失った。
「っ……!」
あまりに唐突な光景。足がすくみ、反応が遅れた。
トラックのライトが視界を覆い尽くす。耳をつんざく衝突音。骨が砕け、肉が潰れる感触――
意識は、白く、遠く、音のない世界へと沈んでいった。
次に目を覚ましたとき、そこは現実離れした空間だった。
白い靄が立ち込め、床も天井も存在せず、ただ淡い光が空間を包んでいる。
重力も温度も感じない。身体は宙に浮いているようで、どこにも触れていない。
そして、その中心にひとりの女性が立っていた。
長い銀髪を揺らし、蒼いローブをまとい、星のような粒子をまとう神秘的な存在。
目はどこまでも深く、まるで宇宙のようだった。
「……ようこそ、石守真誠」
その声は、静かに、けれど確かに耳へと届いた。
「私は“運命の神”。この地球と、そしてもうひとつの“異世界”を司る者です」
「……神?」
あまりに現実離れした言葉に、思考が凍る。
「俺は……死んだのか?」
「ええ。事故だった。もっとも、その“事故”を仕組んだ運送会社は……君が論破した狩谷議員の一族が所有する企業だったけれどね」
「……!」
喉の奥で言葉が詰まった。怒りか、恐怖か、悲しみか――感情がごちゃまぜになっていた。
「つまり俺は、殺されたってことか……」
「君の死は“事故”として処理され、真相は葬られる。
そして、日本の政治は再び闇に沈む」
神は手をかざし、宙にひとつの映像を浮かび上がらせた。
映し出されたのは、石守がいなくなった後の日本だった。
荒れる国会。国民無視の法改正。記者会見でニヤつく汚職議員たち。
市民の顔には諦めと絶望が浮かび、若者たちは政治そのものを“見ない”ようにしていた。
「君がいたことで、かろうじて保たれていた希望が、失われる。
“言葉が世界を変える”と信じていた者たちは、また沈黙に戻っていく」
真誠は拳を握った。
死んだという事実よりも、世界が戻ってしまうことの方が、何倍も悔しかった。
「ふざけるな……。あんな連中のために死ぬなんて、冗談じゃない……!」
「そうでしょう。けれど、もう君は生き返ることはできない」
神は哀しげに微笑んだ。
「だが、私は“もうひとつの選択肢”を君に与える」
彼女の背後に、巨大な光の門が現れた。
そこには、石造りの都市、空を飛ぶ魔獣、魔法を帯びた光、そして戦乱の気配が広がっている。
「この世界の名は──リヴェルティア。
だがここもまた、腐敗しきっている」
神は語る。
「魔導士会、貴族、聖職者、軍──いずれも権力に溺れ、民を搾取し、声を封じる。
“知”も“魔法”も、“力を持つ者の玩具”に成り下がっている」
「つまり……日本と同じだな。形式だけの民主主義。中身は、腐りきった利権構造ってわけだ」
「そう。
だから私は──君のような者が必要だった」
真誠は静かに前を見据える。
「俺は政治を信じている。
本来それは、民のためにあるものだ。
権力とは、本来“幸福と公正”を叶えるための手段だ。
俺の使命は、腐敗を打ち砕くこと。それ以外にない」
神は初めて、確かな笑みを浮かべた。
「──その志、忘れないで。
さあ、行きなさい。
この異世界で力を得て、信頼を築き、仲間を得て──
いずれ、君を再び“こちら側”へ呼び戻す日が来るでしょう」
「再召喚、か。面白いじゃないか」
真誠は口角を上げた。
「異世界だろうが現代日本だろうが、腐った連中がのさばるならやることは同じだ。
ぶっ壊して、再生するだけだろ」
彼は光の門に向かって歩き出す。
そして、そのまま振り返らずに呟いた。
「……政治は、諦めなければ再生できる。
その証明をしてやる」
その瞬間、門がまばゆい閃光を放ち、石守真誠の姿を包み込んだ。
──全ては、ここから始まる。