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*5 コンプライアンスなクレーマーナイトは要らない

 後期に入ってすぐに、僕の学校では11月の頭に行われる文化祭の出し物を決める。僕のクラスはメイド執事喫茶に決まり、しかもメイドになるのは男子、執事は女子、という、いわゆる異性装喫茶でもある。

 女子の方はノリノリなんだけれど、男子は女装、ということもあって若干テンションが低い。それでも、クラスの中でもメイクが上手なメンツが、メイクや衣装を担当してくれることになり、「ウチらがみんなガチでかわいくしてあげるから!」と、言い切った言葉を頼みに、大船に乗ったつもりでいる。

 普段にないことを出来るのはイベントの良いところのはずなんだけれど――ひとつ、とても面倒くさい問題が発生している。


「ダメ。こんな膝上5センチのフリフリのスカートなんて、誘惑していると思うやつがきっと出てくる」

「いや、もうこれ以上丈の長いスカートになると予算がオーバーするんですけど……」


 僕のクラスがメイド執事喫茶をやると言う話を、ニジくんがいつ間にか仕入れていて、文化祭実行委員会にはもう申請済みでこれから準備……と言う段階になって異議を申し立てて来たのだ。自分のクラスでもないのに。

 それがついさっき、僕が学校の倉庫にあった段ボールなんかをクラスメイトと取りに行っていたら起こっていた事態だ。

 教室に帰ると、三年生、それも生徒会長のニジくんに無表情でガンガンに詰められて、クラスの文化祭委員である田島はたじたじになっている。

 メイド執事喫茶自体はもう申請を出してしまって、いまさら取り消せないので渋々納得したようなんだけれど、衣装にまだ納得していないようで、ずっともめている。


「制服のスカートで代用すればいいんじゃないの? 何であえてそんなふわっと広がるようなやつにしなきゃなんだよ」

「それがメイド喫茶の売りですから……それに、もう衣装はほぼ予約しちゃっていて……」

「じゃあ、瑠衣だけでも長いスカートにしてくれない?」

「え、あー……まあ、それなら……」


 お互いの妥協点を探り合って、なんとかメイドの衣装に決着をつけようとしているようだ。

 だけどそもそもの話、それって僕の話、僕のクラスの話であって、なんでそこにニジくんが噛んでくるのだろうか?

 あまりに勝手が過ぎるニジくんの振る舞いに、流石に僕も腹が立ち、田島と話し合いをしている席の、両者の間の机を割って入るように叩きつけ、ニジくんを睨みつけた。


「なんでそこまでニジくんが口出ししてくるの? ニジくんのクラスはここじゃないでしょ? 何やってんの?」

「何って、俺は瑠衣の身の安全を心配して――」

「だからって、なんでクラスでやることにまで口挟んでくるんだよ! ニジくんには関係ないでしょ!」

「俺は瑠衣が心配だから、ちゃんとやってるか見に来てるんじゃないか」

「でもそれって、生徒会長としてなんてもんじゃないよね? 何のつもりなの?」

「だから俺は瑠衣のナイトだからだよ」


 ――出た。ニジくんは僕のナイトだから。

 確かに、この前の痴漢騒動とかもあったから、守られているという自覚がないわけじゃないし、有難くも思っている。

 でも、だからと言って、クラスのみんなでやるイベントの、あれこれにまで口出しをされるいわれはない。ニジくんは生徒会長と言う肩書きがあって、生徒一人一人の安全を気に掛ける、と言う言い訳はできなくはないのかもしれない。

 とは言え、今回のこれはかなりやり過ぎではないだろうか。実際問題、クラスのみんなを驚かせたり、決定事項に口出しされたりして、かなり迷惑が掛かっているし。そんなことを、僕を守るためだとかで押し通していいものじゃないはずだ。


「僕のナイトって、なんなの? ニジくんさ、ずっとそう言うけどさ、ただずっとストーカーみたいに僕に付きまとってるだけじゃない。登下校も休み時間も、いまだってそう!」

「当たり前だろ、俺は瑠衣のナイトなんだから。ずっと一緒にいて守るのが俺の役目だ」

「だからそのナイトってなんなんだよ! 付きまとって、僕の行動監視してさ、彼氏でもないくせに守るとか言われてもウザいだけなんだけど!!」

「でも瑠衣、俺は……」

「迷惑なんだよ! もう、僕のすることに口出ししないで!! ニジくんなんて大嫌い!!」


 僕が苛立つままに言い放った言葉で、教室内も廊下も、隣のクラスまでもシーンと静まり返ってしまった。

 遠く、電車が走っていく音が聞こえるほどに静かになってしまった教室内で、僕はニジくんを睨みつけるように佇み、ニジくんはゆるゆると視線を落としていく。いつも堂々としていて、近寄り難いくらいクールビューティーなのに、その欠片もない。

 ヤバい、流石に言いすぎただろうか……でも、こうでも言わないと、ニジくんの言動が行き過ぎる気がしてもいた。それは、僕にとってちょっとした恐怖でもあった。

 ニジくんはずっと僕と一緒にいようとする。朝も昼も夜も、学校でも家でも、ずっと。それこそ僕をヘビがとぐろを巻くように取巻いて、色々なものから隠すようにして守ろうとしている。それはなんだか息苦しくもある。

 そうされるほどの理由が、僕にはよくわからない。あの誘拐事件のことがあるにしても、僕は17なのだから、もう大丈夫だと思っているのに。

 その内に、ニジくんはよろよろとした足取りで教室の入り口の方へ向かい、取巻いていたみんながサーッと避けて道が開けていく。

 教室を出る直前、ニジくんは背を向けたまま呟いた。


「……嫌われるようなことして、ごめん、瑠衣」


 初めて聞く感じの、ニジくんの声だった。弱くて小さくてカラカラで、いつものあの氷の微笑の欠片もない。何より、ニジくんがこんな風に謝ってくるなんて思ってもいなかった。

 僕は僕として、言いたいことを言っただけなのに、ヘンな罪悪感を覚えてしまって、去っていくニジくんを止められなかった。


(……やっと自由になれたはずなのに……なんだろう、このモヤモヤする気持ち)


 静まり返ったままの空気の中、僕はぎくしゃくとクラスのみんなとメイド執事喫茶の準備に取り掛かり始めた。薄っすらと、心のどこかに罪悪感を抱えたまま。




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