婚約破棄直後のざまぁには、ハプニング慣れしたわたしも驚きです
あなたは馬車に撥ねられたことがありますか?
わたしはあります。
雷に直撃されたことは?
さすがにわたしも直撃はないですけれども、ビビッときて気を失ったことはあります。
レアな体験で言えば、ドラゴンに齧られたこともありますね。
あれはトラブル慣れしたわたしでも、ちょっと怖かったです。
まあ無事なんですけれども。
どうしてわたしがそんな目に遭うのか。
わたしは『ハプニングコレクター』だからです。
『ハプニングコレクター』が何かですか。
体質というか習性というか。
宮廷魔道士の説明によれば、運命の神様による加護の一種らしいんですけどね。
結構ひどい経験をさせてくれるので、あまり加護という感じはしません。
とにかくトラブルに居合わせるというものです。
加護じゃなくて、神様の暇潰しのためにわたしに与えられたのでは?
と、疑っています。
ただし、ひどい目に遭っても後遺症もなく、身体は無事なのです。
馬車事故の時も雷の時も、たまたま癒し手が側にいたりして。
その辺は加護っぽいとも言えるのですけど、痛いことには変わりがないのです。
トラブルには遭いたくないですね。
『ハプニングコレクター』はまったくおかしなものです。
もちろんわたしが『ハプニングコレクター』持ちであることを、自分から他人に話したことはないです。
自慢できる加護ではありませんし、側にいるととばっちりを受けそうじゃないですか。
却って気味悪がられそう。
家族以外で知ってるのは、宮廷魔道士と教会の関係者くらいです。
ハプニングは悪いものばかりかというとそうでもなくて。
一陣の風で、一面のタンポポの綿毛が一斉に空を舞ったのを見たことがあります。
あれは素晴らしい光景でした。
トラブル慣れしているわたしは、すかさず鼻と口をスカーフで覆いましたけどね。
同行していた侍女の口の中に綿毛が入ったらしく、ぺっぺっとしていました。
婚約者が決まった時も突然でした。
あれは五、六歳の貴族の令嬢令息のお披露目会でしたか。
『おまえがマモリか。ぼくのこんやくしゃにしてやる』と上から目線で言われました。
相手はガレス・ブラッドロー伯爵令息です。
うちエルガー子爵家にとっては格上の相手。
もちろんガレス様も言わされてたんでしょうけれども。
当時の純真なわたしにとっては嬉しいハプニングでした。
……お父様は複雑な顔でしたね。
ブラッドロー伯爵家は経営が傾いてたみたいで。
うちは子爵家にしては富裕な方ですから、狙われたみたいです。
格上からの話ですし、断れなかったですね。
お父様は隣領のシンレディング侯爵家にわたしが嫁いでくれるといいな、という希望を持っていたようなんです。
もっとも侯爵家とうちとでは家格差がありますし、ムリのある願いではありました。
そして今。
わたしは婚約者のガレス様に蔑ろにされています。
◇
――――――――――王立貴族学校教室にて。
「ねえ、マモリ。いいの? ガレス様を放っといて。あなたの婚約者なんでしょう?」
「よくはないですけれども」
最近ガレス様は、同じクラスのローラ・ムーディ男爵令嬢と仲がよろしいようで。
わたしより親友のジュディが怒ってくれているのです。
「ガツンと言うべきなんじゃないの?」
「言いはしますけど、ガレス様は家格が上のブラッドロー伯爵家の令息でしょう? 強くは出られないのです」
「関係ないわよ。品の問題ですわ」
ジュディの言う通りではあります。
でも最近ブラッドロー伯爵家の経営が持ち直しているそうなんです。
つまりうちエルガー子爵家に拘る理由がなくなっています。
ガレス様は婚約破棄をちらつかせることもあります。
婚約破棄されたらダメージが大きいのは、女のわたしの方ですしね。
……もっともわたしは『ハプニングコレクター』持ち。
驚きの場面で婚約破棄されるんだろうなあ、という予感はあります。
ため息が出てしまいますね。
「どこかに出ていくわよ、あの二人」
「次の講義が休みになりましたからね」
「不埒なことは許せませんわ。尾行しましょう!」
「ジュディったら」
でも行先なんかわかってます。
立ち入り禁止になっている旧校舎地区でしょう。
絶好の校内逢引きポイントですから。
「ほらほら、マモリ。行くわよ」
「ええ」
ジュディが一緒に行ってくれるのは心強いですね。
ガレス様をどうにかできればいいのですが……。
◇
――――――――――王立貴族学校旧校舎地区にて。
「それで跡をつけてきたわけか。淑女らしさの欠片もない」
早速ガレス様がローラ様といちゃつき始めたのを見咎めました。
ジュディがいることもあり、少々強く諫めましたらこの言い草です。
全く悪びれる様子がないのはどうしてでしょう?
正直気分が萎えますね。
「浮気の方が問題ではないですか? マモリだって同じことを考えてると思いますよ」
「浮気だと?」
「ジュディ」
ジュディがこう言ってくれたのは嬉しいです。
でもジュディとの付き合いをやめろと言われてしまうかもしれません。
わたしにとってガレス様の浮気より、ジュディを失う方がつらいのです。
「言うじゃないか。マモリも同じ見解なんだな?」
「はい。ガレス様の婚約者はわたしですから、遊びは控えていただけると」
薄く笑うガレス様。
嫌な予感がしますね。
ローラ様を引き寄せるガレス様。
「浮気ではない、本気だ。僕はローラを愛している」
「ガレス様嬉しいですう」
「マモリ。今この瞬間をもってお前との婚約を破棄する!」
「なっ……」
ジュディはビックリしたような顔をしていますけれど、わたしにとっても意外です。
『ハプニングコレクター』が働くと、もっと目立つ場面で大々的に婚約破棄されるものかと思っていましたから。
ハッキリ言って拍子抜けです。
トラブル慣れし過ぎでしょうか?
「ねえマモリ。いいの? 何か言ってやりなさいよ!」
「ハハッ、さすがのマモリも呆然としているな? 物事に動じないことだけが取り柄だと思っていたが」
あら驚きです。
案外わたしのことを把握していただいていたんですね。
もっとも今、婚約破棄に動じているわけではないのですけれども。
「もうお前とは無関係だ。用はない! 去れ!」
「あっ……」
ドンと突き飛ばされました。
無体な。
「ついて来るな!」
「最低! ねえマモリ。こんなこと言ってなんだけど、婚約破棄されてよかったと思うわ」
「ええ。あ……きゃっ!」
ぐああああああん、と大きな音がしました。
本当に何の前兆もなく、旧校舎の大庇が崩れたんです。
ガレス様とローラ様が下敷きに!
大変!
「どうした! 危険だから下がりなさい」
生徒会長のサミュエル・シンレディング侯爵令息達が走っておいでになりました。
「事故です! ガレス・ブラッドロー伯爵令息とローラ・ムーディ男爵令嬢が崩落に巻き込まれました!」
「何だって? 教諭に連絡、救護班をすぐ寄越してもらえ!」
「はっ!」
生徒会役員の令息が駆け出していきました。
サミュエル様はシンレディング侯爵家の嫡男で、わたしより一つ年上です。
領地がエルガー子爵家領のお隣ということもあり、幼馴染として親しくしていただいた方です。
「……ダメだ。瓦礫をどかすには人数が必要だな」
「サミュエル様はどうして旧校舎地区へ?」
「旧校舎の老朽化が進んでいて危険なのに、立ち入り禁止地区に入る者が多いだろう? 注意喚起が必要でね。後手に回ってしまったが」
「そうだったんですか」
「マモリこそどうしてこんなところへ?」
「元婚約者のガレス様を追ってです」
「元?」
「つい今しがた婚約破棄されてしまいまして」
ジュディが忌々しそうに言います。
「ローラ・ムーディ男爵令嬢を愛しているから、マモリとの婚約を破棄するんですって。こんなこと言ってはいけないのかもしれませんけど、バチが当たったんだと思いますわ」
「するとマモリは今フリーか」
「はい」
「では私の婚約者になってくれまいか?」
「「えっ?」」
これはビックリです。
大事故が起きた現場で?
今日は『ハプニングコレクター』働き過ぎじゃないですかね?
「こんな時に言うのも何だがな。私は昔からマモリのことを慕わしく思っていたよ。それこそ君がガレス君と婚約した後もだ」
「嬉しいです。わたしもずっとサミュエル様のことを、素敵なお兄様と思っていました」
「ハハッ、兄か」
ジュディがツンツンつついてきます。
そこはお兄様じゃないでしょうって?
わかっていますけれど、簡単に気持ちを切り替えられないですよ。
随分人が集まってきましたね。
サミュエル様が声を張り上げます。
「崩れた大庇を撤去するから手伝ってくれ! 下に人がいるんだ! 旧校舎の建物には絶対に近付かないように。倒壊の危険がある」
◇
――――――――――後日談。
結局ガレス様とローラ様は助かりませんでした。
婚約者なのに何をやっているんだと、ブラッドロー伯爵家の当主様に責められました。
が、直前に婚約破棄され突き飛ばされたというジュディの証言もあり、声は尻すぼみになりました。
ガレス様を失った悲しみはわかります。
御冥福をお祈りいたします。
『ハプニングコレクター』という力に対する疑問。
ハプニングを起こすのか、起きる場に誘われるのか。
わたしの命を守ってはくれるようです。
けれどもわたしの周囲にその効果は及ばないのですね?
それともガレス様は、わたしの身内でなくなったから被害に遭われたのでしょうか?
事実ジュディは何ともないですし。
今になってもわからないんです。
考えるだけムダなんでしょうけれども。
「やあ、マモリ」
「サミュエル様、御機嫌よう」
わたしはサミュエル様の婚約者になりました。
家格差があるのですけれどもね。
侯爵様も昔からわたしのことを知ってくださっているので、比較的すんなりでした。
「サミュエル様の婚約者になれたなんて、夢みたいです」
「ハハッ、私もガレス君を羨んだものだが。しかしマモリとの婚約を破棄するなんて、何を考えていたんだろうな?」
「ローラ様は美しかったですから」
「マモリだってお淑やかで可愛らしいぞ。ラッキーガールでもあるし」
「は?」
ラッキーガール?
とは?
「今回の事故もだが、昔からマモリは死にそうな目に遭っても不死身じゃないか」
「不死身……。いえ、大体うまい具合に助かりますね」
『ハプニングコレクター』のせい? おかげ? なのでしょうけど。
「ブラッドロー伯爵家が特産品で家勢を盛り返したのも、マモリの運に乗ったからじゃないかって、一部で言われていたんだぞ?」
「えっ? 知りませんでした」
『ハプニングコレクター』はどうにも気まぐれな力だと思っていました。
傍からは運に恵まれているように見えるとは。
「先日の事故でも、マモリを婚約破棄した直後に起きたのだろう? ガレス君は愚かにも運を手放したって言われているんだよ」
「まさかそんなふうに思われているなんて」
「私は愚かではないから」
サミュエル様にぎゅっと抱きしめられます。
もう、情熱的なんですから。
とっても嬉しいです。
「マモリを手放したりはしないんだ」
「ありがとうございます。わたしもサミュエル様が大好きです」
「ハハッ、マモリは可愛いな。父がマモリとの婚約を簡単に許してくれたのも、君がラッキーガールだという側面があるからなんだ」
「そうだったんですか?」
何とビックリです。
『ハプニングコレクター』はおかしな目に遭う加護だと思っていましたし、宮廷魔道士から同様の説明も受けていました。
でも危険を避けられたり、最終的にいいことがある加護なのかもと思えてきます。
少なくともラッキーガールという評価は、わたしに幸運をもたらしています。
「……不思議と言えば不思議なのだが」
「何でしょう?」
「いつかはマモリが私のものになる気がしていて」
「えっ?」
だから事故の現場で唐突に婚約の話が出てきたのですね?
『ハプニングコレクター』がどこまで効いていたのかわからないですけれども。
……いえ、『ハプニングコレクター』は運命の神様の加護という話でしたか。
「だから今まで婚約の話が出ても断っていたんだ」
「サミュエル様とわたしが結ばれるのは、運命なのですかね」
「かもしれない。マモリが婚約していた期間も、君を思う気持ちが少しずつ熟成していった」
ガレス様と婚約していた期間もムダではなかったということですか。
考えてみればわたしも学ばせていただいたことは多かったです。
単に高位貴族との付き合い方だけではなくて、辛抱も冷静さも。
ああ、やはり『ハプニングコレクター』はいい加護なんですね。
運命の神様、ありがとうございます。
「……きっとこれからいいことがありそうな気がするんですよ」
「そうかい?」
単純に考えて、これまで悪いことが多かったと思います。
馬車に撥ねられるとか雷が落ちるとか婚約破棄されるとか、皆一生の内一度起きるか起きないかの一大事ですよ。
わたしは慣れてしまっていましたけど。
人生でいいことと悪いことが半々で起きるなら、これからはいいことの方が多いんじゃないかなあという確信があります。
サミュエル様の胸板は厚いです。
幸せを感じますねえ。
ともにある未来にいいことありそうって、運命の神様も粋なことをしてくださいます。
大感謝なのです。
マモリマモリマモリマモリ……と書いているとマリモに空目(笑)。
マリモはラッキープラント。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。