先輩に起きた異変
「ねえ、また来たの……」
「え……何が来たんです?」
日曜日のお昼過ぎ。今日は朝からのシフトだった。ランチタイムとティータイムの間、客足が少し落ち着いたタイミングで遅いお昼ご飯を休憩室で食べていると、舞さんが暗い声で話しかけてきた。
最初は食べながら聞こうとしてた。だけど、ちょっと空気を読んだ方が良さそうだったので、私はコンビニで買ったメロンパンをかじるのを止めてちゃんと舞さんを見た。
「さくら急便の詐欺メール」
「え? ……あー! あれですか。また届いたんですか?」
前に話を聞いてから一週間以上経っていたので、またと言われても何の話かわからなかった。
「そう、また似たようなのが届いたんだよね。まあ私のメールアドレスが流出してるから届くのはしょうがないかもしれないんだけど。でも、今回はメールの後に変な人まで家に来てさ……」
今気がついたけど舞さんの顔色が悪い。午前中一緒に仕事をしてた時は気にならなかったけど、目の下にくまもある。舞さんが今こうして話してるということは大丈夫だったんだろうけど、私は急に心配になり、「変な人が来たって大丈夫だったんですか?」と聞いた。
テーブルを挟んで私の前に座る舞さん。舞さんは買ってきたコンビニのおにぎりが全く食べられていなかった。二つ並んだツナマヨおにぎりのうち片方はパッケージが開けられているのに、開けただけでそのまま放置されている。だから舞さんに「うん、もう大丈夫」って言われたけど、これは大丈夫じゃないなって思った。
「私ね、メールが来るちょっと前にスーパーに夕飯の買い物に行ってたの。そしたら丁度お母さんが実家から送ってくれた荷物が届いてたみたいで、ぎりぎり受け取れなかったんだ……」
舞さんはこのカフェから自転車で十五分ほど離れたところにあるマンションで一人暮らしをしてるらしい。私がバイトに来たての頃、大学進学の時に舞さんは家を出たって聞いた。それからお母さんとすごく仲が良くてよく二人でLINEしていること。月に一、二回実家から食べ物とか日用品が届くって話を聞いた。たぶん今回の荷物もそれなんだろう。
「買い物から帰ってきたらポストに不在票が入ってて、その時にお母さんから荷物が届く日だったことを思い出したの。それでミスったなあと思いながら家に帰って、再配達をいつにしようかなあと思ってたら、こないだ見てもらった詐欺メールとほぼ同じやつが届いたんだ。見た目は普通だけど、確認したら QRコードのリンク先と問い合わせ番号がまたおかしかった」
「ということは,同じ手口のメールだったんですね」
舞さんは私を見てこくんと頷いた。
「そこまでは特にどうってことなかったんだけど、その後に変な人が来たの」
「変な人ってストーカーとか不審者とかですか?」
「いや、さくら急便の人っぽいんだけど、なんだかおかしかったんだよね。最初インターフォンが鳴ったから、モニターを確認しようと思ったの。そしたらモニターを確認する前にインターフォンが三回連続で鳴らされたの。びっくりして急いでモニターを見たら、さくら急便の制服っぽい男の人がいて、大きなノックが三回、それから『さくら急便です』って大きな声で呼びかけてきたの。怖くない? 普通配達の人ってそんな乱暴なことしないよね?」
いつも頼りになる舞さんが怯えた目で私を見る。かわいい女性のこういう仕草は同性でもぐっとくるものがあるけど、今はそんなこと言ってる場合じゃない。
確かにさくら急便の配達にしては変な点が多い。荷物を持ってきた時に不在だったからってそんなことするかな? ストレスが溜まっていたとしてもやり方があんまりだ。
「普通しませんよ。でも、その後どうなったんですか?」
「それが、黙ってたらそのままどっか行っちゃったんだ。戻ってくるかもって警戒してたんだけど、そんなこともなかったや」
「そうなんですね。ならなかった。そうだ! クレーム入れてやりましょうよ。不在票に営業所の電話番号とか書いてるんじゃないですか」
私は話しながら自分でもいい案を思いついたなと思った。でも、私の提案を聞いた舞さんの顔は暗いままだった。
「それがさ、変な配達員が来た後にまた不在票が入ってたの。営業所の電話番号とか他の内容はお母さんの荷物の不在票と全部一緒、でも、問い合わせ番号を見たら詐欺メールと同じ問い合わせ番号だったんだ。それで不在票に書かれたS営業所に電話をしたんだけど、そしたら電話に出てくれた人にさくら急便じゃない人のいたずらの可能性が高いって言われちゃった……」
「そんな……」
私はさくら急便に対してむっとした。さくら急便の制服でさくら急便と同じ不在票やメールを使うことができる一般人がいるとはなかなか思えない。絶対にさくら急便の関係者じゃん。なのにいたずらって決めつけるのはどうなんだろう。
「私もちょっと引っかかって、不在票に書いてあった担当者の人の名前を言ったの。そしたらそんな名前の社員はいませんって言われちゃった。私、またあの変な人が家に来たらと思うと怖くって……」
舞さんは口をぎゅっとつぐんで黙り込んでしまった。真っ青な顔で震える舞さんに、私はなんて声をかけたらいいのか分からなかった。沈黙の中、ただただ重苦しい時間が流れる休憩室で、私は黙ってメロンパンを握りしめていた。
嫌な沈黙はその後も続き、そのまま休憩時間は終わってしまった。私は大慌てでメロンパンを口に突っ込んだけど、舞さんはおにぎりを食べることなくホールに出て行った。
休憩後、私に話したことで何かの糸が切れたのか、舞さんは仕事中どこか上の空というか、ぼーっとした感じでミスを連発。普段ならしないようなオーダーミスや配膳間違いをしていた。
そんな舞さんを見て心配になったんだろう。リエさんが舞さんに声をかけ、そしてその数分後に舞さんが申し訳なさそうにバイトを早退した。
いつもとは違う舞さんの様子を見て心配になっていた私は、次のシフトまでに元気になってたらいいなと思いながら彼女を見送った。でも、舞さんは次のシフトの日もバイトには来なかった。
いつも週四以上シフトを入れている舞さんがバイトを休んで二週間が経った。他のバイトメンバーも具合が悪いのかな? って心配し始め、中には舞さんに連絡する人もいたけど、舞さんからは「大丈夫」とか「ごめんねシフトに穴開けて」とかしか返事がなく詳細がわからないようだった。私も舞さんの連絡先は知っている。でも、連絡はできないでいた。
土曜日のバイト終わり、厨房に顔を出すとリエさんから舞さんのことについて何か心当たりがないかと聞かれた。リエさんも連絡したけど詳しいことがわからなかったみたい。もしかしてさくら急便のメールの件かも? って思ったけど、私はうまく説明する自信がなくてわからないと嘘をついてしまった。
「そう……もし何かわかったら教えてちょうだいね」
私にそう言うリエさんは本当に舞さんのことを心配している様子だった。マスターも何も言わないけれど、ここ最近少し元気がないように見えるので、たぶん心配なんだろう。夫婦揃ってバイト思いで優しいなあと思った。
変な配達員が家に来た。そりゃ確かにびっくりするだろうし、メンタル的にしんどい。でも、そんなに長く引きずるものかな? 私にはわからないけど、他にも何かあるのかもしれない。そんな気がした。
舞さんが休んで三週間が経った。バイトを終えて帰ろうとした時、厨房から出てきたリエさんから「ごめん、もしよかったら舞ちゃんのお見舞いに行ってきてくれない?」と言われた。
舞さんがこんなにバイトを休んだことがなかったので、マスター夫婦はかなり心配なようだ。舞さんの後ろからマスターも顔を出す。
「本当は私たちのどっちかが行けたらいいんだけど、どうしてもうまく都合がつけられなくて……もし行けたらでいいんだけど……お願いできない?」
いつかこんな綺麗な大人の女性になれたらいいな、と憧れるリエさんの頼みを私が断れるはずがなかった。私は「もちろんです! 明日行ってみますね」と即答していた。