見せられたメール
件名:
荷物配達失敗のお知らせ【受取の日時や場所をご指定ください】
本文:
【さくら急便からのお知らせ】
配送先住所が間違っています。
さくら急便をご利用いただきありがとうございます。
配送先住所に誤りがあったため、荷物が配達できませんでした。
お届け予定:10月13日(金) 時間帯希望なし
※天候・交通事情等により、お届けが遅れる可能性がございます。
送り状番号:5499-8188-7203
サービス名:宅急便(置き配指定可能)
品名:承り品(雑貨・日用品・食品等)
再配達を予約するには、以下のQRコードを読み取ってください
【QRコード】
<<<ご注意>>>
・このメールへの返信は承れません。
・本メールの内容にお心あたりが無い方は、こちらから「よくあるご質問」をご確認お願いします。
・交通事情等により予定通りにお届けできない場合があります。
・一部離島などの地域においては予定通りにお届けできない場合があります。
※さくら急便を装った迷惑メール・通知にご注意ください
さくら急便を装った不審なメールや通知が発生しています。
記載されたURLや添付ファイルを開いたり、メールに返信したりされないようご注意ください。
また、さくら急便はSMSで通知を配信していません。
「やばくないこのメール。昨日届いたんだけど、これ詐欺メールだったんだー」
バイトの休憩中、先輩の舞さんからいきなりスマホの画面を見せられた。なんだろうと思って見てみると、そこにはさくら急便の不在メールが映し出されていた。さくら急便の見慣れたロゴマークにちゃんとQRコードもある。ぱっと見た感じ違和感はない。
「え、これが? 詐欺メール……でも、よく見るデザインだし問い合わせ番号もありますよ?」
画面をよく見るとちゃんとメールの送信者欄にも『さくら急便株式会社』って書いてある。私にはどこからどう見てもさくら急便からのメールにしか見えない。
「それがさ、QRコードを読み込んだら、さくら急便っぽくないサイトが出てきたんだよね。住所とか電話番号とか入力するページなんだけど、デザインがチープというか、雑というか……なんか変な感じがしたの」
舞さんは私に向かって少し前のめりになりながら熱く説明してきた。たぶん昨日からすごく話したかったんだろうな。
「変な感じですか?」
私の反応が嬉しかったのか、私の質問を聞き終える前に舞さんの目が一気に輝き始めた。私の二個上の舞さん。カフェでのバイトが初めての私に仕事をすごく丁寧に教えてくれた人だ。
舞さんは話しやすくていい人だ。でも、たまにスイッチが入ると、一つのことに全力を注ぎ過ぎるというか、猪突猛進してしまうところがある。まあ、舞さんのそんなところも私は嫌いじゃない。
「なんだろ、なんだか引っかかんだー。それで念のためこの問い合わせ番号を検索してみたの。そしたらね、この番号の荷物は既に配達済みだったの!」
心なしかさっきより声が熱を帯びている気がする。でも、問い合わせ番号を検索してヒットしたということは、この問い合わせ番号はただの数字の羅列じゃなくて本当にある問い合わせ番号ということだ。ん? じゃあ、舞さんちに既に荷物が届いているのにメールが来たってこと? でも、それじゃあ配達できてないってメールが来てるのはなんで? 私は頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「じゃあこれは間違いメールだったってことですか?」
私は見当違いなことを言ったみたいだった。でも、それもまた舞さんにとっては嬉しかったみたい。舞さんは楽しそうに笑いながら、右手を顔の前でひらひらと振った。
「違う違う。この問い合わせ番号は過去に使われた番号で八月に誰かに配達された荷物のものだったの。でも、私にはそのタイミングでは何も届いてないから、私以外の誰か宛の荷物だったってことになるね。メールに書かれた問い合わせ番号が古いものの時点でおかしいんだけど、個人情報の入力サイトのURLもよく見たら変なアルファベットの羅列が続く怪しいやつでさ、そこで詐欺メールだって気がついたの」
舞さんの話を聞いて頭の中の情報が少しだけ整理された。
「なるほど……? なんだかわかったようなわかってないようななんですけど、要するにめっちゃクオリティの高い詐欺メールが届いたってことであってます?」
「そういうこと! でも、やばくない? このクオリティだと絶対騙される人いるよねー」
「うん、絶対にいると思います」
私はお世辞抜きで本気でいると思った。だって今の話を聞いて『舞さんよく気がついたなー』なんて思っちゃったし、こんなしっかりした見た目のメールが来たら私なら疑わないもん。
舞さんはひとしきり話して満足したのか、その後二、三分メールについての感想を楽しそうに私に話すと「じゃ、私今日早上がりだから! おつかれー」と言って、すっきりした表情で帰って行った。
時計を見ると私の残りの休憩時間はあと五分。五分したらホールに戻らなくちゃ。私は天井をぼんやりと眺めながら、私にはあんなハイクオリティな詐欺メールが届きませんように、と祈った。
私のバイト先のカフェ、サンハウスはS駅から北に上がって十分ほどの住宅街の中にある。大きな道路に面してはいないものの、ご近所さんがよく来てくれるお店でそこそこ繁盛している。
マスターは無精髭とメガネがトレードマークのおじさんでコーヒー担当。料理はマスターの奥さんで、すらっと背が高くショートヘアがよく似合うリエさんが担当している。
バイトは私と舞さんを含めて全員で五人。私は大学入学と同時に四月から働いていて、やっと仕事に慣れてきたところだ。
テーブルの上に視線を戻すと白い陶器のマグが目に入った。そうだコーヒーのこと忘れてた。休憩に入る前にマスターが淹れてくれたコーヒーは、舞さんと話しているうちにすっかり冷めてしまったみたいだった。
「伊織ちゃん、休憩中にごめん。ちょっと混んできたから手伝ってもらってもいいかな?」
ノックと共に休憩室のドアが開き、リエさんが申し訳なさそうに顔を覗かせた。
「はーい、今行きます!」
私は慌てて椅子から立ち上がると、マグに半分ほど残っていた冷たいコーヒーをぐびっと飲み干してホールに戻った。私がホールに出ると十個あるテーブルのうち八つが既に埋まっていて、私は急いで接客に入った。
私がホールに戻ってからも少しも客足が途切れず、お店はずっと賑わっていた。そのためばたばたと接客をしているうちに、私は舞さんから聞いた話をいつの間にか忘れてしまっていた。