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彼の愛情表現

「あれ、手紙らしいっすよ」

 白髪の危ないおっさんとの初遭遇後、事務所に戻ると同じ配達エリアのドライバーである後輩の佐伯がいた。おれは我慢できなくて、佐伯にやばいおっさんがいたと話してみた。おっさんの特徴やポストにチラシを詰め込んでいたことを説明すると、「ああ、楠本さんのとこのポストに、チラシをぎっちぎちに詰める人っすね」と、驚くこともなく軽く返事が返ってきた。

「え、知ってたのか? あのおっさんのこと」

「知ってるというか、楠本さんとこのマンションに配達に行った時にいたんすよね。ポストの前でがさごそやってるから、気になって声をかけたんすよ」

 佐伯はすらりと背が高くてスタイルがいい。黒髪短髪で顔も整っていて、口調はあれだが見た目は優男って感じだ。でも、たまに思い切りがいいというか、行動力があるなと思わされることがある。

「あのおっさんに自分から声をかけるとか、すげーなお前」

 感心するおれに「そうっすかね?」と佐伯は不思議そうな顔をした。

「でも、あのおっさんはまじでやばいっすよ。関わらない方がいいっす」

 おっさんがやばいことぐらいおれだってわかる。可能な限り関わりたくない。むしろ自ら関わりにいったお前がそんなこと言えた立場か? そう言おうとした時だ。佐伯が気になることを言った。

「詰め込みまくってるあのチラシ。あれは一枚一枚が愛なんだって言ってました。あれ、手紙らしいっすよ」

「手紙?」

 チラシが愛。そして手紙。意味がわからない。

「チラシ、かなり整頓されて突っ込まれてたでしょ? 乱雑に詰め込むなら誰でもできるけど、丁寧に詰め込むことは愛がないとできない、とか言ってました」

「いらないものを詰め込まれたポストに、愛もくそもないだろう」

「それはおれも思います」

 おれらは顔を見合わせ、そして同時に顔を曇らせた。なんなんだこれ。気になるから話を聞いているのに、聞いても聞いても意味がわからないままだ。

 ポストにチラシを雑に詰め込むよりも、丁寧にぎっちりと詰め込むには時間がかかる。おれが見た時、あのおっさんはメジャーにノギスまで持っていた。確かにポストにはチラシが異様なくらいぴっちりと詰まっていたから、それなりの時間と労力を費やしたことだろう。だけどやっていることは迷惑行為だ。時間がどうとかなんて根本的に話が違うと思う。


「でも、手紙ってことは何かしらの意味があるのかあれ?」

 これ以上話しても何も進展はないなと思った時、手紙ってことは伝えたいメッセージ的なものがあるのか? と気がついた。すると、佐伯はおれを見て小さくため息をついた。

「それ、おれも思ったから聞いたんすよ。そしたら怒られたんすよね……」

「怒られた? おっさんにか?」

「そんな野暮なことを聞くもんじゃない。人の手紙の内容を尋ねる馬鹿がどこにいる。常識をわきまえろって」

 今まさに非常識な迷惑行為をしている奴が常識を説くのか。お前は自分がどの立場いるのかわかってんのか? おれがもしその場にいたら詰め寄りたくなるなと思った。おれが「そんなこと言われたら、てめぇどの口が言ってんだって言いたくなるわ」と言うと、佐伯は「ですよね! おれ、実はつい言っちゃったんすよね、同じようなことを。そしたらおっさんキレちゃって……思いっきり殴りかかってきたんで急いで逃げました」、と佐伯が笑った。

「お前、本当に行動力があるというか、後先考えてないと言うか……」

「おれ、行動力だけが取り柄なんで」

 褒めたつもりはなかったが、呆れるおれに佐伯は笑いながら胸を張った。


 初めておっさんと遭遇し、さらに佐伯からの濃い追加情報をもらってから、しばらくおれは楠本様の家への配達がなかった。ただ、同じマンションの人への配達は何度かあったので、マンションには行っている。

 おっさんとはあれから会ってはいない。でも、楠本様のポストがまたチラシまみれになっているのを目撃することはあった。詰め込み方から犯人は一目でわかったけど、関わりたくなかったので見て見ぬふりをした。

 おっさんにはあれから会っていない。でも、ポストがチラシまみれになっている、なっていないに関わらず、楠本様のマンションに配達に行くと、どことなく視線を感じるようになった。視線の主の所在はわからないし、気のせいかもしれない。でも、視線を感じるのは決まって楠本様のマンションに入ってから、マンションを出てトラックに乗り発車するまで、その間だけだった。

 ここ最近は楠本様へのお届け物をうまく回避できていたのに……久々に楠本様宛の配達物がおれの手元に回ってきたことで、おれはすごく憂鬱な気分になった。


 楠本様への配達。できることなら家にいてくれ。そして、マンションでの滞在時間は短くさせてくれ。そんなことを願いながらおれはトラックを走らせた。

 車内のエアコンは効かせているが、緊張しているからか、背中を油っぽい汗が流れる。天気はからっとした晴れだというのにおれの心は重たかった。

 楠本様の荷物も他の荷物と何ら変わらない、配達物の一つ。頭ではわかっていのに、どうしてもそうは思えない自分がいる。根拠は何もないけれど、何となく嫌な感じがする。

 さっき荷物を見た時、送り状には再配達のメモが貼ってあった。おれ以外の配達員が何度か持って行ったようだが常に不在だったみたいだ。今日が保管期限になっていた。

 送り主は同じ楠本姓だったので、親御さんかもしれない。でも、親からの荷物をずっと受け取らないってどういうことだろう? 受取拒否ではなく不在。根拠はないが、何となく不穏な雰囲気を感じる。

 楠本様の荷物について、ああでもない、こうでもないと考えていると、気がつけばいかれた大学生が花を供えていた電信柱の側に来ていた。ここ二年ほど通らないように避けていたのに油断していた。

 電信柱の側を通る時、ちらりと電信柱の足元を見てみた。そこには仏花が三束、缶ビールとスポーツドリンクのペットボトルが備えられていた。創造主は死んだのに、あいつが作った物語はまだ生きているのかと思うと薄気味悪さを感じた。


 いかれた大学生のことを考えそうになったので、おれはなんとかそれを頭から追い出すと以前小牧のマンションだった所に向かった。いや、正確には小牧のマンションだった所に新しく建てられた綺麗なマンションか。

 そこでおれは手際よく三件の配達を済ませてトラックに向かった。トラックに向かいながら、次は楠本様のところかと考えているとどんどん気分が下がっていった。

「おれの考えすぎなのかね」

 思わず独り言が出た。周りには誰もいなかったけど、自分の声が思いの外大きかったので、なんだか恥ずかしくなって足を早めた。


 楠本様のマンションに着いた。家にいますように、そう祈りながら配達物を抱えて足早にマンションの中を進む。途中、見ない方がいいと思いつつも、そっとエントランスの側にあるポストを覗いてみた。そして、おれは足が止まった。楠本様のポストがぐちゃぐちゃにされていた。

 今までのいたずらとは雰囲気が違った。破壊的というのか、衝動的というのか、無秩序にポストの口の中に雑多に紙がねじ込まれていて、狂気を感じる。

 これもあのおっさんの仕業なんだろうか? おっさんじゃなかったら楠本様にはまた新たなストーカーが増えたことになるが、まあその線はない気がする。でも、犯人がおっさんならどうしてこんなに路線変更したんだろう? 狂ってるやつの考え方は本当に理解できない。鳥肌が立つのを感じながらおれは楠本様の家に向かった。

 楠本様の家までの階段を登り切り、角を曲がると違和感があった。最初は自分が何に引っかかったのかわからなかったが、楠本様の家に近づくにつれて違和感の正体に気がついた。楠本様の家のドアに不自然な形状をしたレジ袋がぶら下がっていた。

「なんだあれ?」

 あまりの不自然さに声を出さずにはいられなかった。だってサイズがぴったりな箱でも入れてるのかってぐらい四角くビニール袋が張っているのに、袋から若干透けて見えるものはペットボトルのパッケージやサプリメントの小箱なのだ。

 楠本様の家の前に到着してビニール袋の持ち手の隙間から中を覗いてみる。すると、大小様々なサイズに形状のものが計算され尽くした配置によって、ビニール袋を正方形にたらしめていることがわかった。

 この異常性、犯人の心当たりは一人だ。あのおっさん、ポストだけでは飽き足らず、家の前まで来てるのか。おれは楠本様の身を案じずにはいられなくなり、思わずインターフォンを押す指に力がこもった。


 楠本様は留守だった。

 普段なら一回しか鳴らさないけれど、三回鳴らして様子を見てみた。しかし、家の中に人の気配はなく、返答もない。

 仕方がないので引き返そうとした時だ。いつの間にかすぐ側に人の気配を感じた。驚いて右を見ると、階段と楠本様の家の丁度中間地点、おれから三メートルほど離れた所に男が立っていた。

 血走った目、ぼさぼさに乱れた白髪、皺だらけのシャツを着た男がおれを睨みつけている。最初は誰だかわからなかったが、微かに残った雰囲気から、ストーカーのおっさんであることに気づいた。おっさんの変わり果てた姿に、おれは全身に鳥肌が立った。

 なんとなく身の危険を感じたおれは、おっさんとは反対側にある階段に逃げようと思った時、おっさんが突然大声を出した。


「お前かぁ! おれの娘を殺したのは!」


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