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お客様が不在の為お荷物を持ち帰りました。  作者: 鞠目
ある配達員の話

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彼による物語

「は? どういうことだ? 花があったのに?」

 意味がわからなかった。誰も死んでいないのに花が供えられているとしたら、それは何のためだ? 意味不明過ぎておれは彼に説明を求めた。

「簡単な話ですよ、ちょっとした実験です」

 彼は笑顔で話し続ける。ちょっとした実験。ますます意味がわからない。おれは思わず眉をひそめる。普段ならこんな奴の話に耳を貸さず、すぐにその場を立ち去るはずだ。でも、今は怪しさの塊でしかない彼におれは「どういうことだ?」と聞かずにはいられなかった。

「あそこはもともと事故が起こりそうな場所だったんです。見晴らしがいいから車はスピードを出しやすい。歩行者は歩行者で、交通量が少ないから確認を怠ることが多い。まあ、子どもが多い地域柄もあると思うんですが、歩行者や自転車の飛び出しでひやりとすることが多いみたいなんですよね」

 たしかにおれも運転中にあの場所で突然飛び出してきた子どもに驚いたことは何度もある。でも、そういう場所はあそこだけじゃない。日本中いたる所にあるだろう。でも、おれは話を遮らずに黙って彼の話の続きを待った。

「なので試してみたんです」

「試してみた?」

 だんだんとおれはストレスが溜まるのを感じる。なんなんだこいつは、さっさと話せよ。続きを促されないと話す気がないのか、それとも促されてから話したいのか。男子大学生の話し方に苛立ちを覚える。

「人が死んでいないところでも、人が死んだ場所になるかどうか。それを試してみました」

 おれはすぐに「そんなの、なるわけないだろ」と口に出しかけて、それをすんでのところで飲み込んだ。なっているじゃないか、もう既に。おれの反応が嬉しかったのか、彼はにんまりと笑った。

「最初はなかなかうまくいきませんでした。五カ所、目星をつけて月に一度花を供えてみたんです。もちろん深夜に誰にも見られないようにしましたよ。一度も目撃されることはありませんでしたが、いつも花を供えてから数日後には花は捨てられていました」

 そりゃあ当然だろうと思っていると、彼はおれに向かって自嘲気味に「まあ、考えてみれば当たり前ですよね。誰も死んでないんですから」と言った。

「諦めようかなと思いつつも、半年ほど続けた時に一ヶ所だけ花が捨てられずに残っていた場所あったんです。それが何度かお会いしたあの場所です」

 ここまで聞いてやはりこいつはいかれてると思った。半年も誰も死んでいない場所に花を供え続ける。金も労力も無駄な行為だし、発想がおかしい。こいつはまともじゃない。

 でも、おれは話をぶった斬ってその場を去ることができなかった。ダメだとわかっているのに、好奇心の前におれの危機管理能力は機能しなかった。

「花が捨てられずに残っていた場所に活動を絞り、二週間に一度花を供えに行くようにしました。もちろん僕は花を供えること以外は何もしていません。でも、今度は半年もかからないうちに進展がありました」

 目を細め、白い歯がくっきりと見えた。満面の笑みの彼。狂った笑顔の前におれはいつの間にかごくりと音を立てて唾を飲み込んでいた。

「僕以外にもお供えをする人が現れたんです」


「なんでそんなことをしたんだ?」

 聞かずにはいられなかった。だって理由が皆目見当がつかないから。聞いてもわからないかもしれないけど、聞かなければいけない気がした。

「最初は物語を作ってみたかったんです。もともと読書が好きで毎日本ばかり読んでいたんですが、ちょっと飽きてきたんですよね。それで自分で書くことも考えたんですが、それもつまらないなと」

「つまらない?」

「だって自分で物語を書く場合、自分の能力以上のものは書けないでしょう? 僕の予想を裏切る展開なんて出てこないじゃないですか。だから、書くんじゃなくてリアルの世界で何か物語を作れないか試してみたんです」

 創作意欲が原動力。聞こえはいいがやっていることはサイコパスだ。しかも、無邪気な笑顔で自分がやっていることを話しているから余計に恐ろしさを感じる。これが純粋悪というものなのかもしれないとすら思う。

「今じゃ『誰かが死んだのかもしれない』から、さらに具体的な物語ができてきたみたいなんです。死んだのは飛び出した子どもらしいと言う人がいれば、余所見運転をして突っ込んだ乗用車の運転手だって言う人も。中には運送会社の運転手が死んだって話も出てきているようです」

 気のせいか「あなたのように……」と呟かれたような気がしたが、はっきりとは聞こえなかった。おれが「え?」と聞き返したが彼はそれには反応しなかった。

「個人的には子どもだとどこの家の子か、みたいな話になるので余所見運転のドライバーとか配達員の話が伸びてくる気がするんですよね」

 お供えの花束一つ。たったそれだけのものがここまで話を広げてしまうのか。誰も死んでいない。でも、死んでいないからこそこの広がりには身震いせずにはいられない。


「最期にあなたとお話しできてよかったです」

 さっきまで楽しそうに話していた彼の表情に突然影がさす。感情の落差に理解が追いつかない。こいつ、今『最期』って言わなかったか?

「どういうことだ?」

「僕、今日死ぬんです」

 彼は肩をすくめながら、寂しげな笑顔で言った。

「今日? なんで?」

 こんなやつ死んだところでおれの人生にはなんの関係もない。ただ、どうして死ぬのかは聞きたくなった。

「僕が始めた物語は今、僕の手を離れた所で展開を見せ始めました。まるで生き物みたいに自分で成長し始めたんです。でも、そうなると『作った人間』って邪魔だと思いませんか?」

 おれはもう彼が作り出す流れに飲み込まれていた。頭よりも先に口が勝手に「何が言いたいんだ?」と彼に問いかける。

「事故があったかどうかなんて、物好きぐらいしか調べません。となると大半の人はあそこで人が死んでると思うわけです。そうなるとせっかくリアルな物語になり始めたのに、きっかけを作った人が存在しているって邪魔だと思いませんか? そして、そいつがいなければ物語は現実で起きた出来事とより近しい存在になるとも思いませんか?」

 ああ、やっぱりこいつはいかれてやがる。自分が作った話をよりリアルにするために自分が死ぬ。思っていたよりもさらにいかれ過ぎていて、おれは何も言葉が返せない。でも、一つ気になることがあった。

「おい、お前のその理論ならおれはどうなる? 今お前の話を聞いて、作られた話だって知ってる存在になっちまったじゃねぇか」

 おれは勝手に話を聞かされた。でも、もしこいつに真相を知っている邪魔な存在と認定されたら? 邪魔だからお前も死ね、みたいな流れにならないか? そんな馬鹿な話があってたまるか。おれはいきなり手を出されても動けるよう、少し身構えた。

「あなたはいいんです。僕が話を聞いて欲しかっただけなんで。そもそも作られた話だってことを知る人を消し切ることは不可能です。物好きに事故の記録とか漁られるとすぐバレちゃいますし」

 彼はこれまでおれに見せた表情とは違い、どこか優しさを感じる温かな笑顔で言った。そしてその後、ぎりぎり聞き取れる小さな声で「それに、あなたはこの物語にとって大事なピースになる気がするんです」とも言った。

「は? どう言う意味だ?」

「ああ、すみません気にしないでください。こっちの話ですので」

 彼はその後何度聞いても小声で言ったことについては誤魔化すばかりで、何も教えてくれなかった。


「じゃあ、僕はこれで。いい思い出になりました」

 彼は爽やかな笑顔で言った。

「本当に死ぬのか?」

「ええ、死にます。死ななきゃダメなんです。まだ、この物語にはどんな人が死んだかという鮮明さがありません。顔も体もぼやけてます。これから時間をかけてそれがどんどんクリアになっていくと思うんですが、それには僕が邪魔なんですよ」

 本当にそうなんだろうか? おれにはわからない。でも、彼がそう言うならそういうことなのかもしれない。おれは妙に納得して、「これからどうなるのか見てみたかったなー」と言う彼に、「そうか」とだけ言った。

「そうだ! 僕が本当に死んだかどうか、気になったら夕方のニュースを見てくださいよ」

 別れ際、彼はまた無邪気な表情に戻り、まるでいいことを思いついた子どものような笑顔で言った。それを見ておれは「なんで?」と聞きたいのに、「わかった。見てみる」としか言えなかった。

 そんなおれを見て彼は「約束ですよ」と笑った。


「なあ、なんでおれに話したんだ? 他の誰かじゃダメだったのか?」

 彼と別れてすぐ、おれは急に聞きたくなり、振り向いて大声で呼びかけた。すると、十メートルほど離れたところにいた彼はすぐに振り向いて「知りたいですか? でも、知らない方がいいですよ!」と笑顔で言ってから去っていった。

 遠ざかる背中をその場で眺めながら、おれは「そうか……」と口から溢した。

 その日の十八時頃、約束した通りにテレビでニュースを見た。テレビからはいつもと大して変わらない内容が流れてくる。「何もないじゃないか」と独り言を言いながら、ほっとしている自分がいた。

 もう少し付き合ってやるか、なんて思っていると女性のニュースキャスターが現在電車が遅延しているエリアがあると話し始めた。詳細を聞いてかなり近い駅だなと思っていると、ニュースキャスターが遅延理由は車両と利用客の接触だと言った。さらに詳しい内容が説明され始めた時、おれはなんとなくテレビを切った。


 あの日以来、おれは彼の姿を一度も見ていない。


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― 新着の感想 ―
ある意味、書き手の私達に似た感覚があるのかも知れないですね。 折角お話を書いたのだから、誰にも知られないままでいるのは寂しいから、誰かに読んで貰いたい知っていて貰いたい。 だから最期に話せて良かった、…
花を置くことで物語が生まれる。 いやいや。これは現代アートですね。 ・・・・・・ なんて言ったら、怖いですか?
深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ( ˘ω˘ )
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