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嫌な週末

 まただ。そう思った途端心臓が音を立てて動き出す。耳鳴りがしてさらに焦りがつのり、私の意思に反して勝手に呼吸が浅くなっていく。


「さくら急便です」


 やはりノックの後に男の声が三回ドアの向こうから轟く。男の大きな声のせいでさらに心臓が慌て出す。

 ドアスコープを覗けば声の主の顔がわかる。たとえ顔が見えなくても人物を特定するための手かがりは得られるはず。それを頼りに運送会社へクレームが入れられるかもしれない。

 頭の中ではそこまで考えられるのに、どうしても体がいうことをきかず、私はただ棒立ちになっていた。覗きたい、でも、覗いてはいけない。そう本能が判断しているようだった。

 私が動けないままじっとしていると、外から消防車のサイレンが聞こえた。マンションが面する道路を走っているようで、サイレンの音が徐々に迫ってきて、そしてすぐに遠ざかっていった。サイレンの音が完全に聞こえなくなった時、私は体を動かせるようになっていた。

 音を立てないよう慎重にドアスコープを覗くと、外には誰もいなかった。私はため息とともにその場に座り込むと、泣きたい気持ちに襲われた。一体あれはなんなんだろう。

 私は極度の疲労感に襲われ、その後の記憶がない。気づけば朝になっていて、私はベッドの上で朝を迎えていた。何時に寝たのかはわからないが、疲れのせいか体が重たかった。

 重たい体を無理やり動かして着替えている時に気がついたのだが、前に不審な配達員が来た日、配達員が来た時間あたりにショートメッセージでの迷惑メールが届いていた。もしやと思いスマートフォンを確認すると、前日不審な再配達が来た頃に迷惑メールが届いていた。

 回数としてはまだ二回。単なる偶然かもしれないし、そうでないかもしれない。ただ、それを確かめる術を、今の私は持ち合わせていない。

 今の所変な訪問は二回だし、それ以降変なことはない。いや、チラシがまたポストに詰め込まれていたから変なことがないとは言えないけれど、イレギュラーというか、新たな異変はない。


 不審な再配達の訪問について、さくら急便に一度問い合わせたことがある。問い合わせたのは二回目の遭遇の二、三日後だったはずだ。

 私はさくら急便の営業所に電話をかけた。でも、問い合わせに対する返答をもらう前に、私は電話を切ってしまった。オペレーターの女性に訪問者のことを説明しているうちに、なんだか複雑な気持ちになってしまい、問い合わせるのをやめたのだ。

 不在配達後に再び配達員が気を利かせて来ることはあるかもしれない。でも、冷静に考えるとインターフォン、ノック、呼びかけが三回なのはおかしい。それに呼びかけの後に新しい不在票はないし、ノックも呼びかける時の声もあまりに暴力的でいたずらの可能性が高い。

 電話口で自分の頭の中を整理しながら話していると、私が問い合わせている内容の奇妙さに思わず自分でも首を傾げたくなる。

 訪問者がさくら急便の制服を着ていれば話は少し変わってくるが、まだ私はこの配達員の姿を見たことがない。しかも不審な再配達が来た日は二回とも、私の不手際で荷物の受け取りができておらず、そのことに対する罪悪感もある。

 問い合わせ内容を要約すると、荷物の受け取りができなかった日に変な配達員が来た。対応も悪く恐怖心を抱いた。でも、その配達員の姿を私は確認できていない。もし私がオペレーターならいたずら電話ではないかと疑うだろう。

 私は自分から電話したものの、これ以上オペレーターの手を煩わせるのも申し訳なく思い、意味不明な問い合わせをしてしまったことを詫びてから電話を切ったのだった。


 せっかくの休みなのに余計なことを考えさせないでほしい。

 明日から七月。外は日に日に暑くなってきているし、繁忙期により仕事も忙しくなる。この土日はまったりと心穏やかに過ごしたい。

 私は画面に表示されたメッセージを無視して再びテレビに映るドラマを眺めた。でも、迷惑メールのことが頭から離れず、ドラマに意識が向かない。

 もしかしたら、ポストにチラシを詰め込んでくる犯人と配達員を装った訪問者は同一犯かもしれない。それが特定できれば警察も捜査に重い腰を上げるかもしれない。そしてうまくいけば私の生活に再び平和が訪れるかもしれない……。

 そこまで考えて私は首を横に振る。「かもしれない」多すぎる。それにこの考えでいくと犯人はかなりの異常者だ。そんな異常者に目をつけられていると思うと気味が悪すぎて耐えられない。

 でも、一方で同一犯じゃなかったらなかったで、複数の変な人物に目をつけられているということになる。それはそれで辛いものがある。私の人生初のモテ期で寄ってくるのが変質者ばかり。こんなモテ期はごめんだ。

 テレビの中で恋に悩む主人公の女性がため息をつく。そのすぐ後追いで無意識のうちに私の口からも大きなため息が出る。ため息にいいイメージはないけれど、どうせつくなら画面の中の女性のような内容でつきたいものだ。私はもう一度ため息をついた。

 この日、迷惑メールは来たものの特に何のトラブルもなく、変な配達員が来ることもなく穏やかな一日となった。そもそも配達物がなかったので再配達にドライバーが来ることもない。でも、胸の中に妙なしこりが残り、しかもそれが翌日になっても取れなかったので、私は六月最後の日曜日も憂鬱な気持ちで一日を過ごし、月曜日を迎えた。


 月曜日、私はブルーな気持ちのまま朝を迎えた。さっさと気持ちを切り替えられたらよかったのに、まだずるずると引きずっている。

 空は私の気分に関係なくいい天気だ。テレビの中で気象予報士が降水確率は10%以下だと説明している。それなら折り畳み傘はいらないか、そんなことを考えながら身支度を整える。

 食パンとヨーグルト、それからお湯で溶かすだけのカフェオレで簡単に朝食を済ませ、洗濯物の山からいくつもシワが入ったノーアイロンシャツを引っ張り出し、それにスーツのスカートを合わせて短時間で着替えを済ます。

 ノーアイロンというだけあって、普通のシャツよりも多少はシワが入りにくいものの、シワが全くつかないわけではない。ノーアイロンというならもう少しシワができにくかったらいいのに。アイロンをかけることなくそのまま着るズボラな自分が悪いのはわかってる。でも何かに八つ当たりしたくて、私は胸の中でシャツに毒づいた。


 家を出てマンションのエントランスに差し掛かった時、私は自分の家のポストを見た。ポストにチラシは詰め込まれていないようだった。

 今はまだ大丈夫。できることなら私が仕事から帰って来た時も綺麗な状態であってほしい。そして、もし可能ならもう二度といたずらをされませんように。私は誰に祈るでもなく、そんなことを胸の中で念じながらマンションを出た。


「おはようございます」

 マンションを出てすぐ、後ろから声をかけられた。振り向くと乗用車一台分ほど離れたところに白髪で背の高いおじさんが笑顔で立っていた。

「おはようございます」

 私も笑顔で挨拶を返す。マンションの周りでたまに見かけるおじさんだ。いつもパリッとアイロンのかかったシャツにスラックスを穿いているイメージだけど、同じマンションに住んでいるのかどうかまでは知らない。右手には今日も大きなビジネスバッグを下げている。

 おじさんは「お仕事ですよね? 気をつけていってらっしゃい」と私を見送ってくれた。

「ありがとうございます。いってきます」

 私はそう言ってその場を後にした。マンションの角を曲がる時、ちらりと後ろを振り返ると、おじさんはまだ顔に笑顔を貼り付けたままこちらを見ていた。


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― 新着の感想 ―
疑心暗鬼になっていて、気分が沈んでいるからそう見えるのかも知れないですが、顔に笑顔を貼り付けたまま、というのがどこか不気味に感じられますね。 しかもずっとこちらを見ている、というのも何となく怖く感じま…
[一言] おじさん……!?
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