ある女性社員が受けた電話による問い合わせ
「お電話いただき誠にありがとうございます。さくら急便株式会社 S営業所 矢吹でございます」
「あのすみません、お尋ねしたいんですが、御社のドライバーさんで最近イタズラのクレームを受けた方はいらっしゃいませんか?」
「イタズラのクレームを受けたドライバーですか? いえ、そのような報告は上がってないのですが、何かございましたでしょうか?」
「いや、あの何かあったというか……インターフォンを三回鳴らされた後、ノックを三回。それから『さくら急便です、さくら急便です、さくら急便です』ってドアの向こうから大声で三回言われたんです」
「それは大変申し訳ございませんでした。どのような配達員だったか分かりますでしょうか?」
「それが、顔を見てないんです」
「顔を見ていない……ですか?」
「あの、見てないって言っても、気持ち悪いけど気になってすぐに覗き穴で外を確認したんですよ。でも、すぐに見たはずなのにドアの外に誰もいなかったんです。念のためチェーンをしながらドアを開けて確認したけどやっぱり誰もいなくて……」
「そうでしたか。現状、お話の内容を伺っただけですのでなんとも申し上げにくいのですが、弊社配達員ではなく、他の誰かのいたずらの可能性も否定できないのではないかなと思うのですが、いかがでしょうか?」
「そうですよね、私もそうかなとも思ってるんです。でも、その人が来る前にさくら急便さんの不在配達の紙がポストに入ってたんですよ。あと不在メールみたいなのも届いてて、個人のいたずらにしては手が凝ってる気がするんです。それで、もしかしたら配達員の人がこういうことをしてて、他にも被害に遭った人がいるんじゃないかと思ったんです」
「左様でございましたか。大変恐縮ではございますが弊社関係者の可能性も否定できませんので、至急確認いたします。不在票に配達員の名前はございませんか? あと、念のため不在票に書かれた伝票番号と、お客様のご住所をお教えいただけますでしょうか? 確認次第改めてご連絡させていただきたく思います」
「あ、いや、いいんです。私が原因かもしれないんで……」
「あの、原因に心当たりがあるんですか?」
「え? あ……いえ、気にしないでください。すみません変なことで電話して。確認とかは大丈夫です。失礼します」
「あ、お客様……」
まただ。また、この電話。インターフォン、ノック、それから「さくら急便です」の呼びかけ三回。多少内容に違いはあるけどそんな問い合わせがここ数ヶ月、週に二、三件かかってくる。
「もしかして、また?」
ため息をついていると、後ろから先輩の声がする。振り向くと怪訝そうな顔をした二つ上の先輩がお財布片手に立っていた。
「はい、またあの『三回』の問い合わせでした」
私の返答に先輩の顔が曇る。
「やっぱり……先週私も対応したんだよね」
「そうだったんですか。最初はいたずら電話かと思ったけど、問い合わせは毎回違う人からだし、年齢もばらばら。なんだか気持ち悪いですよね」
心霊現象とかではない。でも、真相がわからないことが不気味さを漂わせている。心霊系は苦手だけど、こういう人間絡みの不穏な案件も不得手だ。
「ね、なんか気持ち悪いから本当に勘弁してほしい……まあ、そんなことより、お腹空かない? 変な電話のことなんて気にしないでそろそろランチ行こうよ」
「そうですね。今日は何にします?」
「んー、昨日はサンドイッチだったし、今日はパスタはどう?」
「ありですね!」
私は先輩と一緒にランチに行くため、バッグから財布を取り出して席を立った。先輩の後に並んで歩き出そうとした時、後ろの方の席から「インターフォンが三回鳴らされたとのことですが……」と、電話相手に話している他の女性スタッフの声が聞こえた。一瞬、足が止まりかけたけど、私は聞かなかったことにして先輩の後を追った。