表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

4話「褒めて、褒めて」

時間がかかっても、必ず、完結させます。

 その日は、どうしてか消えない胸の痛みをひた隠しにしながら、香澄と少し雑談をして、暗い中、ひとり、帰った。また、ぼくは独占欲が強いほうらしい、ということが、今日、よくわかった。香澄の処女をもらって、そのときの、安心、というべきか、満足、というべきか、欲しかったものが手に入ったような、あの気持ち。

 空を見上げる。特に意味はなかった。ぼくは、もともと、落ち着きなく視線を彷徨わすタチである。

 今日は殴られずに済む!

 ああ、やはりぼくは、殴られることが、嫌だったらしい。馬鹿だ。ぼくが悪いんだ。ぼくはこんな調子ではいつまでも罪人のままだ。ぼくはごみだ。そう云えば、射精には至らなかったまでも、避妊をせず行為に及んでしまった。香澄は、うちの初めて、ちゃんと、美琴のを生で感じたいから、と言っていた。ああ、もう、どうでもいい。疲れた。みんな死んでしまえばいいんだ。なんの意味もないんだ。ぼくは可哀想だ。いや、何を考えているのだろう。馬鹿。死んでしまえ。


「こんなに、傷だらけで、同情のひとつもなしで……」


 香澄の処女をもらった。それは嬉しかった。しかしなんだかぼくを見られていないような気がした。いや、ぼくはなんと贅沢者だろう。感謝する立場だ。

 帰路は、暗かった。


―――――



 翌日、朝のことだった。

 昨日は、気が動転していた、香澄はぼくを救ってくれた、滅多なことを考えるものではない、今日も、香澄がいれば、ぼくは生きていける。そう持ち直して、教室に入るも、香澄はまだ来ていない。寂しい気持ちで待ち続けた。始業の鐘。未だ現れず。ぼくと、顔を合わせたくないのだろうか、それとも疲れて寝坊したろうか、不安とそれを打ち消す思想とが絶え間なく互いを潰し合う。ぼくの生きがい。そういえば恋仲になろうとはっきり言われたわけではない。いや、なにを思い上がっているのだろう、とにかく、ぼくの生きがい、待っていれば、また笑顔で話してくれる。捨てられる。ぼくはいらない子だ。いや、もともと、ぼくらは互いに所有権など、持ってはいないはず。

 動悸。目眩。脳裏に浮かぶ香澄の顔。匂い。感触。独占欲が満たされていくあの感覚。動悸。少し息苦しい。同級生の騒がしい声。友達が心配そうに、遠方からぼくを見つめる。目眩。陽光、眩しく、ぼくの視界は霞み、硝子越しのように全てが歪む。

 扉の音。前の扉。見る。先生だ。香澄は、遅刻、あるいは、欠席。先生が、何事か話す。ぼくはどうしてか、突如、死神の顔が頭から離れなくなった。どうしても思い浮かべてしまって先生の話は何も聞こえない。ふと、耳に入った。


「有里香澄さんが、亡くなりました」


 有里香澄さんが、亡くなりました。

 なんのわけだろう。

 みな顔を見合わす。先生は俯いている。

 みな黙っている。

 女子が、何人か、声をあげずに慟哭した。

 どうしてみんな、黙っているのだろう。薄情じゃないか。

 ふと、聞こえた。あの、地底から這い上がってきたような、暗い、暗い声。


「グ……グ……ググ……」


 ぼくは、悲鳴をあげたくてたまらなかった。けれども息ができないのだ。酸素を求めて喘ぐ。汗が垂れてきた。苦しい。つらい。


「グ……グ……」


 褒めて、褒めて、と、そう言われているような気がした。苦しい。嫌だ。なにか、いやなことに思い至ってしまいそうで、嫌だ。


「グ……グ、グ……」


 やめてくれ。今は君の声が聞きたくないんだ。黙ってくれ。頼むから。


「美琴!」


 冷水を浴びたような感覚。はっとして、顔を上げる。みんなが、ぼくを見ていた。声をかけてくれたのは、一番仲の好い男友達だった。ぼくは、自分がひどい悪者のような気がした。死んでしまった香澄ではなく、ぼくのほうが気にかけられているということに、ぼくの罪悪を見出さずにはいられなかった。


「ごめん」


「いや、謝んなくていいけど、お前大丈夫そ? 汗やばいけど。息もすごい荒かったし」


「え、あ……」


「まあ、仲良かったし、ショック……だよな」


「うん、ぼく、……」


 なんだか、よくわからない気持ちだった。先程まで暗く暗く沈んでいた感情が、今は凪いでいた。ただ涙だけが止まらなかった。いま、ぼくの頬を伝うのは、なんの感情もこめられていない塩水である。死神の声は既に聞こえなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ