2話「今日うち来ない?」
なかなか2話が出ないにもかかわらず、ブックマークをしてくれた6人の方に、まずは深く感謝申し上げます。評価をつけてくれた方も、2人いらっしゃって、しかもどちらも星5ということで、本当にありがとうございます。
拙い上に、文量も大したものでありませんが、長らくお待たせしての第2話です。5日ぶりでしょうか。この調子で投稿し続けたく思います。
その日は、ひどく疲れてしまって、すぐに寝てしまった。翌朝お風呂に入ったが、体じゅうが痛んでつらかった。きのう、寝る前に入るべきだったろうか。お湯が当たってこんなに痛いのは、一晩放置したせいかもしれない。そんな気がした。
鏡を見つめる。細く、白く、傷だらけ。かわいそうな体。これくらいが、ぼくには、お似合いなのだ。これくらいひどい目にあわなければだめなのだ。
お母さん。あなたは、可哀想なひとだ。ぼくが産まれたばっかりに。
弟ばっかり。
「っ……う……」
胸が、痛かった。
風呂を上がって、リビングに戻る。制服を着ながら、床に散らばった木片を眺めた。
昨晩のことは、ぼくの夢ではないらしかった。なんだか地に足がつかない気持ちだった。
「学校、楽しみだな」
学校は、とても居心地がよかった。暴力を受けることはなく、周りはみんな、優しくしてくれる。
ぼくは、父が起きる前に、急いで支度を整えて出ていった。
「おはよ」
「あ、美琴! おはよー」
笑顔で挨拶を返してくれた。この人は、香澄といって、隣の席の女子である。ぼくと随分仲良くしてくれる。
「なんか美琴、顔色悪い? ビョーキ?」
「え、ぼく顔色悪いの?」
「うん! 半端ないよ!」
「半端ないの!?」
今朝、鏡を見た時は、なんともなかったような気がする。いや、あるいは、うわの空で、気づかなかったのだろうか。言われてみれば、体調が悪いような気がした。けれども心配をかけるのは憚られる。
「まあ、自分で気づかないくらいだし、大丈夫でしょ。寝不足かな」
「そ? 無理しないでねー。あ、そういえばさ」
と、切り出すと、彼女は壁に貼られた時間割表を指で示した。
「二時間目! 英語! 小テストらしいよ!」
「えっ、うそ」
「ほんと!」
「帰りたくなってきた」
無論、帰りたいわけがない。ぼくは嘘つきなのだろうか。
「うちも超帰りたい! てか今日いっしょに帰ろ!」
「ん、一緒に帰ろっか。というかテストほんとにどうする?」
「諦める!」
「そっか」
二人で笑いあった。どうにも、楽しくて仕方がない。男友達とも話したかったけれど、ひとまず朝のところは、香澄と過ごすことになりそうだ。
「それにしても美琴さ、ほんと、肌きれいだよね。どうなってるの?」
「ん……言われてみれば、ニキビはほとんどないね」
少し、偽った。気にしていないふうを装ったが、本当は毎日、鏡で確認している。自分の顔の汚いところを、ひとつひとつ、確かめてから登校しているのである。
「化粧水とか、塗ってる?」
「一応ね。日本酒のやつ」
「え、それ知ってる! やっぱ効果あるんだ」
「もっちもちになるよ」
「えー、たしかにほっぺ柔らかそう……触っていい?」
頬を触らせてくれ、というのは、昔からよく人に頼まれる事柄なので、別段抵抗はなかった。
「ん、いいよ、いくらでも」
いくらでも、と付け加えしが運の尽き、途端に香澄はぼくの頬を両手で掴み、限界まで引き伸ばした。
「ちょ、痛い痛い痛い痛い! 死ぬ! 死ぬって!」
なんと頭の悪い子だろう! けれども、すぐに慌てて離してくれたので、危うく死には至らず。然れどもぼくの頬はりんごのようになってしまった。
「わ、ごめん! すごくよく伸びるから、痛くないと思って……」
「ちゃんと痛覚あるよ!?」
唇を尖らせ憎悪無きことを示す。冗談は雰囲気作りから。
しかし香澄は随分反省しているらしい。
「うちの頬もつねっていいよ」
「えっ」
「むしろつねって! お願い!」
「そんなことある!?」
女子に頬を触られる、というのは、慣れている。女子の頬を触った記憶はない。
「遠慮せずに思いっきり!」
「え、えええ……」
窮してしまった。そう言われて、なかなか本気で、女子の頬をつねれるものでない。ぼくは、恐る恐る手を伸ばして、控えめに、ぷに、と香澄の頬をつまんだ。
「わ、やわらか……」
「んむむー……」
むに、むに、と少し気の向くまま触ってみる。想像よりも心地が良かった。昨日の件で、いくらか心が荒んでいたのかもしれない。優しい気持ちがあふれてきていた。
「もっと、乱暴にしていいよ……?」
「でも……」
「そのほうが、気持ちいいでしょ?」
「ちょっと待って、その言い方狙ってやってるよね」
「くそー、ばれたか」
香澄はときどきこんな諧謔を飛ばす。だからこそ、気を許せる女友達なのだろう。
「あ、てかさぁ」
と、香澄。ぼくは、首を傾げる。
「今日、うちの家来てくれない? 国語、教えてほしくてさ。教科書とか家だし」
少し、面食らった。