12章 首都 ラングラン・サヴォイア(前編) 04
「あははは、いえ、済みません、でも……ふふふふっ、ちょっと笑いが止まらなくて……んふふふっ」
夕食の席で、料理を前にサーシリア嬢が口をおさえつつ笑い続けている。
先程の副本部長とのやり取りを話したら、ツボにはまったのか止まらなくなってしまったらしい。
「一応必死に弁解はしたんだけど、どう見ても信じてないって目をされてね……。これって3段位は無理じゃないか。品性不適当とかで」
「いえそんな、ぷふふっ、そんなことで、うふっ……落とされたりはしないと、うふふっ、思いますけど、んふふふ……っ」
サーシリア嬢がどうにも止まらないので、俺は目の前の料理を口に運ぶことにした。
彼女が元同僚に聞いたというこの店は確かに見事な料理を供してくれているのだが、今の俺には半分くらいしか味が分からない。
「しかし何だってそんな二つ名がついてしまったんだか……。いやまあ、それは思い当たる節は多少なりともあるけど……」
「済みません、ふふっ、私のせいでもあるのに笑ってしまって。でもまさか、んふふっ、副本部長がそれをご存じだったなんて、ぷふっ」
「副本部長はそういう話はかなり嫌いってことだよね。もっとも好きな女性がいるとも思えないけど」
「ふふっ、副本部長はダークエルフですけど、ダークエルフはそういうことに関してはかなり潔癖な種族なんだそうです」
「なるほど、文化の違いではいかんともし難いね。といっても完全に勘違いだからなあ。でも変に誤解を解こうとするとさらに悪い方向に行きそうな気もするし」
「そうですね。副本部長もあの見た目ですからかなり男性には言い寄られてて、軽い男性不信になっているところもあるみたいです。こっちにいた時は私も助けていただいたんですけど、お互い信じられないよねって意気投合してましたし」
「美人も本当に大変なんだね……なんか男として申し訳ないよ。そう言えば副本部長はなんでメイド服なの?」
「露出の少ない服を選んだらあれしかなかったって言ってましたね。ダークエルフは肌を出すのを嫌うんですが、首都の流行りは基本露出が多いので」
確かに首都の女性たちはロンネスクに比べても露出が高めな気がしたが、そういう流行りがあったのか。
実は夕食前に一旦宿に戻って着替えたのだが、サーシリア嬢が肩や胸元が露わなタイトなドレス姿で部屋から出てきたのを見て、俺はつい「その服はダメです。お父さんは許しませんよ」とか言いそうになってしまったのだ。しかし首都の流行ということなら仕方ないのだろう。
「なるほどそんな理由がね……。なんにせよ実力を見てもらって、何とか信じてもらえるようにするしかないか」
「それが一番だと思います。ケイイチロウさんの力は誰が見ても明らかだと思いますから。多分後で本部長も出てくると思いますよ」
「本部長はどんな人なの?」
「面白いものが好きな人です。間違いなく面白がってちょっかいだしてきます。賭けてもいいですよ」
「ハンター協会のトップは変わった人が多いのかな。支部長も変わってるしね」
「……支部長が変なのはケイイチロウさんの前だけですよ」
「そうなの? やっぱりからかわれてるのか。俺が固まってるの見て楽しんでるんだな」
「……そうだといいですね」
え、なんで急に不機嫌になったのサーシリアさん?
さっきまで笑ってたのに、いきなり無表情になられるとすごく怖いんですが。
やっぱり若い女性の心の動きについていくのは、感性の摩滅した男には無理なんだよなあ。
翌日、俺は首都の大通りを一人で歩いていた。目指すのは魔法の書を扱う店である。
副本部長に審査開始の日を聞かれて「明後日」と答えたのは、実は準備のためではなく、ネイミリアの土産を先に買ってしまおうと思ったからである。
この手の用事は先に済ませておかないと、必ず何かあって妨害されたり忘れたりするものなのだ。
正直俺が首都に来ることになった時点で、何か突発イベントが起こるだろうと予想している。今はそれが『厄災』の大規模襲撃とかでないことを祈るばかりである。
ちなみにサーシリア嬢はしばらく本部で仕事があるとのことで別行動となっている。
件の店はすぐに見つかった。ちょっとした博物館のような、随分と立派な建物であったからだ。
なぜ書店がそれほど立派な店を構えているのか。その疑問は、ガラスの扉がついた厳重なケースに陳列される魔法の書が、安くても50万デロルの値がつくと知って解けた。
なるほど魔法の知識はこの世界ではそれだけ貴重なのだろうと思ったのだが、実は貴族のインテリア代わりの需要もあって高価らしい。ああ確かにそういう向きの話もありますねとガックリしてたら店長に笑われてしまった。
ともかくもネイミリアのレベルにあった魔法の書を10冊ほど見繕ってもらい、すべて購入した。合計金額は前世なら高級車が一台買えるくらいのものであったが、無駄にはならないだろうと思って奮発した。
店を出て、本を抱えて一旦宿に戻ろうか、それともどこかでこっそりとインベントリに入れてしまおうか、そんなことを考えた時。
通りの端に、あの『気配』がかすかに現れた。
ロンネスクでも感じた、俺を監視するような『気配』。恐らく王家の密偵だと思われるが、感じるのはあの魔王軍四天王戦の直前以来である。
悩んだが、俺はあえてそちらを見てみた。向こうも俺が『気配』を察知しているのは気付いているはずだ。
通りの端、人の流れを無視するように佇んでいる影は……体型からして女性だろう。
しかし細部までを見ようとすると、そこにいるはずなのに明確なイメージをつかめないという、なんとも不思議な感覚に陥る。
俺はしっかりと見定めるつもりでその影を睨んでみた。脳内で電子音。
その姿が次第に鮮明に掴めるようになる。
紫がかった黒髪を短く切り揃え、額には鉢金のような防具をつけ、口元を布で覆い、全身を黒い装束で包んだ、まだ少女と思われる女性。
「忍者……?」
つい口に出してしまったが、その人物の出で立ちはまさに忍者そのものであった。
黒づくめの少女は、俺と視線が合うと一瞬だけ目を見開く。
その時、俺の視界を一台の馬車が遮った。
その馬車がそのまま通り過ぎると……忍者少女の姿はすでに消えていた。




