12章 首都 ラングラン・サヴォイア(前編) 02
翌日は首都へ向かう準備をしつつ黒猫アビスと存分に戯れた。最近あまり構ってやれなかったので、例のペーストをあげたりオモチャでじゃらしたりと随分と甘やかしてしまったが、まあこれは仕方ない。だって子猫だし(一般的猫好きの考え)。
そしてその翌日、俺とサーシリア嬢はロンネスクを発った。
サーシリア嬢は行く前はかなり楽しそうにしていたが、2人用の馬車(馬なし)に一人で乗るに及んで悲しそうな顔をした。
「え、ケイイチロウさんが運んでくれるんじゃなかったんですか?」
「そうだよ。馬車ごと運ぶから」
「そうではなくて、こう、直接運ぶというか……」
「直接……?」
「いえ、なんでもありません!」
顔を真っ赤にして馬車の扉を閉めるサーシリア嬢。あ、もしかして背負って移動だと思っていたのだろうか。さすがに人を背負って時速100キロは危険だし、サーシリア嬢を背負うのはそれ以上に危険な……うむ、妄想はやめておこう。
首都ラングランまでは普通の馬車だと一週間ほどかかるらしいのだが、人間をやめている俺にとっては一日で十分、と言いたいところだったが、サーシリア嬢に無理を強いるのもよくないので一晩は宿場町に泊まった。
初日は念動力馬車の移動に驚いたりぐったりしたりしていたサーシリア嬢だが、二日目にはもう慣れて、「これ以外での移動は考えられなくなりますね!」と喜んでいた。やり手受付嬢は順応性も高いようだ。
まあ浮いているから振動がない上に、風魔法で微追い風状態にしてるから風切り音もほぼないという、前の世界ですら実験段階の真空チューブ内リニアモーターカー並の乗り物だから当然ではある。
さて、そんな感じで二日目の昼頃には首都の城壁が見えるところまで来ることができた。
空間魔法を見られると面倒が起きそうなので、馬車は道を外れ隠れてインベントリにしまい、ここからは歩いて首都まで行くことにする。
遠くに見える首都ラングランの城壁は、その高さ、幅ともにロンネスクを圧倒する壮大なものだった。城壁の手前には堀があり、水面が陽の光を反射して、白い城壁をさらに美しく飾っているかのようである。
厳しくも美しい城壁の遥か奥には、かすかに白亜の塔が突き出ているのが見える。
城壁の高さ、その塔までの距離を考えると、城の一部と見える純白の尖塔は、この世界に来て見たどの建物よりも遥かに大きいことが分かる。
城門まで続く街道は前世で言えば片側三車線の高速道路並みに幅が広く、高度な地魔法で固められたと思われる石畳は明らかに凹凸が少ない。
その街道の上を多くの人や馬車が行き来しているのは言うまでもないが、人も馬車もその装いがどれも上等であり、なるほど首都に来たのだという感慨を強くしてくれるものであった。
無論、ところどころにコスプレ冒険者軍団……ハンターたちの姿も見える。
「やはり大きいね。サーシリアさんは首都へはどれくらい来たことがあるの?」
「実は少しだけ本部勤務だったことがあるんです。来たのは2年ぶりくらいですね」
「本部勤務は大変そうだね。ロンネスクも相当だけど」
「受付の業務自体はロンネスクの方が多いかもしれません。魔結晶の一大産地ですからね。本部はどちらかと言うと上の職員が忙しい感じです」
「ああなるほど。本部は情報が集まるからね。そっちの処理に追われるのがメインになるのかな」
「よくご存じですね。ケイイチロウさんってハンターになる前はやはりどこかで職員のようなことをしていたんですか?」
「はは、そうだね。商人の真似事をちょっとね……」
さらっと探りを入れてくる敏腕職員の追及をのらりくらりとかわしつつ歩いていくと、城門前までたどり着いた。
堀にかけられた橋の上で、行商人の一行やハンターたちが列をなして入場の検査を待っているので、元日本人の習性でその最後尾に並ぼうとしたら、
「王家の召喚状持ちで、貴族でもあるケイイチロウさんはこちらですよ」
とサーシリア嬢に言われ、数名の儀礼服のような軍服を着た衛兵の下に案内された。
彼らははじめサーシリア嬢のほうに注目をしていたが――キラキラ超絶美人が近づいてきたら当然そうなる――俺が王家の召喚状を見せると、貴族に対する礼をして、すぐに門を通してくれた。
なるほど王家のゲストや貴族は別扱いというわけである。なお名前を何度も確認していたので、ここを通る人間はチェックされ、然るべきところに「誰誰が到着した」という連絡が行くのだろう。
門をくぐると、そこはロンネスクを倍くらいの規模にしたような、非常に洗練された街並みが眼前に広がっていた。
大通りの左右に軒を並べる建物はその形状こそ雑多ではあるが、どれもが4~5階建ての大きなもので、壁は白を基調としたものが多く、全体として統一感がある。
店を飾る看板や窓枠などは精緻な文様で飾られ、またショーウィンドーを備えた店舗などもあり、かなり文化文明の発展した都市であることが知れた。
街ゆく人々が様々な人種で溢れているのはロンネスクと同じだが、あちらでは見かけたことのない姿の者も大勢いる。
そしてなんといっても首都の景観の極めつきは、通りの遥か奥にそびえる白亜の宮殿、噂に聞く女王の居城、ラングラン・サヴォイア城だろう。
いくつもの複雑な形状の純白の塔が絡み合い、天を摩さんとするその威容は、遠くから見ても圧倒される風格を備えている。
前の世界でもそうはお目にかかれないだろうと思われる荘厳な建築物は、君主制国家が持つ富と権力の集中という現実を強烈に見せつけていた。
「なるほど、これは目を奪われるね」
「ふふ、そうでしょう。初めて首都に来る人は、必ずケイイチロウさんみたいな反応を示すみたいですよ」
「だろうね。あの城を作り出すのにどれだけの年月と費用、技術が費やされたのかを考えると気が遠くなるよ。もちろん見た目の美しさも圧倒的だけどね」
すぐに裏方を考えてしまうのが企業人としての悲しさである。年取ると理屈っぽくなるのはやむを得ないと思うんだが、こんなことを旅行先で言うと家族に嫌われるので要注意である。
「やっぱりケイイチロウさんは変わってますね」
そんなアホな感想をサーシリア嬢はニッコリと笑ってスルーしてくれた。やり手受付嬢は気遣いスキルのレベルが違う。
「とりあえず宿を確保しましょうか。それから協会に行って手続きを済ませて、夜はどこかお食事でもどうでしょうか? 美味しい店もたくさんありますし」
「そうだね。そのあたりはサーシリアさんにお任せするよ」
彼女は恐らく秘書としても超絶有能だろう。もっとも彼女を秘書にしたら、大抵の男は仕事が手につかなくなってしまうかもしれないが。
 




