10章 エルフの里 02
エルフの里の場所は、ネイミリアと初めて出会った『逢魔の森』の湖の周囲を『千里眼』で探索したらすぐに見つかった。
里の建物などは森に紛れて見えないようにカモフラージュされてはいたが、『魔力視』『気配察知』スキルの合わせ技で見つからないものはない。正直これだけでかなりのインチキ能力である。
この世界に転移して森から出る時には何日もかかったが、今の俺にとって『逢魔の森』は無人の野を行くのとなんら変わりがない。
モンスターを蹴散らしながら疾駆すると、その日の夕方には『ニルアの里』の入口付近に到着した。
「そこな旅の人、この里に何用か?」
里に近づくと警備のエルフに声を掛けられた。まあこれは当然だろう。
その2人組はどちらも短弓と短剣を携えた成人の女性で、やはり驚くほどの美形である。
緑と茶を基調とした服は迷彩を意識しているのであろう。が、少しばかり胸元と太もも付近の露出が高くないでしょうかお嬢さま方。
「私はロンネスクでハンターをしております、ケイイチロウ・クスノキと申します。こちらへは里の女性、ネイミリアさんに用があって参りました」
「クスノキ……? もしやネイミリアの御師殿という?」
「御師殿」は死ぬほどくすぐったいのでやめていただきたいが……しかしもしかしたらネイミリアは俺の事を話しまくっているのか?
エルフの里ということで実はかなりの観光気分で来てみたのだが、先行きが不安になる事案である。
「ええ、そのクスノキで間違いないかと。できればネイミリアさんの下まで案内をいただけると助かるのですが」
「あいわかった。ついて参られよ」
手招きするエルフ美人の後を追って、俺はニルアの里に入っていった。
ニルアの里は、スキルで見た限り300人程の集落であるようだ。
木々を利用して木造の家が建てられており、いかにも自然と共生する種族の里、といった趣である。
ただ家の扉などは見事な象嵌や彫刻が施された金属製のプレートで装飾されており、未開の民族という雰囲気はない。むしろ文明レベルはロンネスクに比べても高いのではないかと感じさせる部分もあるほどだ。
人族が珍しいのか、こちらの様子をうかがう人もぽつぽつといる。言うまでもなく全員驚くほどの美形である。
ただ気になるのはどうも女性が多い、というより女性しか見かけないような……男性は狩りにでも行っているのだろうか?
「こちらがネイミリアの家になり申す」
案内の女性エルフが一軒の家の前で足を止める。礼を言うと、彼女はそのまま元の場所に戻っていった。
そういえば彼女の言葉は、子どもの頃祖父に見せられた時代劇を思い出させるものであったが、あれがエルフの外行きの言葉なのだろうか。魔法の名前のセンスといい、なかなかに面白い種族である。
ネイミリアの家は、里の平均的な二階建ての家屋だった。というか、ニルアの里の家はどれもほぼ同じ大きさである。
「ごめんください、クスノキと申します」
ノックをして呼びかけて見ると、奥から気配が近寄ってきて扉を開けた。
「はぁい……あら、人族のお客様とは珍しいわ。いえ、クスノキさんとおっしゃいましたか? ではネイミリアの?」
「あ、え……ええ、そうです。一応ネイミリアさんの魔法の先生のようなことをしておりまして……」
俺が言葉に詰まったのには理由がある。
扉を開けてキラキラオーラと共に姿を見せたのは、暴力的なほど肉感的な肢体を、どう見てもサイズが合っていない服で隠しただけの、息がつまるほど妖艶なエルフの成人女性であったのだ。
「そうですか、ネイミリアは随分と無理を言ってクスノキさんに弟子入りしたのですね」
目の前でお茶を用意してくれているエルフの女性……ネイナルさんはそう言って、困ったような、申し訳なさそうな、そんな顔をした。
ネイミリアの母親である彼女は、見た目は20代中頃に見える妙齢の女性であった。娘と同じ銀色の髪を持ち、ロングヘアを後ろで一つに束ねている。
エルフの例にもれず美人なのは言うまでもないが、長いまつげを持つやや垂れた目は物憂げな雰囲気を醸し出し、口元には隠し切れない色香が漂っている。
血気盛んな若者が相対したら勘違いしてしまいそうな雰囲気が充満しているネイナルさんだが、会話をするかぎり極めて常識的な女性であった。
「しかし魔法に対しては非常に真摯に向き合っていますし、正直彼女が弟子になってくれて、私が助かった部分も大いにあります。礼節を大切にする様子も好感が持てますし、とてもすばらしいお嬢さんだと思いますよ」
そんなことを言っていると、長女の担任との面談を思い出してしまった。
今の自分はまさに担任側だが、まさか異世界で教員の気持ちを理解することになろうとは思いもしなかった。
「ありがとうございます。私もあの娘が雷魔法を習得したと聞いてとても驚きましたわ。もともと魔法の才があった娘ですが、クスノキさんに師事してその才能が一気に花開いたようです。本当にありがとうございます」
「いえ、ひとえに彼女の努力の結果ですよ。私はその手伝いをしただけ……いや、きっかけを作ったに過ぎません。彼女が優秀なのは、すべて御母上の薫陶の賜物であると思います」
「まあ」
両手を頬に当てて照れるネイナルさんは、一児の母とは到底思えない。見た目もそうだが、時折見せる仕草はネイミリアとそっくりで、姉妹と言っても通用する……というか姉妹にしか見えない。
「ところで、私がこちらにお邪魔したのは、ネイミリアさんが戻ると言っていた日にお戻りにならなかったからなのです。なにかご事情がおありでしょうか?」
ようやく本題に入ると、ネイナルさんは居住まいを正してこう言った。
「ええ、実は先日、里の近くの森がダンジョン化しまして、ネイミリアは里の戦士団と共にそのダンジョンに調査に行っているのですわ」
森のダンジョン化……森の一区画が突然閉鎖空間になり、特定の場所からしか進入できない状況になることをいう。
それ以外の場所からその区画内に入ろうとすると、ある程度進んだところで元の場所に戻されてしまう。
そして、その特定の場所……すなわちダンジョンの入り口から進入すると、その先は元の区画より遥かに広い森となっており、通常の森とは比べ物にならないほどモンスターが大量に出現する。
そして恐らくそのダンジョン化した森の最奥部には、ダンジョン化の元凶となる強力なモンスターが待ち構えている。
ネイナルさんの話をまとめるとそのような感じになるようだ。
放っておくと『大氾濫』などが起きるのも『悪神の眷属』のダンジョンと同じらしく、ダンジョン化が確認されたら直ちに対処することが必要だという。
もっとも森のダンジョン化など少なくともここ100年は観測されていないということで、恐らく『厄災』復活の影響だろうということであった。
「そのダンジョンは私でも入ることは可能ですか?」
俺が聞くと、ネイナルさんはちょっと首をかしげ、少し考えるようにしてから口を開いた。
「ええ、問題ないと思います。ダンジョン化した森は別に私達の土地というわけでもありませんし、誰が入ろうとも文句を言える人間はおりませんわ。一応里長には聞いてみますが、駄目とは言わないでしょう。むしろクスノキさんがネイミリアの言う通りの方でしたら、是非ともダンジョンに入って調査をしていただきたいくらいですし」
「ネイミリアさんは私をどのような人間だとおっしゃっているのですか?」
「知勇兼備、剣魔両道の優れたハンターだと言っていましたわ。7等級のモンスターを一撃で討伐する凄腕だと」
「それは……いささか飾りが過ぎるような気がしますが……。しかし分かりました。それでは里長のところへ案内をお願いできますか? すぐにでもダンジョンに入ってみましょう」
俺が立ち上がろうとすると、ネイナルさんはそれを制した。
「いえ、里長はもう寝ていると思います。どちらにしろ今日はもう遅いですし、明日早朝に向かいましょう」
「そうですか……それは仕方ありませんね。それでは一泊できる宿などを紹介していただけると助かります」
「ふふっ、この里に宿などありませんわ。客人は家の主人がもてなすことになっておりますの。今日はこの家に泊っていらしてください」
なるほど、旅人が訪れることなどほとんどなさそうなこの里に宿などあるはずもない。
「夫の部屋だったところが空いてますので、そちらを用意しますわ。夕食も大したものはありませんが用意しますから、今夜はゆっくりとしてくださいね」
「恐れ入ります。しかしご主人のお部屋を使ってよろしいのですか?」
「ええ。夫はネイミリアが小さい頃に亡くなっておりますので問題ありませんわ」
いやだから、それは問題しかない話じゃないですか……。俺は心の中で頭を抱えるのであった。




