8章 騎士団長の依頼(前編) 06
洞窟を出て振り返ると、今いる山の頂から、不気味な赤黒い靄のようなものが広がりながら消えていくのが見えた。
気付くと洞窟は消えており、明らかに何らかの『フラグ』が立ってしまったとしか思えない状況である。
「あれはナニかしら? 街道に変な連中がたむろしてるけど」
メニル嬢が指さす先を見ると、山裾の森の向こうにある街道に、黒い人影のようなものがかなりの数うごめいているのが確認できた。
パッと見て300以上はいるだろうか。
縦横に倍くらいの大きさの影も3体見えるのはリーダー格のようだ。
気になるのはその集団から、先程山から放出されたものに似た赤黒い靄が立ち上っているところだ。
「あれが子爵のおっしゃっていた『奇妙な集団』じゃないか?」
「かもしれんな。どうやら父上の領地の方に移動し始めているようだ」
「あの靄みたいなの、もしかして瘴気ってやつじゃないかしら? すごくヤな感じがするし」
メニル嬢の言葉に、俺はネイミリアの言葉を思い出す。
「ネイミリアに聞いたんだが、『闇の皇子』の軍勢とやらが瘴気をまとっていたとエルフの里長が言っていたそうだ」
「なんと。それでは『闇の皇子』が復活したというのか?」
「どうかしら……ねえケイイチロウさん、その子に聞いてみたらどう?」
メニル嬢に言われて、俺はセラフィを抱えたままだったのを思い出した。
セラフィを下ろして様子を見ると、まだ『精神支配』の上書き状態のままで、目が虚ろであった。
彼女には申し訳ないが、ものを訪ねるには丁度いい。
「答えてくれ。あそこにいる者たちは何だ?」
「……『闇の皇子』……の……兵……です」
「君は『闇の皇子』を復活させたのか?」
『いえ……私は……『闇の皇子』の……兵を借りている……だけ……。『闇の皇子』の……復活は……すでに始まって……います……』
「なに!? それは本当なのか?」
「待って、アメリア姉」
詰め寄ろうとするアメリア団長を制止しつつ、メニル嬢はセラフィに向き直った。
「『闇の皇子』の復活はいつなのかしら?」
『それは……分かり……ません。明日なのか……1年後なのか……』
「貴女は何者なの?」
「私は……『闇の巫』……。『闇の皇子』に……捧げられる者……う、うぅっ』
そこまで答えた時、セラフィは急にうずくまって泣きだしてしまった。
『精神支配』下にあっても抑えきれない感情が彼女の胸の内にあるのであろうか。
どちらにしろ、これ以上の尋問は彼女の精神的ストレスを考えると難しそうだ。
「今はそこまでにしよう。とにかく、あの『闇の皇子』の兵は対処する必要がありそうだ。と言っても3人で戦うしかなさそうだけどな」
俺が言うと、2人は頷いた。
「そうだな。どちらにしろあれをどうにかせねば父上の領にも戻れそうにない。しかし『闇の皇子』の兵か……うむ、面白い」
「あ~あ、アメリア姉の悪いクセが出てきちゃった。まあ仕方ないか、さっさとやっちゃいましょっ」
俺はうずくまったままのセラフィを抱え、トリスタン兵3人に付いてくるように指示を出してから、先を行く2人の後を追いかけた。
山を下り、森を最短で抜け、街道まで出ると、赤黒い瘴気を立ち上らせた『闇の皇子』の兵たちに接近していった。
彼らはいつの間にか隊伍を組み、整然とした動きで子爵領方面に行進していた。
赤黒い禍々しい造形の甲冑で全身を包んだ、巨躯の戦士たちである。
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闇の皇子の兵士(戦士)
スキル:
気配察知 剛力 剛体
不動 闇属性耐性 闇の瘴気
ドロップアイテム:
魔結晶4等級
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闇の皇子の兵士(戦士長)
スキル:
気配察知 剛力 剛体
不動 闇属性耐性 闇の瘴気
ドロップアイテム:
魔結晶6等級
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前者は300体ほどいる個体、後者は3体いる大型の個体だ。
複数体解析したが、皆同じステータスだった。
「この兵はすべて4等級、大型の奴は6等級に相当するようだ。瘴気はスキルで発生させているようだな。効果が分からないから注意してくれ」
俺が情報共有すると、アメリア団長とメニル嬢は少し驚いたように目を見開いた。
「4等級と6等級とは……それが本当であれば、小さな都市など目の前の兵だけで壊滅しかねんな」
「さすが『厄災』ってことねっ。これで実際に『闇の皇子』が顕現したら、いったいどれだけの兵が出現するのかしら」
「恐ろしい話だが、まずは目の前の連中を片付けなくてはな。ケイイチロウ殿は4、6等級相手だとどれだけやれるのだ?」
「全部を相手にすることもできなくはない……かな」
目の前にいる『闇の皇子』の兵は恐らく300体以上、しかし彼らが4等級最上位のオークキング並の力を持っていたとしても、今の俺の相手になるとは思えなかった。
それがこの世界基準で極めて異常だということは薄々自覚しているが……今更彼女たちを相手に隠しても仕方ない。
俺の答えを聞いてアメリア団長がフッと笑う。
「聞くだけ無駄だったか。それならば援護を頼んでいいか? さすがに我が父の領を守るのに、私とメニルが先に出ないというのは問題があるのでな」
「ええ~っ、楽な方が良くない? ケイイチロウさんなら多分一瞬で終わると思うけどなっ」
「ケイイチロウ殿の力を探るのも時を選ぶのだな。いくぞ!」
メニル嬢は俺の方をちらっと見てペロリと舌をだすと、アメリア団長の後について、『闇の皇子』の兵の方に走っていった。
なるほど、『王門八極』である彼女がこの里帰りにわざわざついてきたのは、そういう理由もあったのか。
俺はセラフィを下ろすと3人のトリスタン兵に護衛を命じて、2人の後を追った。
「エターナルフレイム!」
見るとメニル嬢が先んじて大魔法を発動、『闇の皇子』の兵たちの真ん中に巨大な炎の柱が吹き上がる。
灼熱の巨柱はうねりながら広がり、20体ほどの兵たちを焼き尽くした。
それと同時にアメリア団長が接敵、ミスリルの剣で群がる赤黒い鎧兵を次々と切り裂いていく。
俺は少し離れたところから、メニル嬢を狙う兵、アメリア団長の邪魔になりそうな兵のみをメタルバレットで狙撃することにした。
レベルの上がった金属性魔法で生成される徹甲弾は直径が3㎝ほどにもなり、念動力で加速したそれは恐るべき威力で巨躯の兵を四散させる。
メニル嬢が『エターナルフレイム』を2発、3発と続けて発動、魔法の威力を恐れて散開する兵たちをアメリア団長が次々と各個撃破していく。
俺の援護もあって、300体以上はいたであろう『闇の皇子』の兵は程なくして100体以下にまで減った。
焦れたのか、ここで3メートルを優に超える大型の鎧兵が前に出てきた。
一体がアメリア団長に向かって巨大な斧を振りかざして突進する。
が、女騎士の華麗な盾さばきと『縮地』による高速移動によって翻弄され、片足を切断されると同時に首を斬り落とされ黒い霧へと還った。
「スパイラルアローレイン!」
メニル嬢は高速回転する灼熱の矢を連続射出、向かってきていた大型の鎧兵にすべて命中させる。
数本が鎧を貫通しており、それが致命傷となったのかその鎧兵も霧へと還った。
一体は俺に向かってきていたが、付与魔法で赤く輝く大剣で一刀両断にして二体の後を追わせてやる。
残りの鎧兵は任せると言われたので、以前ヒュドラの頭を落とした熱線魔法(エルフ名『炎龍焦天刃』)を横薙ぎにして一掃した。
俺が地面に大量に残された魔結晶をインベントリに吸引していると、アメリア団長とメニル嬢が疲れを見せる様子もなくこちらに歩いてきた。
「う~ん、このメンバーで戦ってると、なんか感覚がおかしくなっちゃうかも」
「そうだな。だがドロップした魔結晶は確かに4・6等級だし、奴らもそれに相当する力はあった」
「そうねぇ。普通の兵だとかなり苦戦しそうよね。あの瘴気、魔法の威力を下げる力があるみたいだし」
「下がってあの威力なのか。我が妹ながら恐ろしいな」
「アメリア姉も前より断然強くなってるよね。でもやっぱり一番ヤバいのはケイイチロウさんの方かな。4等級を一撃とかあのストーンバレット絶対おかしいし、最後のなにあれ、一発で全部真っ二つはさすがにヤバすぎでしょ」
ジトッとした目で下から顔を覗き込んでくるメニル嬢から目を逸らしつつ、俺はじっとしているセラフィを再び抱え上げた。
「子爵領に戻ろう。『闇の皇子』の兵がこれだけとは限らないかも知れない」
「確かにそうだな。急ごう」
「もう、後で絶対教えてもらうからねっ」
まだこのイベントは終わってないよなあ、とゲーム脳な感慨を持ちながら、俺は訳アリ全開のハイレグレオタード少女を抱えつつ、美人姉妹の後についていくのであった。




