7章 王門八極 06
その後再びダンジョン攻略を始めた俺たちは、順調に深部に向かっていった。
ところどころ階段状になっている地形があり、次第に地下深くに潜っていく感覚があるのがいかにもダンジョンという感じである。
モンスターは奥の方から次々ととめどなく溢れてくるのだが、この国の最高戦力2人と天才魔導師エルフ少女とインチキイージー野郎の4人パーティの前には敵になるはずもなく、ひたすらドロップアイテムに変化させられていった。
実は密かにトラップなどを警戒して周囲を『解析』しまくったりもしていたのだが、特に人為的なトラップはないようだった。
というか自然発生的なダンジョンに人為的なトラップという発想自体が間違っていたのかもしれない。
もっとも、おかげで『罠察知』なるスキルを手に入れたのだが。
そして進むこと数時間……俺たちは、岩壁ばかりの洞窟ダンジョンには明らかに不似合いな金属製の扉の前にいた。
その縦横5メートル程もある大扉は、表面になにやら生理的嫌悪感を催すような文様が施されており、『この先ダンジョンボスの部屋、装備は大丈夫か? アイテムの用意は? セーブはOK?』と俺に訴えかけてくる。
「これは奥に大きいのがいるね」
クリステラ少年が言うように、扉の向こう、ずっと奥の方に巨大な気配がある。
新しく取得した『魔力視』スキルを使うと、その気配の魔力の密度が桁違いに高く、しかもその魔力が触手のように周囲に広がっているのが分かる。
気になるのはその魔力の質が他のモンスターと微妙に違うことだ。
他のモンスターのそれを乾いた魔力とするなら、この扉の奥にいるモンスターのそれは、じっとりと湿っている……いやむしろ粘りつくようなねっとりした魔力と形容できるかもしれない。
「皆さん気を付けてください。この奥にいるモンスターは普通とは違う魔力を持っているようです。通常とは異なる力を持っている可能性があります」
それ以上の詳細は分からないが一応警告をしておく。報連相を欠かさないのが勤め人のたしなみである。
「クスノキさん、魔力の違いが分かるの?」
「ええ、何となく、ですが」
「もしかして『魔力視』スキルかしら。それも珍しいスキルねっ。後で教えてもらうことが増えて困っちゃう!」
ボス部屋を前にしても変わらないメニル嬢を見て「やれやれ」と言いながら、クリステル少年が俺に目を向けた。
「とりあえずの先制攻撃は避けて、様子を見た方がいいってことかい?」
「その方がいいと思います」
「わかった、その意見を取り入れていこう。さて、準備はいいかな?」
皆で頷くと、クリステラ少年が巨大な扉を押し開けた。
そこは岩壁に囲まれた大きなホールになっていた。
床面積はサッカー場ほどで、天井までは10メートル以上ありそうだ。
その奥、サッカー場で言うなら相手方のゴールがある場所に、『それ』は鎮座していた。
一言で言うなら、頭部がまるまる人の顔になった超巨大タコ……とでも言えばいいのだろうか。
縦5メートルはあるだろう頭部の下部、首に当たる部分から、吸盤の付いた無数の触手が生えている。
その触手がウネウネと動いているのも生理的な嫌悪感を誘うが、その頭部が人間の胎児のそれであるという部分がさらに不気味さを増大させている。
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悪神の眷属(幼体)
スキル:
絶叫 精神支配 気配察知
剛力 剛体 再生
火・水・風・土属性耐性
闇属性魔法
ドロップアイテム:
魔結晶8等級
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なんと『穢れの君(分霊)』に続いて『厄災』関係者第2弾である。
これで少なくとも2つの『厄災』の顕現が近いことが確定してしまった。
しかし今はそれよりも、目の前の『悪神の眷属』が持つスキル、『絶叫』『精神支配』が気になる。
前者は音波による攻撃とかだろうが、後者は明らかにある予感を掻き立てる。
これは多分『敵に操られた仲間と戦う』というシチュエーションだぞ、と、子どもの頃読んだ少年マンガの記憶がささやいているのだ。
「すごく不気味……ですね」
ネイミリアがつばを飲む。
色々なモンスターを見てきたが、確かにここまでグロテスクな造形のものは初めてである。
「『悪神の眷属』だそうだ。特に気になるスキルは『絶叫』『精神支配』『闇属性魔法』だな。どうやら精神攻撃を得意とするモンスターのようだ」
「何? 君はいったい何を言っているんだい?」
俺の言葉にクリステラが反応する。
「私は敵のステータスが分かるのです。申し訳ありませんが、今はそれしか言えません」
本当は秘匿したい能力だが……こういう場面で情報の共有を怠るという選択肢は存在しないだろう。
「クスノキさんって、次から次へと新しい話が出てきて本当に飽きないわねっ!」
「今はそういう場面じゃないだろう、メニル。しかし精神攻撃というのがどんなものか分からないが、恐らく闇属性の魔法だろう。残念ながらボクは闇属性の耐性を持っていない。厄介だな」
「それはワタシも同じね。近寄ると危険かも。ここから魔法で攻撃してみる?」
「そうしましょう。ネイミリアも行けるね?」
「はい師匠っ」
3人で揃って魔法を発動する。
属性同士で威力を相殺しないよう、使用するのは同じ『火焔岩槍』最大出力。
赤熱した丸太のような槍が3本ごうと飛んでいき、巨大な胎児の顔に突き刺さる――その瞬間
アビャアアアァァァッ!!!
大きな口を開き、胎児の顔が奇怪な叫び声を上げた。
咄嗟に耳を塞ぐ俺たち4人、見えたのは着弾直前でかき消された3本の魔法の槍。
「『絶叫』スキルは魔法無効化なのか!? ウォーターレイッ!」
ワイバーン、ガルムを一撃で仕留めた魔法、しかしそれも『絶叫』と同時に、胎児の顔の前面に見えない壁でもあるかのように掻き消される。
同時に『悪神の眷属』が、無数の触手をくねらせながら滑るようにこちらに向かってくる。
「属性の問題か!? ホーリーレイソードッ!」
『神聖魔法』と『光属性魔法』を組み合わせた、密かに作っておいた新魔法を射出、しかしそれも『絶叫』の前に無効化された。
どうやら物理攻撃しか効かない敵ということらしい。俺は大剣を構える。
そこで聞き慣れた電子音。
俺は瞬間的にそれが何を示しているのかを理解し、『縮地』で一気に距離を空けた。
3人のパーティメンバーから――俺が一瞬前までいた場所に2本の魔法の槍が撃ち込まれ、鋭い剣撃が叩きこまれていた。
やはり思った通り、『精神支配で操られた仲間と戦う』シチュエーションは不可避だったらしい。
俺は『悪神の眷属』と『操られた仲間』に挟まれ……盛大に溜息をついた。




