21章 聖地と聖女と 03
翌日公爵閣下に『魔王』討伐の報告をすると、その後数日は久しぶりにフリーになった。
もちろんロンネスク周辺の狩場には前にも増して異常が発生しており、可能な限り俺たちもそれに対応した。
なぜかネイナルさんもすぐには里に帰らずそれを手伝ってくれたのだが、彼女の魔法の腕は間違いなく確かであった。
ただ彼女と一緒に歩いていると他のハンターたちから殺気のこもった視線を向けられるのだが……ネイナルさんの姿は嫌でも男の目を引くから仕方ないのだろう。
「親娘両方に手をだしたのかよ……」
「こりゃもう『節操なし』だな」
「さすが3段位エゲつねえ」
という心ない言葉も協会にいると聞こえてくるのだが……働きすぎの空耳だと自分に言い聞かせることにする。
さてそんな数日間であったが、聖女3人組と会わないなと思っていたら、彼女たちは首都のアルテロン教総本山に呼び出されたらしい。
教会の馬車で行くところを3人で走っていってしまったらしいのだが……彼女たちもついに高レベル者の仲間入りをしたのだとしみじみ感じる次第である。
それはともかく、どうやら例の『教会関連イベント』が動き出したらしいと思っていると、果たしてアシネー支部長に呼び出された。
「ケイイチロウ様もついにアルテロン教会の上層部にまで目をつけられたようですわね」
支部長がそう言うとおり、いつものソファで渡された手紙には「首都の大聖堂まで来られたし」との依頼の文があった。
「そうなのでしょうか? どうやら私に依頼をしたいようではありますが」
「教会が外部の、それもハンターに依頼をすることなど滅多にありませんわ。ロンネスクの教会は特別ですが、総本山である大聖堂が依頼をするなどわたくしも聞いた事がありませんもの」
「なるほど」
と頷いてみたものの、女王陛下から聞いた話を考えれば、何となく俺が呼ばれるのは理解できる。
「それでお受けになりますの? もちろん強制ではありませんから、断ることも可能ですけれど」
「聖女リナシャやソリーンが関わっていることでしょうから、とりあえず行って話だけは聞いてきますよ。この手紙の差出人は教皇猊下であるとほのめかされていますので、さすがに断るのは貴族としても問題あるでしょう」
と言ったが、本音は「どうせ強制イベントで避けられないから」である。
「それでは仕方ありませんわね。ケイイチロウ様がようやくロンネスクにお戻りになられたのに、また首都に行かれるのはつらくはありますが」
腕を取って胸に押し付けるこの支部長のスキンシップもさすがに慣れてきたな。
平気なふりをする俺を見て、支部長はちょっとつまらなそうな顔をした。やっぱりからかっているのだと再確認する。
しかし直後に美しすぎる顔を近づけるゴージャス美女。真紅の瞳が魅力的ですね。さすがにそれはまだちょっと胃が痛くなりますよ。
「ところで、大聖堂には大聖女様がいらっしゃるそうですわ。そちらにも興味がおありではありませんの?」
「えっ、いや、それは……ああ、確か以前聖女ソリーン様が口にしていたような……でも今支部長に言われるまで忘れていました」
「あらそうですの? それならお気を付けくださいませ。大聖女様は教皇猊下のお孫様でいらっしゃるそうですから、何かあったらさすがに女王陛下でもおさえきれませんので」
いやなんで俺が「何かする」前提なんでしょうか。今までそんなトラブル一回も起こしてないと思うんですが……。
というわけで俺は再び首都を訪れた。
もともと高レベル者特権で2日かからず到着する距離だが、転移魔法のお陰でもはや移動したという感覚すらないのはありがたい。
しかしこの魔法を使えるという事実が公になれば、色々な方面から狙われかねないということは忘れてはならないだろう。
そう考えると、女王陛下と公爵閣下の強い後ろ盾があるというのは心強い話である。
ともあれ今回呼ばれているのは俺だけであるので、単身でアルテロン教の大聖堂へと向かった。
サヴォイア城から見て南西にある大聖堂は、前世の海外旅行で見たそれと似たような雰囲気を持つ、白を基調とした壮大な建物であった。
見事に手入れをされた前庭が広がり、広い石畳の道が聖堂の入り口に続いている。
そこを行き来する人間は多く、半数は敬虔な信者、半数は観光客といった感じであろうか。
開放された入り口から大聖堂の中に入ると、そこはステンドグラス越しの光あふれる大ホールになっていた。奥は祭壇前に長椅子が並ぶ礼拝所になっているようだ。
俺が案内の神官に取次ぎを頼もうかと思っていると、
「あっ、クスノキさんやっぱり来たんだ!」
と声が聞こえ、修道服風ドレスを着た金髪少女、聖女リナシャが小走りに近寄ってきた。もちろん魔人族の聖女ソリーンと竜人族の神官騎士カレンナルも一緒である。
「やあ3人ともお疲れさま。とりあえずどこに行けばいいか分かるかな? 教皇猊下に拝謁する予約を取らないといけないと思うんだけど」
「多分すぐ会えると思うよっ。大聖女様も来たらすぐに会いたいって言ってたし」
「え、大聖女様?」
リナシャたちによると、どうも大聖女様がパレードで俺を見て興味を持ったらしい。
そしてリナシャたちに俺について話を聞くうちに、直接依頼をしたいという話になったようだ。
つまり今回の手紙は教皇猊下ではなく、大聖女様からのものだったということだ。
そんな話を聞かされながら、リナシャたちに大聖堂の奥に引っ張っていかれた俺は、応接の間と思わしき部屋に案内された。
上品な調度品がしつらえられた部屋でリナシャたちと10分ほど話をしていると、ノックとともに扉が開いた。
入って来たのは、側仕えらしき若い女性神官を従えた、純白の長衣を着た1人の女性。
「初めましてクスノキ名誉男爵様。私はメロウラ・ハリナルスと申します。アルテロン教の大聖女などと呼ばれております。どうぞお見知りおきください」
「ケイイチロウ・クスノキと申します。名誉男爵位を賜ってはおりますが、今はロンネスクでハンターをしている身にございます。この度は大聖女様にお目にかかれて光栄に存じます」
俺はそう返しながら、リナシャやソリーンより少し年上に見える、床にまで届くほどの黒髪にキラキラオーラ流れる大聖女様に一礼をした。




