21章 聖地と聖女と 02
教会の件も気にはなったが、もちろん何の関わりもない一介のハンターがいきなり「教会の腐敗分子の調査と、聖地の奪還の手伝いに参りました」というわけにもいかない。
というか面倒ごとに自分から顔を突っ込むのはさすがに論外である。
向こうから話が来るまでは放置して、俺はネイナルさんや勇者パーティとともに、いったんロンネスクに帰ることにした。
もちろんこっそりと転移魔法での移動である。
前世で青いネコ型ロボの出す道具を見ながら感じていたことだが、瞬時に遠距離に転移できる能力というのは、パラダイムシフト……世界の枠組みすら変えかねない飛びぬけて危険な能力である。
勇者パーティや『凍土の民』の前では使ってしまった以上、完全な秘匿はもはや不可能だが、この能力については女王陛下や公爵閣下など、極一部の人間にのみ伝えることにした。
聖女一行は教会に向かい、俺とネイミリア、ラトラとエイミとネイナルさんは久々の我が家に向かった。
さすがに公爵閣下やアシネー支部長への報告は明日にしてもらおう、と思っていたら、夕方サーシリア嬢とともに支部長とアメリア団長までやってきた。
どうも『魔王』討伐の話はすでにロンネスクに伝わっていたらしく、ハンターの誰かが勇者パーティを見かけたと騒いだらしい。
もしかしたら勇者パーティの面々は、今後は前世の芸能人のような扱いをされるのかもしれない。凱旋パレードではすでに多数のファンが生まれていたようだし。
まあそんなわけでその夜は7人のキラキラガールズが集まって軽い祝宴となったわけだが……もちろん俺はそのキラキラ圧に耐えられず、部屋の隅でアビスと戯れていた。
「ラトラちゃんはすごいですわね、この短期間で魔王を倒すまでに成長するなんて。わたくしもそこまでの方は1人を除いて見たことがありませんわ」
「いえっ、わたしが強くなったのはご主人様のおかげなのでっ」
少し酒の入ったアシネー支部長がラトラの頭をなでている。
ゴージャス吸血鬼美女と猫耳勇者の組み合わせは絵面としてレアすぎるのだが……それとなく猫耳を触ったりして……あっ、アビスの毛皮が最高だから噛まないでね。
「ネイミリアちゃんもこれですっかり有名人になっちゃったね。最初から魔導師としては飛びぬけていたけど、今はもうそれどころじゃないみたい」
サーシリア嬢が言うと、肉を頬張っていたネイミリアは「んぐっ」のどを鳴らして飲み込んでから、首を横に振った。
「私も師匠のおかげで強くなれたので。師匠が教えてくれた魔法がとにかく強いんです。でももっと強くなりますから」
「うふふっ、ネイミリアちゃんは魔法の腕でも私を追い越しちゃったのね。弓がダメなのは同じだけど」
「私は弓に興味がなかっただけだから。お母さんとはちょっと違うと思うよ」
まあネイミリアも体型的には弓を射るのに向いてない気もするが。
とか思っていたら、エルフ少女に半目で睨まれた。イエドコモミテマセンヨ?
「『聖弓』で『邪龍』を討伐したのだからネイナル殿の弓の腕は素晴らしいと思うのだが、謙虚でいらっしゃるのだな」
アメリア団長が言うと、ネイナルさんは娘と同じように首を横に振る。
「いえそれは『聖弓』の力とケイイチロウさんのお陰です。私は弓を持っていただけで、後ろからケイイチロウさんが全部やってしまった感じですわ」
「ふむ。私も弓は得意ではない方なので、ネイナル殿が苦手というのも分からなくはないのだが……」
確かにラトラ以外は弓を射るには向いていない女性ばかりですね。などとここで言ったら俺はロンネスクにいられなくなるだろうなあ。
と自虐ネタ(?)でひとり盛り上がっていると、アシネー支部長が急にテーブルの上に身を乗り出した。
「クスノキ様が後ろから手助けをしたというのはどのような感じでしたの?魔力と体力を補助したというのは聞いているのですけれど」
「はい?それはこう、後ろから手を回して、両手を補助する感じで……」
「まあ、そこまで密着してのことでしたの? クスノキ様は背中に手を添えるだけとおっしゃっていましたのに」
「あの時の師匠は少しくっつきすぎだったと思います」
えっ、なんか知らないうちにまた冤罪が!?
「いや、あの時は仕方なかったんだよ。ネイナルさんも緊張してたみたいだし、魔力を送るにもあのやり方が一番やりやすかったんだ」
「ふぅ~ん」
いや、なんでそんな白い目で見るかなあ。まあ自分の母親に色目を使う男がいたらそんな態度になっても仕方ないのかもしれないが。ただ間違っても俺はネイナルさんに下心はないからね。
「まあケイイチロウ殿のことだからそこは仕方ないとして、やはり『厄災』討伐に関してはケイイチロウ殿の功績は非常に大きいようだな」
アメリア団長なにか大切な部分をさらっと流しましたね今。
「すでに子爵が内定しているように聞いているが、今回勇者一行を率いての活躍を考えればさらに上の爵位も考えられるのではないか? 陛下からお話はなかったのだろうか」
「確かに最低伯爵にはしないと合わないとは言われたよ。ただ、今そんな爵位をもらっても動きがとれなくなるからね。先送りにするって話になっているよ」
「なるほど。卿は『厄災』をすべて相手にするつもりなのだな?」
「どうも自分にはそれをできる力があるみたいだからね。誰かがやらなければ大勢が犠牲になるというならやるさ。それに『邪龍』にしても『魔王』にしても、俺は手助けをしてるだけだし。評価されるべきはネイナルさんやラトラたちだよ」
「私だってケイイチロウさんが一緒だから戦ったんですよ。1人だったら逃げていたかもしれません」
「ご主人様がいなかったら『魔王』は絶対倒せてなかったと思います」
「師匠のそういうところだけは私すごく尊敬します」
インチキ野郎なのであまり偉そうなことは言えない身だが、それでも感謝されたら素直に受け取るべきだろう。ただネイミリアさんは素直に誉めるように。
「ところでケイイチロウさん、今回の魔王討伐では、何か新しい出会いはなかったんですか?」
新しい料理を出しながら、サーシリア嬢がいきなりそんなことを言う。
目つきが急に鋭くなるアシネー支部長とアメリア団長。
「『凍土の民』の人たちとは出会いをしたと言えるかな。彼らも『魔王』に巻き込まれて大変な立場だよ」
「四天王の女性の方はどうなったんですか?」
「ああ、バルバネラは今後『凍土の民』を取りまとめることになるんじゃないかな。形としては敗戦国みたいな扱いだから、賠償とか大変だと思う」
「この家に来たりはしないんですか?」
「へ? いやそんなことにはならないよ」
「師匠、リルバネラちゃんのことは言わないんですか?」
ネイミリアがそう言うと、支部長と団長の目つきがさらに鋭さを増す。
「ああ、バルバネラには小さい妹さんがいてね。人質になっていたから大変だったみたいだ。助けられてよかったよ」
「小さい子なんですね?」
「そうだね、10歳くらいかな。最初は避けられてたみたいだけど、なんとか誤解が解けたんで助かったね」
「さすがにケイイチロウさんもその歳の娘には興味はありませんよね?」
どうしてそこで疑わしそうに見るんでしょうかサーシリアさん。さすがにそれを疑われるのは前世から考えても初の経験である。
「あるはずないってそんなこと――」
と言いかけて、忍者少女のエイミがジトっとした目で俺を見ているのに気付いた。
そういえば、あの夜エイミはまだ寝ていなかった。とすればもしや、エイミは俺がリルバネラに『お礼』をもらっているところを見ていた……?
もしそうだとすると恐ろしい誤解をされている可能性が。それだけはマズい、俺の立場が全て吹き飛びかねない。
俺は背中に嫌な汗がしたたり落ちるのを感じながら、どうやって王家の密偵を納得させようかと頭をフル回転させていた。




