20章 → 21章
―― アルテロン教 首都大聖堂 教皇座所
白を基調とした清潔感のある部屋に、純白の長衣と司祭帽を身に着けた老年の男性が佇んでいた。
彼は目じりのしわを深くしながら、窓外に広がる首都の街並みを見下ろしていた。
少し離れたところにそびえる白亜の城、その城門へと続く大通りでは今、盛大なパレードが行われている。
軍楽隊による音楽と群衆の喧騒とが一塊になって、男性のいる部屋にまで届いていた。
その遠い響きに混じって、コンコン、と控え目に部屋の扉が叩かれた。
男性が入室を促すと、部屋に入って来たのは、同じく純白の長衣を来た女性であった。
「失礼いたします。教皇猊下、ただいま戻りました」
「おお大聖女メロウラ、意外に早いお帰りですね。もう少しパレードを楽しんで来るかと思っていましたが」
「人いきれがすさまじく、長居をすることもはばかられましたので。それでも聖女ソリーンと聖女リナシャの様子は見ることができました。見目も麗しく、勇者の供としても申し分のない立派な様子です」
「うむ。『穢れの君』の分霊の封印に続き今回の魔王討伐、ロンネスクの聖女は貴女の言う通り素晴らしい資質を持つようですね」
「私は神のお告げを伝えただけで、彼女たちの資質を知っていたわけではありません。しかし彼女たちはお告げにあった以上に強い資質を持つようです。彼女たちの助力があれば、あるいは聖地の『穢れ』を祓うことができるかもしれません」
「2人の聖女については、すでにこちらに来るよう手配は済んでおりますよ。彼女たちに十分な力が備わっていて、なおかつ『聖地』を清めることができれば、貴女もようやく大聖女の位を譲ることができますね。貴女も心無い言葉を聞き流すのにお疲れでしょう?」
「大聖女という地位はそれなりに意味があるものですから、任期を過ぎてもしがみついているのでは何を言われても仕方ないと思っています」
「大聖女の位を譲れない理由が明白であるにもかかわらず、欲に目がくらんだ者は聞く耳を持ちません。嘆かわしいことです」
「そういった方たちと関係があるかどうかは分かりませんが……勇者誕生のお告げを他所に流したものがいると耳にしましたが?」
「ええ、それに関してはそれとなく王家より苦情がきておりましたよ。この不祥事については私の不徳の致すところではありますが……どうやら欲深い者は想像より多いようです。彼らが目先の利に走っただけならばまだいいのですが、民に仇なす行為におよぶならさすがに見過ごせません」
「そうは言っても、決定的な事態が生じない限りどうすることもできないのではありませんか?」
「その通りですね。経典には疎くても、奸智には長けたものは多く……私の至らなさのせいでもありますが、破門をするにも相当の理由が必要ですので」
「……そのことで一つ、新たな啓示のようなものがありました」
「ほう、それはどのような?」
「『聖地に3人の聖女が集いし時、生ある穢れ、生なき穢れもまた集う』というお言葉です」
「生ある穢れ、生なき穢れ……、色々と推測はできそうですが、貴女は前者が欲深き者たちを示していると考えているのですね?」
「そうではないことを祈っております」
「ふむ……後者は『穢れの君』と関係があると考えた方が良さそうですね」
「ええ、そちらは私も同意いたします。もし聖地で『穢れの君』が現れるのなら、相応の準備をしないとなりません」
「問題は、神官騎士団を束ねるホスロウ枢機卿の動向ですね。無論『穢れの君』の調伏には力を尽くすでしょうが……」
「いっそのこと、彼の推す聖女を大聖女にしてしまってもよいのではないでしょうか? 『穢れの君』さえ封印できてしまえば誰が大聖女になっても問題ありませんし」
「ふふ……っ、久しぶりにメロウラの無茶を聞きましたね。ですが大聖女の資質がありそうなロンネスクの2人を無下にするわけにもいきませんよ。彼女らが大聖女となるのを望まないなら話は別ですが」
「確かに。それともう一つ気になることが」
「なんでしょう?」
「パレードで見た勇者たちの姿は、私が夢に見た勇者一行そのものだったのですが、1人だけ夢に出てこない者がいたのです」
「ほう」
「背の高い男性だったのですが、どうもパレード中もなるべく目立たないようにしている様子でした」
「ふむ、それは恐らく勇者一行の教導を任されたというクスノキ名誉男爵でしょう。3段位にある凄腕のハンターで、先日の『邪龍』の討伐や、『穢れの君』の分霊の封印にも功があったと聞いています」
「クスノキ名誉男爵……。不思議ですね、それほど力があり、『厄災』にも強く関わる人間がお告げにも夢にも現れないとは」
「なるほど、それが事実なら確かに不思議ではあります。気になるならロンネスクの聖女たちにお話を聞いてみてはいかがでしょう」
「そうですね。どのような方なのか少し興味がありますし、聞いてみることにします。私の力が及んでいないだけなのかも知れませんし」
「ええ、そうしてください。メロウラが直接お話をするには、クスノキ名誉男爵は少し問題のある人物らしいですから――」




