20章 凍土へ(後編) 05
「ほう、余を前にしても逃げぬか。『王門八極』と言ったか、なるほど相応の強者ではあるようだな」
俺たちを見下ろす壮年の男は、朗々とした声でそう言った。
「だが貴様らが勇者一行を騙った偽物であることに変わりはない。忌々しい勇者どもは余の策によって死に絶えたのだからな」
「ご主人様、魔王は何を言って……?」
ラトラが何か言おうとするのを手で制する。
「ククク、勇者が健在と思わせれば余が退くと思ったか。それとも貴様らごときが余を討てると思ったか。いずれにせよ底の浅い策よ」
魔王の声には愉悦の響きがある。自分の策が的中し、相手の策を見抜いた……と本気で思い込んでくれたようだ。
この魔王の思い込みに無論理由がある。
実はグリューネン司令官に、一つの情報を流してもらっていた。
それは「勇者パーティの安否は不明だが、偽の勇者パーティをでっちあげて魔王を牽制する。勇者パーティに扮するのは『王門八極』がその任にあたる」という情報である。
もちろんそれは一部の幹部のみに伝えられたのだが、自然とベルゲン大佐の耳にも伝わるようにしてあった。
その情報が魔王まで伝われば、むしろ魔王の方から『偽の勇者パーティ』、すなわち俺たちに接触してくるだろう――というのは、この策が一番うまくハマったときのパターンであり、今それが現実のものとなっているわけだ。
「皆、耳を塞げ」
俺は魔王を無視し、皆が耳を閉じたのを確認して、胸元に抱いているリルバネラの耳を閉じてやる。
――ミスリルジャケット弾射出。
音速の数倍の初速を与えられた200の弾丸は、はるか上空から衝撃波と共に瞬時にそれぞれの目標に着弾。すべての7等級モンスターが消滅する。
「えっ!? すっご……」
リナシャが絶句し、ソリーンが目を見開いて口を覆っている。その横でなぜかネイミリアは腕を組んでウンウン頷いている。
「何ッ!? 何が起こったというのだッ!」
馬上、ではなく犬上の魔王は突然の事態に狼狽を隠そうとしない。
自らの策に溺れる敵は得てしてこういう反応をとりがちである――というのは前世のメディア作品群の通りのようだ。
「よし、魔王を倒すぞ。皆ローブを脱いで戦闘っ!」
「はいっ!」
俺は同時に『炎龍焦天刃』にて魔王騎乗のケルベロスを両断して消滅させる。
落馬……落犬するかと思われた魔王だが、6枚の翼を広げ空中にとどまった。
「なッ!? 貴様らは勇者一行!? 我が策を逃れたというのか!」
「ネイミリアっ!」
「はいっ!『雷閃衝』っ!」
魔王の言葉を遮るように、ネイミリアの雷魔法がほとばしり、空中の偉丈夫に直撃する。
同じ『厄災』でも『奈落の獣』は回避したが、『魔王』はそこまでの運動能力はないらしい。
「ぐおっ! この魔法はッ!?」
魔王が体勢を大きく崩す。雷属性はやはり『厄災』にとっても未知の魔法のようだ。
「ソリーン!」
「はいっ!スプレッドセイクリッドランス!」
5本の聖なる炎槍が、いまだ空中に漂う魔王に突き刺さる。
それでも致命傷には程遠いだろうが、魔王を地上に引き下ろすには十分だった。
「ぬうッ、これも余の知らぬ魔法かッ! 一体何が起きている!?」
辛うじて地上に降り立った魔王は、青黒い長剣を片手にこちらを睨みつけた。
その双眸には怒りとともに、隠し切れない戸惑いが見て取れた。
「魔法休むな!前衛前へっ!」
「はいっ!」
ネイミリアとソリーンが聖炎槍を連射する。
それを援護として、勇者ラトラと聖女リナシャ、神官騎士カレンナルが前に出る。
俺は小口径のメタルバレットを大量生成、周囲一帯に浮遊させ、魔王や他のモンスターに対応できるようにする。
魔法撃で動きの止まった魔王に、前衛組が斬りかかる。
戦士系のカレンナルとリナシャが左右から連続攻撃、暗殺者系勇者ラトラは後方から急所を狙う。
「ぐおッ、貴様らァッ! バルバネラッ! モンスターどもをけしかけよッ!」
防戦一方の魔王は、至る所に傷を負いながらも最後の四天王に向かって叫ぶ。
ケルベロスを従え、蝙蝠の翼をはためかせ飛んでくる女悪魔バルバネラ。
彼女は俺の顔を認めると目を大きく見開いた。
「アンタ、死んだんじゃなかったの!?」
「約束は守るよ。リルバネラ、お姉さんだよ」
リルバネラのローブを取ってやり、地面に下ろしてやる。
少しだけボーっとしていたリルバネラだが、ふと空を見上げ、そこに肉親の姿を認めたようだ。
「お姉ちゃん!バルお姉ちゃん!」
「リルっ!」
バルバネラは地上に下りてきて、妹・リルバネラを抱きしめる。リルバネラも精一杯背伸びをして姉にすがりつく。
うむ、姉妹感動の再会だな……と言いたいところだが、それどころではない奴がいる。
「バルバネラッ! 貴様やはりその男と通じていたかッ!」
勇者パーティの波状攻撃を受け、すでに満身創痍に近い魔王である。
単体でも実力は『魔王の影』の力を考えれば相当に高いはずだが、すでに勇者パーティは魔王攻略レベルに達しつつあるらしい。
ラトラの持つ『聖剣ロトス』の力もあるようで、ラトラが攻撃した部位は明らかに回復のスピードが遅い。
ちなみに魔王は隙を見て剣を振ろうとしているのだが、俺がメタルバレットを放ってそれを阻止している。
「バルバネラ、他の人質も無事だ。こちらにいる『隠棲派』の兵士を止めてくれるか?」
俺が言うと、妹の頭をなでていたバルバネラは、涙目になっている顔を上げた。
「分かったよ。後ろの軍はアタシが止めるから、魔王様を……いや、魔王を倒しちまってよ。そしたら『魔王派』の奴らも止まるからさ」
「ああ、そうしよう」
バルバネラはリルバネラを腕の中に抱いたまま飛び上がって、従えていたケルベロスの背に乗った。
そのまま後方の軍の方にケルベロスを走らせる。
見ると、モンスターの大群が急に同士討ちを始めていた。
どうやら魔王配下のモンスターにバルバネラ配下のモンスターが攻撃を仕掛けたようだ。
なるほどこれはありがたい。後は魔王を討伐するのみだ。
「うぐッ、まさかここまで完全にしてやられるとはッ!貴様はやはり理を外れた存在か!」
魔王は虫の息になりながらも俺を睨みつける。ヒットポイントが1割を切った感じだろう。
ということは、そろそろ『アレ』が来るはずだ。
「たああっ!」
『聖剣ロトス』の切っ先が魔王の胸から突き出る。ラトラが背後から魔王の心臓を貫いたのだ。
「ウグオッ!!」
魔王の口から大量の血とともに断末魔がほとばしる。六枚翼の偉丈夫は、剣を手離し地に膝をつき、天を仰ぐようにしてその場に崩れ落ちた。
今のがとどめになったようだ。1段階目の、だが。
「皆魔王から離れてこっちにっ!」
俺が叫ぶと、少女たちは一瞬戸惑ったような顔を向けたが、すぐに従って集まってきた。
「ご主人様、魔王はまだ消えてません!」
ラトラの言はもっともだった。だがまあ、恐らくここから先は強制イベントだ。先程の攻撃でとどめになっていない時点で間違いない。
「ウグ、ウググググゥゥッ!!」
朽ち果てたように膝立ちになっている魔王が、急に不気味な唸り声を上げ始めた。




