20章 凍土へ(後編) 04
俺が勇者パーティを引きつれて塁門前に行くと、そこにはなんと『王門八極』の四人、ツインテ魔導師のメニル嬢、青いイケメン細剣使いアンリセ青年、黒い鎧の戦士クリステラ嬢、そしてドワーフ戦士のガストン老が勢ぞろいしていた。
彼らが司令官の言う「信頼できる部下」ということなのだろう。
「みんな頑張ってねっ! できる限り援護はするから安心して大丈夫よ!」
「まさか本当に帰ってきているとはね。砦の方は僕たちに任せてもらっていいから、存分に戦ってきてくれ」
「アンリセの言う通りこっちはボクらに任せてくれ。7等級までなら通さないつもりさ。それ以上はクスノキにお願いするけどね」
「本当に小さいお嬢ちゃんまで連れて行くんじゃな。絶対に生きて戻ってくるんじゃぞ」
女王国を代表する強者に見送られるとは、まさに勇者の出陣という感じである。
勇者ラトラが「はいっ、はいっ」と返事をしながらちょっと目を潤ませているのがいかにもそれらしい。
『王門八極』のことを知らない幼女のリルバネラだけはきょとんとしてそれを見つめている。
「では門を開けてもらうが、お主らが出たらすぐに閉めるでの。覚悟はいいか?」
ガストン老の言葉に皆が頷く。俺が「頼みます」と言うとガストン老が指示を出し、門が重々しく少しだけ開いた。
「よし、じゃあ行こうか。だいたいのことは俺がなんとかするから、皆は魔王に集中してくれ。成り行きによっては俺の『瞬間移動』スキル、もしくは『転移魔法』を使うから、その時はすぐ集まれるように」
「はいっ」
もう一度皆の顔を見る。多少の緊張はあるものの特に問題はなさそうだ。
リルバネラ以外は俺が『邪龍』を退けたことを知っているから、魔王軍がどれだけ大軍でも問題ないと思っているのかもしれない。
「おっとその前に皆これを着てくれ」
俺はインベントリから茶色いローブを人数分取り出す。フード付きの、いかにも正体を隠すときに着るようなアレだ。
俺が全員に手渡すと、ネイミリアが首をかしげた。
「どうしてこんなものを着るんですか?」
「ちょっとした策を仕掛けていてね。そのために、魔王軍の前では少しだけ正体を隠したいんだ。俺がいいというまでは着ていてくれ」
「師匠が言うなら着ますけど……」
全員がローブを羽織り、フードを被るのを確認する。
『エイミ、これから砦の外に出る。ベルゲン大佐が動いたら連絡をくれ。もし先に戦闘が始まってしまったら連絡はできなくなるから、その場合はそっちの判断で動いてくれ』
『了解しました。ご武運を』
『精神感応』でエイミとも連絡をとり、これで後はやることをやるだけだ。
「では出陣!」
俺の掛け声とともに、勇者パーティは塁門をくぐって外に出た。
10メートルほど歩いていくと、背後で門の閉まる音。
しかし皆、その音に振り向くことすらしない。
なぜなら眼前には、なかなかに威圧的な光景が広がっていたからだ。
「すごい数ですね師匠。『邪龍』の時もこの世の終わりかと思いましたけど、これも同じくらいのすごさです」
『邪龍』の時は固まっていたネイミリアだが、さすがに『厄災』との遭遇も二度目となると慣れるらしい。
となりで同じく二度目のラトラも頷いている。
一方で一度目の聖女主従3人はちょっと固まってしまったようだが、これは仕方ないだろう。
なにしろ地平線を埋め尽くすような数のモンスターが平原の向こうから迫ってきているのだ。
ぱっと見人型のモンスター、イエティやオーガが中心のようで、ところどころに中型の獣型モンスター、マンティコアやグリフォンなどが見える。
ぽつぽつと巨大な影がいるのは7等級クラスだろう。ヒドラやガルムといったモンスターのようだ。
奥に見える三つ首の巨大犬はケルベロスだが、そこに魔王軍四天王のバルバネラと魔王もいるのだろう。
「クスノキ様、リルバネラちゃんが……」
少し震える声でそう言ったのは聖女ソリーンだ。脇にいてその身体に抱き着いているのは『凍土の民』の幼女リルバネラ。
魔王軍の圧倒的な威容を見て、足どころか全身が竦んでしまったようだ。
俺はリルバネラの目の前に行き、膝を折ってフードの中の顔を覗き込む。
リルバネラの大きな瞳は恐怖に震えていて、焦点が合っていないようにも見える。
うん、これは俺のミスだな。いくら何でもいきなり『厄災』本体の目の前にポンと出されて平気な子どもがいるはずがない。
「リルバネラ、あのモンスターの群の向こうにお姉さんがいる。これから俺がそこまで君を連れていく。あれくらいのモンスターは敵にならないから安心してくれ」
リルバネラは小さく首を横に振る。まあそうだろうな。あそこに突っ込むと言われてうんと言える子どもはいないだろう。
さてどうするか。無理矢理力ずくでというわけにもいくまいし、ここは魔法で心を落ち着かせるしかないか。
あまりやりたくはないが背に腹は代えられない。
『闇魔法』を弱めに『鎮静』の効果が出るように念じて使うと、リルバネラの全身の震えが止まったように見えた。
「落ち着いたかい?」
首を縦にこくんと振る。目がちょっと虚ろな気もするが、もう闇魔法は解いたのでじきに戻るだろう。
「リルバネラちゃん大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫そうだ。彼女は俺が背負おう。手伝ってくれ」
俺が背負おうとすると、リルバネラはなぜか正面から首に抱き着いてきた。
もしかして『闇魔法』の後遺症か……とも思ったが、この方が背負うよりいいかもしれない。
俺は片手でリルバネラを抱き上げ、片手にオーガの大剣を握る。
後は敵中突破して魔王とバルバネラのもとに行くだけだが、できればその前に……
『クスノキ様、ベルゲンが動きました。『吸魔の器』を破壊するのではなく、魔結晶を程度の低いものと取り替えたようです』
なるほど動力源をこっそり入れ替えて出力を下げる方法をとったのか。
ある意味穏便とも言えるが、動力源というのは原因が特定しずらい(しづらい)だけに悪質でもある。
コピー機が誤動作すると思って大騒ぎして業者呼んだら、単にコンセントの間に分岐タップ挟んでて電力が足りないだけでした、なんて前世でもあったんだよな。
『たった今ベルゲンをおさえました。取り替えた魔結晶もおさえましたので、証拠も問題ありません。身柄はグリューネン司令に引き渡します』
『よくやってくれた。『吸魔の器』の再起動ができそうならやってもらってくれ。ベルゲンの部下や、それ以外に間者がいて口封じをしないとも限らない。引き続き警戒を頼む』
『再起動は問題ないそうです。口封じの阻止も了解しました。クスノキ様は諜報の世界にもお詳しいのですね』
いやいや、単に前世のメディア作品の受け売りだから、とは言えないので『そんなことはないよ』と言っておく。
さて優秀な忍者少女のおかげで懸案事項が片付いたので、後は魔王をどうにかするだけだ。
「よし、エイミの方の仕事が片付いたみたいだから遠慮なく魔王軍を叩こう。俺の後についてきてくれ」
「はいっ!」
魔王軍は先程より距離を詰めていた。目測で300メートルほどだろうか。
モンスターの唸り声が波のように押し寄せて、まるで物理的な力を持つかのようにこちらを圧してくる。
俺はその圧を左右に流しながら、雪がうっすら積もる平原をまっすぐに歩いていく。
ちょうど正面のモンスターの群の奥に3頭のケルベロスが見える。このまま進めば魔王とバルバネラにあたるはずだ。
不意に唸り声が大きくなる。正面付近のモンスターが俺たちを感知したようだ。
だがモンスターたちが勝手に俺たちに向かって走ってくる様子はない。
なるほど確かに『凍土の民』や『魔王』によって召喚され、指揮下にあるモンスターたちのようだ。
俺はインベントリから生成済みのミスリルジャケット弾を取り出し、念動力で上空に固定する。
その数は『邪龍』討伐時と同じ200。ざっと数えたところ7等級は50体程度だが、ヒュドラもいるのでちょうどこれで殲滅できる程度の数である。
背の高い7等級モンスターはともかく、オーガなどに対して水平射撃をするとモンスターの群を貫いてその向こうの凍土の民も無差別に着弾してしまうので、7等級以外は通常の魔法で対応する予定である。
『千里眼』と『並列処理』スキルを使って7等級モンスターすべてにロックオン。
しかしまだ射出はしない。
じりじりと迫る魔王軍。
その後方にいたケルベロスが一頭、モンスターをかき分けて前に出てくるのが見える。
背には青黒い鎧を着た6枚翼の偉丈夫の姿。
予想通り、初めに魔王が前に出て来たか。
ベルゲン大佐の行動に呼応するつもりならば、真っ先に魔王が出てきて『四属性同時発動魔法』で砦の壁を破壊するというのはむしろ必然だろう。
魔王を乗せたケルベロスはゆっくりと前に進み出てきて、俺たちの前で止まった。
背後で皆が息を飲むのが分かる。
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魔王
スキル:
剛力 剛体 不動
四属性魔法(炎・水・風・土)
四属性同時発動 転移魔法
気配察知 物理耐性 魔法耐性
魔力上昇 魔力回復 並列処理
瞬発力上昇 持久力上昇
縮地 高速飛行 再生 回復
ドロップアイテム:
魔結晶12等級
魔王の剣
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どうやら本体で間違いないようだ。策を弄するタイプの『厄災』とはいえ、3度目の正直は通用したらしい。
一安心しつつ、俺は『魔王』の次の動きを待った。




