20章 凍土へ(後編) 03
その翌日は、朝から魔王軍のモンスターによる攻撃があった。
とはいっても、
「せいぜい5等級が何体かいるくらいだからキミたちが出る必要はないよ。ボクたちに任せておいてくれ」
というクリステラ嬢の言に従って、俺たちは多少そわそわしつつも部屋にとどまっている。
とはいえ何もないということもなく、砦の兵たちがモンスターと小競り合いをしている最中に、エイミが『精神感応』で話しかけてきた。
『クスノキ様、聞こえますか?』
『ああ聞こえる。何かあったか?』
『ベルゲンが動きました。どうやら『吸魔の器』の場所を探っているようです』
『やっぱりか。そのまま探らせておいてくれ、邪魔する必要はない』
『もし『吸魔の器』に何かしようとしたらいかがしましょう?』
『止めなくていい。ただし何かした時点でその場で取り押さえて俺を呼んでくれ』
『分かりました』
なるほど今までの小さな襲撃は『吸魔の器』の場所を探るための陽動なのかもしれないな。
襲撃があれば必ず『吸魔の器』の起動準備で人が動く。それを追跡して場所を探るということなら、ますます魔王とのつながりが感じられる話だ。
『クスノキ様、ベルゲンは『吸魔の器』の場所を確認したようです。そのまま何もせず去っていきました』
『分かった。恐らく場所が確認できたことを誰かに知らせるだろうから、その様子を見逃さないでほしい』
『了解しました。そのような動きがあるとすれば夜でしょう。では』
こういう予想通りの動きをされると、前世の経験から絶対そのまま行くはずないと思ってしまうのだが、こちらの世界ではどうもすんなりことが運ぶんだよな。
そう思いつつ、俺は部屋の中で思い思いに過ごしている勇者パーティに声をかけた。
「みんな、明日が決戦になると思うからそのつもりでいてくれ。エイミは今の任務を離れられないからそれも忘れないように」
「はいっ。でもご主人様はどうしてそんなことがお分かりになるんですか?」
ラトラが『聖剣ロトス』を胸に抱きながら俺のところに来る。
「エイミが調べてくれてることとか、今の状況を考えてそう判断したんだよ。それより明日は大軍がくるだろうから覚悟はしておいてくれ」
「もし7等級8等級が出てきたら師匠が討伐するんですよね?」
ネイミリアが少しワクワク顔なのは、また俺の魔法が見られると考えているからだろう。
「そのつもりだけど、俺たちの最優先目標は魔王だからな。それ以外は『邪龍の子』を倒した魔法で片づけるつもりだ」
「ええっ、あの魔法地味すぎてつまらないです。師匠専用魔法みたいだから見ても使えるようになるとは思えないですし」
「お前なあ」
俺が頭をこつんと叩くとネイミリアは舌を出して笑った。
これはもしや長男が言っていた「てへぺろ」という奴だろうか、キラキラ美少女エルフがやるとあざとすぎてめまいが……。
とか思ってたら、聖女二人が俺のところにずざっという感じですべり寄ってきた。
「クスノキさん、最近ネイミリアちゃんとの距離が近いと思うんだけどっ」
「私もそう思います。やっぱり一緒に暮らしているからですか? そうなんですか?」
そう言うリナシャ様とソリーン様の距離も今めちゃくちゃ近いと思うんですが……。
決戦前に余裕があるのはいいことですが、あまりキラキラ美少女フェイスを近づけられるのも困ります。
俺が聖女2人に責められて(?)いると、それを少し離れたところから見ていたキラキラ幼女リルバネラが
「やっぱり危険……?」
と一言。
ああ、昨日築いた最低限の信頼関係が早くも風前の灯に。
早く魔王を退治してこの勇者パーティを解散させないと。俺の心の平安のために。
翌朝、俺は『朧霞』を使って変装しつつ、作戦室に詰めていた。
魔王軍に動きがあればここに真っ先に報告が来るからである。
もちろん勇者パーティは装備を整えて部屋で待機、エイミはベルゲン大佐の監視続行である。
部屋には数名の将校と『王門八極』のガストン老、そして通話の魔道具に耳を傾けているグリューネン司令官がいる。
と、司令官は通話の魔道具から耳を離して俺に目を向けた。
「魔王軍に動きがあるようだ。どうやら卿の言う通りになりそうだの」
「やはりそうですか。ではこちらも準備をいたします」
「うむ。して奴の方はどうするつもりか?」
『奴』とはもちろんベルゲン大佐のことである。
「昨夜お話した通り、彼の目的が俺の考え通りなら、実行させて現場をおさえます。閣下には気苦労をおかけしますが、結果としてその方がよかろうと思います」
ベルゲン大佐については昨夜のうちにやはり動きがあった。
エイミからの報告では深夜魔道具を用いてどこかと連絡を取っていたらしい。
彼が『吸魔の器』の位置を確認していたこととあわせて考えれば、ほぼ魔王軍と呼応して『吸魔の器』起動を妨害する行動にでるのは確定であろう。
問題はそのことをどう立証するかということだが、嘘を見分ける『審問官』を使うのにもそれなりの理由がいる。最終手段として俺の『闇魔法』もあるが、それは本当に最終手段だ。
だったらもうはかりごとを実行させて現場をおさえてしまえというわけだ。
魔王が『吸魔の器』起動を妨害しようとしているのは、自分が放つ『四属性同時発動魔法』で砦を吹き飛ばすためだろう。
それは俺の方で無効化できるので問題はない。
「卿の言う通りであろうな。膿を出すなら徹底的にやったほうが結局は害も少なかろう。多分に卿の力に頼ることになりそうだがのう」
「予想が当たらないのが一番ではあるのですがね。悪い方の予感は得てして当たってしまうものですので」
「違いない」
司令官はやや複雑さをにじませた笑みを浮かべつつ、再び通話の魔道具を耳に当てた。
その顔が厳しく引き締まるのを見て、俺だけでなく、他の将校にも緊張が走る。
「やはり魔王軍が一斉に動き出したようだ。卿は塁門に向かってくれ。信頼できる部下に話は通じてあるでの。よし諸君、いよいよ決戦の時が来た。各自奮戦せよ!」
司令官の言葉と同時に激しい鐘の音が響いた。魔王軍の進軍が始まったことが砦全体に知らされたのだ。
俺は将校たちに先んじてガストン老と共に作戦室を出た。
ガストン老はそのまま他の『王門八極』の所に向かい、俺は勇者パーティのいる部屋に。
戦場の真っ只中で勇者と魔王が対決するという世にも稀な決戦イベントが、どうやら現実のものとなるようであった。




