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月並みな人生を歩んでいたおっさんがゲーム的な異世界に飛ばされて思慮深く生きつつやっぱり無双したりする話  作者: 次佐 駆人


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19章 凍土へ(前編)  06

翌日の雪中行軍は、途中から雪山登山へと変わった。


目指す魔王城は南以外の三方を峻険(しゅんけん)な山に囲まれた難攻不落の城である。


城を囲む山は当然山脈を形成しているのだが、その山脈はずっと南にまで続いていて、俺たちはその山脈の南端から山に入った形になる。


魔王軍に感知されないように尾根伝いで魔王城まで接近してしまおうというわけだ。


もちろん登山道などない未踏の山々であり、しかも雪山ともなれば縦走(じゅうそう)するなど本来ならただの自殺行為である。


しかしそこはインチキスキル山盛りの俺なわけで、雪で白く偽装した馬車を浮かせつつ、人外のスピードでトレイルランを決めていった。


なお途中でモンスターも出たことは出たが、すべて瞬殺で片づけている。


途中で一泊しつつ山脈を踏破していくと、山間に集落らしき建物の並びが見えてきた。


ちょうど昼ということもあり、俺は平らな場所を探して一旦馬車を下ろした。


馬車を下りた勇者パーティの面々は、身を切る寒さに凍えつつも、眼下に広がる『凍土の民』の集落に目を奪われていた。


ラトラが目を見張ったまま、俺のそばに来る。


「ご主人様、あれが『凍土の民』の国なのですね。本当にこんな寒い所に人が住んでいて、しかもあんなに家があるなんて信じられないです」


「そうだね。俺もこれほどの規模とは思わなかったよ」


白い山脈に抱かれるように広がる『凍土の民』の集落は、規模からすると都市と言った方が近いのかもしれない。


合掌造りのように三角に(とが)った屋根の建物が五百はあるだろうか。


大きな建物もいくつもあり、サヴォイア女王国の小都市と同等以上の人口がありそうである。


「あちらにある巨大な……禍々(まがまが)しい城が魔王城に間違いなさそうですね」


ソリーンが指さす方には、()じれた角がいくつも突き出たような奇怪な形の城が、険しい山に囲まれ鎮座していた。


「これからあそこに乗り込むなんてちょっとドキドキするかも。でもクスノキさんがいれば大丈夫だよねっ」


「リナシャ様、困難はご自分のお力で乗り越えねばいけませんよ。クスノキ様に頼ってばかりでは聖女として示しがつきません」


「ぶ~、そういうカレンナルだって、夜は寒いからってクスノキさんに抱き着いてたでしょ。それって神官騎士としてどうなのかな~?」


「なっ!? 抱き着いてなどいませんっ。身体をつけた方が暖かいというので……っ」


「はいはい。それより行動食を食べるタイミングだよね、クスノキさん」


「師匠、私ちょっとお腹が空きました。師匠も走りっぱなしでお腹空いてますよね。すぐに何か食べましょう!」


「行動食」という言葉にネイミリアが反応する。最近腹ペコキャラ化してませんかね、この魔法マニア少女は。


「わかったわかった」


インベントリから取り出した焼き菓子を配る。山登りの行動食は甘いものが基本なのでそれに(なら)ったのだが、少女たちにはとりわけ好評であった。


嬉しそうに甘味を頬張る勇者パーティを横目に、俺は集落の方にもう一度目を向ける。


遠くから大笛の音が微かに響いてきた。


すると集落の建物から黒い影が何人も出てきて、南の広場らしき場所に向かって集まり始めた。


俺は『千里眼』を発動、何が始まったのかを確認する。


建物から出てきたのは武装した『凍土の民』、そして彼らが向かう先の広場には、モンスターがつながれた荷車が多数。


そしてその広場の中心には見慣れた女悪魔と、6枚羽の偉丈夫(いじょうふ)……『魔王』の姿があった。


「どうやら彼らの出陣が近いようだ。距離があるから砦まで攻め込むには相当な時間がかかるだろうけど、こちらもゆっくりはしてられないな」


「そんな……ついに戦争が始まってしまうのですか?」


ソリーンが反応すると、全員の表情が険しいものに変わる。


「そうならないように魔王城に行ってまずは人質を解放しよう。あとは魔王を倒せればいいんだが……」


気になったのは、恐らく指揮官として出陣するのであろう先程の『魔王』が本物かどうかである。


見た限り以前戦った『魔王の影』と同じに見えたので、もしかしたら本体は魔王城にとどまっているのかもしれない。


ゲーム的思考だと、『魔王』が城の外に出るというのはちょっと考えにくいし。


「……あれ? 師匠、なにか光ってますよ」


考え事をしていると、ネイミリアが集落の方を見て言った。


言うとおり、集落の南端に怪しい紫の光が発生していた。もう一度『千里眼』を発動。


目に入ってきたのは、『凍土の民』の兵士が集まる広場の中央、魔王を中心にして輝く巨大な魔法陣。


俺はその文様に、妙な既視感を覚える。


と、魔法陣の輝きが一段と強まった。溢れる光が兵士や荷車を包み込む。


やがて光が収まると、そこには誰も……何も残ってはいなかった。


「まさか転移魔法!? そうか、あの魔法陣は――」


間違いなく、ロンネスクのダンジョン最下層にあった転移装置に使われていた魔法陣と同じものであった。





俺たちは再び出発すると、可能な限りの速度で魔王城へと向かった。


魔王が使った転移魔法がどこまでの効果を持つのかは分からないが、行軍速度がこちらの想像を超えて早くなるのは間違いない。


出陣の時間が昼という半端な時間であった事を考えれば、一気に北の砦まで転移するのではないと思いたいが……とにかく今は急ぐしかない。


インチキ能力全開でいくつもの山頂を踏み越えて走っていくと、日が落ちる頃には魔王城を見下ろす山の頂にたどり着いた。


「今日はここで一泊しよう。明朝早くに魔王城へ突入するからそのつもりでいてくれ」


「はいっ!」


転移魔法の件もあってか皆の表情は明らかに硬い。決戦前夜ということにもなるのだから緊張しない方がおかしいだろう。


ともかくも今日は休まねばならない。魔王城から見えない場所にテントを張り、皆で中に入り食事を取ることにする。


ラトラが珍しく自分から例のペーストを欲しがったので皿に山盛り出してやる。


決戦前夜の勇者にはこれくらいの贅沢は許されるだろう。


猫耳をぴくぴくさせながら美味しそうに食べつつ、ラトラが聞いてくる。


「ご主人様、魔王城の中はどうなっているんでしょうか?」


「普通に考えればサヴォイア城みたいな構造だろうとは思うけど、もしかしたらダンジョンになっているかもしれないな」


魔王城と言えばゲーム的にはいわゆるラストダンジョンだ。内部が「これ城じゃないだろ」というツッコミ上等な迷宮になっていてもおかしくはない。


「それじゃモンスターとかもいっぱいいるってことですね」


「そうだね。一番奥には魔王がいるんだろうけど、その前には強力なモンスターや四天王がいるかもしれない」


そう言うと、肉を頬張っていたネイミリアが反応する。


「でも魔王と四天王は転移魔法で出撃したんですよね?」


「四天王はあと1人が未確認なんだ。出撃した魔王も、俺が以前戦った『魔王の影』だった可能性がある」


「本物の魔王はずっと城にいるってことですか?あ、でもその方が都合がいいのかもしれないんですね」


「そうだな。ここでラトラが本物の魔王を倒してしまえば、それでかなり解決に近づくからね」


「ところでクスノキ様は第一目標の凍土の民の人質はどこにいるとお考えですか?」


さすがに密偵らしい質問をするのはエイミ。聖女リナシャが「凍土の民の人質って何だっけ?」とかソリーンに聞いているのは見なかったことにしよう。


「イメージ的には地下室とかになるんだろうけど、こればかりは分からないね。多分俺の『気配察知』を使えばだいたいの場所はつかめると思う」


「クスノキ様の『気配察知』は強力ですからね。私のことを察知なさるくらいですから」


と言いつつエイミはちょっと()ねたような表情を見せる。実はずっと俺に察知されていて、しかも首都で『(おぼろ)』スキルを看破されたのがかなりショックだったらしい。


「人質を解放できれば凍土の民の一部と四天王の一人が味方になるはずだ。まずは人質を探すことを優先するから覚えておいてくれ」


「仲間になる四天王って、人質を助けてほしいと師匠にお願いした人ですよね?」


ネイミリアが言うと、ソリーンがはっとしたように俺を見る。


「バルバネラさん……でしたか。とても綺麗な方だったと記憶していますが、クスノキ様にとっては重要な方なのですね」


「まあそうだね。彼女の能力を考えると魔王軍の戦力のかなりを彼女が担っているはずだし、味方になってもらえばそれだけで一気に有利になるからね」


その答えにソリーンは少し安心した風だったが、代わりにリナシャが身を乗り出してくる。


「そうじゃなくって、クスノキさん自身はどう思ってるのバルバネラって人のこと。だってあの時もう一人の四天王はすぐに討伐しちゃったのに、あの人はわざと見逃したよねっ?」


「そうですね。私もそれがちょっと不思議でした」


カレンナル嬢まで頷いているんだけど、そんなに不思議だろうか?


だってキラキラキャラだし、様子を見るのは当然……あ、キラキラは言えないんだよな。


「いやまあ、女性だったし訳ありみたいだったし、ちょっと様子を見てからでもいいかなと思って」


と言うと、なんか全員の視線がちょっと冷たくなったような気がする。あ、このやり取り以前にもやった覚えが……。


「ふ~ん、師匠にとってきれいな女の人は全員訳ありになっちゃうんですね」


「クスノキ様、魔人族で聖女の私も訳ありに見えませんか?」


「わたしも訳ありだからヨロシクねっ!」


「ご主人様が私を助けてくれたのってそういう……?」


「ラトラ、あまり余計なことは考えない方がいいですよ。クスノキ様は誰にでも同じですから」


「訳あり……国を出た竜人族というのは訳ありになりますか?」


いやいや皆さん、ラストダンジョン前ですよ?


先程までの緊張感はどこへ行ったのでしょうか?


いやまあ確かに、今更焦っても仕方ないと言えばそれまでですが……。

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