16章 セラフィからの手紙 07
『贄を捧げよ。余の力を欲するのであれば』
再度声が部屋に響くと、祭壇の向こうにある壁に黒い穴が現れ、そこから一人の男が現れた。
赤黒い兜を被り、やはり赤黒いマントで身を隠した男である。
顔の上半分はバイザーのようなものが下りていて見えないが、朱を塗ったように赤い口元を見る限り若い男のようだ。
「……なにこいつ、気配もなくいきなり……」
バルバネラが鞭を抜いて戦闘態勢を取る。
魔王軍四天王を咄嗟に構えさせるほどの禍々しい雰囲気を、その男は確かに身にまとっていた。
先程のセリフで薄々正体は知れたが一応『解析』する。
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闇の皇子
スキル:
剛力 剛体 不動
四属性魔法(炎・水・風・土)
四属性同時発動
気配察知 物理耐性 魔法耐性
魔力上昇 魔力回復 並列処理
瞬発力上昇 持久力上昇
再生 回復 不死
闇の瘴気 闇の波動
軍勢召喚
ドロップアイテム:
魔結晶12等級
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果たして2体目の『厄災』本体の登場である。
『闇の巫』セラフィは、『闇の皇子』はもう復活間近だと言っていたが、すでに復活していたというわけだ。
いくつか気になるスキルはあるが、『穢れの君』と同じく『不死』スキルをもっているということは、力だけでは倒せないということか。
しかし魔結晶12等級とは……なるほど『厄災』本体本来の力はそれくらいに相当するのだろう。
「あの人……『闇の皇子』……だめ、逃げて……」
幽鬼のように佇む男を見て、シルフィが俺にしがみついた。
「『闇の皇子』だって!? こいつが……!?」
バルバネラが息を飲み一歩下がる。
『その女子が贄なのであろう? 速やかに余に渡すがよい。さすれば汝との取引に応じぬでもない』
『闇の皇子』が一歩前に出る。赤黒い瘴気がその身体から立ち上る。
「取引とはどういうことだ?」
『異なことを聞く。贄を捧げるは余と取引をなすため。汝ら下僕にはそう伝わっているはず』
なるほど、トリスタン侯爵の目的は『闇の皇子』との直接取引だったのか。
しかし自分の娘の命を対価に『厄災』との取引とは、自分も親であっただけに信じられない話ではある。
「悪いがお前と取引をするつもりはない。この娘も贄にはしない。諦めて立ち去ってくれ」
「アンタなに言ってんのさ……!?」
焦ったように詰め寄るバルバネラ。俺はそれを片手で制止する。
『余の力を恐れぬは蛮勇か無知か、それとも愚昧ゆえか。そちらの『魔王』の従者は余の恐ろしさを解しているようであるがな。もう一度言おう。その女子を贄に差し出すがよい』
「断る。帰ってくれ」
『……愚かな』
『闇の皇子』は、その赤い唇から溜息に似た声を漏らした。
同時にマントの中から赤黒い瘴気が一気に広がり、部屋全体に充満した。
その瘴気がところどころ密度が高まっていくと、それらは『闇の皇子』の兵士たちの姿へと変化する。
現れたのは大型の鎧剣士、6等級の『戦士長』タイプおよそ30体。そして大型の鎧騎士、7等級の『騎士長』タイプ5体。
あの並んでいた石像が変化したのであろう、隣の部屋から同じ『戦士長』タイプがさらに20体ほど入ってきた。
なるほどこれが『軍勢召喚』スキルか。『闇の皇子』は自身ではなく軍勢に戦わせるタイプの『厄災』なのかもしれない。
『戦は物量が肝要。数の前には何者も圧されよう』
『闇の皇子』がマントの中から片腕を出し俺たちに向けた。
『鏖殺せよ』
その声と共に、『闇の皇子』の兵が一斉に動き出す。
「どうすんの……?」
「バルバネラ、ちょっと飛んでいてくれ」
「はぁ!?」
俺が頼むとバルバネラは一瞬だけ何か言いたそうにしていたが、背の羽をはばたかせ天井付近まで飛び上がった。
「『セイクリッドエリア』」
俺は部屋に充満する瘴気を神聖魔法で払う。
魔法の威力が減殺されることがなくなったところで、熱線魔法『炎龍焦天刃』を横薙ぎに一回転。もちろんシルフィは片腕に抱いたままだ。
上下に両断された『闇の皇子』の兵がすべて黒い霧になって消滅する。
『なぐッ!!』
『闇の皇子』本体はさすがに真っ二つにはならなかったが、胴が半分ほど切り裂かれたようだ。
口から赤黒い血を流し、前かがみになっているマント姿の男。
『下僕がこれほどの力を持つなど……!? 貴様は何者か……!?』
中堅企業の中間管理職です、と言えば信じてくれるのだろうか。
そんなことを考えながら、追加で神聖魔法と光属性魔法を念動力で収束した『聖龍浄滅光』を放つ。
俺の手から放たれた光の柱が『闇の皇子』を直撃し、その体を崩壊させていく。
しかしやはり完全に消滅させることはできないようであった。
いくら魔法を浴びせても、兜をつけた頭部だけは消滅することがない。
俺が魔法を停止すると、宙にとどまっている『闇の皇子(頭だけ)』はこちらを睨んだ。
『この力……小賢しいエルフどもの魔法か……。だが此度は負けぬ……必ずやすべての地を我が瘴気で満たしてくれよう……。余は不滅……闇ある限り……』
黒い穴が『闇の皇子(頭だけ)』の下にいきなり広がり、兜付きの頭はその穴に落ちるように吸い込まれていった。
どうやら逃げたということらしい。
「……やっぱアンタヤバすぎるね。『闇の皇子』相手にあんな一方的に……」
そばにバルバネラが下りてきた。その目には恐れと……少し別の感情が浮かんでいるように見える。
「……まあでも助かったかな。さすがに『闇の皇子』は相手にできないしね……」
「そうだな。直接戦ってもかなり強いだろうし、厄介な相手かもしれないな」
「……厄介な相手って……。アンタにとっては『闇の皇子』すらそのレベルの相手なんだね……」
「そういう意味ではないんだが……しかしやはり『闇の皇子』を倒すには、特別な何かが必要みたいだな」
『穢れの君』や『魔王』同様、やはりイレギュラーである俺だけでは倒せないようになっているらしい。
「あの、クスノキ様……『闇の皇子』、倒したの?」
俺の腕に抱えられたままのシルフィが俺の顔を見上げて聞いてきた。
しがみついたままなのは、まだ『洗脳の上書き』の後遺症が抜けていないからだろう。
「いや、完全に倒せてはいないみたいだ。シルフィは『闇の皇子』の倒し方を知ってたりしないかい?」
俺がそう聞いたのは、「シルフィは『闇の皇子』に対する切り札』だと先程バルバネラが口にしたからだ。情報の出所は『魔王』らしいが。
「え? ううん、分からない。ごめんなさい……」
「ああいや、いいんだ。知らなくて当たり前だからね」
しゅんとするシルフィを俺がなだめていると、それを見てバルバネラが怪訝な顔をする。
「……ねえ、その娘ちょっとヘンじゃない? さっきまでとなんか違うような気がするんだけど」
「え?」
言われて俺もシルフィに再度目を向ける。
金色の髪も、可愛らしい顔も、年齢不相応に大きい胸……はどうでもいいが、特に変化はないように思える。
「……っ! 羽だよ羽、色が変わってんじゃん……」
「羽?」
見ると、シルフィの背にある翼は白……白?
確かさっきまで翼の色は黒だったはずだ。双子の姉のセラフィも父親のトリスタン侯爵も翼は黒だった。
「え……っ? どうして白いの……?」
シルフィは翼を広げて確認するが、白くなった翼を見て本人も動揺しているようだ。
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名前:シルフィ トリスタン
種族:有翼人 女
年齢:13歳
職業:光の巫女
レベル:13
スキル:
四大属性魔法(火Lv.3 水Lv.3
風Lv.3 地Lv.3)
算術Lv.3 滅魔の法Lv.6
称号:
光にかしずく者
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思わず『解析』してしまったが……
いやいや、なんで職業が変化しているんでしょうか。
しかも『光の巫女』って、これ絶対に『闇の皇子』を倒すための人物的なアレですよね。
『降魔の法』スキルも『滅魔の法』に変わってるし、ほぼ確定的ですねこれは。
しかしなぜ急にそんな変化が起きたのか、『フラグ』的なものはなかったように思えるのだが。
「シルフィ、翼の色が白になったこと以外で、身体に何か変わったところはあるかい?」
「え?う……ん、特にないと思う。けど、ちょっと身体全体が暖かいっていうか、ぽかぽかする感じはする」
「それはいつからなったか分かる?」
「ええと……クスノキ様に魔法をかけてもらった時……?」
魔法? 生命魔法ならセラフィにもかけたが彼女に変化はなかったな。
他にあるとすると……『魔力譲渡』か?
「ちょっといいかな、魔法ってこれかい?」
シルフィの背に手を当てて、翼越しに『魔力譲渡』を試す。
「……んっ……そう、これ。身体がぽかぽかする。クスノキ様の力なんだ……」
シルフィがまた俺に抱き着いてくる。『上書き』の後遺症があるとはいえ、彼女は少しセラフィより幼い感じがする。
しかしなんというか、俺の『魔力譲渡』でキラキラキャラの『覚醒』イベント発生とか、久しぶりにイージーモードを見た気分だ。
そういえば勇者パーティや騎士団、エルフたちの訓練指導をしていた時も『魔力譲渡』は多用していたが、そのせいで成長が促進されたとか……まさかないよな?
その後ダンジョンを脱し坑道を抜け外に出ると、ちょうど夜中であった。
先行して撤退していったヨザリク氏たちの姿はすでにないが、遠くに数人の気配があるのは見張りを残していったからだろう。
こちらの姿が闇に紛れる夜であったのは幸運だったかもしれない。
「……アタシは帰っていいんだね?」
「ああ、見つからないように帰ってくれ。気をつけてな」
そう言うと、バルバネラは「やっぱり変な奴……」と言い残して飛び去っていった。
「クスノキ様、あの方はいったい……?」
「そのことなんだけど、実はちょっとシルフィにお願いがあるんだ」
俺は首をかしげて不思議そうな顔をするシルフィにいくつか口裏を合わせるようにお願いして、見張りの下に向かった。




