16章 セラフィからの手紙 06
「おい、今魔王軍四天王って言ってなかったか!?」
バルザック青年が声をあげると、ハンター全員が祭壇の部屋の方に目を向ける。
兵士たちの向こう、祭壇の上にあのダウナー系女悪魔が立っているのが見えた。
「あの女、確かにそう言ったな。本当なのか?」
「見た感じそれっぽい感じだね。マジだったらヤバいんじゃないのかい?」
ヨザリク氏とソネーア女史が反応する。魔王軍四天王はやはり有名な存在らしい。
「なっ、ケルベロスだとッ!? ハンターッ、こちらへ来いっ!!」
大隊長が叫ぶ。バルバネラが召喚したらしい三つ首の巨犬が3体、祭壇の脇に出現していた。
しかし伝説の8等級モンスターが3匹では、機に敏いハンターが動くはずもない。
ハンターたちの視線を受けてヨザリク氏が叫ぶ。
「隊長、そいつは無理だっ! この戦力じゃ相手にならん! そいつの言うことを聞いて下がれっ!」
「貴様っ、命令だぞっ!」
「無理なものは無理だ! 死にたいのかバカヤロウっ!!」
1段位ハンターの怒鳴り声に兵士の間に動揺が走る。彼らも勝てないことなど分かっているはずだ。
「くそっ、後退するっ!!」
「待ちな。供物は置いていけと言ったはずだよ……」
バルバネラが『スパイラルアロー』を乱れ撃ちする。
よく見ると兵士の間をうまく狙って『ある人物だけ』を分断するように着弾させている。無駄な殺生はしないところに彼女の本質が垣間見える。
「いかんっ! シルフィ様をお守りしグハッ!!」
大隊長がこちらの部屋に吹き飛ばされてきた。鎧の一部が帯状にえぐれているのはバルバネラの鞭に打たれたからだろう。
幸い息はまだありそうだ。後退してきた兵士が生命魔法で回復させている。
「撤退っ! 急げっ」
ヨザリク氏が代理で指揮を取る。この辺りはさすがにベテランの元パーティーリーダーだ。判断が早いのも見事である。
兵士やハンターたちは脇目もふらず4階層への階段を駆け上っていく。
「俺がしんがりを受け持つ、先に行けっ」
両脇から大隊長を抱える兵士たちに声をかけ、俺は祭壇の部屋の方に向き直る。
そこには小柄な兵士……シルフィだけが棒のように立っていた。付き添っていた灰魔族もすでに撤退したらしい。
しかしバルバネラのおかげで見事なまでに都合のいいように状況が動いてくれた。
この恩を仇で返さなければならないのが残念でならない。
全員が4階層へ撤退したのを確認し、俺は祭壇の部屋に入っていった。
「……なんだいアンタ、死にたいのかい?」
鞭を鳴らすバルバネラの方に歩いていきながら変装……『朧霞』を解除する。
「……なっ!?アンタはこの間の……勇者もどき!?」
「勇者もどき? 俺はロンネスクのハンター、クスノキだ」
目を剥いて驚く紫髪の女悪魔、魔王軍四天王バルバネラに俺は再度自己紹介をした。
警戒心剥き出しのバルバネラだったが、俺に戦う意思がないと分かるとケルベロスをすべて送還し、祭壇の台座に腰かけた。
「……で、アンタの目的はなんなの? そこに立ってる供物……お嬢ちゃんかい?」
「そうだ。彼女を連れ帰ることが俺の目的だ」
俺がそう言うと、バルバネラは忌々しそうに舌打ちした。
「……ちっ、アンタが出張ってきたんじゃどうにもならないね。魔王様もアンタには手を出すなとおっしゃっているからね……」
「随分と評価されてるんだな」
「魔王様の影を倒したんだろ? アンタ、ウチらの間じゃ要注意人物の筆頭だよ……」
「ああ、確かにそうなるか。ところでバルバネラがここに来た目的は、魔素とあの子……シルフィか?」
ダメもとで聞いてみたが、意外にもバルバネラは素直に頷いた。
「……まあね。『厄災』のダンジョンは魔素を集めるには最適だからね。あの子を連れ帰るのも任務の一つだよ」
「なぜあの子を狙う?」
「『闇の皇子』を操る切り札になるとか何とか。詳しくは知らされてないよ……」
「ふむ……」
『魔王』が『闇の皇子』に対する切り札を欲しがる、ということは『厄災』同士は別に仲がいいわけでもないようだ。
「操る」と言っていたということは、『魔王』は『闇の皇子』を利用しようとしていたのかもしれない。
俺が一旦会話を切ってそんなことを考えていると、バルバネラは探るような目をこちらに向けた。
「それでアンタはどうするのさ? あの子はアンタに譲るよ。それでアタシは見逃してもらえんの? それとも捕まえてまた尋問する?」
「ん? ああ、そうか捕まえるって選択肢もあるのか、考えてなかったな」
この状況を作ってくれたせめてもの恩返しに最初から逃がすつもりではあった。
それに力ずくで捕まえると、彼女が仲間になるフラグが立たないような気がするんだよな。
「……余計なこと言っちまったね」
「安心してくれ、君をどうこうするつもりはない」
「……なんでさ?」
「君とはもっと別の状況で話をしたい。そうしないといけない気がするんだ」
「なに言ってんのか分かんないけど、見逃してくれるならそれでいいよ……」
バルバネラが肩の力を抜いたので、俺は彼女の側を離れた。
祭壇から離れたところで棒立ちになっている少女、シルフィの前まで移動した。
ダボダボの兵士の制服に身を包み、背に黒い翼を持つその少女は、瞬きすら忘れたような無表情で立っている。『洗脳』を受けていた時のセラフィと同じような状態だ。
顔を見ると双子の妹らしくセラフィと瓜二つだった。
流れるような金色の髪、下ろした前髪の下にあるのは、幼さの中に高貴さを漂わせる顔立ち。もちろん全身にはキラキラオーラが舞っている。
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名前:シルフィ トリスタン
種族:有翼人 女
年齢:13歳
職業:闇の巫
レベル:13
スキル:
四大属性魔法(火Lv.3 水Lv.3
風Lv.3 地Lv.3)
算術Lv.3 降魔の法Lv.6
称号:
闇に仕えし者
状態: 洗脳
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『解析』するとステータスもセラフィとほぼ同じ、『闇の巫』で『洗脳』状態にあるのも同様である。
セラフィと違ってハイレグレオタードじゃないだけマシか……と思ってよく見ると、首元にはレオタードっぽい襟口が見える。これが『闇の巫』の正装だとしたら『闇の皇子』は間違いなく変態である。
早速『精神感応』と『闇属性魔法』を混合して、『洗脳』を上書きしていく。
「あ……ああ……う……ぁ……わたしは……クスノキ様に従います……」
「……え、アンタもしかして闇属性使えんの? そんな女の子を言いなりにして……キモっ……」
背中越しに俺の心を抉る言葉が……多分ゴミを見るような目もセットだろう。
「違うから、これは彼女の洗脳を解いてるだけだからな。上書きしてから解除するんだ」
俺が『闇属性魔法』を解除してもシルフィはしばらくボーッとしたままだったが、次第にその瞳に意志の光が灯りはじめる。
「あ……え……? わたし……何して……ここどこ……? あなた……クスノキ様? わたしの……ご主人様……?」
「……やっぱり解除してないじゃん。アンタそんな歳の娘が好きなんだ。この間つれてた娘たちも結構若かったよね。やっぱキモ……」
「いやこれは闇属性魔法の後遺症で……」
俺が言い訳をしていると、首をかしげて俺を見ていたシルフィがふらふらと近づいてきて、俺の胸に顔をうずめるように抱き着いてきた。
「ご主人様……怖い……怖かった……です。暗くて……何かに……見られてて……」
どうも『洗脳』されていた時の感覚がよみがえってきたようだ。この反応もセラフィの時と似ている。
俺は黒い翼の上から背中をポンポンと叩いて落ち着かせてやる。
「ああ、大丈夫だよ。俺は君のお姉さんのセラフィに頼まれて君を助けにきたんだ。今君にかけられてる暗示を解いたから、少し怖い感じが残っているだけだよ」
「はい……セラフィ……セラフィはどこ? 母様は……?」
「セラフィもお母上も家で待ってるよ。これから連れていってあげるから安心してね」
「……どう聞いても人さらいの言葉だし。ヤバいねアンタ……」
いや、さらおうとしてたのはそっちだよね? 冤罪もはなはだしいんですが。
「本当……? お願い……お家に……あ、ああ……っ」
バルバネラに脳内で反論していると、シルフィが急に体を震わせ始めた。
身体を支えてやり、生命魔法をかけながら『魔力譲渡』を使って魔力を流し込んでやる。
この現象には見覚えがあった。
『闇の巫』の力を吸い上げて『闇の皇子』の軍勢を召喚する、そんなプロセスが強制的に起動している時の現象だ。
『闇の巫』の力というのが何なのかは分からないが、どうせ魔力が関係しているのだろうと思って『魔力譲渡』も使ってみたわけだ。
どうやら当たりだったらしく、シルフィの震えはすぐに収まっていった。
「……ちょっと何が起きたのさ。アンタまた何かしたの……?」
「いや、今のは――」
『下僕よ、なにゆえ余の邪魔をする。贄を捧げるため参ったのであろうに』
その時部屋の奥から、脳に直接しみこんでくるような、奇妙な力をともなった若い男の声が響いた。




