16章 セラフィからの手紙 05
3階層への階段まではそれほどの難もなく到着した。
1段位の4人はもちろん、残り8人のハンターも全員が2級以上であるため3~4等級のモンスターならそれほど問題にならない。
幕営は領軍の兵たちが行なってくれた。基本戦っているのはハンターだから当然と言えば当然ではあるが。
「領軍の速度が少し遅い気がしないかい?」
食事を取っている時にそう言ったのは、1段位ハンター紅一点のソネーア女史。30前後の美人である。
「あれだけの人数だからな、この狭い通路じゃ仕方ないだろ」
もう一人の1段位、大柄なバルザック青年が答える。
「そうかねえ。ここでも兵士が固まってるのが気になるのよね。誰かを守るみたいに動いてる気がするよ」
「そうだとしても俺たちには関係ないだろ?」
「まあね、でもちょっと気持ち悪いからさ」
さすがに1段位ならこの不自然さには気付くか。確かに兵士たちは明らかに俺たちからシルフィを隠すように動いていた。
「ところでスミスは大した腕だけど、名前は聞いたことないのよね。いったいどのへんで活動していたのさ」
「そうだな、そっちの方は俺も気になった。これでも顔は広い方なんだがな」
ソネーア女史とバルザック青年が揃って俺の方を見る。それに対する答えはすでに考えてある。
「ロンネスクでずっと森に籠り組さ。協会には換金以外はほとんど顔を出してないから知ってる奴は少ないはずだ」
「ロンネスクって逢魔の森かい? なるほどそれなら納得できるかもね」
「その腕ならあの森に籠れるか。結構稼げんだろ?」
「まあそこそこな。奥に行って死にかけたこともなくはないけどな」
「やっぱり奥地はキツいのかい?」
「5等級が集団で出るし6等級も珍しくないからな。さすがに一人はヤバい」
「逢魔の森に一人で入ってる時点でヤバいけどね」
ソネーア女史が肩をすくめる。
そこにリーダーのヨザリク氏が加わってきた。
「そういやロンネスクには3段位がいるって話じゃないか。スミスは知ってんのか?」
「いや、会ったことはないな。噂は少しだけ聞いたが」
とぼけつつ、俺は脇腹のあたりがムズ痒くなってくる感触を覚える。本人の前で自分の噂話をされるのは拷問に違いない。
「そうか。首都でも活躍したとかで結構な噂が立ってたけどな」
「あ、それ聞いたことあるわね。強いけど女癖が悪いとか。ついたあだ名が『美女落とし』」
「なんだそりゃ。どんな男なんだ?」
バルザック青年が身を乗り出す。娯楽に乏しいこの世界では、噂話は貴重な憂さ晴らしだ。
「さあ? でも強いのは確かみたいよ。昇段審査で『黒雷』ローゼリスを手玉に取ったとか」
「ホントかそれ? 『黒雷』っていったら『王門八極』とタメはれるハンターだろ?」
「そう言われてるわね。しかもその『黒雷』も落としたって話だし」
「『黒雷』なら本部で一回見たことあるがすげえ美人だったな。だがかなりの男嫌いで有名だと思ったが」
ヨザリク氏の言葉に俺は頷いてしまう。彼女を落とすなんてとんでもないデタラメである。彼女は俺のことを「ご主人様」とか呼んでたが、あれは違うだろう。
「強い女ってのは自分より強い男に惹かれるものでしょ。もちろんそれだけじゃ駄目だけど」
「そんなもんかね。しかしそれだけじゃ『美女落とし』なんて言われないだろ?」
「そうねえ。聞いたのは『魔氷』アシネーと、協会でも有名な美人受付嬢と、それから聖女とかにも手を出したって話」
「『魔氷』アシネーってあの美人吸血鬼か? 今ロンネスクの支部長とかだよな。それに教会の聖女とかホントならヤバいな。3段位なら許されんのかね」
「そんなワケないでしょ。どこかで噂に尾ひれがついてんのよ」
ソネーア女史の言葉に俺はつい激しく頷いてしまう。分かる人には分かるんだよな、こういう話は。
「スミスどうした?」
「あ、いや、支部長は落とされてないだろうと思ったんでな」
「そうなの? あ、もしかしてスミスも『魔氷』に憧れてるクチかい?」
意地の悪い笑みを漏らすソネーア女史。ヨザリク氏とバルザック青年もニヤニヤ笑いを始める。
「そうか、しかし残念だな。スミスなら3段位も狙えそうな気がするが、先を越されちまったな」
「まあ美人は他にもいるさ。だがその3段位から奪うのもアリだぜ?」
「そうではなくてだな……」
こういう話はどの世界でも酒の肴にされるんだよなあ。
俺が支部長を落としたとかいって責められないだけ、だいぶ胃に優しいのが救いではあるが。
翌日は3階層を踏破し、未調査の4階層へと下りた。
4階層もそれまでの階層とダンジョンの作りは変わりはなかったのだが――
「ここ多分ボス部屋よね?」
ソネーア女史が言う通り、俺たちは4階層の最奥と思われる部屋に到着していた。
しかしそこにボスモンスターの姿はなく、がらんとした大部屋があるだけだった。
「ここまでのモンスターの数も明らかに少なかったしな。誰か先行して潜ったのがいるってことか?」
ヨザリク氏はそう言いながら領軍の大隊長のところに行くが、大隊長も首を横に振っている。
「明日5階に下りてみりゃ分かんだろ。さっさと階段前に行って休もうぜ」
バルザック青年の言う通りだろう。ダンジョンの構造に別段法則性があるわけではない。こういうダンジョンだという可能性もある。
しかし俺としてはやはりこれは何かの前兆……『フラグ』なんだろうなとしか思えないのも事実ではあった。
翌日下りた5階層は、それまでと明らかにダンジョンの様子が異なっていた。
神殿のような作りは同じだが、壁などに彫刻などが施されており、豪華さが一段上がっている。
慎重に通路を進むと大広間に出る。モンスターの姿はない。
その広間は左右に巨大な石像が10体づつ並んでおり、奥には大きな扉が見えた。
「なんかいかにもって感じの石像だな」
バルザック青年が石像を見上げて言う。
そう、確かに「いかにも」だ。
なぜならその石像は、以前戦った『闇の皇子の兵士』の『戦士長』タイプに酷似していた。
間違いなく「何かあったら動き出す」的なモンスターだろう。
「これに似たモンスターがロンネスクの近くに出たな。6等級だったはずだ」
「これが動き出すっていうのか?」
俺が言うと、ヨザリク氏がぎょっとした顔をする。
この世界でも、石像がモンスターになるというのは想像の外にあるらしい。
「壊しとくか?」
バルザック青年がそう言ったが、さすがに大隊長の許可は下りなかった。
石像の間を進み、奥の扉を領軍の斥候が開ける。
扉の奥はさらに大きな広間になっていた。
広大な空間の向こうには、祭壇のような構造物が見える。
祭壇と言うには棘が張り出した赤黒い装飾がかなり禍々しい。とはいえ『闇の皇子』の祭壇と知っていれば逆に納得できる造形ではある。
しかし俺がもっとも気になるのは、祭壇の後ろ側に潜む『気配』だった。
それは以前に感じたことのある『気配』。なるほど彼女がいるならモンスターの数が少なかったのも説明がつく。
「ここから先は我々が調査をする。ハンターはこの部屋で待機。もし外からモンスターが来るようなら防衛してほしい」
大隊長はヨザリク氏に指示を出すと、祭壇の部屋に30名の領軍兵士を進ませた。
無論その中にはシルフィが含まれているはずである。
さて、ここで俺はどうすべきだろうか。このままだとシルフィは供物の祭壇で贄にされてしまうだろう。
一番簡単なのはひと暴れしてシルフィを連れてダンジョンを出ることだが、さすがにそれは最後の手段だ。
だが祭壇の後ろにいる彼女が動くなら、どさくさに紛れて何とかできるかもしれない。
「貴様は何者かッ!!」
祭壇の部屋から鋭い誰何の声が響いた。どうやら彼女が動いてくれたようだ。
「……うるさいね。アタシはバルバネラ、魔王軍四天王が一人さ。このまま引き返せば見逃してやるよ。ただし供物は置いていってもらうけどね……」




