表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月並みな人生を歩んでいたおっさんがゲーム的な異世界に飛ばされて思慮深く生きつつやっぱり無双したりする話  作者: 次佐 駆人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

125/251

15章 勇者パーティ(後編) 04

ダンジョンの出口の遺跡からロンネスクまでは幸いそこまでの距離はなかった。


といってもそれはあくまで俺基準の話であり、普通なら徒歩で5日くらいはかかる距離ではあったが。


よく考えたらサヴォイア女王国の外に出ていた可能性もあったはずで、そうなっていたら距離以上に面倒なことになっていただろう。


なにしろ稀有な3段位ハンターと王家の密偵(と『厄災』関係者)というパーティなのだ。自分のせいで国際問題が発生とか、さすがにそれは冗談にならない。


ともかくもインベントリから取り出した小型馬車にエイミとアビスを押し込んで爆走し、その日のうちにロンネスクへの帰還を果たした。


ちなみに『宙を浮いて高速移動する馬車』の噂はさすがに立っているようだが、支部長曰く「公爵直属の何者かで手出し無用という形になっておりますわ」とのことらしい。このあたりは身分制社会様様である。


すっかり顔パスとなってしまった城門を潜り、まずは協会へと向かう。勇者パーティも帰還していればこっちに顔を出しているはずだ。


「なんだ『美女落とし』生きてんじゃん」


「やっぱり。彼がそんなに簡単に死ぬはずないわよねぇ」


「可愛い女の子をまた泣かせる気か? さすが3段位エゲつねえ」


協会に入ると妙なささやきが聞こえてくる。


「……クスノキ様は『美女落とし』と呼ばれているのですか?」


「エイミ、俺たちは今非常に疲れているよな?」


「え? ええ、それはそうですが……」


「疲れているとありもしない声が聞こえてくることがある、そうだよな?」


「そういうこともある……のでしょうか?」


「あるんだよ。覚えておくといい」


エイミを華麗に説き伏せつつ、受付嬢に声をかけ支部室に向かう。


近づいていくと、部屋の中からネイミリアたちの声が聞こえてくる。どうやらほぼ同時にロンネスクに帰り着いたようだ。


「この人が勝手に転送の魔道具を動かして……!」


「どう見てもあのまま戦っていたら勝ってたでしょ!」


「いやいや、あそこで『厄災』ごと転送させたのは我ながら正しい判断だったと思うのだよねえ」


予想通りの言い合いが行われているようだ。ボナハ青年と対立しつつも、勇者パーティが俺の言うことを守って帰ってきただけでもよしとすべきだろう。


ノックして支部長室に入ると、まずは全員の無事を確認する。勇者パーティもボナハ青年一行も欠けた者はいないようで安心する。


「師匠……っ、エイミさん、ご無事でっ!」

「ご主人様、エイミさんっ!よかった……っ」

「あっ、2人とも無事でよかったっ!」

「おふたりともご無事で……!」

「ご両人無事でなによりです」


キラキラ美少女たちが一斉に抱き着いてこようとしたので俺は慌てて手を振って制止した。事前に言ってあるんだからそこまで感動的な再会シーンではないよね?


「約束通り俺は大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」


とお礼まで言ったのに、全員にちょっとだけむくれた顔をされたのはなぜだろう。


アシネー支部長の方を見ると「わたくしは当然信じておりましたわ」と微笑みかけられたのだが、それでキラキラ美少女たちの機嫌がさらに悪化したような……。


「なっ、なぜ貴殿は生きて……っ!」


一方のボナハ青年は、亡霊でも見るような顔で俺を凝視していた。


しばらく硬直していた青年だが、なんとか居住まいを正すと、無理矢理笑顔を作って咳ばらいをした。


「いやいやクスノキ卿、ご無事でなによりですねえ。必ず帰ってこられると確信しておりましたよ」


「このバカ貴族、ふざけたこと言って……!」


「リナシャ駄目っ」


ボナハ青年の前に進み出ようとするリナシャをソリーンがおさえる。ネイミリアも何か言いたそうにしていたので俺はそれを目で制した。


「し、しかし貴殿が戻ったということは、『厄災』の討伐は失敗ということですかねえ? まことに残念なことでしたなあ」


「いえ、『奈落の獣』は無事討伐しましたのでご安心ください」


俺は11等級の魔結晶とドロップアイテムの毛皮と牙を取り出し支部長の机の上に並べる。


「お、おお! それはお手柄でしたなあ。さすが勇者パーティを任されるだけはある。私の援護が役に立って嬉しく思いますねえ」


しらじらしいボナハ青年のセリフに直情型の聖女リナシャがまたいきり立ちそうになり、ソリーンが慌てて引き止める。


俺はアシネー支部長にちらりと目配せをする。たまにはこちらの考えを()んで合わせてもらってもいいだろう。


「支部長、件のダンジョンの最奥部に『奈落の獣』がおり、ご覧の通り無事討伐をいたしました。ご確認ください」


「こちらもダンジョンの消滅を確認しておりますわ。提出された魔結晶は間違いなく9等級以上のもの、協会はケイイチロウ様のご報告を事実であると認めましょう」


「ところでお聞きかと存じますが、今回のダンジョン調査中、人為的なトラブルが発生いたしました。しかもそれは故意に引き起こされたものです」


「彼女たちが訴えていた件ですわね。ケルネイン卿が意図的にトラップを発動させたとか」


支部長は眉をひそめ、氷にように冷えた瞳をボナハ青年に向ける。


『魔氷』に射すくめられたのか、ボナハ青年は声を震えさせて弁解を始める。


「お、お待ちいただきたいのですねえ! それがしが転送の魔道具を起動させたのは確かですが、それはあの場で最適な行動をしただけであり、なんら後ろ暗いことなどございませんなあ!」


「最適な行動というのは、『奈落の獣』と戦っていたケイイチロウ様を助けるために最適な行動ということですの?」


「もちろんですよ! それ以外の意図があろうはずもございませんねえ!」


「つまり、貴方の判断で、貴方の意志で魔道具を起動させたということでよろしいですのね?」


「そういうことになりますなあ。結果として討伐ができたようで、それがしも嬉しく思う次第ですねえ」


今の言い訳でゴリ押しできそうだと思ったのか、ボナハ青年の声が落ち着きを取り戻し始めた。


見るとリナシャを始め、勇者パーティの全員が目じりを怒らせて青年を睨んでいる。


それでも彼女らが声を発しなかったのは、アシネー支部長が「クスッ」と妖艶な笑みを漏らしたからだ。


「だそうですが、何かおっしゃりたいことがおありですよね、ケイイチロウ様?」


「そうですね。私がここで問題としたいのは、ケルネイン卿がリーダーである私の指示を無視して持ち場を離れ、私の判断を仰がず勝手に行動を起こし、私ばかりかパーティ全員を危機に陥れたことです」


「貴殿は何を言うのかな!? 事実としてそれがしの判断によって討伐できたではないか」


「討伐できたかどうかは問題ではありません。あくまでリーダーに従わず、己の勝手な判断を行い、それによって想定外の状況を引き起こしたことを問題視しているのです」


「『己の勝手な判断』というのは言いがかりではないのかなあ!?」


「ケルネイン卿は先程それを自らお認めになっていたと思いますが。支部長いかがですか?」


「ええ、間違いなく『自分の意志、判断で行なった』と認めていらっしゃいましたわ。ケルネイン卿、まさか自分でおっしゃったことを忘れたとは言わせませんわよ?」


「んなっ!? うぐっ、あれはそういう……っ! だとしても、討伐できたのもまた事実っ! それにリーダーの指示に従わなかったからといって、いったいどれほどのことがあるのかねえっ!」


額に青筋を浮かべて唾を飛ばすボナハ青年。


もと日本人としては個人を追い詰めるやり取りは正直心苦しいところもあるのだが、勇者パーティのためにもここは続けなければならない。


「勇者パーティのリーダーとして、ケルネイン卿をメンバーとして極めて不適当だと判断します。また件の行動については、私を害する目的があった疑いがあります。名誉男爵位にあるものとして、事の真偽を明確にするようケルネイン卿に求めます」


「ふぎ……っ、うぐぐ……。そんな勝手な話など聞けるはずがないよねえっ! だいたい貴殿を害する気などあるはずもないのだよっ」


勝手も何もこちらの専権事項なんだが。まあもとから素直に従うとは思っていない。


「私は名誉男爵位にあるものとして、と申し上げました。つまり審問官の派遣を公爵閣下に依頼することを視野にいれているということです」


『審問官』とは、嘘を見抜く希少スキルを持った役人である。


以前コーネリアス閣下がギラギラ団長を断罪する時に口にした存在だが、どうやら男爵位以上の貴族にはその派遣申請の権利があるらしい。


ただ派遣には厳しい条件があり、今回の件は許可が出るか微妙なところ……つまりこれは半分ブラフであった。


しかし追い詰められたボナハ青年に、そこまでを考える余裕はなさそうだった。


「なん……っ、ぐぐ……っ。要するに貴殿はそれがしが邪魔なのだろうっ! そういうことならこちらから願い下げるまでっ! ただし貴殿の少女たちに対する不純な扱いについては、女王陛下に奏上申し上げるけどねえっ!」


「今回の件に関する報告はケルネイン卿がお手を煩わせる必要もありませんよ。ご存知の通り、こちらのエイミは女王陛下直属の耳目なのです。ダンジョン調査の結果は、ケルネイン卿のなさりようも含めてすべてそのまま報告が陛下の許に届きますので」


俺が言うと、今まで控えていたエイミが一歩前にでて頭を下げる。


「……は?」


『女王陛下直属の耳目』の裏の意味に気付いたのか、ボナハ青年は真っ青な顔になって膝をついた。彼はエイミに対しても変なことを言っていたからなあ。


満身創痍の青年に止めを刺したのはアシネー支部長だった。


「ご自身が勇者パーティに不適当な人間であったとお認めなさいませ。その上で領にお帰りになり、代わりの者は不要であるとお父上にお伝えになるとよろしいでしょう。それをなさるおつもりがあるなら、ケイイチロウ殿も公爵閣下のお手を煩わせる選択はなさらないと思いますわ」


今回の件をこれ以上大きくしない代わりに、勇者パーティにはこれ以上口は出すな。今回はこれがちょうどいい落としどころだろう。


審問官まで持ちだしてボナハ青年を断罪するまで行けば、『厄災』を前に貴族同士での諍いが始まりかねない。彼は貴族の子弟ではあっても今は無位である。無位の人間が名誉男爵の殺害を試みたということになれば廃嫡程度の沙汰では済まないだろう。


それに彼の弱みを握っているという状況は、実はかなりおいしいということもある。それだけでギラギラ貴族のケルネイン子爵の動きを抑えることができるからだ。


実のところ、もっと裏を読むならば、ボナハ青年との間にこれ以上のいざこざ……例えば俺が彼を誅殺するなど……が生じれば、トリスタン派の介入を許すきっかけとなる可能性もあるのだ。むしろボナハ青年の人間性を見る限り、彼はそのための捨て石である可能性のほうが高い。


「ボナハ様、ここは言われるとおりにしたほうがよろしいかと……」


それまで済まなそうな顔をして控えていたキース氏がボナハ青年に耳打ちした。


お付きの武官にそう助言され、「うぐぐ……」とうなっていた青年はようやく立ち上がって、吐き捨てるように言った。


「確かにっ、それがしは勇者パーティには不適当な人間であったようだ。ここは潔く身を引き、父上にも勇者パーティにこれ以上の人材は不要と伝えようではないかっ。それでどうであろうかねえ……っ」


「だそうですわ、ケイイチロウ様」


「こちらの判断に従っていただき感謝いたします。同じ国に仕える者同士で足並みが乱れては『厄災』を利するのみでしょう。私としてもそれは望むところではありません」


俺がやんわりと「審問官案件にはしませんよ」と伝えると、ボナハ青年は顔を歪めて「ふんっ」と鼻息を漏らした。


「それでは我々は失礼するっ。公爵閣下に挨拶でき次第ロンネスクを去ることとしよう。短い間だが世話になったねえっ」


荒々しく踵を返したボナハ青年は、そのままこちらを一顧だにせず部屋を去っていった。


お付きのホルス夫妻も一礼をしてその後を追っていった。この後不機嫌な主の相手をしなければならないであろう彼らには同情しかない。


「あっ、えっと、結局どうなったの? あのまま帰しちゃっていいの?」


部屋の空気が緩むと、リナシャが不思議そうに言った。それを受けてソリーンが俺の方を見る。


「転送の件を追及しない代わりにもう誰も私たちのパーティには加わらない、ということでよろしいのでしょうか?」


「そうだね。それで合ってるよ」


「えっ、でも師匠とエイミさんを危険な目に遭わせたんですよね。それについてはいいんですか?」


ネイミリアの言葉にリナシャも頷く。


「そこはまあ取引ってやつかな。これ以上こっちも文句を言わないから、そっちも口を出すなってこと。白黒はっきりさせない方が上手くいくこともあるんだよ」


「なんかすっきりしない! でもクスノキさんがそう言うなら仕方ないか」


「そうですね、師匠が言うなら私も納得します」


リナシャとネイミリアは渋々といった顔で引き下がる。ソリーンとカレンナルも静かに頷いている。


すると、それまで静かにしていた猫耳勇者のラトラが感極まったように抱き着いてきた。


「わたしはご主人様が無事ならそれでいいですっ」


ラトラはまだ子どもだから、今回の件で少し感情が高ぶってしまっても仕方ないだろう。俺は抱きとめて、その背中をぽんぽんと叩いてやった。


「あっラトラちゃんそれはズルくないっ!?」


「独り占めはいけないと思います」


「師匠さっきは止めてたのに……っ」


いやいや君たちはもうそこまで子どもじゃないからね。気軽に男に抱き着くのは色々危険なんだから自重してね。


「ケイイチロウ様、本当に不純な扱いはしていないのですわよね?」


ゴージャス吸血鬼美女にジトっとした目で見られつつ、俺は貴族の派閥にかかわる面倒ごとが減ったことに胸をなでおろすのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ