14章 勇者パーティ(前編) 05
「6階最奥部にヒュドラ、か。そうすると、その先は8等級以上のモンスターも出現する可能性があるわけだな」
そう指摘するのは金髪眼鏡イケメンエルフのトゥメック副支部長。
「本来なら『王門八極』の派遣を要請するレベルですわね。ロンネスクはケイイチロウ様やアメリア団長がいらっしゃいますから対応できますが」
支部長の席でゴージャス美女吸血鬼のアシネー支部長が嘆息する。
ボス部屋でヒュドラを討伐した俺たちは、一旦ロンネスクに戻ってきていた。
理由の一つはボス部屋の奥には7階層への階段があったことを報告するため、もう一つは初ダンジョンで疲れているはずの勇者パーティを休ませるためである。
本日は俺以外のメンバーは1日休息で、俺だけが協会に来ていた。
「7階層からも今のパーティで対応可能かね?」
副支部長が眼鏡クイッをしながら俺を見る。
「彼女たちの成長速度を考えれば対応は可能です」
「君一人の方が早いということは?」
「調査だけを目的とするなら自分一人の方が早いでしょう。今回は『勇者』とその協力者の強化を兼ねていますので、今のままでよろしいかと考えます」
「本来なら調査と攻略が最優先ではあるが……君があのダンジョンを『勇者』強化の場として適していると判断したということだな」
「そうお考えいただいて結構です」
ああこの感じ、俺が中間管理職になる前のやり取りに似てる。組織はこうやって『責任者』を仕立てて引き上げていくんだよなあ。
「ケイイチロウ様は女王陛下から『勇者』を預かる身、その判断を最優先いたしましょう。公爵閣下も『勇者』優先でお考えのようですし」
「支部長がそう判断するなら私にも異存はない。このまま続けてくれたまえ」
「承知いたしました」
ちなみに支部長はもとより、副支部長も俺が名誉男爵となっていることは知っている。爵位から言えばすでに俺の方が上であるが、ハンターとして活動する限りは今までの関係性でいてほしいとお願いしてある。これはネイミリア達も同様である。さすがに子爵になって領主とかになったらそうもいかないだろうが……『厄災』をすべて退けたら何とか逃れる手段を考えよう。
「ところで、少し気になる情報がありますの」
俺が後ろ暗い決意を固めていると、支部長が少し眉をひそめながら口を開いた。
「どうやらアルテロン教会経由で『勇者』の存在を知った貴族がいるようで、自分にも一枚嚙ませろと騒ぎだしているようなのですわ」
「それはコーネリアス公爵派ではない貴族……ということですか?」
派閥下の貴族なら公爵閣下が文句を言わせないだろう。口を出すなら公爵派が力を持つことをよしとしない対立派閥のはずだ。
俺の言葉にゴージャス美女は頷いて言った。
「おっしゃる通り、その貴族とはケイイチロウ様もご存知のはずのケルネイン子爵ですわ。もちろん背後にはトリスタン侯爵の影がありますわね」
協会を辞した俺は、その足で都市騎士団の詰め所に向かった。
支部長から聞いたケルネイン子爵――トリスタン侯爵派の動きについて、アメリア団長とも情報を擦り合わせた方がいいと考えたからだ。
アメリア団長の父上・ニールセン子爵は以前ケルネイン子爵とトラブルになったことがあり、その時にアメリア団長もケルネイン子爵の長男ボナハに言い寄られていたことがある。もしケルネイン子爵の関係者がロンネスクに来るということになれば、恐らく何らかの面倒事が起きるだろう。いやむしろケルネイン子爵がここで絡んでくるのは、トラブルが起こる『フラグ』であろうと言うべきか。
都市騎士団ではすでに『教官』扱いのため、詰め所に着くと顔パスで団長室まで案内された。
部屋に入ると、真紅の髪をポニーテールにした美人騎士団長が、いつもの凛々しい顔で仕事をしてた……はずなのだが、俺を見た途端に表情が緩み、次いで少し拗ねたように唇をとがらせた。
「久しぶりだなケイイチロウ殿。首都から帰ったらすぐに顔を見せてくれるだろうと思っていたのだがな。婚約者に少し冷淡ではないか?」
まさかアメリア団長がそんな冗談を言うとは思わなかったので少し驚いてしまった。もちろんそれを顔に出すとマズいのは俺でも分かるので平常心で対応する。
「済まない、すぐにダンジョン調査を依頼されたので時間がなかったんだ。アメリア団長も忙しかっただろうし」
「貴殿と話をする時間くらいいくらでも取る。3段位への昇段、名誉男爵への陞爵、それくらいは祝わせてくれてもよかろう」
そう言いながら、長身の美人騎士が身を寄せてくる。
あ、今日は鎧姿ではないんですね。騎士団の制服がよくお似合いですよ。それよりこの距離はちょっと近いのではないでしょうか。美人の顔が近いと胃に過度の負担がかかるのでご勘弁願いたいのですが……。
と俺が心の中で念じていると、アメリア団長はハッと気付いたように頬を赤らめ、すぐにいつもの凛々しい顔に戻って離れていった。
「んんっ。……貴殿をからかうのはこれくらいにしておこうか。それで何用だ。勇者の件か? それともダンジョンか?」
「勇者の件だね。アメリア団長は勇者についてはどこまで知ってるの?」
「獣人族の少女で、公爵閣下預かりで貴殿が面倒を見ているというのは知っている。ああ、あとアルテロン教から聖女が勇者の協力者として名乗りを上げたとか」
「ケルネイン子爵の件は?」
その名を出すと、美人騎士が眉をひそめる。
「いや、聞いてないな。何かあったのか?」
「勇者が公爵閣下に預けられたことを対立派閥が問題視しているらしい。その急先鋒がケルネイン子爵だそうだ」
「なるほどありそうな話だ。子飼いを矢面に出すあたり、トリスタン侯爵は相変わらず腹黒……慎重だな」
「彼らが勇者の事を知ったのはアルテロン教会経由だとか。大聖女様の神託の情報が流れたんだろうと思うけど、問題は彼らがどう干渉してくるかだ」
「貴殿の予想は?」
「一つは自分たちに勇者を預けろと言ってくること。しかしこれは元が女王陛下の下命である以上可能性は低い。もう一つは勇者の協力者として手の内の人間を参加させろと言ってくること。十中八九こっちだろう」
「なるほど、それで誰が派遣されてくるのか……ボナハである可能性もなくはないな。あれでもそこそこ腕は立つからな」
「そうなったときアメリア団長にまた絡んでくる可能性もあるからね。注意がてらここに来たわけだ」
俺がそう言うと、アメリア団長は口元を緩めて微かに笑った。鋼の美女の微笑み……ギャップの生み出す破壊力はすさまじいね。
「ふふっ、婚約者を心配してきてくれたというわけか。嬉しいものだな」
「ま、まあ一応ね」
本当は何も知らないで団長がボナハを蹴っ飛ばすんじゃないかとか、そういう心配をしていた……などという事実はなかったことにしよう。
「それで、貴殿はどう対応するのだ?」
「対応と言っても、向こうの申し出を受けることが上で決まってしまったらどうにもならないからね。その場で何とかするさ」
「まあ貴殿ならどうとでもできるとは思うが……ただ貴殿の許には美しい娘が集まっているようだからな、そちらは守ってやらねばならんぞ?」
そう言った時の団長の瞳に刃のような光が宿ったが、恐らく責任を持って守ってやれということだろう。
「そうだね。気をつけよう」
「気をつけすぎて別の問題を起こさぬようにな。ケイイチロウ殿は自分がどう見られているのか、よく自覚しておいたほうがいい」
「どう見られているのか」とは、もしかして俺の二つ名のことを言っているのだろうか。ただでさえサーシリア嬢や支部長に手を出したとか言われてるみたいだから、これで勇者パーティにまで手を付けてるなどと思われたら俺の社会的信用は地に堕ちるだろう。一応まだアメリア団長の婚約者扱いだし、注意しないといけないな、確かに。




