13章 首都 ラングラン・サヴォイア(後編) 03
リュナス嬢の一件の翌朝、俺はサーシリア嬢にこの国の奴隷制について聞いてみた。
昨日は奴隷業者=悪のように考えてしまったが、実際にこの国ではどのような扱いなのか気になったからだ。
サーシリア嬢によると、この国に奴隷制そのものは存在するらしい。ただ、その奴隷というのは借金などで身を落としたものがほとんどで、要するにセーフティネットとしての側面が強いようだ。
昔は敗戦国の捕虜を奴隷階級として帰属させ、その子孫まで奴隷として扱っていたそうだが、かなり前にその制度は廃止されたらしい。
ただやはり悪習は残るもので、強制的に奴隷に落とされた人間が売買される、いわゆる違法奴隷は後を絶たないとの事であった。つまり昨日の連中は違法奴隷商だったというわけだ。
「もしかしてケイイチロウさんは奴隷を雇おうと考えているんですか?」
「いや、そういうつもりはないけど、ちょっと気になってね。というか普通に雇えるの?」
「行政府に申請して紹介してもらう形になりますね。ただし雇う側にも色々条件が求められるみたいですが」
「なるほど、でもそれだとハンターではそもそも条件を満たさないんじゃないか?」
「騎士爵なら問題ないと思いますよ」
それを聞いて自分がすでに貴族の末端にいることを思い出してしまった。
今度の恩賜の儀でまた爵位が上がったりしたら、サーシリア嬢やネイミリアと気軽に話せなくなってしまうのだろうか。それは絶対に避けたいと感じずにはいられない。
そんなことを考えていると、サーシリア嬢が心配そうな顔をした。
「ケイイチロウさん、難しい顔をしてますけど大丈夫ですか?」
「あ、ああ、いや、今度の恩賜の儀がどうにも憂鬱でね……」
「そんなこと言うのはケイイチロウさんだけだと思いますよ。あ、でもそれならお仕事して気を紛らわせませんか? 実は『王門八極』のクリステラさんから相談があって――」
朝食を終えると、俺は装備を整えて首都の東地区にある練兵場に向かった。
結局やり手受付嬢の口車に乗せられ、クリステラ嬢の依頼を受けることになったのだ。
常に仕事をしていないと落ち着かないのは明らかに前世の悪習を引きずっているのだが、やはり悪習というものはすぐには脱し難いものなのかもしれない。
練兵場は首都の外縁にあり、その広い敷地は赤レンガの塀で囲まれていた。
鉄柵でできた門扉の前に立っている衛兵に用件を伝えると、程なくやはり赤レンガでできた建物の中に通された。
「やあクスノキ、久しぶりだね。やはりボクに会いに来てくれたんだ」
応接室で待っていると、『王門八極』の1人であるクリステラ嬢はすぐに姿を見せた。
短い金髪と額から突き出た一本の角、鬼人族の剣士である彼女は相変わらず前世の某女性だけの歌劇団の男役のような雰囲気である。
黒い鎧姿であるのは女性であるのを隠しているかららしいが、彼女が戦闘狂であるのも無関係ではないだろう。
「お久しぶりです。どうやら私をご指名ということなので参上しました」
「おや、随分と他人行儀じゃないか。メニルには砕けた口調で話すと聞いているよ?」
「いやそれは……」
クリステラ嬢は目の前に座ると、ニヤッと笑った。
「まあいろいろ話は聞いているけどね。でもメニルとだけ婚約というのは許せないじゃないか」
「その辺りは……裏の話も聞いているよね?」
「ふふっ、まあね。今みたいに口調を変えてくれるなら文句は言わないよ」
「わかった、努力するよ。でも人前では今まで通りにするからな」
彼女との付き合いは数日間しかなかったはずなんだが、どうも距離が掴みづらくて困ってしまう。『精神支配』の後遺症はもうないだろうし、最初からこういう娘さんだった気もするから気にしない方がいいのだろう。
「それで、今日の依頼は何をすればいいんだ? 話では訓練の補助ということだけど」
「ああ、実はウチでちょっと訳アリの子を預かっていてね。その子の適性は魔法剣士なんだけど、残念ながらウチにはいい魔法剣士がいなくてね。君には一度手本を見せてやってほしいんだ」
「手本になるかどうかは分からないが、そういうことならやってみるよ」
「正直言うと、君だとちょっと刺激が強すぎるかもしれないんだけどね。まあウチの連中に『王門八極』以外にも強者がいるっていうことを知ってもらいたいから、遠慮なくやって欲しい」
クリステラ嬢の目はオモチャを前にした子供のように輝いている。これ多分、「遠慮なくやる」の対象には本人も含まれているんだろうな。
クリステラ嬢に従って練兵場に行くと、30人程の男女が一心不乱に剣を振っていた。
現在『王門八極』は、『厄災』への備えとして各々が有望な者を集めて弟子として育成しているらしい。
鬼気迫る勢いで素振りをしている彼らは、クリステラ嬢に才を見込まれて弟子になった人間ということだ。
なるほど確かにその体捌きを見るにつけ、非凡な才を持つ人たちのようだ。正直こういう人たちをインチキ能力で相手にするのは心苦しいのだが……。
その弟子たちの中で、一人なぜか目を強く惹き付ける人間がいた。
歳は15、6だろうか、青い髪をした背の高い少年である。
細身ではあるが、肌をさらしている上半身を見る限り、非常に鍛えられているのがわかる。
意志の強さと優しさを兼ね備えたような整った顔は、いかにも物語の主人公といった感じを強く受ける。
「勇者……?」
「ふ、やはり君には分かってしまうようだね。そうさ、彼が今代の『勇者』なんだ」
俺がつい漏らしてしまった言葉を、クリステラ嬢は耳聡く拾って答えた。
そう、確かにその少年は、『勇者』という役割がぴったりとハマる風貌と雰囲気を持ち合わせていた。
身にまとう、目を射るほどに強烈なギラギラオーラさえなければ。
「今日は特別なゲストに来てもらった。前にも少し話したと思うが、3段位ハンターのクスノキ氏だ。すでに『厄災』の眷属を何体も討伐している本物の強者だ。今日は彼から普段学べないものを学んでほしい」
30人の前でクリステラ嬢に紹介をされた後、すぐに訓練に入った。
訓練と言っても何のことはない、ロンネスクの騎士団相手にやっていたのと同じ模擬戦である。
魔法剣士の戦いを見せろということだったので、剣と魔法両方を使って弟子たちと次々と対戦した。
才能のある人たちと言っても、俺のインチキ能力の前には一対一だと全く相手にならないので、自然と多対一の形になる。
距離が離れると魔法で一方的に攻撃され、近づくと大剣で追い払われる、そんな戦いを繰り返しているうちに彼らは自然と学習し、対策を練って俺に対するようになった。
やはり剣だけの人間ではないようだ。クリステラ嬢もその様子を満足そうに見つめている。
1刻半ほど続けて模擬戦を行うと、小休止の号令がかかった。
クリステラ嬢が勇者の少年を連れて俺のところに来る。
「クスノキお疲れ様だね。紹介するよ、彼はクロウ。君と同じ魔法剣士を目指している少年だ」
「はじめまして、クロウ・フェンブールと言います。今日はクスノキさんの戦いぶりをずっと見させてもらいました! オレもあんな風に戦えるようになりたいです!」
目を輝かせてそう自己紹介するクロウ少年は、なるほど強い戦士を目指して努力する少年そのものであった。
「こんなことを言っているが、彼はすでにかなりの使い手でね。この後一対一で少し揉んでやってもらえるかな」
「わかりました。じゃあすぐに始めようか。用意してもらえるかな」
「はい、すぐ準備します!」
嬉しそうに走り去り、練兵場の真ん中で防具の点検を始めるクロウ少年。
準備が終わったのを見計らって俺が近くまで行くと、彼は両手剣を持って「いつでもいけます」と力強く言った。
他の弟子たちは周りを囲むように少し距離を置いた。彼らの態度にはクロウ少年を侮ったようなところがない。すでに少年は力を認められているようだ。
「合図はボクが出そう。では、始めっ!」
クリステラ嬢の号令と同時に、クロウ少年の雰囲気が変わった。
あどけなさの残る顔が、真剣な表情に……いや違う、獲物を狩る獣のそれに豹変した。
彼のまとうギラギラオーラの輝きが増すのがはっきりと分かる。
「ファイアランスッ!」
すでに魔力を練っていたのか、炎をまとった岩槍を少年が放った。魔力の密度、スピードともにネイミリアのそれに迫る魔法である。
「ウォーターレイ」
俺がそれを相殺すると、彼は構わず連続で『ファイアランス』を放つ。
と同時に、炎の槍の後ろを『縮地』で追いながらこちらに突っ込んでくる。
俺はあえて魔法を使わず炎の槍をすべて剣で叩き落とし、彼とそのまま剣を合わせる。
クロウ少年の剣は重く速く、そして質実剛健であり変幻自在であった。
恐らく天性の剣の才と、地道な努力が融合した結果であろう。
まだその地力はクリステラ嬢やニールセン子爵には及ばないが、近い内に並び、超える可能性がある。そう思わせるに十分な剣技である。
俺はその剣を凌ぎながら、至近距離で風魔法『エアショット』を放つ。
強烈な風圧によってクロウ少年は吹き飛びながらも、瞬時に態勢を立て直した。
しかしその顔が驚愕に歪んでいるのは、剣で攻めていたにもかかわらず、こちらに魔法を使う余裕があったことへの驚きだろう。
「ストーンバレット」
『並列処理』を使わないように注意しながら、通常の魔法仕様の『ストーンバレット』を連射する。
直撃すれば大怪我は免れないが……少年は獣のような動きでそれを回避した。
回避しながら『ウォーターレイ』を放ってきたのは、『ファイアランス』だと叩き落とされると考えたからだろう。
俺はそれを『縮地』で回避しながら少年に突っ込んだ。
大剣の連撃で少年を追い詰め、その限界を見極める。
何とか凌いでいた少年だが、力の差はいかんともし難く、徐々に体勢を崩されていく。
ここまでか……と思ったその時、彼の動きが突如変化した。
先程までの、才能と鍛錬による洗練された剣技が消え、己の身体能力と反応速度とに全てを委ねたような荒々しい獣の動きが顔を出す。
「ちぃっ!! ああぁぁあぁっ!!」
その瞬間、確かに彼の剣技は『王門八極』に並んでいたかもしれない。
暴風のような剣を捌きながら、しかしその時俺は、彼の中に隠された『何か』を冷静に観察していた。無論普通ならそんなことはしない。彼のまとうギラギラオーラが、俺にそうしろと強いてくるのだ。
滅茶苦茶に剣を振るう彼の顔は、すでに獣そのものと化してしまったかのようだ。彼をそう駆り立てているのは、獰猛な瞳に宿る『何か』。
俺はその正体に思い至り、そしてそのあまりの『いかにも』なところにガッカリしながら、彼の剣を弾き飛ばし、その首に大剣をつきつけた。
「そこまでっ」
クリステラ嬢の声が響き、クロウ少年は愕然とした面持ちで膝をついた。
 




