13章 首都 ラングラン・サヴォイア(後編) 02
「まあ、クスノキ様はハンターでいらっしゃるのですね」
「ええ、普段はロンネスクで活動しているのですが、今回は用があってこちらに来ておりまして」
俺はその深窓の令嬢風少女……名はリュナスと言うらしい……に応えつつ、周囲に目を配っていた。
結局のところ、イベントだろうが何であろうが、彼女をそのままにして図書館に向かうことはさすがにできなかった。
逃げ出したペットを探しに一人で家を出てきてしまった、しかしペットが見つかるまでは家に帰れない――という彼女の『話』を否定するわけにもいかず、極めて不自然な流れで俺は彼女を手伝うことになった。
彼女のペットは茶色い小型犬らしいのだが、いつも下町の方に向かう癖があるということで、俺たちは一路下町に向かった。
下町と言ってもさすがに首都、並の街よりは遥かにお上品ではあるが、それでも王家の子女っぽさをにじませるリュナス嬢が歩く場所としては不似合いもいいところである。
「わたくしハンターさんにお会いするのは初めてなのですが、皆クスノキ様のように紳士的でいらっしゃるのですか?」
「その通りです、と言いたいところなのですが、荒っぽい者が多いですね」
「モンスターと戦う方たちですのもの、それが普通なのでしょうね」
そう言って微笑むリュナス嬢は、清楚とか可憐とか、まさにそういう言葉が似合う姿である。しかしどことなく他者に見られることを意識しているような……演技をしているような感じを受けるのは、気のせいではないだろう。
「でも、モンスターと戦うなら兵隊さんというお仕事もあると思うのですが、皆さんはどうしてハンターというお仕事を選ばれたのでしょうか?」
「人それぞれではあると思いますが、一つには自由でいたいから、というのがあると思います。兵士は規則や命令などに従わなければなりませんからね」
「クスノキ様もそうなのですか?」
「自分の場合はたまたま能力的に向いていたから、でしょうか。今はそれだけではありませんが」
「それは?」
「収入がいいというのもありますが、それ以上にハンターとして多くの人とつながりができてしまったので。こうなるともう簡単にはやめられないんですよ」
「ふふっ、何となく分かる気がいたしますわ」
聞き上手なリュナス嬢といろいろ話をしながら歩いていると、いつの間にか周囲の様子が変化していた。
建物に汚れや破損が目立つようになり、路上に落ちているゴミが目に付くようになってきた。時折見かける人間はどうみても堅気とは思えない風体の者ばかりである。
これはスラム街……というより、お天道様に顔向けできない種類の人間が集まっている場所なのではないだろうか。
「あの、リュナス様。この辺りはあまり入らない方が良い場所なのではありませんか?」
「そうかもしれませんわね。でも、この辺りに犬を探すのが上手な方がいらっしゃいますの」
横顔をうかがうと、リュナス嬢の口元には笑みが薄く浮かんでいる。
釈然としないままついていくと、リュナス嬢はとある建物の前で立ち止まった。
何の変哲もない、ややボロが目立つ商店のような建物である。ただし看板がないため何の店かは分からない。
「ここですわ」
そう言うと、リュナス嬢は振り返って俺を下から見上げた。
いきなり美少女に上目遣い見つめられ、俺は一瞬たじろいでしまう。
「ところでクスノキ様、ハンターさんには個人的な依頼をすることも可能と聞いているのですが、それは本当ですか?」
「え、ええ、そうですね。内容と報酬によりますが依頼を受けることもあります」
「それではここで依頼をしたいのですが、聞いてくださいませ」
「どのような依頼でしょうか」
「今から一刻の間だけ、わたくしのボディーガードをしていただきたいのです。報酬は100万デロンでいかがでしょう?」
「100万デロン? 一刻の間の依頼としては破格すぎると思いますが……もしや、それだけ危険なことだということでしょうか?」
俺がそう言うと、リュナス嬢は愉快そうに微笑んだ。
「クスノキ様のお力なら何の問題もありませんわ。では、よろしくお願いしますわね」
いや、まだ承諾していませんが……と言う間もなく、リュナス嬢は店の扉を開け中に入っていってしまった。仕方なく俺も続く。
店の中は薄暗く、なにやらペットショップのような、もしくは動物園のような独特の臭いが充満していた。
『気配察知』『魔力視』で見る限り、店の奥や地下に結構な数の人間がいるようである。
店の奥からいかにも胡散臭そうな中年男が出てくる。ただしその目つきは存外に鋭い。
「なんだ嬢ちゃん、何か用か」
男の声には警戒と威嚇の響きがある。
「ええ、こちらに『頭の茶色い小型犬』がいるとお聞きしまして」
「ああ? 誰の紹介だ?」
「わたくしの執事が教えてくれましたの。こちらにいい『犬』がいると」
「うちは貴族様相手に商売はやってねえよ」
「あら、わたくしの父とは取引していると聞いておりますわ」
そこで中年男の顔に険が現れる。
「あんなあお嬢ちゃん。ここで扱ってるのは男向けの『犬』なんだ。別の店を当たんな」
「だからこそですわ。父が買ったものと同じ『犬』が欲しいんですの。そちらの方が好みですから」
「ちっ、貴族様ってのは良い趣味してやがんな。分かったよ、こっち来な。おっと、兄ちゃんはここで待機だ」
俺がついていこうとすると、中年男が制止した。リュナス嬢が俺を見て意味ありげに微笑む。
「貴方はここでお待ちなさい」
「分かりました」
う~ん、彼女とは初対面のはずなのに、なぜか上手く使われているような……。人を使役するのにかなり慣れているのかもしれないな。やはり王族か、それに近い人間なのだろう。
ちなみにこの店に入ってから、例の少女忍者たちの『気配』は店を包囲するように近づいている。
中年男とリュナス嬢は、店の奥の扉の向こうに消えていった。向こう側で扉に閂をかけたようだ。よほど人の目に触れさせたくないものがあると見える。
さて、先程のやりとりから、リュナス嬢の目的が『ペット探し』ではないことは明らかである。というか、この店の奥に複数ある気配から、その辺りはすでに察しはついている。
問題は、どうして俺が巻き込まれたのかということだ。彼女が明確な意図を持ってこの場に来たとして、さすがに初対面の男にボディガードなど頼むはずはない。とすれば、彼女は俺のことをすでに知っているということになる。王族であれば俺の情報は掴んでいて当然なので、偶然を装って俺の力を試すとか、そういうことなのだろうか。
と考えていると、店の奥に動きがあったようだ。いくつかの気配が地下から上がってきて、リュナス嬢を囲みはじめたのだ。
俺は考えるのをやめ、俺は店の奥にある扉の閂を念動力で外してその中に入っていった。
廊下を奥に歩いていくと、獣っぽい臭いが強くなる。リュナス嬢が囲まれている部屋の方からさっきの中年男の声が聞こえてくる。
「お嬢さん、度胸はいいみたいだがちと頭が足りないようだな。最初からアンタが官憲ごっこをやってるのはバレバレなんだよ」
「あら、それでしたらずっとシラを切っていらっしゃればいいのに、なぜわざわざここを見せたのですか?」
「ウチがやってるのは奴隷売買だけじゃないんでね。アンタみたいなのには色々使い途があるんだよ」
「貴族の娘に手を出して、逃げられるとでも思っていますの?」
「まあその辺はいろいろあらあな。だいたいオレらみたいのがここにいるって時点でおかしいと思わないか。首都に犯罪者は普通入れねえんだぜ?」
「協力者がいるとおっしゃりたいのですね?」
「そこまで馬鹿でもねえみたいだな。まあそういうこと、お嬢さん一人くらいいなくなっても問題ねえってこった」
俺がその部屋に入った時、ちょうどリュナス嬢の後ろにいた男が襲い掛かろうとしていたところだった。
俺はそいつを風魔法で吹き飛ばす。高圧の空気を噴射する『エアショット』と呼ばれる初歩の魔法だ。
その場にいた全員が俺の方を見た。真ん中にリュナス嬢、周りに男が5人。どれも荒事に慣れていそうな人間ばかりだが、3段位ハンターの前では申し訳ないが塵芥に等しい。
「リュナス様、仕事をしてよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いしますわ」
俺は全員をエアショットで吹き飛ばし、戦闘不能にしたところで一か所にまとめて縛り上げた。彼女が王族なら俺が空間魔法持ちなのは知っているはずなので、ロープはインベントリから取り出した。
「クスノキ様、そちらの方たちには色々聞きたいことがあるのですが、何かいい方法はございませんか?」
そう言うリュナス嬢の顔は、すでに深窓の令嬢というより、人の上に立つ王族のそれに見えた。
ここはもう従うしかない、と、もと中間管理職の本能がささやく。所詮会社員は社長令嬢みたいな人間には逆らえないのである。
「そうですね。相手が正直になる魔法が使えますので、それでいかがでしょうか」
「お願いしますわ」
俺は闇魔法を行使していると、店の中に複数の人間が入ってきた。例の少女忍者とその仲間たちである。
彼女らは俺たちのいる部屋に入ってくると、リュナス嬢の前に跪いた。
驚いたのは、全員が忍者の格好をした少女たちであったことだ。いったいどういう集団なのだろうか。
「ここに捕まっている娘たちを全員解放し、保護しなさい。怪我のあるものは治療をしてあげるように」
「はっ」
リュナス嬢の命令一下、忍者少女たちは一斉に奥の部屋に向かっていった。おそらくそこには『娘』……商品として捕まっている女性たちがいるのであろう。そう、ここは人身売買……この世界的に言うと奴隷商人の店だった。
「リュナス様はどのようなご身分の方でいらっしゃるのですか?」
「貴族の娘……今はそれだけお答えいたします。もっとも、クスノキ様は薄々お気づきになっているのではありませんか?」
はっきりと答えてはもらえないとは思いつつも聞いてみたが、リュナス嬢の答えは案の定であった。
奥の部屋から、忍者少女たちがやつれたように見える女性たちを連れて出てきて店の外に連れていく。
その女性たちの年齢はさまざまだが、共通しているのは彼女たちが人族ではないということ。一部で亜人種と呼ばれる者たちであったことだ。
知らぬ間に奴隷業者摘発の手伝いをさせられただけでなく、奴隷制の裏に潜む人種差別の実態を垣間見させられることになるとは想定外もいいところである。
しかも先程のリュナス嬢と奴隷業者たちの話を聞く限り、この件の裏には権力者……恐らくは貴族の姿があるのだろう。
つまり俺は、知らぬ間に首都の暗部に一気に関わることになったわけである。
リュナス嬢と出会った時に、『街中で、お忍びで出歩いている王家の令嬢と偶然出会う』イベントなどと思った自分を殴りたい。あまりに重すぎる展開である。
「リュナス様、少し問題が。生命魔法で回復しない者がおります。このままでは危険です」
忍者少女……多分俺をずっと監視していた少女が、リュナス嬢にそう言った。
それを聞いて、リュナス嬢は俺に目を向ける。「なんとかできますわよね?」とその青い瞳が語っていた。
「私が見てみましょう」
「エイミ、彼を案内してあげて」
リュナス嬢が命じると、エイミと呼ばれた忍者少女が俺を病人の所まで案内してくれた。
牢屋のような部屋で床に横たわっていたのは、猫のような耳がついた獣人族の幼い少女であった。
苦しそうに息をし、目をつぶって何かに必死に耐えている様子である。
俺はその傍らに片膝をつき、生命魔法を行使。
「う……うぅ……」
少しずつ生命魔法の出力を上げていくが、少女の口からは苦悶の声が漏れるのみで、回復の兆しがない。
やむなく『解析』を使用する。
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名前:ラトラ オルクス
種族:獣人 女
年齢:12歳
職業:奴隷
レベル:17
スキル:
格闘Lv.2 短剣術Lv.3 投擲Lv.4
四大属性魔法(火Lv.2 水Lv.3
風Lv.4 地Lv.1)
算術Lv.2 毒耐性Lv.1 気配察知Lv.2
暗視Lv.2 隠密Lv.2 俊足Lv.3
瞬発力上昇Lv.1 持久力上昇Lv.1
称号:
軽業の才 宿命の器
状態:
呪い 空腹 内臓疾患
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12歳にしてはかなり高いステータスなのだが、今はそこは問題ではない。
状態の『呪い』、これが生命魔法が効かない原因だろう。
『呪い』に効くのは……やはり神聖魔法か。
俺は神聖魔法と生命魔法を同時発動、少女の身体に浸透させるイメージ。
「あ……あぅ……ぅ……、はぁ……ふぅ……ふぅ……」
少女の身体から黒い靄のようなものが上って消えていった。
すると苦しそうであった呼吸が次第に落ち着いていき、最後は通常の呼吸に戻った。
解析すると、『呪い』と『内臓疾患』が消えていた。これで問題ないだろう。
「回復したのですか?」
いつの間にか後ろにいたリュナス嬢が、俺の肩越しに少女を見ながら言う。
いや、肩越しと言うか、両手を俺の肩に置き、顔を近づけて耳元でささやいたと言った方が正しいか。しかも背中にはかなり重量級な感触が……キラキラ族の女性は発育が良い人が多い気がする。ではなくて、これも俺を試しているのだろうか。
「ええ、どうやら呪いをかけられていたようですね。呪いを解くことには成功しましたので、あとは食事をとって安静にしていれば大丈夫だと思います」
「クスノキ様はもしかして神聖魔法までお使いに?」
「手慰み程度ですが」
「素晴らしいですわ。しかも躊躇せずにそれを使うなど、神官ですら獣人族が相手だと文句を言う人もおりますのに」
「一応教育を受けた身ですので」
そう言うと、ようやくリュナス嬢は離れてくれた。
「エイミ、この娘をお願い。クスノキ様、それではあちらの不届き者への尋問をお願いいたします。もちろん追加依頼になりますので、さらに100万デロンを報酬に加えさせていただきますわ」
その後虚ろな目になった奴隷業者たちに尋問を行い、裏帳簿などを根こそぎ押収した。
正直一介のハンターが聞いてはマズい情報を大量に耳にしてしまったのだが……自らの保身のためにも、絶対に口外しないようにしよう。
一連の事後処理が終わると、リュナス嬢は「ここであったことはクスノキ様のお心の中だけに留めておいてくださいませ。報酬については後程間違いなくお渡しいたしますのでご安心くださいな」と言って忍者少女たちと共に去っていった。
奴隷業者の店の前で、俺はただそれを見送るのみであった。




