前編
この物語は、空想科学祭2009参加作品です。
AD二三八七年、十一月二十三日。
遙かなる新天地を求めて旅立った惑星探査船「アマテラス」は全行程を終え、地球に向けての帰路につこうとしていた。
朝から船内にあるミーティングルームでモニターと睨めっこをしているのは、エンジニアのギルバート・ヘイル。他の搭乗員からは、「ギィ」という愛称でと呼ばれている。
いくら何でも省略しすぎだろうという彼の苦情は、一切受け入れられなかった。白に近い銀色の髪と面長の顔立ちのせいで、「ギィって馬面というより山羊面だよな」と言われている。「山羊面」というのは、普通は悪魔を指さないか? という疑問にも、明確な返答を貰った事はない。
この船の搭乗員は多かれ少なかれ言葉というものに不自由なのではないかと、ギィは思う。
『AD二三八九/一一/二三
惑星探査船アマテラスとその乗務員は間もなく惑星識別番号γ―〇〇八一―三五七八―Kにおける百二十日の調査を終える事となる。
この惑星が如何なる星系にあり、地球からどれほど離れているのかは、まあどうでも良いだろう。それは前回の調査団の報告書にしっかり書いてある。二度書くのも面倒だし、二度読まされる方も苦痛だろう。
故に、この百二十日で我々が出した結論を、先に報告する。
「大気」が存在する可能性があるとの報告は、正しかった。γ――まどろっこしいので、今後、この惑星のことは「鼠王国(仮称)」と呼ぶ事にする。この「鼠王国」は、地球とよく似た環境にある。惑星の表面積の八〇パーセントが海で、「大陸」に分類されるものは、三つ。島の数を数えれば、きりがない。我々が調査したのは主にA大陸だが、気候はおおむね温暖。のほほんとした土地であった。
風土病のサンプルを探していた植物学者の意見によれば「医薬品の飛躍的進歩の可能性が無限大に高まった」という事だ。その学者の言葉を信じるか信じないかは、彼女のレポートを見て判断して欲しい。
資源の宝庫であるというのは、同じく乗務員のカズ・ブランジーニの見解だ。この星の土壌に含まれる成分について、ただでさえ大きな目をきらきらとさせて語ってくれたのだが、それについても別にレポートが添付される予定である。
二度、読むのは読む方にとっては苦痛なのだ。
大切な事なので、二度書いた。
だが、残念ながらこの星には知的生命体は存在しない。少なくとも百二十日の調査では発見できなかった。
代わりに三大陸にもれなく生息する生物をサンプルとして二体、捕獲することとなった。動物学者のユマ・ローレルによって「ミッキー」及び「ミニー」と名付けられた個体である。
体長は大きいもので三十センチ。直立する姿はプレーリードッグやミーアキャットに似ている。体毛は黒から灰色。丸く大きな耳が特徴的で、性格は至って穏和。というか、人なつこい。搭乗員のカズとユマに至っては「可愛い可愛い可愛い……」と一分近くも繰り返した。よく息が続くものだ。
「美味そうだね」という感想を残して二人の顰蹙を買ったのは、ゴリラ女。あのゴリラにとっては、生き物はすべからく喰い物であるのだろうか……』
「あれ、ギィさん」
背後からの声に、ギィは初めて顔を上げて振り返った。
「珍しいですね。こんなに早く起きてるなんて」
カズ・ブランジーニ。ハムスターを思わせるつぶらな瞳の好青年だ。専門は地質学だが、宇宙飛行士たるものには、専門以外にも様々な分野に渡ってマルチな才能が求められる。ギィがカズにもっとも期待する才能は、料理の腕前だった。
特に、彼が作るプレーンオムレツは絶品だ。外はふわふわ、中はとろとろ。勿論宇宙船の中にはコンロもなければ、卵もない。彼のオムレツを地球に帰り着くまで食べられないと思うと、非常に残念だ。
「何を書いてるんですか? 報告書? どうしてギィさんが書いてるんですか?」
「昨日、リックに拝み倒されたのだ。才能のある奴は辛いな」
「どうせまた、船長を怒らせたんでしょ? 鳥の卵でも持ち込もうとしたんじゃないですか? どっちにしても船ではオムレツは焼けませんよ」
そう言って、カズが笑う。
図星だったので、ギィも愛想笑いを浮かべただけだった。オムレツは無理でも、工夫次第でゆで卵ぐらいは出来るかと思ったのだが。
船長のリックは、頭が固い。
一切の飲食物の持ち込み禁止とは……今後、この楽園の食べ物を忘れてしまえと言うつもりかとは思いつつも。それが至極当然のことであるのは、ギィだって知っている。
つまる話が、この作戦の参加者の一部が、好奇心旺盛すぎなのだ。
ギィは勿論のこと。ここにいるカズしかり、である。
「しかも、何ですか。このふざけた報告書は」
モニターを見ながら、カズが呆れたような声を上げる。
「せっかく書くなら、面白くないとな。読む方だって苦痛だろう」
悪びれもしないギィに、カズは小さく肩をすくめると、全然別の話を持ってきた。
「それはそうと、紅蘭さんが探していましたよ。昨日、食料庫に行ったんですか?」
「だれが、わざわざゴリラの管轄に行くか」
ギィがゴリラと呼ぶ女は、食料庫の管理役でもある。何度か無断で食料を持ち出していたら、最後には扉に電気ショックの罠まで張ってしまった、ひどい女だ。しかも、他の乗務員はそれを知っており、罠にかかったのがギィだけだったのは、どういう事だろう。
ともあれ罠解除を試してみて、再び電撃を浴びてから一度も、食料庫を訪れた事はない。狭い船内なので、前を通る事は何度もあるが。
「またまた、そんなこと言っちゃって。本当は似たもの同士の癖に」
「何を誤解しているんだ。俺がゴリラと同等だとでも言いたいのか?」
そうじゃないとでも?
と、カズのくりくりとした目が語っている。ギィはあえて気がつかない事にした。
「それはそうと、もうこの星ともお別れなんですねぇ」
「うむ。地球につけば、このメンバーともきっぱりすっきりお別れだな」
「それは、まだまだ先のことですけどね」
なんとなく、しんみりとした雰囲気が漂う。
それを突如うち破ったのは、けたたましい怒声だった。
「ギィ! てめえ、この野郎!」
ドアが開くと同時に、彼女は叫んだ。
「アタシのバナナ、喰っただろう!」
蔡 紅蘭。何とも美しい名前だ。そして容姿も名前以上に美しい。オリエンタルな美人で、ストレートの長い髪を惜しげもなく結い上げている。本人曰く、「これが一番てっとり早い」との事だ。スタイルも抜群で、黙って座っていればギィだってもしかしたら「美人だな」ぐらいには思ったかもしれない。だが、残念な事にがさつな性格が全てを台無しにしていた。
「アタシのバナナに手を出すとは、良い度胸だな、ギィ!」
凄惨な笑みを口元に貼り付け、ギィを睨む、紅蘭。
「誰がお前さんのバナナなんか喰うか。そもそも「鼠王国」からの食い物の持ち込みは厳禁だ」
取りあえず自分の事は棚に上げて、ギィが言う。
紅蘭が「バナナ」と呼ぶ果物は、形こそ地球のバナナに似ていたが、味は全然違っていた。黄色い皮を向くとゼリー状の果肉があり、ひとくち口にすれば、蜂蜜のようなほの甘さが口中に広がる。上品なデザートだと、紅蘭がいつもおやつにしていた。
「はっはー。残念だったな。バナナをサンプルとして持ち帰る事は船長の認可済みだ」
「どうせワープまでのおやつに喰うつもりだったんだろう?」
「少なくとも、お前に喰わせるつもりはない」
「だから、ゴリラ女のバナナなんぞ喰っとらん」
「誰がゴリラだ!」
「お前さんだよ。ゴリ蘭」
「その口に指突っ込んで、引き裂いてやろうかい! このハゲ!」
先ほどまでの静寂は何処に行ったのだという、喧噪ぶりである。しかも、悪口のレベルが低い。
「宇宙飛行士の会話とは思えん……」
紅蘭の後を追って入室した船長のリックが額を抑える。
「目くそ鼻くそを笑うって言うんですよね」
カズもまた、苦笑する。
だが、止める気配はない。「子供の喧嘩」を止められるうってつけの人材は、別に居るのだ。
「もう、ふたりとも」
その機を狙ったかのように、二人の間に入って来たのは、ユマ。しゃべり方がおっとりしており、笑うと柔らかいイメージがあるので、はんなり系だと思われがちだ。だが、彼女は真性のツッコミである。
「いいかげんに、しなさい」
いつものように、おっとりツッコミを入れる。
本人は、軽くのつもりである。だがしかし、彼女の特徴はグーでツッコむ事だった。そして彼女は寸止めが非常に下手だ。
破壊力はたいしたことはないが、それでも当たり所によれば相当に痛い。
今回も、彼女のパンチはギィの顎にめり込んだ。
「にいさんも、ねえさんも。それが大人の会話なんですか?」
別に、ユマは二人の妹ではない。というか、三人に血のつながりは一切ない。
彼女にとって、この船の仲間は家族のようなものだというだけの話だ。ちなみにカズは彼女にとっては弟分らしく「カズくん」と普通に呼ばれていた。
「そうそう、ねえさん。バナナがどうのって騒いでましたよね? おとうさんに聞いてません?」
「だから、お父さんはやめてくれ」と、リックがいつものようにぼやいている。もちろん、その苦情も受け入れられたためしはない。
「まさか、犯人はユマ?」
紅蘭の言葉に、ユマが素直に頷いた。
「ミッキーたちの餌に二本だけもらいましたよ。おとうさん、ちゃんと報告しましたよね?」
リックを振り返る、紅蘭。軽く額を抑えていたリックが、小さく嘆息する。
「その報告は紅蘭にしてくれと言ったつもりだったのだけど、覚えてないだろうし」
「そんなこと、聞いていません」
と、ユマが断言する。そしてこの船ではたいてい、断言した者勝ちなのだ。
「全く話を聞かなかった人もいるし」
ちらりと、リックの視線が紅蘭に向かう。
顔はリックを向いたまま、ゆっくりと、紅蘭の足が後じさった。自動ドアに向けて。
「待て、蘭」
一連の出来事を見逃してやるほど、ギィは親切ではない。
「ごめんなさいは?」
「ごめーん」
てへっと笑いながら可愛らしく小首をかしげてみせる、紅蘭。あまり似合わない。というか、板についていない。むしろ、無理がある。
「大サービスだな。許してやりたまえ、ギィ」
リックが苦笑しながら促す。仕方がないので、ギィも頷いた。
「怖い物を見せてもらった事だし、許しとこう」
紅蘭が「そりゃどうも」と、再び凄惨な笑みでギィを見る。なんだかんだ言っても、二人はこんなやりとりを楽しんでいるとは、当人を除く搭乗員全員の意見だ。
「あ、ねえさん。残りは、ちゃんと戻しておきましたから」
「ふぅん? じゃあもう一度探してみるわ。お騒がせ」
紅蘭が急ぎ足で扉に向かう。あくまで、バナナが気になるらしい。
「じゃあ、あたしももう一度ミッキー達の様子を見て来ますね」
ユマもそれに続いた。
「大介と花子によろしく」
「ミッキーとミニーです。変な名前をつけないで下さい」
女たちのたわいないおしゃべりがドアに遮られる。
「いつもながら、緊張感の無い連中だなあ」
と、リックが苦笑する。
「ところで、報告書は?」そう、続いたリックの台詞に、ギィがモニターを顎で示し、
「しーらないっと」
という言葉を残してカズが退室した。
やがて。
ミーティングルームは、さっきまでとはうってかわった静寂に包まれた。
リックの説教と報告書の書き直しに、五時間ほど費やした。もっとも時間はたっぷりある――ワープポイント到達まで、少なく見積もっても一五〇時間という見積もりをギィは既に提出していた――ので、良い暇つぶしになったと思えば良い。
既に船は惑星から離れ、ワープポイントに向かっている。
「ミッキーとミニー、見ませんでした?」
「食堂」に顔を出したユマがそんな事を言いだしたのは、惑星を離れて十時間程たった頃だった。
ちなみに「食堂」とはミーティングルームの一角で、パーテーションで仕切られた場所だ。時と場合によっては、「娯楽室」と呼ばれる事もある。
今は、皆がそこで食事をしているから、「食堂」なのだ。
「いないの?」
最初に反応したのは、紅蘭。
入って来たのがリックだとでも思ったのだろう。先刻まで得意げに見せびらかしていたゆで卵を慌てて口の中にほうり込み、むせている。
「いないんです。紅蘭さん、見ませんでした?」
「見てないよ。もしかして疑ってる? でもあんた、アタシが近づかないように扉に電気ショックの罠を張ったって言ってたじゃない」
確かに紅蘭の「ミッキーとミニー」に対する第一印象は「美味そう」だったが、わざわざ罠まで張るのか。ユマもなかなか、やってくれる。
と、ギィが苦笑する。
そして同時に、言葉にならない違和感を、その時に覚えた。
「鍵をかけ忘れたのか? 一緒に探そうか?」
動物好きのカズが立ち上がると、ユマが嬉しそうに笑う。
「ありがとう。じゃあ、もう一度よく探してみます。お邪魔しました」
「ちょっと待てよ、ユマ」
ギィの声に、ユマが立ち止まった。
「なんですか? ギィさん」
訝しげな視線を受け、ギィは再び違和感に捕らわれる。
「いや、さっきも様子を見に行ったばかりなのに、また行ったのか?」
「だって、今は他にやることがないし。いけませんか?」
「いけないわけじゃないが……」
なんだろうと、ギィが顎に指をやって考える。
ユマの言動に、引っかかりを感じていた。だが、それが何なのかがよく解らない。
まぁ、長い船旅だ。そのうち解って来るだろうと、結論づける。
「ま、狭い船の中だからすぐに見つかるだろ」
「ですよね。じゃあ」
ユマとカズの姿が消えると、「ふふん」という笑い声が側から聞こえた。
「何か、思うところがありそうだね。おにいさん」
と、やれば出来る妖艶な笑みを浮かべる、紅蘭。それで、ギィもやっと違和感の正体に気がついた。
ユマは今、自分の事を「にいさん」とは呼ばなかった。
「ワープが完了したら、太陽系は目の前だ。だったら、『家族』はお役ご免なんじゃないの?」
紅蘭の言葉に、ギィも納得する。「にいさん」と呼ばれる間に、本当の兄のような気分になっていたが、ユマは所詮は他人だ。
そう、任務を完了したら他人に戻る。それだけの事だと。
「カズくん、帰って来ました?」
再び、ミーティングルーム。あるいは「娯楽室」。時間は、先にユマが食堂に来た時から、二十時間ほど経っている。
船はまだまだ、ワープポイントに到達しない。
半分泣きそうな顔をしてギィたちの前に歩み寄る、ユマ。
「何? 今度はカズが行方不明? どうなってるの?」
暇つぶしにリバーシをしていた紅蘭が、立ち上がるついでに卓をひっくりかえす。重力が少ない船内なので、いくつかの駒が宙にふわふわと浮いた。
もちろん、相手をしていたギィの視線など気に留める様子はない。
「おい、そこのゴリラ」
「それは、アタシの事かいね? ハゲ山羊」
「誰がハゲで誰が山羊だ」
「そんなことより」
と、二人の会話にユマが入って来る。
「カズくんの事なんですけど、一緒に探してくれませんか?」
「いいけど、何処で……」
「あのな、ユマ」
言いかけた紅蘭の言葉を遮るように、ギィが告げた。
「何ですか? にいさん」
再び、「にいさん」の復活だ。何を考えているのやらと、ギィは思う。
「お前さん、何だってさっきから鼠だのカズだのを探し回っているんだ?」
「だって、居なくなったから」
ギィが、どうにもすっきりしないのは、そんなユマの態度だ。
紅蘭と喧嘩をしても、グーで突っ込まれるわけではない。別に、殴られたいわけではないのだが、まるで別人のように思える。
と、いうか。
不自然だ。
「ここは、宇宙船の中だぞ。何かがいなくなるわけがない」
「だから、気になるんじゃないですか」
「どうしたのよ、ギィ。あんたこそちょっと変だよ」
紅蘭が、ギィの方こそ不審だと言いたげに眉を寄せる。
「おい、ゴリ蘭」
「喧嘩うっとるんかい!」
いつものように、即座に紅蘭が反応する。
ユマは顔色ひとつ変える事もなく、そんな二人を見ている。それが、どうにも不自然だと思うのは、考えすぎなのだろうか。
「お前さんのバナナを食べたのは、一体誰だろうな」
結局、バナナは出てこなかった。戻すのを忘れていたのかなと、ユマが首をかしげながら言っていたそうだ。
「そりゃ、大介と花子でしょ?」
「あたしが、戻すのを忘れたから、ですよね? ごめんなさい」
ギィは、ユマを見る。紅蘭もユマを見ている。
そう。人間なら、ちょっとした気持ちのムラは確かにある。「大介と花子」と言われて怒らなかった事も、口喧嘩にツッコミをもらわなかったことも、些細な事だ。
だが、その些細な事がみっつよっつ重なると、疑惑となる。
吹雪の山荘。孤島の別荘。それ以上に隔離された場所が、このアマテラスではないのか?
鼠がいなくなり、次はカズ。「そして誰もいなくなった」か? いや、むしろ。
「お前さん、『汝は人狼なりや』って知ってるか?」
ユマはただ、首を傾げている。
「ああ、昔からあるゲームだよね。閉ざされた村の中に狼が混ざっているんだ」
答えたのは、紅蘭。ギィが小さく頷いた。
「狼は、一日に一度、食事をする。村人は、村が全滅するまでに狼を見つけなければならない。だから昼間に裁判が行われて多数決で狼だと決められた者が一人、処刑される。処刑された者が狼でなければ、また狼が食事をする。狼が処刑されるまで裁判は毎日開かれる。ま、ロジックを楽しむ推理ゲームだ」
「何の話ですか?」
ギィが小さく笑う。
「今は、ポリグラフという便利な機械がある。裁判などという、まどろっこしいことをする必要はない。白か黒かは、はっきり解る」
ギィはユマを見ている。ユマもまたギィを注視していた。
そして。ユマは吹き出した。
「本気で言ってるんですか?」
「本気ではないさ。ただの冗談だ。ここにはポリグラフはないが――あえて聞こう」
じっと、ユマを見つめる、ギィ。紅蘭はただ、ふたりのやりとりを眉をひそめながら聞いている。
「汝は、人狼なりや?」
ユマは、迷わなかった。
「イエス」
答えてから、くすくすと笑う。まるで、悪戯っ子のように。
「確かに残りのバナナを食べたのは、私です。お腹が減っていたので」
ユマはまだ笑っている。紅蘭がそっと両手で自分の肩を抱いている。
「もう、良いでしょう? カズくんを探して来ます」
「そうだな。後で俺も一緒に探す事にしよう」
小さく会釈をして、ミーティングルームを後にする、ユマ。
「ちょっと、ギィ」
ギィの目に映った紅蘭の顔は、おびえていた。
それは、少なくともギィが初めて見る、紅蘭の女らしい顔。怖いものなど何ひとつないような紅蘭にもこんな顔が出来るのかと、こんな場合なのに感心する。
「何が言いたいの? ユマがどうしたって言うの?」
声すら、少し震えている。ギィだってちゃんと説明出来るわけがない。あそこで「人狼」を持ち出したのだって唯の直感なのだ。
「何が起こっているかが解らないというのは、どうも居心地が悪いんだ」
吹雪の山荘での連続殺人、閉ざされた村に潜む狼。関わらないようにしていても、その中に居ればいずれは巻き込まれる。
それならば。
ギィは紅蘭の耳に口を寄せると、小声で囁いた。
「次に俺に何かあったら、ユマが狼だ」